05若紫14

2020-05-24

若紫 原文 05-217/05-231

217霰降り荒れて すごき夜のさまなり 218いかで かう人少なに心細うて 過ぐしたまふらむと うち泣いたまひて いと見棄てがたきほどなれば 御格子参りね もの恐ろしき夜のさまなめるを 宿直人にてはべらむ 人びと 近うさぶらはれよかしとて いと馴れ顔に御帳のうちに入りたまへば あやしう思ひのほかにもと あきれて 誰も誰もゐたり 219乳母は うしろめたなうわりなしと思へど 荒ましう聞こえ騒ぐべきならねば うち嘆きつつゐたり 220若君は いと恐ろしう いかならむとわななかれて いとうつくしき御肌つきも そぞろ寒げに思したるを らうたくおぼえて 単衣ばかりを押しくくみて わが御心地も かつはうたておぼえたまへど あはれにうち語らひたまひて いざ たまへよ をかしき絵など多く 雛遊びなどする所にと 心につくべきことをのたまふけはひの いとなつかしきを 幼き心地にも いといたう怖ぢず さすがに むつかしう寝も入らずおぼえて 身じろき臥したまへり 221夜一夜 風吹き荒るるに げに かう おはせざらましかば いかに心細からまし 同じくは よろしきほどにおはしまさましかばとささめきあへり 222乳母は うしろめたさに いと近うさぶらふ 223風すこし吹きやみたるに 夜深う出でたまふも ことあり顔なりや 224いとあはれに見たてまつる御ありさまを 今はまして 片時の間もおぼつかなかるべし 明け暮れ眺めはべる所に渡したてまつらむ かくてのみは いかが もの怖ぢしたまはざりけり とのたまへば 宮も御迎へになど聞こえのたまふめれど この御四十九日過ぐしてや など思うたまふる と聞こゆれば 頼もしき筋ながらも よそよそにてならひたまへるは 同じうこそ疎うおぼえたまはめ 今より見たてまつれど 浅からぬ心ざしはまさりぬべくなむとて かい撫でつつ かへりみがちにて出でたまひぬ 225いみじう霧りわたれる空もただならぬに 霜はいと白うおきて まことの懸想もをかしかりぬべきに さうざうしう思ひおはす 226いと忍びて通ひたまふ所の道なりけるを思し出でて 門うちたたかせたまへど 聞きつくる人なし かひなくて 御供に声ある人して歌はせたまふ 
 227朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな
と 二返りばかり歌ひたるに よしある下仕ひを出だして 
  立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしにさはりしもせじ
と言ひかけて 入りぬ 228また人も出で来ねば 帰るも情けなけれど 明けゆく空もはしたなくて殿へおはしぬ 229をかしかりつる人のなごり恋しく 独り笑みしつつ臥したまへり 230日高う大殿籠もり起きて 文やりたまふに 書くべき言葉も例ならねば 筆うち置きつつすさびゐたまへり 231をかしき絵などをやりたまふ

若紫 原文かな 05-217/05-231

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

あられふりあれて すごきよのさまなり いかで かうひとずくなにこころぼそうて すぐしたまふらむ と うち-ないたまひて いとみすてがたきほどなれば みかうしまゐりね もの-おそろしきよのさまなめるを とのゐびとにてはべらむ ひとびと ちかうさぶらはれよかし とて いとなれがほにみちやうのうちにいりたまへば あやしうおもひのほかにもと あきれて たれもたれもゐたり めのとは うしろめたなうわりなしとおもへど あらましうきこエさわぐべきならねば うち-なげきつつゐたり わかぎみは いとおそろしう いかならむとわななかれて いとうつくしきおほむ-はだつきも そぞろさむげにおぼしたるを らうたくおぼエて ひとへばかりをおし-くくみて わがみここちも かつはうたておぼエたまへど あはれにうち-かたらひたまひて いざ たまへよ をかしきゑなどおほく ひひなあそびなどするところに と こころにつくべきことをのたまふけはひの いとなつかしきを をさなきここちにも いといたうおぢず さすがに むつかしうねもいらずおぼエて みじろきふしたまへり よひとよ かぜふきあるるに げに かう おはせざらましかば いかにこころぼそからまし おなじくは よろしきほどにおはしまさましかば とささめきあへり めのとは うしろめたさに いとちかうさぶらふ かぜすこしふきやみたるに よぶかういでたまふも ことありがほなりや いとあはれにみたてまつるおほむ-ありさまを いまはまして かたときのまもおぼつかなかるべし あけくれながめはべるところにわたしたてまつらむ かくてのみは いかが もの-おぢしたまはざりけり とのたまへば みやもおほむ-むかへになどきこエのたまふめれど このおほむ-なななぬかすぐしてや などおもうたまふる ときこゆれば たのもしきすぢながらも よそよそにてならひたまへるは おなじうこそうとうおぼエたまはめ いまよりみたてまつれど あさからぬこころざしはまさりぬべくなむ とて かい-なでつつ かへりみがちにていでたまひぬ いみじうきりわたれるそらもただならぬに しもはいとしろうおきて まことのけさうもをかしかりぬべきに さうざうしうおもひおはす いとしのびてかよひたまふところのみちなりけるをおぼしいでて かどうち-たたかせたまへど ききつくるひとなし かひなくて おほむ-ともにこゑあるひとしてうたはせたまふ
あさぼらけきりたつそらのまよひにもゆきすぎがたきいもがかどかな
と ふたかへりばかりうたひたるに よしあるしもづかひをいだして
たちとまりきりのまがきのすぎうくはくさのとざしにさはりしもせじ
といひかけて いりぬ またひともいでこねば かへるもなさけなけれど あけゆくそらもはしたなくてとのへおはしぬ をかしかりつるひとのなごりこひしく ひとりゑみしつつふしたまへり ひたかうおほとのごもりおきて ふみやりたまふに かくべきことばもれいならねば ふでうち-おきつつすさびゐたまへり をかしきゑなどをやりたまふ

若紫 現代語訳 05-217/05-231

外は霰が降る荒れようで、すさまじい夜の様子である。
「どうして、こう人気なく心細いままで、お過ごしになれるだろう」と、ついお泣きになって、とても見捨てて帰れそうにない有様なので、
「御格子を下ろしなさい。この分ではどうにもそら恐ろしい夜の様子になろうから、宿直人になって仕えよう。みな、近く寄り添うがよい」と、ひどく馴れた顔で、御帳の中へお入りになるので、異常で考えてもいないことで、驚きあきれ、みながみなそこに座っていた。乳母は、気が気でなくどうにもならないと思うが、荒々しく留め立てして騒ぐ時ではないので、つい嘆きながら座っていた。
姫君は、とても恐ろしくて、どうなるのだろうと体が震えてならず、とても愛しいお肌の様子までが、やたらと寒そうにしていらっしゃるのを、君は見ていられなくなって、単衣だけで体を押しくるんで、自分の気持ちとしても、一方では何とも思わぬことになったものだとついお感じになりながら、情をこめてそっと声をおかけになるには、
「さあ、いらっしゃいな。おもしろい絵などがたくさんあり、雛遊びなどするところに」
と、気に入りそうな話をなさる様子がとても優しそうなので、幼心にも、それほどひどくは怖がらず、と言ってさすがに安心して寝入ることもできないと感じて、もじもじしながら臥せておられた。
一夜じゅう風が吹き荒れるなか、
「まったく、こうして君がいらっしゃらねば、どんなに心細いことか」
「どうせなら、君にふさわしい年頃でいらっしゃたら」と女房たちはささやきあった。乳母は、気が気でなくすぐ近くに控えている。
風がいくぶん吹き止んだので、明け方前の暗いうちにお帰りになるのも、情事があった様子である。
「とてもいとしく拝見してきたお姿を、こうなった今はまして、片時の間も離れていては心配でならないだろう。朝夕あなたのことを思い続けていた場所にお移しいたしましょう。ここでこうしてばかりいてはどうなろう。わたしを怖がっておいででもなかったし」とおっしゃるので、
「父宮もお迎えになどと申し上げになっているようですが、この四十九日を勤めてから考えようと思っております」と申し上げると、
「頼りになる筋柄ではあるけれども、別々に過ごして来られたのですから、その分ではわたし同様、距離をお感じになるだろう、しかし、わたしは今からお世話申し上げるが、前世からの浅からぬ心ざしは、かならずや父宮にまさっているはずだ」と、姫君の髪をかき撫でかき撫で、何度も振り返りながら帰ってゆかれた。
一面濃い霧が広がる空も常ならず、霜までが白く降りて、本当に恋する相手との後朝であっても風情を感じるはずであるのに、君はさびしく思っておられる。ごく内密にお通いになる場所の通り道であったなと思い出しになって、従者に門を軽く叩かせになるが、聞きつけ取り合う者もいない。仕方なくて、お供の中で声のよい者に歌を吟じさせになる。
「あさぼらけ霧立つそらのまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな
(あさぼらけ
霧立つ空に
気持ちも空と迷ううちにも
素通りしがたい
恋しい人の門かな)」
と二度ばかり朗唱したところ、教養に富んだ下仕いを送り出して、
「立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしにさはりしもせじ
(立ち止まりながら
霧立つまがきが
行き過ぎにくいということでしたら
草の戸が閉まっていようと
障りになるかしら触りがあるのはそっちでしょう)
と歌を読みかけて戻って行った。再び誰も出てこないので、帰るのも愛情のないことだが、明け行く空に訪れるのも不作法で格好がつかないので、二条院へ戻られた。
かわいらしかった人の心に残る姿が恋しく、ひとり思い出し笑いをしながら休まれた。日が高くなってから寝所から起き出され、手紙をお出しになるが、後朝の歌として当然書くべき言葉もふつうの場合とは違うので、筆をつい置いては興にまかせてお書き続けになる。興味をひくような絵などをお送りになる。

若紫 注釈 05-217/05-231

うしろめたなう 05-219

「うしろめたし」に「なし」がついた形で、強意表現。

そぞろ寒げに思したるをらうたくおぼえて 05-220

「らうたし」はこの場合、かわいいではなく、かわいそうだ、守ってやりたいという、同情ないしは積極的保護の意味である。直後に、「単衣ばかりを押しくくみ」とあり、直前に「いとうつくしき御肌」とあるからは、紫はいま全裸に光の前にいるのである。その幼い細やかな肌まで鳥肌だつくらいに震えているのである。光は、自分の欲望を満足することよりも、紫がかわいそうになったのだ。

かつはうたておぼえたまへど 05-220

「かつは」は二つの感情が平行してあること。ただし、逆説の接続助詞などを伴うのがふつうで、「かたや……ではあるが」とひとつの感情は打ち消される。

うたて 05-220

副詞であって、「うたてし」ではない。物事が予期せぬ方向、すなわち悪い方向に進んでゆくことに対する感情。光は、紫と性交渉するつもりでいたが、寒さに震える紫を見てかわいそうになり、全裸の紫に単衣でくるんでやる。心の中では、こんなつもりではなかったのになとの後悔が一方ではあるが、愛情をこめて言葉をかけるのである。「ご自分のお気持ちとしても思えばあまりに異常な振る舞いである」云々との注釈があるが、「うたてし」と混同している。

をかしき絵など多く雛遊びなどする所に 05-220

先に「雛遊びにも、絵描いたまふにも、源氏の君と作り出でて、きよらなる衣着せかしづきたまふ」と地の文にあった。地の文と登場人物の関係について、ここで再び触れておく。物語内において、紫が絵を描いたり人形遊びをするときに光をモデルにすることは、光には知らされていない。より正確には、光がそれを知ったという情報は、聞き手には与えられていない。したがって、光があたかも地の文から影響を受けたかのように、発言することは、ある種の奇妙さを今の読者には感じるだろう。しかし、地の文が登場人物の言動に影響を与えることは古典の世界ではあることである。ただし、女の子の気を引くことは、絵や人形遊びに限られているのだから、別段先の地の文が影響したと見る必要はない、と言うこともできる。読者の納得しやすい方を取るとよい。

今回は、前回に引き続き解釈の点では、それほど苦労するところはなかったと思う(「うたて」を除いて)が、問題が一点ある。それは、前回、光が紫に手荒な真似(つまり強姦)をするのではないかと心配する乳母に、「なほただ世に知らぬこころざしのほどを見はてたまへ」と、光は見栄を切った。「こころざしのほど」とは一体なんだったのかという問題である。一般には、強姦せずに添い寝したことだと考えられている。ぼく風に言えばやりたいのをがまんしたことらしい。しかし、それをこころざしと言うのだろうか。「こころざし」とは、「こころ」に「さす」つまり目指すが加わった表現である。相手に対して特別な気持ちを向けることである。やるのをがまんしたというのは、マイナスを与えなかったというだけで、プラスを与えたのではない。それに、注釈と詳説した通り、紫を裸にし、光はぎりぎりまでやるつもりでいたのである。しかし、あまりに恐がり、寒さにぶるぶる震えるので、かわいそうになってやめたのであって、逃した思いを残念がってさえいる(「うたて」がそれ)のだから、乳母に決めぜりふを吐いた時点では、やるのやらないのという問題を口にしたのではないであろう。「見はてたまへ」との言葉から、今夜中に最後まで見られると思いこんだから、性交渉という一事に縛られてしまったのである。「こころざし」は、尼君が心配していた、将来を通じて紫の庇護をしてくれるかどうかの問題である。したがって、光は乳母に対して、思いを遂げたからとて、今夜限りで終わらせるつもりはないから安心せよと言ったのである。痛くないようにするからとか、やさしくするからとか、何もしないからとか、いまどきの男が女を連れ込むときのようなセリフを吐いたのではない。

風吹き荒るるに 05-221

「に」は、訳文では時を表す感じにしたが、自然と人と、外と内を対照的に描いている点で、逆接的な感じをうける。ただし、こういう微妙な助詞は、こうと決めつけない方がよかろう。

ましかば……まし 05-221

反実仮想で、実際に光はこうしてここにいるのだが、もしいなければと、事実に反する仮定を行うことで、今の幸せを感じている。

同じくは 05-221

光がどうせここにいるならということ。

よろしきほど 05-221

紫が光の結婚相手としてふさわしい年齢であることをいう。女房としては、紫を光に縁づかせることで、主人ともども将来の安定を願っているのだ。それとは対照的に、乳母は、光がいつ男性の本性を出して紫に襲いかかるか気が気でなく、すぐそばで見張っているのである。先に、自然と人との対照と述べたが、じつは、人の中に嵐のように不安定な要素があることをも示しているのだ。それは、男性と初めて向き合う紫の不安であり、逆にここで光と性交渉ができなかったために将来がなお不安をかかえたまま紫および女房たちであり、欲望を中絶された光の内心である。そうした象徴的意味合いが、嵐にはこめられていよう。

夜深う出で 05-223

女のもとへ通う男が帰ってゆく様子。

ことあり顔 05-223

性交渉があったかのような様子。

いとあはれに見たてまつる御ありさまを 05-224

今拝見しているのではなく、これまでそうしてきたという現在完了。

あはれ 05-224

いたいけではなく、愛情をもって。

眺め 05-224

もの思いにふけることだが、口に出して言っているのだがから、もちろん、紫のことを思っての意味である。

所 05-224

二条院。

かくてのみ 05-224

後見するものもないこんな場所で暮らしていては。

もの怖じしたまはざりけり 05-224

紫が自分を恐れていなかった、という意味だが、だから、自分が引き取っても心配ないだろうという、女房たちへの弁明。さらに、実際の場面としては、紫とことにおよぼうと裸にまでしても、怖がらなかったということだから、紫に抵抗する意志はなく、ことが成就したか否かはまったく自分の気ひとつであることを確認し、だから、もらいうけることに、紫の反対はないはずだという意味にもなる。

宮 05-224

紫の父である兵部卿宮。

御四十九日 05-224

尼君の四十九日。

頼もしき筋 05-224

紫の父。

よそよそにてならひたまへる 05-224

紫と父が別々の暮らしに馴れてきたこと。

同じうこそ 05-224

他人である自分(光)に対して同様、父に対しても。

疎う 05-224

疎んじるという強い意味でなく、心に距離をもつという感じ。光の体験としては、「手をとらへたまへれば、寝なむといふものをとて、強ひてひき入りたまふ」というあたりに、よそよそしさを感じた。

浅からぬ心ざし 05-224

「浅からぬ」とは、単に深いという意味でなく、前世から決まっているのだという王朝人の心理構造が背後にある。

まさり 05-224

父宮にまさること。

いみじう霧りわたれる空 05-225

物語として男女の後朝の別れに格好の場面。

ただならぬに 05-225

常よりすばらしいこと。「に」は「さうざうしう思ひおはす」にかかり、逆接と添加を兼ねたような用法。

霜はいと白うおきて 05-225

さらに後朝の別れを盛り上げる場面を加える。

まことの懸想もをかしかりぬべきに 05-225

この「も」は「まことの懸想でも」の意味だが、実際の懸想であったならこんな朝帰りも一興であろうという意味ではない。「まことの懸想」とは、恋しい同志が一夜を明かし、なくなく別れる場合のことである。悲しい上にも悲しく、その悲しみが「いみじう霧りわたれる空」という形で象徴的に表現されているのだ。しかしそれでも、この朝の景色には目を奪うものがある。それが「をかしかりぬべき」である。心せく中で一夜を燃えつくしたから、悲しいなかでも一過性の自然に目が向くのだ。男女の仲として燃え切れなかった光には、このうつくしい景色もさびしさしか残さなかったのである。上の注釈の問題は、まことの懸想ならという点、そうではなく、まことの懸想でもの意味である。心の悲しさと自然の美しさが一直線に結びつくのではない。再び逢えないかも知れないという状況が、ものの見方を変えるのである。

いと忍びて通ひたまふ所の道なりける 05-226

誰のことか不明と注釈は言う。もともと紫がいる場所を知ったのは、六条京極わたり(六条御息所を想起させる)の忍びたる所に通う途中であった。テキストのからまり具合からは、そうとるのが自然だが、そうすると二条院とは逆向きに光は歩き出したことになる。あるいは、目と鼻の先であったのかもしれない。

門うちたたかせたまへど聞きつくる人なし 05-226

嫉妬から来ているのであり、聞こえていたが答えなかったのである。以上より、この歌は嫉妬の歌であり、またなかなか高飛車な高圧的な歌である。これらすべて総合すると、相手は六条御息所しかないと考えるのが自然である。こういうあたりで光は御息所に嫉妬心をかき立ててきているのである。夕顔の時もそうであったし、今回も御息所のもとへ通う途中で紫の家を惟光から知らされ、急遽場所を変更したことに始まる。そのあたりの事情を詳細は別にして御息所は知っていると読むべきであろう。

空のまよひ 05-227

霧が立つ自然の空と、心も空となって迷うという二つの意味がかかっている。

妹 05-227

恋しい人への呼びかけ。

よしある 05-227

かなりの教養。「下仕」とは、雑事をする下級の女房である。したがって「よしある下仕」という語は、不自然である。自然に読もうとすると、ある想像を働かせる必要がある。その主人がかつて一流ないし超一流でありながら、今は没落し、世話する女房が少なく、その中に教養のある人が混じっていたなどと。

立ちとまりの歌 05-227

後撰集に「女のもとにまかりたりけるに、門をさして開けざりければ、まかり帰りて朝につかはしける 兼輔朝臣/秋の夜の草のとざしのわびしきは明くれどあけぬものにぞありける」の返歌として「言ふからにつらさぞまさる秋の夜の草のとざしにさはるべしやは」(そんな言い訳めいた歌からしてつらさがまさるわ、秋の夜の草の戸がどうして妨げになろうか、入る気があれば押し入ればよいのに)という歌を下に引く。入る気があるなら入って来ればよい、後ろめたいのはそっちでしょうということ。

草のとざし 05-227

草の戸の家のとざしの意味で、謙譲表現であり、また引きちぎろうと思えばできる草でできたとざしの意味にもなる。

さはり 05-227

障りだが、触りと読むこともできる。

情け 05-228

風情ではなく、女への愛情。

明けゆく空もはしたなくて 05-228

空が明けてゆくのでみっともないではない。夜明けに女のもとへ通うことが、その女に対して無礼でみっともないこと。周りの目でなく、相手の女の目を気にしているのである。それは、女のもとへ通うのは夕方かた夜と決まっていた。朝は別れの時間なのだ。それなのに、女の門を叩いたということは、どこかよその女の帰りであることを意味する。

殿 05-228

二条院。

書くべき言葉も例ならねば 05-230

普通は後朝の歌を贈るところであるが、紫とはそういう関係でなく、大人の歌もふさわしくないので、言葉に窮しているのだ。

すさび 05-230

興にまかせてすること。あまり真剣でなく興味本位である。

2020-05-24

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