女君ふとも入りたま 若紫07章10

2021-05-05

原文 読み 意味

女君 ふとも入りたまはず 聞こえわづらひたまひて うち嘆きて臥したまへるも なま心づきなきにやあらむ ねぶたげにもてなして とかう世を思し乱るること多かり

05118/難易度:☆☆☆

をむなぎみ ふと/も/いり/たまは/ず きこエ/わづらひ/たまひ/て うち-なげき/て/ふし/たまへ/る/も なま-こころづきなき/に/や/あら/む ねぶたげ/に/もてなし/て とかう/よ/を/おぼし/みだるる/こと/おほかり

女君はすぐにはお入りにならない。君は声をかけるにもかけ悩み、思わず嘆いて臥せっておしまいになるものの、女君はどうにも愛情がわかないのであろうか、ねむたげに応じるばかりで、あれこれ夫婦間のことで気持ちが乱れることが多い。

女君 ふとも入りたまはず 聞こえわづらひたまひて うち嘆きて臥したまへるも なま心づきなきにやあらむ ねぶたげにもてなして とかう世を思し乱るること多かり

大構造と係り受け

古語探訪

聞こえわづらひたまひて 05118

閨に入って来ない葵に向かって、光が声をかけるにかけられない状態を表す。主語を葵にとる解釈があるが、葵は光に声をかけたがっているわけではないから、「聞こえわづらひ」ということはない。「うち嘆きて臥したまへる」は光の動作。せめて子作りだけはと考えていえる光の気持ちを葵が無視したから。

なま心づきなきにやあらむ 05118

ちょっと難解だ。「なま心」という言い回しは源氏物語に六例(「この人のなま心なく若やかなるけはひ」「なま心やかしきままに言ふ」「中将はなま心やましう」「六条院はなま心苦しうさまざま思し乱る」「なま心わろき仕うまつり人は」)あるが、その全体を統べる意味は、正直に言って見出しにくい。「なま」がつくことで何かしらのニュアンスを深めるという程度。おそらく、「どうにも」くらいの意味だと推定するよりない。「なま心づきなきにやあらむ」は挿入句で話者の推量。挿入句であるということは、その後を読まなければ、誰がなま心づかないのかわからないということだ。

ねぶたげにもてなしてとかう世を思し乱るること多かり 05118

まず尊敬語が「思し」しかないので、「もてなし」と「思し乱るる」をふたつの主体にわけるわけにはいかない。葵も光もかならず尊敬語をつける相手であるからだ。そこで、諸注釈は、ねぶたげにもてなし、思い乱れるのを光と解釈するが、それは、「命だに」の意味を理解しなかったからである。光は子作りのためのセックスを求めた。拒否するのは、二人の関係からして葵でなければならない。光の発言に「はしたなき御もてなしをもし思しなほるをりもや」とある。この発言を受けて、地の文の話者も「ねぶたげにもてなしてとかう世を思し乱るること多かり」と言ったのだろう。「もてなし」と「思しなほる―思し乱るる」が呼応しあっていることに注意したい。この面からも葵の動作であろうと読み取れると思う。

世を 05118

夫婦間のこと。

思し乱るる 05118

あれこれ思い悩むこと。これが葵であるとの読みが正しければ、葵は葵でをあれこれ悩んでいたことがわかる。葵は人形のように美しいだけで情愛のない冷たい女であるとのイメージが固定化されているが、葵は葵で悩んでいたわけだ。そしてその悩みは、これまた私の解釈が正しければ、空蝉を代表とする光の浮気に対して悋気していたとわかる。葵もひとりの女性であるのだ。 以上、諸注釈とはかなり解釈を異にしたので、もう一度まとめておく。「命だに」は子作りのことであり、ねぶたけにもてない夫婦のことで悩んだのは葵である。その他、空蝉との浮気を葵が気づいていた、あるいは光がそれを引け目に思い抗弁したとの解釈、また、命だにの命は空蝉の歌を引いたなどの解釈は、深読みすぎたかも知れない。採不採は読者にお任せしよう。

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