あな今めかしこの君 若紫05章08

2021-05-14

原文 読み 意味

あな 今めかし この君や 世づいたるほどにおはするとぞ 思すらむ さるにては かの 若草 を いかで聞いたまへることぞ と さまざまあやしきに 心乱れて 久しうなれば 情けなしとて
 枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔に比べざらなむ
乾がたうはべるものを と聞こえたまふ

05071/難易度:☆☆☆

あな いまめかし この/きみ/や よづい/たる/ほど/に/おはする/と/ぞ おぼす/らむ さる/にて/は かの/わかくさ/を いかで/きい/たまへ/る/こと/ぞ/と さまざま/あやしき/に こころ/みだれ/て ひさしう/なれ/ば なさけなし/とて
 まくら/ゆふ/こよひ/ばかり/の/つゆけさ/を/みやま/の/こけ/に/くらべ/ざら/なむ
ひがたう/はべる/ものを と/きこエ/たまふ

「すぐに言いよるなんて、まあ、今風だこと。こちらの姫君が思春期を迎える頃でいらっしゃるとお思いらしい。それにしては妙だが、あの若草の歌のやり取りを、どのようにしてお聞きになったのか」と、いろいろ解しかねるが、迷っているうちに時が経ってしまうと、礼を逸すると思い、
《旅の枕を結ぶ今宵ひと夜のさびしさの涙と 深山にこもる僧侶の苔の衣に降る涙とをお比べにならないで》
こちらは乾きそうもありませんものを」とご返事申し上げなさる。

あな 今めかし この君や 世づいたるほどにおはするとぞ 思すらむ さるにては かの 若草 を いかで聞いたまへることぞ と さまざまあやしきに 心乱れて 久しうなれば 情けなしとて
 枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔に比べざらなむ
乾がたうはべるものを と聞こえたまふ

大構造と係り受け

古語探訪

今めかし 05071

今風のやり方に対して、誉め言葉にも非難にも使う。この場合、手紙のやり取りや歌のやり取りもなしに、いきなり話しをしたいという態度に対して非難めいて使っている。直接話がしたいという光の申し出に対しても言うか。この点はすでに繰り返したが、大事な点であり、いい加減に読まれてきているので、のちほど詳述する。

この君 05071

紫。

世づいたるほど 05071

恋をし出す年齢。具体的には初潮以後のことであろう。

さるにては 05071

それにしても、の意味ではなく、それにしては(変だ)の意味。紫が思春期に達しているとお聞きのようだが、それにしてはおかしい、なぜと言うに、若草の歌のやり取りを聞いているらしいが、それなら、まだまだ幼くとても恋愛の対象にならないことはわかるはずなのに……。このような矛盾をうちに秘めて出た言葉が「さるにては」である。ついでながら、それにしてもの意味の古語は「さるにても」である。

かの若草 05071

光が透き見して聞いた和歌。

いかで 05071

この場合、方法を問う。

さまざまあやしき 05071

理解できないこと。上に述べたような矛盾や、光は本気なのか今風に恋をしたいだけなのか等々。

さまざまあやしきに心乱れて久しうなれば情けなしとて 05071

簡単なようでなかなか難しい。というか、諸注は難しささえ感じていないようだ。問題は、情けなしの原因である「なれば」はどかまで受けるかである。直接的には、時間が経っては失礼だということで歌を詠むのだが、「心乱れて」は、実際に心乱れたけれど、しかし時間経つと失礼だからなのか、心乱れていて時間が経ってしまうと失礼だからなのか。諸注は、原文の読点の位置から、前者と考えるようだ。しかし、心乱れている間に時間は経ってしまっているだろう。「て」を逆接でとるのも、用法としてないではないが、自然ではない。「あやしきに」の「に」は、心乱れての原因でなく、逆接と取れば全体に自然に流れる。「に」は逆接の用法が主である。「さまざまあやし」を「心乱れ」の原因にするなら、「に」を介さずに、「さまざまあやしく心乱れ」とするのが自然である。

苔 05071

苔の衣、すなわち、僧衣。「初草の若葉」という光の言葉を、同じく草に関する語である「苔」で返したのである。「初草」「若葉」が初々しさを表し、恋愛歌に使用される歌語であるのに対して、「苔」は隠棲や出家を象徴し、恋愛をこばむ。なかなかの返し業だ。

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