手に摘みていつし 若紫10章19
原文 読み 意味
手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草
05175/難易度:☆☆☆
て/に/つみ/て/いつしか/も/み/む/むらさき/の/ね/に/かよひ/ける/のべ/の/わかくさ
《手に摘んで はやく妻にしたい紫の根である宮に 縁のある 野辺の若草を》
手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草
大構造と係り受け
古語探訪
いつしかも 05175
早く。
紫の根 05175
藤壺。あるいは「紫の音(ね)」。この場合「見む」が性交渉をすることであるから、藤壺のよがり声に似ているだろうという意味が出てくる。王朝の和歌は雅であることになっているから、こういう解釈は学者からは絶対に出てこないが、セクシャルであることと雅であることは切り離す方が野暮というもの。
野辺の若草 05175
「若草」は、尼君の歌などに紫のことを意味する言葉として出てきた。問題は「野辺の」である。藤壺が宮廷にいる人であれば、紫は野辺の花なのである。王朝では、強いて鄙びたものに自分たちをなぞらえる歌作りというものがあったので、これもそうした常套的レトリックであるとも言える。