内裏には御物の怪の 若紫09章15
原文 読み 意味
内裏には 御物の怪の紛れにて とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし 見る人もさのみ思ひけり
05150/難易度:☆☆☆
うち/に/は おほむ-もののけ/の/まぎれ/にて とみ/に/けしき/なう/おはしまし/ける/やう/に/ぞ/そうし/けむ/かし みる/ひと/も/さ/のみ/おもひ/けり
帝へは御物の怪の紛れで、すぐには懐妊の兆候があらわれでなかったとでも奏上したのであろう。見守る女房たちもそのせいであるとばかり思った。
内裏には 御物の怪の紛れにて とみに気色なうおはしましけるやうにぞ奏しけむかし 見る人もさのみ思ひけり
大構造と係り受け
古語探訪
御物の怪の紛れ 05150
「御」は藤壺についた物の怪だから敬語が使われている。「御物の怪のまぎれ」とは、実際にはどういうことだかわからないが、当時そうした理由が一般的に通ったことを理解する必要がある。前に説明したことだが、桐壺を死ぬ間際まで側から離さなかった帝が、藤壺の里帰りを許した理由は、月経がないなど帝の子を宿したとの疑いがあったからであろう。それからお腹が膨らむまで、本来ならもう少し早くないといけないのに、それが遅れた理由として、御物の怪のまぎれによるのではないかと説明をつけたのである。物の怪は病気なども引き起こすとされていたのだから、合理的に説明できないことに関して、物の怪が持ち出されたことは想像にかたくない。この個所を「御物の怪」の一語で説明しつくすことに無理があるとする論者がいるが、上述のように、事実ではなくとも藤壺が帝の子を宿して里帰りしていたと読むなら、至極自然な筋の運びであることが理解できると思う。それはそれとして、帝は自分の子ができたと信じたのだから、藤壺が容態を悪くし宮中を離れる間際まで、ふたりの間には性交渉があったはずである。表面に描かれていないそうした事実を読み込むことで、帝に愛されながら、絶世の美男子に恋される藤壺の苦悩が具体的に感じられるのである。