05若紫15

2020-05-24

若紫 原文 05-232/05-243

232かしこには 今日しも 宮わたりたまへり 233年ごろよりもこよなう荒れまさり 広うもの古りたる所の いとど人少なに久しければ 見わたしたまひて かかる所には いかでか しばしも幼き人の過ぐしたまはむ なほ かしこに渡したてまつりてむ 何の所狭きほどにもあらず 乳母は 曹司などしてさぶらひなむ 君は 若き人びとあれば もろともに遊びて いとようものしたまひなむ などのたまふ 234近う呼び寄せたてまつりたまへるに かの御移り香の いみじう艶に染みかへらせたまへれば をかしの御匂ひや 御衣はいと萎えて と 心苦しげに思いたり 235年ごろも あつしくさだ過ぎたまへる人に添ひたまへるよ かしこにわたりて見ならしたまへなど ものせしを あやしう疎みたまひて 人も心置くめりしを かかる折にしもものしたまはむも 心苦しう などのたまへば 何かは 心細くとも しばしはかくておはしましなむ すこしものの心思し知りなむにわたらせたまはむこそ よくははべるべけれ と聞こゆ 236夜昼恋ひきこえたまふに はかなきものもきこしめさずとて げにいといたう面痩せたまへれど いとあてにうつくしく なかなか見えたまふ 237何か さしも思す 今は世に亡き人の御ことはかひなし おのれあればなど語らひきこえたまひて 暮るれば帰らせたまふを いと心細しと思いて泣いたまへば 宮うち泣きたまひて いとかう思ひな入りたまひそ 今日明日 渡したてまつらむ など 返す返すこしらへおきて 出でたまひぬ 238なごりも慰めがたう泣きゐたまへり 239行く先の身のあらむことなどまでも思し知らず ただ年ごろ立ち離るる折なうまつはしならひて 今は亡き人となりたまひにける と思すがいみじきに 幼き御心地なれど 胸つとふたがりて 例のやうにも遊びたまはず 240昼はさても紛らはしたまふを 夕暮となれば いみじく屈したまへば かくてはいかでか過ごしたまはむと 慰めわびて 乳母も泣きあへり 241君の御もとよりは 惟光をたてまつれたまへり 242参り来べきを 内裏より召あればなむ 心苦しう見たてまつりしも しづ心なくとて 宿直人たてまつれたまへり 243あぢきなうもあるかな 戯れにても もののはじめにこの御ことよ 宮聞こし召しつけば さぶらふ人びとのおろかなるにぞさいなまむ あなかしこ もののついでに いはけなくうち出できこえさせたまふななど言ふも それをば何とも思したらぬぞ あさましきや

若紫 原文かな 05-232/05-243

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

かしこには けふしも みやわたりたまへり としごろよりもこよなうあれまさり ひろうもの-ふりたるところの いとどひとずくなにひさしければ みわたしたまひて かかるところには いかでか しばしもをさなきひとのすぐしたまはむ なほ かしこにわたしたてまつりてむ なにのところせきほどにもあらず めのとは ざうしなどしてさぶらひなむ きみは わかきひとびとあれば もろともにあそびて いとようものしたまひなむ などのたまふ ちかうよびよせたてまつりたまへるに かのおほむ-うつりがの いみじうえんにしみかへらせたまへれば をかしのおほむ-にほひや おほむ-ぞはいとなエてと こころぐるしげにおぼいたり としごろも あつしくさだすぎたまへるひとにそひたまへるよ かしこにわたりてみならしたまへなど ものせしを あやしううとみたまひて ひともこころおくめりしを かかるをりにしもものしたまはむも こころぐるしう などのたまへば なにかは こころぼそくとも しばしはかくておはしましなむ すこしもののこころおぼししりなむにわたらせたまはむこそ よくははべるべけれ ときこゆ よるひるこひきこエたまふに はかなきものもきこしめさず とて げにいといたうおもやせたまへれど いとあてにうつくしく なかなかみエたまふ なにか さしもおぼす いまはよになきひとのおほむ-ことはかひなし おのれあれば などかたらひきこエたまひて くるればかへらせたまふを いとこころぼそしとおぼいてないたまへば みやうち-なきたまひて
いとかうおもひないりたまひそ けふあす わたしたてまつらむ など かへすがへすこしらへおきて いでたまひぬ なごりもなぐさめがたうなきゐたまへり ゆくさきのみのあらむことなどまでもおぼししらず ただとしごろたち-はなるるをりなうまつはしならひて いまはなきひととなりたまひにける とおぼすがいみじきに をさなきみここちなれど むねつとふたがりて れいのやうにもあそびたまはず ひるはさてもまぎらはしたまふを ゆふぐれとなれば いみじくくしたまへば かくてはいかでかすごしたまはむと なぐさめわびて めのともなきあへり きみのおほむ-もとよりは これみつをたてまつれたまへり まゐりくべきを うちよりめしあればなむ こころぐるしうみたてまつりしも しづごころなく とて とのゐびとたてまつれたまへり あぢきなうもあるかな たはぶれにても もののはじめにこのおほむ-ことよ みやきこしめしつけば さぶらふひとびとのおろかなるにぞさいなまむ あなかしこ もののついでに いはけなくうち-いできこエさせたまふな などいふも それをばなにともおぼしたらぬぞ あさましきや

若紫 現代語訳 05-232/05-243

あちらへは、折しも今日、宮がいらっしゃった。見慣れた頃よりも格段に荒れに荒れ、どこもかもがやたらと古びていて、ますます人気がない状態であり、久しぶりの来訪なので、邸を見渡しになって、
「こんなところには、どうして、しばらくでも幼い人がお過ごしになれよう。無理があろうとやはりあちらへお移し申そう。なんの遠慮があろうか。乳母は私室など与えて仕えればよい。姫君は、小さい人たちもいるのだから、一緒に遊んで、とても楽しくお過ごしになれよう」などとおっしゃる。
父宮が近くに呼び寄せ申し上げになると、あの光の君の移り香が、たいそう芳しく染みつき匂い立っていらっしゃるので、がぐわしい匂いだな、お召し物はひどく疲れているのにと、いたわしく思いになる。
「長い間、お体が悪く年のゆかれた人とご一緒になったものだ。あちらに移って馴れ過ごしなさいなどとお移ししたが、やけにお避けになって、向こうでも気兼ねしたみたいであったのに、こんな折りも折りお移しするのも、気がかりだが」などとおっしゃったところ、
「どうしてそんな。心細くとも、しばらくはこうしていらっしゃるのこそ。すこし分別心がおつきになってからお移りになるのが、よろしゅうございましょう」と申し上げる。
「夜も昼も尼君を恋い慕い上げになって、ちょっとしたものでもお召し上がりになりません」という具合で、なるほどたいそうひどく顔が痩せておられるが、とても気品があってかわいらしく、それでもお見えになる。
「どうして、そんなにもお考えになるのか。今になっては世に亡い人の御ことはどうしたって仕方がない。わたしがあるのだから」
などと気持ちをこめて説き聞かせ申し上げになって、日が暮れたのでお帰りになるのを、姫君はとても心細いとお思いになってお泣きになると、父宮もついお泣きになって、
「あまりそう思いつめてはなりませんよ。今日が明日にでもお移し申すつまりです」などと、繰り返し繰り返し、なだめすかしておいてからお立ちになった。その後も慰めがたく泣いておられた。
行く先自分の身に待ち受けていることがらさえお考えにならず、ただ長年そばから離れる時なく身近に置くのが常であったものを、今は亡き人となってしまわれたとの悲しみがあまりに深く、幼い御心ながら胸がついふさがれて、いつものように無心で遊ばれることもなく、昼はそのようにしてでも気持ちを紛らわしになるけれど、夕暮れになるとひどく気を滅入らせてしまわれるので、こんな風ではどのようにして暮らしてゆかれようと、慰めようもなくて、乳母もともに泣きあった。
君のところからは、惟光を使者にお立てになることにした。わたくし自ら参上すべきですが、内裏から召しがありましたので。気が気でなく拝見しましたことも、心を波立たせるばかりで、という思いで、惟光を宿直人としておやりになった。
「あんまりな話ですこと。お遊びにしても、ことの出だしからしてこんななさり方とは」
「父宮がお聞きつけになったら、仕える者たちの不思慮ゆえと責め立てになるわ」
「ああいやだ、何かのついでに、わきまえなく口をすべらしお耳に入れたり、決してなさいませぬように」などと言うけれども、この状況を何ともお感じにならない様子は、あきれるばかりだ。

若紫 注釈 05-232/05-243

かしこ 05-232

紫たちがいる故按察大納言の邸。

宮 05-232

紫の父である兵部卿宮。

広うもの古りたる 05-233

諸注は、広々として古びと考えるが、一考を要する。病気の尼君を見舞いに光がここを訪ねたことがあったが、光が通された場所(御座所)と、尼君の臥せている場所の距離は、「いと近ければ心細げなる御声絶え絶え聞こえて」と描写されている。広い邸であれば、わざわざ病人の近くに貴人を通すことがあるだろうか。もともと、病気が重く面会はむずかしだろうという状況の中で設定された場所である。家は狭いと考える方が自然である。また、実事はないながら光と紫は一夜を過ごすが、その折りの自然描写と光や紫その心理状態との呼応は、邸の内と外の境界があやういから成り立つのであろう、ただちにこれをもって家は狭いとは言えないが、狭い方が効果的な感じがする。また、少納言は「年ごろの蓬生をかれなむもさすがに心細う」と発言する場面がある。「蓬生」はもちろん家が荒れ果てたイメージだが、そこに広さよりも狭さを思わせる表現だと思う。以上より「広うもの古りたる」は「広く」かつ「もの古る」ではなく、「広く」は「もの古る」にかかる修飾語と考える。以前は古びたと感じる場所が狭かったのに、今ではその部分が広がったのである。

久しければ 05-233

「さびしければ」とするテキストもある。「久しければ」は一見わかりにくく、「さびしければ」の方が読みやすい。ということはテキストの変遷からして、読みにくく変わることは自然でないので、「久しければ」が元のテキストであろうと判断できよう。現在広く受け入れられている大島本は「久しければ」である。

なほ 05-233

前提があってやはりである。以前から紫を自邸に移そうという意図がありながら、してこなかったという事実があり、それが前提となっている。

何の所狭きほどにもあらず 05-233

「所狭し」は、場所が狭いという物理的表現と、窮屈だという心理的表現を有する語。問題はその主体である。すなわち、受け入れる側の兵部卿宮側が「ところせし」と感じないのか、移される紫の側が「ところせし」と感じないのかである。ここのみでは、敬語がないので、自分たちのことだと読めるが、それでは、「乳母は……、君は……」とつながりがなくなる。「ところせし」の主体がこれらであると考えなければ、テキストが破綻するのだ。そう考えると、窮屈では、訳語として窮屈な感じがする。他所の家だと思って気兼ねすることはない。我がもの顔でいればいいんだ、借りてきた猫みたいに小さくなっている理由はないのだといった意味が、「何のところせきほどにもあらず」である。何の遠慮もいらないと訳したゆえんである。

曹司 05-233

私室。部屋の中を仕切った小部屋。乳母にそうした私室が与えられることは特別扱いだが、単に優遇するというのではなく、他の女房たちからプライベートを守ってやろうという意図であろう。だから、気兼ねなく暮らせるのだということ。

かの御移り香 05-234

光の匂いが紫の服に移ったこと。光の服の匂いと諸注は考えるが、光自身の生得的な匂いではないかと思う。光の後の世代である薫や匂宮が、生まれつきかぐわしい匂いを放ったように、光自身そうした特質を有していたのではないかと思う。以前にも述べたことがあるが、さらに光は匂いだけでなく光輝いていたとわたしは読むが、まあ、注釈を越えた部分なので深入りしない。

染みかへらせ 05-234

「かへり」はむせ返るなどと同じ用法。いったん染みこんだ匂いが逆に周囲に発散しているのである。

心苦しげに 05-234

心配の意味。後にも出てくる。

あつしく 05-235

病気が重いこと。

さだ 05-235

盛りの時期。

見ならし 05-235

そこの生活に馴れること。

ものせし 05-235

言うの代用とするが、すぐあとに「かかるをりにしもものしたまはむ」と同じ語が使われ、ここでは明らかに、移すことである。

疎み 05-235

はっきりした対象があって、それを嫌がることである。相手を前にして嫌ったのである。だから相手の方も「心おくめりし」、すなわち、気兼ねした様子であったのである。たんに、話だけの段階で、人を嫌がり、相手が気兼ねしたというのではない。なお「人」は敬語がないことから女房とも解釈できると思う。

かかる折に 05-235

尼君が亡くなって間なしに。

何かは 05-235

どうしてこんなおりにすることがありましょう、今である必要はないという反論。

恋ひきこえたまふ 05-236

対象は、亡き尼君。

はかなきもの 05-236

まともな食事ではなく、軽いたべもの。すなわち、ちゃんとした食事は食べにくいだろうから、食べやすそうなちょっとしたものを出すが、それも受け付けないということ。

なかなか 05-236

平安美人は頬がぽっちゃりとした下ぶくれである。面が痩せていたのでは、みにくいことになる。しかしそれなのに、「あてにうつくしく」(気品があってかわいい)見えたのである。「なかなか」という副詞は、「いとあてに」の前に置き換えてみるとわかりやすい。

さしも 05-237

「夜昼恋ひきこえたまふにはかなきものも聞こしめさず」というほど。

思ひな入りたまひそ 05-237

「な……そ」は軽い禁止を示すが、「思ひ入る」のような複合語に対しては、このように途中に挿入されることが多い。

今日明日渡したてまつらむ 05-237

事実でなく言葉の上で安心させるために、早めに言ったのである。それが「こしらへおきて」である。すなわち、事実でなくてもこしらえて、慰めの言葉を言うこと。

なごり 05-238

その後。何か事態が進行したあと。たいていは、別れの後を言う。ここも父宮が帰った後である。

行く先身のあらむこと 05-239

将来その身に起きることがら。具体的には、父宮のもとに連れて行かれるかもしれないこと、そこで起こるかも知れないさまざまなつらいこと。あるいは、光の無理な求愛を受けることになること、それに続く悲恋など。

まつはしならひて 05-239

「し」は使役。尼君が紫をそばに居させた。

思すがいみじき 05-239

主語述語の関係ととる。主格の「が」の前に、程度、具合などを補うとわかりやすい。

例のやうにも遊びたまはず 05-239

ふたつの解釈が可能だと思う。いつも遊んでいるのに対して、いつもとは違って遊ばなくなったの意味がひとつ。いつもほどにも遊ばないという読み方がいまひとつ、すなわち、遊ぶには遊んだが、遊び方がいつもほどでもなかったとの意味。どちらを取るかは、「例のやう」が具体的に述べられているか、そこから何が読み取れるかによって決まる。遊びに関しては、雀の子を逃がした場面と、人形遊びやお絵描きに光を使ったという描写があった。しかし、これ以上の情報がないので、決定し得ない。いつものように無心には程度にとっておくのが無難か。

さても 05-240

指示語で、幼心地に胸をふさがらせたままいつもみたいに遊ぶことがなくてもの意味。それでもという訳では、文脈が消えてしまう。

屈したまへ 05-240

心が晴れない。気が滅入ること。

あへり 05-240

互いにしあうこと。ここは紫と一緒に乳母も慰める言葉がなく泣いたのだ。

惟光をたてまつりたまへり 05-241

「宿直人たてまつれたまへり」は同じことを繰り返している。と言うより、はじめに大まかに説明し、次に詳細に説明する二段表現と考えればよい。

参り来べきを……しづ心なく 05-242

惟光を通して先方に伝えさせた光の言葉。

も 05-242

前回会ったときの心配があるのでなおさら、心配で自分で向かいたいのである。

しづ心なく 05-242

気持ちが落ち着かない様子。

あぢきなうもあるかな 05-243

情けないという心情語ではなく、相手への非難。そんな道理はありませんよということ。男女が関係を結んだあとは、男が三日間つづけて会いに来るのが決まり。それをしないということは、よほど嫌で捨てられたということになる。本気で結婚する(一生でなくとも当面面倒をみること)意思がなくとも、そうするのが当然であるのに、それをしないのはひどすぎるという意味。

戯れ 05-243

紫と性交渉が済んでいないことをいうのではなく、単なる浮気であってもの意味。

さいなまむ 05-243

とがめ立てるだろう。

あなかしこ 05-243

おそろしいという感嘆。下の禁止表現と共鳴し、決しての意味も持つ。

いはけなく 05-243

幼さからくる無分別で。これは紫に向かって言った言葉とする説があるがおかしい。だいたいこの会話全体はひとりの女房の発言とされているが、内容からして複数の女房の発言であり、そうであれば、最後の発言はその前の「宮聞こしめしつけば……さいなまむ」を受けた表現であって、これを言った女房に対して制した言葉であるはずだ。「宮……さいなまむ」が紫の発言と取ることはできない。

それをば何とも思したらぬぞ 05-243

「それを」について注釈がないのは不満だ。話の流れから、父宮に言ってはいけないと言われてもぽかんとして何とも感じていない紫の様子を浮かべそうになるが、それは間違いである。ここの文脈の焦点は、兵部卿宮に聞かれてはいけないということではなく、三日間は続けてくるべき光が、二日目にして来ないことである。こんなばかなされ方はないのだ。あまりにその仕打ちがひどいから、父宮に言えないという結果が起こるのである。夫が二日目で来なくなったことの意味は、光に世話してもらえるかも知れないという将来の展望が瓦解したことを意味する。そうした今ある状況が「それ」である。そんな重大なことなのに、なんの反応もないので、「あさましきや」という話者の評が入っているのだ。父に言ってはいけないと言われたのにちゃんと聞いていない、ただそれだけでは「あさましきや」という強い評は決して出て来るものではない。

2020-05-24

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