いとうれしう思ひた 若紫05章15
原文 読み 意味
いとうれしう思ひたまへぬべき御ことながらも 聞こしめしひがめたることなどやはべらむと つつましうなむ あやしき身一つを頼もし人にする人なむはべれど いとまだ言ふかひなきほどにて 御覧じ許さるる方もはべりがたげなれば えなむうけたまはりとどめられざりける とのたまふ
05078/難易度:☆☆☆
いと/うれしう/おもひ/たまへ/ぬ/べき/おほむ-こと/ながら/も きこしめし/ひがめ/たる/こと/など/や/はべら/む/と つつましう/なむ あやしき/み/ひとつ/を/たのもしびと/に/する/ひと/なむ/はべれ/ど いと/まだ/いふかひなき/ほど/にて ごらんじ/ゆるさ/るる/かた/も/はべり/がたげ/なれ/ば え/なむ/うけたまはり/とどめ/られ/ざり/ける と/のたまふ
「どんなにうれしく存じねばなりませんお話でありながらも、お聞き違いなさっておられるお話などがおありでしょうかと、遠慮されました。いやしいこの身ひとつを頼みにする者はおりますが、なんともまだ、話に出すまでもないような年齢でして、ご覧になって大目にみていただけるような点もありそうにないものですから、しっかりお聞きになり事実を受け止めてはおられなかったようですね」とお答えになる。
いとうれしう思ひたまへぬべき御ことながらも 聞こしめしひがめたることなどやはべらむと つつましうなむ あやしき身一つを頼もし人にする人なむはべれど いとまだ言ふかひなきほどにて 御覧じ許さるる方もはべりがたげなれば えなむうけたまはりとどめられざりける とのたまふ
大構造と係り受け
古語探訪
聞こしめしひがめ 05078
「聞きひがめ」の尊敬語。
あやしき身一つ 05078
尼君自身をいう謙譲表現。
頼もし人にする人 05078
「頼もし人」は尼君、「する人」は紫。
いとまだ言ふかひなき 05078
ここでは恋愛の対象としてここに取り上げる価値のないほどの意味であろう。未熟なという意味が「言ふかひなし」にあるわけではなく、前後の文脈からどう言う価値がないのかを考えるのである。
許さるる方 05078
歌や楽器や書など、女のたしなみとして男の目に耐えうるような長所。それがまだ紫にはない。
えなむうけたまはりとどめられざりける 05078
これも諸注には問題がある。「え……ざる」で不可能をあらわす。従って「られ」は打ち消しと結びついて不可能を表すのではなく、尊敬語と取るのが自然である。つまり不可能は「られ」がなくとも「え……ざる」で成立しているのだから、その意味の「られ」は余分となる。よって、「られ」は尊敬である。そうなると「うけたまはる」の主体を諸注は尼君とするが、自分に尊敬語をつけるのはおかしいので、尼君は主体ではなくなる。尊敬語のつくのは、紫か光である。問題はもうひとつ。末尾の「ける」である。「ける」には過去と詠嘆がある。紫にはまだ話が通っていないのだから、過去の「ける」は合わない。では、詠嘆であろうか。詠嘆の「けり」は自分の場合は詠嘆に、人の場合は発見となるが、紫が受け取らないことは分かり切っているのだから、発見の「けり」は変だ。従って、「うけたまはる」の主体は光で「けり」は伝聞過去である。事実をちゃんとお聞きになったのではないと光に言っているのである。それを受けて「みなおぼつかなからずうけたまはるものを」と光は返すのだ。「うけたまはり」が繰り返されていることがヒントであったのだ。