頭中将懐なりける笛 若紫06章15

2021-05-04

原文 読み 意味

頭中将 懐なりける笛取り出でて 吹きすましたり 弁の君 扇はかなううち鳴らして 豊浦の寺の 西なるや と歌ふ 人よりは異なる君達を 源氏の君 いといたううち悩みて 岩に寄りゐたまへるは たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ 何ごとにも目移るまじかりける

050101/難易度:☆☆☆

とうのちゆうじやう ふところ/なり/ける/ふえ/とり/いで/て ふき/すまし/たり べんのきみ あふぎ/はかなう/うち-ならし/て とよらのてら/の にし/なる/や/と/うたふ ひと/より/は/ことなる/きみたち/を げんじのきみ いと/いたう/うち-なやみ/て いは/に/より/ゐ/たまへ/る/は たぐひ/なく/ゆゆしき/おほむ-ありさま/に/ぞ なにごと/に/も/め/うつる/まじかり/ける

頭中将は懐にあった笛を取り出して、澄んだ音色を吹いている。弁の君は扇で左の掌を軽く打ち拍子をとりながら、「豊浦の寺の西なるや」と謡う。ふつうの人より秀でた若君たちだが、源氏の君がもうとてもしんどそうに、岩に寄りかかって座っていらっしゃる姿は、比較を絶した崇高な美を宿したご様子だから、どんなことにも目移りできるものではなかった。

頭中将 懐なりける笛取り出でて 吹きすましたり 弁の君 扇はかなううち鳴らして 豊浦の寺の 西なるや と歌ふ 人よりは異なる君達を 源氏の君 いといたううち悩みて 岩に寄りゐたまへるは たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ 何ごとにも目移るまじかりける

大構造と係り受け

古語探訪

なりける 05101

「ける」は、はたの者がきがついてみるとの意味との注釈があるが、どうだろう。「ける」は一種の法助動詞と考えたほうがよいように思う。すなわち、入れるか入れないかは、話者の気分によるのである。ちゃんとしこんでおいたなという驚きというか、ひやかしがこの「ける」には込められているのではないか。

吹きすまし 05101

澄んだ音色をたてること。

扇はかなううち鳴らし 05101

扇で左手のたなごころを軽くうって拍子をとること。

豊浦の寺の西なるや 05101

催馬楽。「国ぞ栄えむや、我家(わいへ)らぞ富みせむや」の節があり、祝賀となっている。

人よりは異なる君達 05101

頭中将や左中弁は一般より優れた人であるとのこと。

たぐひなく 05101

二人とは比較を絶して。

ゆゆしき 05101

光に固有な美。魅入られてしまうような、この世の存在とは思えない美。健康な美でないところに紫式部のデカダンな志向が感じられる。それはともあれ、ゆゆしのもつ畏敬と美の共存は日本独特な感じがする。西洋には芸術から受ける霊的体験として崇高美なる概念があるが、これは宗教的意味合いが強すぎるだろう。

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