05若紫07

2020-05-24

若紫 原文 05-94/05-116

094山水に心とまりはべりぬれど 内裏よりもおぼつかながらせたまへるも かしこければなむ 今 この花の折過ぐさず参り来む
 095宮人に行きて語らむ山桜風よりさきに来てもみるべく
とのたまふ御もてなし 声づかひさへ 目もあやなるに
  優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそ移らね
と聞こえたまへば ほほゑみて 時ありて 一度開くなるは かたかなるものを とのたまふ 096聖 御土器賜はりて
  奥山の松のとぼそをまれに開けてまだ見ぬ花の顔を見るかな
とうち泣きて見たてまつる 097聖 御まもりに 独鈷たてまつる 098見たまひて 僧都 聖徳太子の百済より得たまへりける金剛子の数珠の 玉の装束したる やがてその国より入れたる筥の 唐めいたるを 透きたる袋に入れて 五葉の枝に付けて 紺瑠璃の壺どもに 御薬ども入れて 藤 桜などに付けて 所につけたる御贈物ども ささげたてまつりたまふ 099君 聖よりはじめ 読経しつる法師の布施ども まうけの物ども さまざまに取りにつかはしたりければ そのわたりの山がつまで さるべき物ども賜ひ 御誦経などして出でたまふ 100内に僧都入りたまひて かの聞こえたまひしこと まねびきこえたまへど ともかくも ただ今は 聞こえむかたなし もし 御志あらば いま四 五年を過ぐしてこそは ともかくも とのたまへば さなむ と同じさまにのみあるを 本意なしと思す 101御消息 僧都のもとなる小さき童して
  夕まぐれほのかに花の色を見て今朝は霞の立ちぞわづらふ
御返し
  まことにや花のあたりは立ち憂きと霞むる空の気色をも見む
とよしある手の いとあてなるを うち捨て書いたまへり 102御車にたてまつるほど 大殿より いづちともなくて おはしましにけること とて 御迎への人びと 君達などあまた参りたまへり 103頭中将 左中弁 さらぬ君達も慕ひきこえて かうやうの御供には 仕うまつりはべらむ と思ひたまふるを あさましく おくらさせたまへること と恨みきこえて いといみじき花の蔭に しばしもやすらはず 立ち帰りはべらむは 飽かぬわざかな とのたまふ 104岩隠れの苔の上に並みゐて 土器参る 105落ち来る水のさまなど ゆゑある滝のもとなり 106頭中将 懐なりける笛取り出でて 吹きすましたり 107弁の君 扇はかなううち鳴らして 豊浦の寺の 西なるやと歌ふ 108人よりは異なる君達を 源氏の君 いといたううち悩みて 岩に寄りゐたまへるは たぐひなくゆゆしき御ありさまにぞ 何ごとにも目移るまじかりける 109例の 篳篥吹く随身 笙の笛持たせたる好き者などあり 110僧都 琴をみづから持て参りて これ ただ御手一つあそばして 同じうは 山の鳥もおどろかしはべらむ と切に聞こえたまへば 乱り心地 いと堪へがたきものを と聞こえたまへど けに憎からずかき鳴らして 皆立ちたまひぬ
111飽かず口惜しと 言ふかひなき法師 童べも 涙を落としあへり 112まして 内には 年老いたる尼君たちなど まださらにかかる人の御ありさまを見ざりつれば この世のものともおぼえたまはず と聞こえあへり 113僧都も あはれ 何の契りにて かかる御さまながら いとむつかしき日本の末の世に生まれたまへらむと見るに いとなむ悲しき とて目おしのごひたまふ 114この若君 幼な心地に めでたき人かな と見たまひて 宮の御ありさまよりも まさりたまへるかな などのたまふ 115さらば かの人の御子になりておはしませよ と聞こゆれば うちうなづきて いとようありなむ と思したり 116雛遊びにも 絵描いたまふにも 源氏の君 と作り出でて きよらなる衣着せ かしづきたまふ

若紫 原文かな 05-94/05-116

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

やまみづにこころとまりはべりぬれど うちよりもおぼつかながらせたまへるも かしこければなむ いま このはなのをりすぐさずまゐりこむ
みやびとにゆきてかたらむやまざくらかぜよりさきにきてもみるべく
とのたまふおほむ-もてなし こわづかひさへ めもあやなるに
うどんげのはなまちえたるここちしてみやまざくらにめこそうつらね
ときこエたまへば ほほゑみて ときありて ひとたびひらくなるは かたかなるものを とのたまふ
ひじり おほむ-かはらけたまはりて
おくやまのまつのとぼそをまれにあけてまだみぬはなのかほをみるかな
と うち-なきてみたてまつる ひじり おほむ-まもりに とこたてまつる みたまひて そうづ さうとくたいしのくだらよりえたまへりけるこむがうじのずずの たまのさうぞくしたる やがてそのくによりいれたるはこの からめいたるを すきたるふくろにいれて ごえふのえでにつけて こんるりのつぼ-どもに おほむ-くすり-どもいれて ふぢ さくらなどにつけて ところにつけたるおほむ-おくりもの-どもささげたてまつりたまふ きみ ひじりよりはじめ どきやうしつるほふしのふせ-ども まうけのもの-ども さまざまにとりにつかはしたりければ そのわたりのやまがつまで さるべきもの-どもたまひ みずきやうなどしていでたまふ うちにそうづいりたまひて かのきこエたまひしこと まねびきこエたまへど ともかくも ただいまは きこエむかたなし もし みこころざしあらば いまよとせ いつとせをすぐしてこそは ともかくもとのたまへば さなむ とおなじさまにのみあるを ほいなしとおぼす おほむ-せうそこ そうづのもとなるちひさきわらはして
ゆふまぐれほのかにはなのいろをみてけさはかすみのたちぞわづらふ
おほむ-かへし
まことにやはなのあたりはたちうきとかすむるそらのけしきをもみむ
と よしあるての いとあてなるを うち-すてかいたまへり みくるまにたてまつるほど おほいどのより いづちともなくて おはしましにけること とて おほむ-むかへのひとびと きみたちなどあまたまゐりたまへり とうのちゆうじやう さちゆうべん さらぬきみたちもしたひきこエて かうやうのおほむ-ともには つかうまつりはべらむ とおもひたまふるを あさましく おくらさせたまへること とうらみきこエて いといみじきはなのかげに しばしもやすらはず たちかへりはべらむは あかぬわざかな とのたまふ いはがくれのこけのうへになみゐて かはらけまゐる おちくるみづのさまなど ゆゑあるたきのもとなり とうのちゆうじやう ふところなりけるふえとりいでて ふきすましたり べんのきみ あふぎはかなううち-ならして とよらのてらの にしなるやとうたふ ひとよりはことなるきみたちを げんじのきみ いといたううち-なやみて いはによりゐたまへるは たぐひなくゆゆしきおほむ-ありさまにぞ なにごとにもめうつるまじかりける れいの ひちりきふくずいじん しやうのふえもたせたるすきものなどあり そうづ きむをみづからもてまゐりて これ ただおほむ-てひとつあそばして おなじうは やまのとりもおどろかしはべらむ とせちにきこエたまへば みだりごこち いとたへがたきものを ときこエたまへど けににくからずかき-ならして みなたちたまひぬ
あかずくちをしと いふかひなきほふし わらはべも なみだをおとしあへり まして うちには としおイたるあまぎみ-たちなど まださらにかかるひとのおほむ-ありさまをみざりつれば このよのものともおぼエたまはず ときこエあへり そうづも あはれ なにのちぎりにて かかるおほむ-さまながら いとむつかしきひのもとのすゑのよにむまれたまへらむとみるに いとなむかなしき とて めおしのごひたまふ このわかぎみ をさなごこちに めでたきひとかな とみたまひて みやのおほむ-ありさまよりも まさりたまへるかな などのたまふ さらば かのひとのみこになりておはしませよ ときこゆれば うち-うなづきて いとようありなむ とおぼしたり ひひなあそびにも ゑかいたまふにも げんじのきみとつくりいでて きよらなるきぬきせ かしづきたまふ

若紫 現代語訳 05-94/05-116

「この山や水に心は魅せられてしまいましたが、帝からご心配あそばれているとの便りも畏れ多いことなので。またこの花が咲いている折りを過ぎずに参りましょう。
宮人に行きてかたらむ山桜風よりさきに来ても見るべく
(大宮人たちに
戻って話そう
この山桜の花を
風に散る前に
是非自分でも見に来るようにと)」
とおっしゃる君の立ち居や声の調子までが、まぶしいくらいに美しいので、
「優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそうつらね
(あなたの御到来に
待ちに待った優曇華の花に
やっと会えた気持ちがして
そんなにおっしゃる深山桜には
目をくれることもありません)」
と僧都がお返し申し上げると、君は微笑みになられ、
「三千年の時が経過して一度開くという花では、花に間に合わないでしょうに」とおっしゃる。
聖は、別れのお盃をいただいて、
「奥山の松のとぼそをまれにあけてまだ見ぬ花の顔を見るかな
(ふだん閉じこもっている奥山の
松の戸を
まれに開けてみると
見たこともない
美しい花の顔を拝見するものだな)」
とつい涙を流して君を拝み申し上げる。
聖はお守りに独鈷を差し上げる。それをご覧になって、僧都は、聖徳太子が百済から手にお入れになっていた金剛子できた数珠、それも玉(ぎょく)で飾られているのを、そのまま、同じくその国から輸入した入れ物で唐風仕上げのものを透かし彫りした袋に入れて、五葉の松に結び付けたものや、紺瑠璃の壺などに、さまざまなお薬などを入れて、藤や桜の木などに結びつけたものや、場所柄にふさわしい御贈物などを献上なさる。
君は、聖をはじめとして、読経を勤めた法師への布施などや、用意しておいた品々を、あれこれ京へ取りに行かせになったので、そのあたりの山の住人までが、しかるべき品物などをたまわり、御誦経の礼などをしてお立ちになる。
坊の中に僧都はお入りになって、君からの申し出をお受けなされた例の件を、言葉通りにお伝えになられたけれど、
「どうにもこうにも、ただ今はお伝えしようがございません。もしお気持ちがおありならば、いま四五年経ってからいかようなりとも」と尼君はおっしゃるので、それがいいと僧都も同じような様子をするだけなので、君はご不満をお感じになる。
お便りを、僧都に仕える幼い童を介して、
「夕まぐれほのかに花の色を見てけさは霞の立ちぞわづらふ
=きのうの夕暮れ
ちらりと美しい花の
色を見てしまったので
今朝は何を見ても霞みがかかったようで
そこを離れることができかねます」
返歌は、
「まことにや花のあたりは立ちうきとかすむる空のけしきをも見む
=本当かしら
花のあたりは
去りがたいと
かりそめにおっしゃったけれど
霞みがかかってわかりにくい空のようなあなたの表情をちゃんと見ておきましょう」
と古典を学んだ筆跡でとても気品があるのに、無造作に書いておられた。
君がお車にお乗りになるところに、左大臣邸から、「どこへともおっしゃらずに、おでかけになってしまうとは」と、お迎えの者たちや、ご子息方などが大勢まいられた。頭中将や左中弁、またふたりほど身分の高くないお子様方もお慕い申し上げて、
「このようなお供には、お仕え申しましょうと存じておりますのに、おどろいたことにまあ、置き去りになさるとは」とお恨み申し上げて、
「とても見事な桜の下で、すこしの間もやすらうことなく、もどって行かれるのは、飽き足りない行いですよ」とおっしゃる。
岩陰の苔の上に並んですわり、お酒を召しあがる。落ちてくる水の様子など、もっとも雅趣に富んだ、滝のたもとである。
頭中将は懐にあった笛を取り出して、澄んだ音色を吹いている。弁の君は扇で左の掌を軽く打ち拍子をとりながら、「豊浦の寺の西なるや」と謡う。ふつうの人より秀でた若君たちだが、源氏の君がもうとてもしんどそうに、岩に寄りかかって座っていらっしゃる姿は、比較を絶した崇高な美を宿したご様子だから、どんなことにも目移りできるものではなかった。いつも同行する、篳篥を吹く随身や、笙の笛を持たせてある粋人などがいる。
僧都は琴を自分で持ってまいって、
「これを、一曲だけお弾きあそばして、どうせなら、山の鳥も驚かしてやりましょう」と熱心に依頼申されるので、
「気分がすぐれずとても耐えがたいのに」とご返事なさるが、そんなにひどくなくかき鳴らしになり、みな出発なされた。
名残惜しくてならないと、ひと数にも入らぬ法師や童たちまでもが、涙を落とし合った。ましてや、坊内では、年老いた尼君たちなどが、これまでまったくこんな高貴な方のご様子を見た経験がなかったので、「この世の存在とも思えません」と申し上げあった。僧都までもが、「何とまあ、どういうご縁で、こんな美しいお姿のまま、ひどく仏道を得がたい辺地である日の本の末の世にお生まれになったのだろうかと、とても悲しい」と目を押しぬぐいになった。
この若君は幼心に、すばらしい人だなとご覧になって、
「父宮のお姿よりもすぐれていらっしゃるわ」などとおっしゃる。
「それなら、あのお方のお子におなりあそばさしな」と女房が申し上げると、こくりとうなずいて、そうなればとてもいいことだろうなとお考えになる。雛遊びをしても、絵をお描きになるにも、源氏の君だとこさえ上げ、きれいな着物を着せて大切になさる。

若紫 注釈 05-94/05-116

山水 05-094

山水(さんすい)という抽象的なものではなく、今いるこの山、僧都の坊で見た遣水を指す。

風よりさきに 05-095

「風」はその前の「山桜」の「山」と結びついて、「嵐」をイメージさせる。風(嵐)よりさきに来るとは、花が散る前に来るということ。なお、大宮人に語る内容が第四第五句「山桜風よりさきに来ても見るべく」である。

来ても 05-095

「も」は私の話を聞きだけでなく実際に来ても。

みる 05-095

「こころみる」と「見る」をかける。また「行き」と「来」を読みこんだこともこの歌に動きをもたらしている。

御もてなし 05-095

ふるまい方、ものごし、態度。

声づかひさへ目もあやなるに 05-095

声は目に見えないから比ゆである。この聴覚と視覚との結びつきが、諸仏如来の説法のありがたさの比ゆに使われる優曇華を呼び起こす枕になっている。

優曇華の花 05-095

三千年に一度開き、その時に、仏陀または輪転聖王(この世の覇者)が現れるとされている。先にも注したが、光がこの北山へ来たことを、僧都はめったに見られない優曇華の花が咲いたことに比しているのである。

時ありて一度開くなるはかたかなるものを 05-95

これがこの段の問題。「時ありて」は、時期がある・決まっているの意味と、時がある・時間が経過するの二つの意味を考えることができる。三千年に一度という時期が決まっていてか、三千年経過するごとに一度か。意味的に差異はあまりないが、「て」の説明は後の方がつけやすいかと思う。経過してそのうえで。「なる」はふたつとも伝聞。「開くなる」の後は、優曇華の花が省略。「かたかなるものを」がポイント。順序があべこべだが「ものを」は軽い非難。「かたし」はめったにないと解釈されているが、それは三千年に一度という主語の中に含まれている。それにめったにないことが何なのか、何の非難になるのか理解できない。光は別れの挨拶として、花が散る前に戻ってくると言って、歌を詠んだのである。なのに、光の訪れを、三千年に一度しか咲かない花に見立てたので、それでは花の折りに間に合わない、あるいはまた三千年経たないとここに来られないことになると、軽い非難をしたのである。従って、「かたし」は「ありがたし」の意味ではなく、「来がたし」の意味である。結局、別れの場面なのだから、「すぐにまた来る」というのが、当然、話の主題である。その太い流れを見落とし、細部だけに目をやるから、間違いに気がつかないのだ。これも繰り返しになるが、ある読みが間違いであるかどうかという最終的な根拠は、全体の流れに沿っているか否かしかないのである。なんとなく読めてしまうことが恐ろしいのだ。本通りを通っているのか、わき道に逸れていないか、常に足下を顧みることが大切である。

聖御土器賜はり 05-096

聖が盃をいただくとの意味。聖が光に盃を与えるではない。「土器」は、 素焼きの陶器のさかずき。

独鈷 05-097

煩悩を打ち破る法具。

独鈷を贈った理由

独鈷は金剛杵(こんごうしょ)の一種、金剛つながりで金剛子の数珠を僧都は贈る気になったのだろう。独鈷や金剛子の数珠に何か特別な意味があるのかどうかわからない。「見たまひて」という叙述も気になる。僧都が聖に張り合おうとしたのか何なのか。ともかく、この段を読む限り、聖が聖者であるのに対して、僧都は俗物的な感じが拭えない。面と向ってそうは書かないが、「見たまひて」などという叙述にそれを匂わせている気がする。以上、深読みかもしれないが、僧都は光の恋を取り持つ俗的要素を背負わされていると言ってよかろう。

僧都 聖徳太子の百済より得たまへりける金剛子の数珠の 玉の装束したる やがてその国より入れたる筥の 唐めいたるを 透きたる袋に入れて 五葉の枝に付けて 紺瑠璃の壺どもに 御薬ども入れて 藤 桜などに付けて 所につけたる御贈物ども ささげたてまつりたまふ 05-098

難問である。構文は後回しにして、語釈をつける。「金剛子」は菩提樹科の喬木で実が固く数珠の珠に用いられる。「玉」は宝石類。「装束する」は飾る。「五葉の枝」は五葉の松の枝。「金剛子の数珠の玉の装束したる」は、金剛子で作られた数珠で、玉で飾られているもの。
問題は「袋に入れて」とあるが何を袋に入れたかである。諸注は、「箱の唐めいたる」を「透きたる袋」に入れたと考えるが、それでは、数珠はどうしたのか説明がつかない。大事なのは数珠であって、箱ではないはずである。一番大事な部品が余ってしまったんではどうにもならない。根本的な読み直しが必要である。まず当たりとして、入れたのは数珠であろうと考える。すると、「透きたる」袋でなく、「箱の唐めいたるを透きたる」袋だと読みかえる必要が出てくる。箱が唐風仕上げで、それを透かし彫りにしたか、透かし模様を入れたかした袋に、数珠を入れたのだと読める。「その国より入れたる箱」は、数珠が「りける」と過去完了であるのに対して、「入れたる」とある点に注意。同じ百済から取り入れたものだが、時間差がある。「やがて」は「入れて」にかかる。ただし、この解釈の難は、箱を袋と言い換えている点にある。素直に読めば、箱を透くことで袋にしたと読めるがよくはわからない。「を」は接続助詞で、箱は中国風だが、透けた袋に入れてかも知れないが、箱と袋の関係は不明のままだ。

もうけの物ども 05-099

あらかじめ用意しておいた贈物。

御誦経 05-099

今回のお礼はすでに行っているので、 今後の誦経を願う布施と考えるのがよかろう。

内に 05-100

僧房内に。

かの聞こえたまひしこと 05-100

「聞こゆ」は本動詞では「申し上げる」という謙譲語になるか、受身・自発・可能などとして「聞く」の意味である。ここの主語は光説と僧都説があるが、光説では光が僧都に「申し上げる」ことなってしまう。したがって、僧都が聞いたという受身と考えなければならない。その聞いた内容は、「幼き御後見に思すべく聞こえたまひてんや」というもの。「聞こえ」る相手が諸説では尼君であり、わたしは紫であると考えることについては、すでに述べた。同じ問題がまたすぐ後に出てくる。

まねびきこえたまへど 05-100

まねび」は人から聞いた話を、自分の言葉に改めずに聞いたとおりに伝えること。「聞こえ」は補助動詞で、伝えた相手の尼君を高める敬語。「たまへ」は伝えた主体である僧都を高める敬語。

ともかくもただ今は聞こえむ方なし 05-100

諸説は、どうにもこうにも光に対して返事の申し上げようがないと解釈する。すなわち、「聞こえ」の対象を光と考えるが、この解釈は認めがたい。「聞こえむ方なし」という表現だが、これはどうにも言葉につまった時の表現である。しかし、ここでは返事の仕様がないと言いながら、四五年後ならなんとでもなると返事を続けている。こういう使い方は源氏物語では他に例がない。常に言葉に窮して、そこで涙を飲むのである。先には続かないのだ。七例あるうちの一例だけ例外があるが、それは「聞こえむ方なきを」という形、すなわち、逆接の「を」がつくことではじめて、何とも言いようがないけれど……と続くことができるのだ。この申し上げようがないのは、紫に対してである。紫がまだ未熟なので、どうにも恋の話ができないという意味である。光から紫に後見の話を伝えてほしいと僧都が言われ、では尼君を通して紫に伝えようと返事をしたことは説いた。僧都は尼君から紫に伝えてほしいと頼んだのであるが、どうにも言いようがないという流れである。「方なし」は、すべなしと訳されているが、本来は、紫をくどき落とすポイント、場所、角度、方向がないとの意味である。

御志 05-100

光の紫に対する愛情。

ともかくも 05-100

後には「聞こえむ」や 「聞こえなむ」 が省略されていると考えられる。今は「ともかくも聞こえむ方なし」だが、四五年後なら「ともかうも聞こえむ」(どうにでも言える)のだ)。

さなむ 05-100

「む」は推量でも意思でも勧誘(~する方がよい)でも、どうにでも訳せる。

霞 05-101

実景としての霞がかかることと、目が涙でかすむの二つの意味がかかる。

霞むる 05-101

燕が体をかすめるように飛んで行く、などと使う「かすめ」で、中心からずれての意味。本心のこもらない言葉をはくことと、本心がどこにあるかはっきりしない光の態度、霞む実景を意味する。光としては本心を述べているつもりだが、尼君は和歌のレトリックとして相手に本心はどこかわからないと嘯くのである。

よしある手のいとあてなるをうち捨て書いたまへり 05-101

「を」は「書く」の対象を表す格助詞とされているが、それでは「あてなる」と「うち棄て」が矛盾する。「を」は接続助詞であろう。「よしある手」とは教養が感じられる筆跡。すなわち、臨書をしっかりして古典の名筆を自分のものにしている筆跡である。「の」は同格。「あて」は気品がある。「うち棄て」は無造作に、大雑把に。慎重でなくということ。

御車にたてまつる 05-102

車に乗るの尊敬語。

ほど 05-102

すぐ後に「しばしもやすらはずたちかへりはべらむは」と言っているのだから、もう出発しようとしていた頃だとわかる。

大殿 05-102

妻の父である左大臣邸。

さらぬ君達 05-103

頭中将や左中弁ほど身分の高くない「君たち(=左大臣のご子息)」。

あさましく 05-103

心外であるとの気持ち。当然自分にお声がかりがあるものとおもっていたのに、そうでなかったことが原因。この「あさましく」は、文修飾の語、「おくらさせたまへる」ことが「あさまし」なのである。これが地の文であれば、草子地と呼ばれる。

土器参る 05-104

お酒をお召しになること。飲むの尊敬語。

ゆゑある滝のもとなり 05-105

なかなか解釈ができないところだ。「ゆゑ」は一流人物の教養・趣味性・生れなどをあらわす。そうであれば、滝にゆゑがあるとは考えられない。人造の滝で、その結構に造り手の教養がしのばれるから、ゆゑありなら理解できなくもないが、聖や僧都が滝を作るとも思えない。そこで、この個所から人為的なもの読み取るとすれば、光たちがどこに座ってもいいのに、なかでも滝のもとを選んですわった、その場所取りの審美眼が、ゆゑありなのであろうと考えておく。「ゆゑある」は「滝」にかかるのではなく、「もと」にかかると読むのである。

なりける 05-106

「ける」は、はたの者がきがついてみるとの意味との注釈があるが、どうだろう。「ける」は一種の法助動詞と考えたほうがよいように思う。すなわち、入れるか入れないかは、話者の気分によるのである。ちゃんとしこんでおいたなという驚きというか、ひやかしがこの「ける」には込められているのではないか。

吹きすまし 05-106

澄んだ音色をたてること。

扇はかなううち鳴らし 05-107

扇で左手のたなごころを軽くうって拍子をとること。

豊浦の寺の西なるや 05-107

催馬楽。「国ぞ栄えむや、我家(わいへ)らぞ富みせむや」の節があり、祝賀となっている。

人よりは異なる君達 05-108

頭中将や左中弁は一般より優れた人であるとのこと。

たぐひなく 05-108

二人とは比較を絶して。

ゆゆしき 05-108

光に固有な美。魅入られてしまうような、この世の存在とは思えない美。健康な美でないところに紫式部のデカダンな志向が感じられる。それはともあれ、ゆゆしのもつ畏敬と美の共存は日本独特な感じがする。西洋には芸術から受ける霊的体験として崇高美なる概念があるが、これは宗教的意味合いが強すぎるだろう。

同じうは 05-110

どうせ宴をするなら自分たちだけで騒ぐのでなく、鳴き音のきれいな山の鳥までびっくりさせてやろうということ。前回述べた自然との交感である。それがうまく行ったのかどうか。「けにくからず」とあり、演奏は特別よかったのでもないらしい。

言ふかひなき法師 05-111

わきまえのない法師の意味ではない。「言ふかひなし」は、取るにたりないの意味で話者の評。具体的には身分の低さ、能力の低さなどを表すが、とりたてて言うに当たらないほどの意味である。

まして 05-112

「聞こえあへり」にかかる。法師や童べが「あかず口惜し」と言ったのに対して、「まして」尼君たちなどは「この世のものともおぼえたまはず」と言い合ったのである。

かかる御さまながら 05-113

このような美しいお姿でありながら。「かかる」は、このようなの意味だが、このようなが受ける内容は、このようなうつくしい姿ということ。

むつかしき 05-113:何が厄介か

厄介ということであるが、具体的に何が厄介なのかを限定してゆくのはなかなか厄介である。手続きとして、これに関連する文脈をとらえることになる。まず、「日本(ひのもと)の末の世」にかかり、「生まれたまへらむ」と対比的に使用されていることはすぐにわかると思う。となれば、解はひとつの方向に決まってゆく。生きて行く上で、日本の末の世では何が厄介なのかを考えればよいのだ。ここで発言者が僧侶であることを考慮すれば、「末の世」は、末法思想で言う、仏法が衰える時代であり、「日本」もインドから見て辺地であることに思い当たる。仏道を修行するのに難儀であるこの辺地である日本のこの末世に、ほどの意味だとわかる。

この若君 05-114

紫。

めでたき 05-114

「愛でる」対象として甚だしいの意味。とてもすばらしいこと。

宮 05-114

紫の父である兵部卿宮。

いとようありなむ 05-115

源氏の子供になればという女房の勧めに対する答え。「いとよからむ」が直接的な答えであるのに対して、間接的で現実性の乏しさがある答え。その分、少女の夢見心地な気分が表れている感じがする。

2020-05-24

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