ただ行方も知らず少 若紫16章09
原文 読み 意味
ただ 行方も知らず 少納言が率て隠しきこえたる とのみ聞こえさするに 宮も言ふかひなう思して 故尼君も かしこに渡りたまはむことを いとものしと思したりしことなれば 乳母の いとさし過ぐしたる心ばせのあまり おいらかに渡さむを 便なし などは言はで 心にまかせ 率てはふらかしつるなめり と 泣く泣く帰りたまひぬ
05265/難易度:☆☆☆
ただ ゆくへ/も/しら/ず せうなごん/が/ゐ/て/かくし/きこエ/たる と/のみ/きこエさする/に みや/も/いふかひなう/おぼし/て こ-あまぎみ/も かしこ/に/わたり/たまは/む/こと/を いと/ものし/と/おぼし/たり/し/こと/なれ/ば めのと/の いと/さし-すぐし/たる/こころばせ/の/あまり おイらか/に/わたさ/む/を びんなし など/は/いは/で こころ/に/まかせ ゐ/て/はふらかし/つる/な/めり と/なくなく/かへり/たまひ/ぬ
ただ、「行くへも知れぬところへ、少納言が連れ去りお隠し申し上げてしまった」とだけお答え申し上げると、父宮も言っても始まらないようにお思いになり、亡き尼君もむこうへお移りになるのを、どうにもいとわしいとお感じになった件なので、少納言の乳母がとても出過ぎた気性のあまり、あっさり手渡すのは不都合だなどとは言わないで、思いにまかせて連れ出してはおっぽり出したのであろうと、泣く泣くお帰りになった。
ただ 行方も知らず 少納言が率て隠しきこえたる とのみ聞こえさするに 宮も言ふかひなう思して 故尼君も かしこに渡りたまはむことを いとものしと思したりしことなれば 乳母の いとさし過ぐしたる心ばせのあまり おいらかに渡さむを 便なし などは言はで 心にまかせ 率てはふらかしつるなめり と 泣く泣く帰りたまひぬ
大構造と係り受け
古語探訪
ものし 05265
「もの」は魔物、つまり、目には見えないが、物のようにはっきりとそこにあることがわかる存在で、「もの」という言葉以外では表現することのできない存在。そこから派生した形容詞が「ものし」である。そこにどんと何かがあって、抵抗を強く感じること。この場合、積極的に行きたくないのではないが、引き移ることに大きな抵抗を感じること。「ものしと思したりしことなれば」は「心にまかせて率てはふらかしつるなめり」にかかる。
乳母の 05265
少納言が。「の」は主格。
おいらかに 05265
抵抗なく、あっさりと。「渡さむ」にかける。「言はで」にかける説もあるが、抵抗なく言うは理解できるが、抵抗なく言わないはひっかかる。
はふらかし 05265
ほったらかす、すなわち、見捨てること。この当時、十歳やそこらで、娘が捨てられたら、まず生きてはいけない。父宮は、無意識的には、最悪の事態を想起して、娘への思いを絶とうとしているようだ。