けしうはあらず容貌 若紫01章14
原文 読み 意味
けしうはあらず 容貌 心ばせなどはべるなり 代々の国の司など 用意ことにして さる心ばへ見すなれど さらにうけひかず 我が身のかくいたづらに沈めるだにあるを この人ひとりにこそあれ 思ふさまことなり もし我に後れてその志とげず この思ひおきつる宿世違はば 海に入りね と 常に遺言しおきてはべるなる と聞こゆれば 君もをかしと聞きたまふ
05014/難易度:☆☆☆
けしう/は/あら/ず かたち こころばせ/など/はべる/なり だいだい/の/くにのつかさ/など ようい/こと/に/し/て さる/こころばへ/みす/なれ/ど さらに/うけひか/ず わがみ/の/かく/いたづら/に/しづめ/る/だに/ある/を この/ひと/ひとり/に/こそ/あれ おもふ/さま/こと/なり もし/われ/に/おくれ/て/その/こころざし/とげ/ず この/おもひおき/つる/すくせ/たがは/ば うみ/に/いり/ね/と つねに/ゆいごん/しおき/て/はべる/なる と/きこゆれ/ば きみ/も/をかし/と/きき/たまふ
「まんざらでもない、顔立ち気立てのようでございます。代々の国司などが、結婚の準備を特別にして、そうした意向を示すようですが、いっこうに受け合いません。わが身がこうして空しく落ちぶれているだけでもつらいのに。我が子はこの娘ひとりしかないが、思いは特別なのだ。もし私に死に遅れてその志を成し遂げず、このように私が決め置いた運命通りにならなかったならば、海に身を投げなさいと、常に遺言しておいてあるそうでございます」と申し上げると、君も興味をもってお聞きになる。
けしうはあらず 容貌 心ばせなどはべるなり 代々の国の司など 用意ことにして さる心ばへ見すなれど さらにうけひかず 我が身のかくいたづらに沈めるだにあるを この人ひとりにこそあれ 思ふさまことなり もし我に後れてその志とげず この思ひおきつる宿世違はば 海に入りね と 常に遺言しおきてはべるなる
と聞こゆれば 君もをかしと聞きたまふ
大構造と係り受け
古語探訪
けしう 05014
不細工。この文は倒置。
用意 05014
求婚の準備。
さる 05014
具体的に受けるものはないが、「用意」の中に含蓄されている。その筋の。すなわち、結婚の。
だにある 05014
定型句。「だに」と「あり」の間に文脈上明らかな形容詞を省略した形。
を 05014
順接でも逆接でも意味は通るが、気持ちのゆれを考えれば逆接の方がよいと思う。順接では、つらいから死ねと直接すぎる物言いになる。なお、この「を」は「この人ひとり……ことなり」を飛んで、「もし我に……」につながる。これが分からなければ、文意は不明になる。男の私でも空しく落ち込んでいたらこうなのに、ましてひとり娘には特別な思いがあり、そこで、もし死に遅れたら……とつづく。
この人ひとりにこそあれ 05014
子供はこの娘ひとりしかないがの意味。ふつうは息子に家の復興を期するものであるという前提があるので、次ぎの文と逆接関係になる「こそ+已然形」の形をとった。
思ふさまことなり 05014
そこらの国司など婿に選ばないということ。