まして後の世のいみ 若紫04章02

2021-04-28

原文 読み 意味

まして後の世のいみじかるべき 思し続けて かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから 昼の面影心にかかりて恋しければ ここにものしたまふは 誰れにか 尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな 今日なむ思ひあはせつる と聞こえたまへば

05054/難易度:☆☆☆

まして/のちのよ/の/いみじかる/べき おぼし/つづけ/て かう/やう/なる/すまひ/も/せ/まほしう/おぼエ/たまふ/ものから ひる/の/おもかげ/こころ/に/かかり/て/こひしけれ/ば ここ/に/ものし/たまふ/は たれ/に/か たづね/きこエ/まほしき/ゆめ/を/み/たまへ/し/かな けふ/なむ/おもひ/あはせ/つる と/きこエ/たまへ/ば

今生にもまして、来世がおそろしいことになるに違いないと思いつづけてになって、心に何の執着も残らないこんな風な山住みでもしたいとお考えになるその端から、昼に透き見した姿がありありと心にかかって恋しいので、「ここにいらっしゃるのはどなたですか。どういうお方かお尋ね申し上げたい夢を以前見たのであったなあ。その場所がここだったのかと今日こそ思い当たりました」と申し上げになると、

まして後の世のいみじかるべき 思し続けて かうやうなる住まひもせまほしうおぼえたまふものから 昼の面影心にかかりて恋しければ ここにものしたまふは 誰れにか 尋ねきこえまほしき夢を見たまへしかな 今日なむ思ひあはせつる と聞こえたまへば

大構造と係り受け

古語探訪

かうやうなる住まひ 05054

聖の住む場所の背後の山に登り、明石の方を見やる前にこの地の感想を述べた「かかる所に住む人、心に思ひ残すことはあらじかし」を受ける。この地を現世への執着のない世界としてとらえているのである。もっとも直前で、光は僧都の家を見下ろし、女たちがいることに興味を持った直後の感想であることが面白い。「せまほしうおぼえたまふものから、昼の面影心にかかりて恋しいければ」:これは205ですでに述べた。説明はあとでざっと整理するが、この個所の重要性について一言喚起しておく。それは、光は心から出家を願ったのだろうか、あるいは源氏物語の主題のひとうとして出家はあるのかという大きな議論と密接につながるからである。本心ではなかったという論者が提示するのが、この個所である。この個所から光が本気では出家を願わず、それゆえ源氏物語の世界では、出家は周辺的な扱いであって主題とはなりえないと説くのである。たしかに、ここの光の反省は、筆が省略されているので軽く思える。205でもそれを指摘した。しかし、菩提心は、すべての人に共通に与えられているものであり、誰がつよく彼が弱いというものではない。結果として出家するしないは菩提心の強さによるのではなく、悪種がいかに強く働いているかによるのである。光は出家を願うその一方で、誰よりも強い悪種をもった存在、誰よりもこの世への執着が強い存在、色好みの中の色好みとして設定されているのである。にも関わらず、あるいは、その執着の強さゆえに出家、あるいは心の平安を願わないではいられない(菩提心そのものは他と変りないが、生の苦しみから逃れたいと思う気持ちは人より強い)のだ。したがって、源氏物語のテーマは出家ではなく、色好みが中心テーマであるが、それゆえその裏では出家への願いが常にあることを忘れずに読むべきだと思う。平安人の精神のバランス、ないしはアンバランスは、生への執着と成仏への願いという乖離の上にあるのである。源氏物語を恋愛物語とのみ見る見方(そんな風にみる見方は今は少ないとは思うが)は間違いである。

おぼえたまふものから昼の面影心にかかりて恋しければ 05054

この文は、出家への願い(菩提心、発心)の弱さを意味するのではなく、悪種ないしは執着の強さを簡略な文体により、批判をこめて述べている個所である。出家を求める、心の平安を求める気持ちは人一倍強いが、それよりもなお、執着が強いのである。さらに言えば、平安を求める気持ちと女への執着の繰り返しが、源氏物語のテーマである。色好みのヒーローである「交野の少将」とはそこが違うのである。「うちつけのすきずきしさなどは好ましからぬ御本性にて」とあるのは、このことを言うのであろう(「うちつけ」の語意はすぐあとで述べる)。ひたぶる色好みではない。「心にかかりて」は、本来、菩提心に向う心が、透き見により紫の姿が心にしみついたこと、薫習である。それゆえ、恋しいという結果を生む。

今日なむ思ひあはせつる 05054

尋ねてゆきたいと思いつつ、夢に見た場所がどこかこれまではわからなかったが、今日この坊に来て初めて夢で見た場所がここだとわかったということ。「うちつけなる御夢物語」の「うちつけ」は、唐突なの意味である。唐突とは、話の流れ、その場の雰囲気に沿わないこと。相手にとっては、唐突で無理があり、理解に苦しむ挙動をいう。ずいぶん無茶苦茶なって感じ。

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