04夕顔01

2021-04-01

目次

04夕顔 原 読かな 対訳 001/021@源氏物語

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

《六条わたりの御忍び歩きのころ 内裏よりまかでたまふ中宿に 大弐の乳母のいたくわづらひて尼になりにける とぶらはむとて 五条なる家尋ねておはしたり》001
ろくでう/わたり/の/おほむ-しのびありき/の/ころ うち/より/まかで/たまふ/なかやどり/に だいに-の-めのと/の/いたく/わづらひ/て/あま/に/なり/に/ける とぶらは/む/とて ごでう/なる/いへ/たづね/て/おはし/たり
六条の辺へお忍び歩きの頃、宮中よりそちらへお出になる名目上の宿として、大弐の乳母がひどくわずらって尼になったのを、君は見舞おうと、五条にあるその家を尋ねていらっしゃった。


《御車入るべき門は鎖したりければ 人して惟光召させて 待たせたまひけるほど むつかしげなる大路のさまを見わたしたまへるに この家のかたはらに 桧垣といふもの新しうして 上は半蔀四五間ばかり上げわたして 簾などもいと白う涼しげなるに をかしき額つきの透影 あまた見えて覗く》002
くるま/いる/べき/かど/は/さし/たり/けれ/ば ひと/して/これつ/めさ/せ/て また/せ/たまひ/ける/ほど むつかしげ/なる/おほぢ/の/さま/を/わたし/たまへ/る/に この/いへ/の/かたはら/に ひがき/と/いふ/もの/あたらしう/し/て か/は/は/し ご/けむ/ばかり/あげわたし/て すだれ/など/も/いと/しろう/すずしげ/なる/に をかしき/ひたひつき/の/すきかげ あまた/エ/て/のぞく
お車を入れる門は錠が鎖してあったので、供の者に命家の中から惟光を呼び出そうとお待ちになる間、気味の悪い感の大路の様子を見渡していらっしゃると、この家のかたわらに、桧垣というものを新しくし直し、上のは半蔀(ハジトミ)を四五間分ぐらい上に開けひろげ、簾なんかもたいそう白く涼しげな感がするところへ、額際の美しい人影がたくさん見えて、こちらをのぞいている。


《立ちさまよふらむ下つ思ひやるに あながちに丈高き地ぞする》003
たちさまよふ/らむ/しもつかた/おもいやる/に あながち/に/たけ/たかき/ここち/ぞ/する
あちらこちらへ立ち歩くらしい下半身を想像するに、むやと背が高い気持ちがする。


《いかなる者の集へるならむと やうかはりて思さる》004
いかなる/もの/の/つどへ/る/なら/む/と やう/かはり/て/おぼさ/る
どのような女たちが集まっているのだろうかと、見なれないものだなと興味をお持ちになる


《御車もいたくやつしたまへり 前駆も追はせたまはず 誰れとか知らむとうちとけたまひて すこしさし覗きたまへれば 門は蔀のやうなる 押し上げたる 見入れのほどなく ものはかなき住まひを あはれに 何処かさして と思ほしなせば 玉の台も同ことなり》005
くるま/も/いたく/やつし/たまへ/り さき/も/おは/せ/たまは/ず たれ/と/か/しら/む/と/うちとけ/たまひ/て すこし/さしのぞき/たまへ/れ/ば かど/は/しと/の/やう/なる おしあげ/たる いれ/の/ほど/なく ものはかなき/すまひ/を あはれ/に いづこ/か/さし/て と/おもほし/なせ/ば たまのうてな/も/おな/こと/なり
お車もたいそう目立たないものになさり、先払いもおさせにならないので、誰と知れようはずもないと気をお許しになって、すこし覗きこむようになさると、門は蔀風のものを押し上げた扉の、見入るほどの奥行きもなく非常にはかない感のする、住まいを愛情をもって、どこをさして我が家と言えよう仮の世の中で、と思いなしになると、豪邸も貧家も変わりはない。


《切懸だつ物に いと青やかなる葛の地よげに這ひかかれるに 白き花ぞ おのれひとり笑の眉開けたる》006
きりかけ/だつ/もの/に いと/あをやか/なる/かづら/の/ここちよげ/に/はひ/かかれ/る/に しろき/はな/ぞ おのれ/ひとり/ゑ/の/まゆ/ひらけ/たる
切懸風の板塀に、青々と毒々しい蔓(カズラ)が地よげにからついているところへ、白い花、それのがひとり愁眉ならぬ微笑の眉を開いて咲いている。


《遠人にもの申す と独りごちたまふを》007
をちかたびと/に/もの/まうす と/ひとりごち/たまふ/を
「そちらのにお尋ねしたい」と、独り言をおっしゃるのを、


《御隋身ついゐて かの白く咲けるをなむ 夕顔と申しはべる 花の名は人めきて かうあやしき垣根になむ咲きはべりけると申す》008
ずいん/ついゐ/て かの/しろく/さけ/る/を/なむ ゆふがほ/と/まうし/はべる はな/の/な/は/ひとめき/て かう/あやしき/かきね/に/なむ/さき/はべり/ける と/まうす
御随人がひざまずいて、「あの白く咲いておりますのが、夕顔と申すもので、花の名は人たいであり、このようなずぼらしい垣根に咲くとのことでして」と申し上げる。


げにいと小家がちに むつかしげなるわたりの このもかのも あやしくうちよろぼひて むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを》009
げに/いと/こいへ-がち/に むつかしげ/なる/わたり/の このも-かのも あやしく/うち-よろぼひ/て むねむねしから/ぬ/のき/の/つま/など/に/はひ/まつはれ/たる/を
なるほど、たいそう小さな家ばかりで、むさ苦しい感がする、ここかしこひどく崩れかかった、あまり立派とは言えない軒先などに、這いまつわっている姿を、


口惜しの花の契りや 一房折りて参れ とのたまへば この押し上げたる門に入りて折る》010
くちをし/の/はな/の/ちぎり/や ひと-ふさ/をり/て/まゐれ と/のたまへ/ば この/おしあげ/たる/かど/に/いり/て/をる
「無念な花のさだめよ。一房折ってまいれ」とご命なると、御随人はこの押し上げた門に入って花を取る。


さすがに されたる遣戸口に 黄なる生絹の単袴 長く着なしたる童の をかしげなる出で来て うち招く》011
さすが/に され/たる/やりどぐち/に き/なる/すずし/の/ひとへ-ばかま ながく/き/なし/たる/わらは/の をかしげ/なる/いでき/て うち-まねく
さすがに洒落た引戸口に、黄色の生絹の単衣袴を長く着なした召使の愛らしい感の童女が出て来て招く。


《白き扇のいたうこがしたるを これに置きて参らせよ 枝も情けなげなめる花を とて取らせたれば 門開けて惟光朝臣出で来たるして 奉らす》012
しろき/あふぎ/の/いたう/こがし/たる/を これ/に/おき/て/まゐらせ/よ えだ/も/なさけなげ/な/める/はな/を とて/とらせ/たれ/ば かど/あけ/て/これつ-の-あそむ/いでき/たる/して たてまつら/す
白い扇のよく香をたきしめ色づいたのを、「これに置いて差し上げよ。枝も風情のなさそうな花だから」と渡したので、随人は門をあけて惟光朝臣が出てきたのに取次ぎ君に差し上げさせる。


《鍵を置きまどはしはべりて いと不便なるわざなりや もののあやめ見たまへ分くべき人もはべらぬわたりなれど らうがはしき 大路に立ちおはしまして とかしこまり申す》013
かぎ/を/おき/まどはし/はべり/て いと/ふびん/なる/わざ/なり/や もの/の/あやめ//たまへ/わく/べき/ひと/も/はべら/ぬ/わたり/なれ/ど らうがはしき/おほぢ/に/たち/おはしまし/て と/かしこまり/まうす
「鍵のありかを置き忘れまして、まったく不都合なことをいたしました。ものの道理を分からず、君を誰とも見分けられる人もございません界隈ながら、妄りがわしい大路にお立ちいただきまして」とかしこまり申し上げる。


《引き入れて 下りたまふ》014
ひきいれ/て おり/たまふ
お車を門内に引き入れてお降りになる


《惟光が兄の阿闍梨 婿の三河守 娘など 渡り集ひたるほどに かくおはしましたる喜びを またなきことにかしこまる》015
これつ/が/あに/の/あざり むこ/の/かは-の-か むすめ/など わたり/つどひ/たる/ほど/に かく/おはしまし/たる/よろこび/を また/なき/こと/に/かしこまる
惟光の兄の阿闍梨、娘婿の三河守、娘などが集まってきているところに、君がこうして見舞いにお越しいただいたお礼を光栄の至りであるとかしこまり申し上げる。


《尼君も起き上がりて 惜しげなき身なれど 捨てがたく思うたまへつることは ただ かく御前にさぶらひ 御覧ぜらるることの変りはべりなむことを口惜しく思ひたまへ たゆたひしかど 忌むことのしるしによがへりてなむ かく渡りおはしますを 見たまへはべりぬれば 今なむ阿弥陀仏の御光も 清く待たれはべるべき など聞こえて 弱げに泣く》016
あまぎ/も/おきあがり/て をしげ/なき//なれ/ど すて/がたく/おもう/たまへ/つる/こと/は ただ かく/おまへ/に/さぶらひ ごらんぜ/らるる/こと/の/かはり/はべり/な/む/こと/を/くちをしく/おもひ/たまへ たゆたひ/しか/ど いむ/こと/の/しるし/に/よがへり/て/なむ かく/わたり/おはします/を /たまへ/はべり/ぬれ/ば いま/なむ/あだぶつ/の/おほむ-ひかり/も/こころきよく/また/れ/はべる/べき など/きこエ/て よわげ/に/なく
尼君も起き上がって、「惜しくもない身ながら、俗世を捨てがたく思いましたことは、ただ、このように御前にはべりご覧いただく姿が以前と異なることを残念に思いためらっておりましたが、受戒のおかげで意識が戻り、こうしてお越しいただいたのを拝見いたしましたので、今はもう阿弥陀仏のご来迎も清く待つことができましょう」などと申し上げて気弱く涙を流す。


《日ごろ おこたりがたくものせらるるを 安からず嘆きわたりつるに かく 世を離るるさまにものしたまへば いとあはれに口惜しうなむ 命長くて なほ位高くなど見なしたまへ さてこそ 九の上にも 障りなく生まれたまはめ この世にすこし恨残るは 悪ろきわざとなむ聞くなど 涙ぐてのたまふ》017
ひごろ おこたり/がたく/ものせ/らるる/を やすから/ず/なげき/わたり/つる/に かく よ/を/はなるる/さま/に/ものし/たまへ/ば いと/あはれ/に/くちをしう/なむ いのち/ながく/て なほ/くらゐ/たかく/など/なし/たまへ さて/こそ ここのしな/の/か/に/も さはり/なく/むまれ/たまは/め このよ/に/すこし/うら/のこる/は わろき/わざ/と/なむ/きくなど なだぐ/て/のたまふ
「近頃病状がおさまりにくくいらっしゃるのが、配でなりませんでしたが、このように出家の身になっておしまいなのは、とてもかなしく残念なことで。長生きして、もっと位が高くなんるのをお見届けください。その上でこ上上生(ジョウボンジョウショウ)として極楽浄土に支障なく生まれ変れるでしょう。この世にすこしでも未練が残るのはよくないことだと聞いてますから」などと涙ぐんでおっしゃる。


《かたほなるをだに 乳母やうの思ふべき人は あさましうまほに見なすものを まして いと面立たしう なづさひ仕うまつりけむ身も いたはしうかたけなく思ほゆべかめれば すずろに涙がちなり》018
かたほ/なる/を/だに めのと/やう/の/おもふ/べき/ひと/は あさましう/まほ/に/なす/もの/を まして いと/おもだたしう なづさひ/つかうまつり/けむ//も いたはしう/かたけなく/おもほゆ/べか/めれ/ば すずろ/に/なだがち/なり
出来のよくない場合でも、乳母のような子を可愛がらずにおれない者は、はた目にっともないくらい上出来な子だと見なすものなのに、ましてが光の君となれば、たいそう誇らしい思いで親しくお仕えさせていただいたわが身まで大切でもったいなく思わずにはおれないだろうから、むやに涙があふれる。


《子どもは いと見苦しと思ひて 背きぬる世の去りがたきやうに づからひそ御覧ぜられたまふと つきしろひ目くはす》019
ども/は いと/ぐるし/と/おもひ/て そむき/ぬる/よ/の/さり/がたき/やう/に づから/ひそ/ごらんぜ/られ/たまふ/と つきしろひ/めくは
実の子たちは、とても見苦しいことだと思い、出家により捨てた世が離れがたくてずから泣いているのだとご覧になるのではと案ながらつつきあって目配せする。


《君は いとあはれと思ほして いはけなかりけるほどに 思ふべき人びとのうち捨ててものしたまひにけるなごり 育む人あまたあるやうなりしかど 親しく思ひ睦ぶるは またなくなむ思ほえし 人となりて後は 限りあれば 朝夕にしもえ見たてまつらず のままに訪らひ参づることはなけれど なほ久しう対面せぬ時は 細くおぼゆるを さらぬ別れはなくもがな となむ》020
/は いと/あはれ/と/おもほし/て いはけなかり/ける/ほど/に おもふ/べき/ひとびと/の/うち-すて/て/ものし/たまひ/に/ける/なごり はぐくむ/ひと/あまた/ある/やう/なり/しか/ど したしく/おもひ/むつぶる/すぢ/は また/なく/なむ/おもほエ/し ひと/と/なり/て/のち/は かぎり/あれ/ば あさゆふ/に/しも/え//たてまつら/ず こころ/の/まま/に/とぶらひ/まうづる/こと/は/なけれ/ど なほ/ひさしう/たいめん/せ/ぬ/とき/は こころぼそく/おぼゆる/を さら/ぬ/わかれ/は/なく/も/がな と/なむ
君は深く打たれて、「まだ幼い時分に、可愛がってくれるはずの人たちが私をおいてゆかれてしまわれた後、養育係りはたくさんあったようだが、親しくむ点ではそなたのほかにないよう思えたことです。成人してからは、きまりもあるので、朝な夕なのように一日中お目にかかるわけにもいかず、のままにおたずねすることはなかったものの、それでもしばらくお逢いしない時には細く思えたもので、避けられぬ別れはなければよいと思うのですが」などと


《こまやかに語らひたまひて おし拭ひたまへる袖のにほひも いと狭きまで薫り満ちたるに げに よに思へば おしなべたらぬ人の御宿世ぞかしと 尼君をもどかしと見つる子ども 皆うちしほたれけり》021
こまやか/に/かたらひ/たまひ/て おしのごひ/たまへ/る/そで/の/にほひ/も いと/ところせき/まで/かをり/ち/たる/に げに よに/おもへ/ば おしなべ/たら/ぬ/ひと/の/すくせ/ぞ/かし/と あまぎ/を/もどかし/と//つる/こども な/うち-しほたれ/けり
細やかに昔語りをなされて、涙を押し拭われる袖の匂いも、ひどくむせるほど薫りがあたりに満ち満ちるにおよび、まったく母が泣くのももっともだ、ふつうではありえないご果報であると、尼君を非難がましく見ていた子どもたちもな思わず涙にくれてしまった。

夕顔 注釈 04-001/04-021

六条わたり 04-001

「六条わたりにもいかに思ひ乱れたまふらん」(『夕顔』)とある通り、場でなく人を指す。より正確には、場を通して人を指すのである。場と人とが未分化に近いのであろう。ともあれ、六条の辺に住む人の意味であり、六条御息のことをおぼめかしている。

御忍び歩き 04-001

人目を忍んで女性のもとへ通うこと。「中宿」はどこかへ行く際の途中の休憩、ないしは宿である。たとえば、宇治十帖のでゆけば、奈良の長谷寺詣での途中、宇治で宿をとるなどである。そこからすると、内裏から六条へ行くのに、牛車でせいぜい数時間の行程なのに、わざわざ五条で宿をとる必要はない。長旅の途中の宿でないとすれば、直接六条に行くのが憚れるため、見舞いを名目に五条の大弐の乳母に宿をとったと考えるしかないだろう。主なる目的は六条御息に逢いにゆくことにある。その途次よその女に目がくらむのだから、御息の嫉妬はすごいはずだ。なお、夕顔を取り殺す怨霊は御息ではない、あるいは誰の霊とも特定できないとの説があるが、御息の霊で間違いないことは後述する。

大弐の乳母 04-001

かつて乳母として光に仕えていた女房。

わづらひて尼になる 04-001

大病を患い、後世を祈るために尼になったのである。死期が近いことが知られると同時に、尼の身で往生を待つ老女と、うら若い身で謎の急死を遂げる夕顔の対比が巧妙に仕組まれている。

惟光 04-002

大弐の乳母の息子で、光の腹の従者。母の見舞い、ないしは間近な死に備えて、近親者が集まってきている。なお、惟光は「ひかるをおもふ」と訓読でき、光の腹であることが名からも知られる。

むつかしげなる 04-002

人気がなく気味が悪い感のする。

桧垣 04-002

粗末な垣。

新しうして 04-002

おそらく、ここに越してきてそう間がないことが知れる。

半蔀 04-002

格子の一つで、裏に板を張って中が見えないようにしたもの。この場合は半蔀を上げているが、簾により中が見えないようにしている。

簾などもいと白う 04-002

以後、白のイメージが夕顔には付随する。

透影 04-002

簾越しに見える影。 現代的な感覚では推し量りがたいが、影を通して相の情報を得ていたと思われ、しばしば、透影の描写が行われる。

あながちに丈高き 04-003

床が高いか、灯りが低いのである。

やうかはりて 04-004

見なれないものに好奇をもつこと。

やつし 04-005

わざと目立たずすぼらしくすること。具体的には網代車を飾り立てずに使用したのだろう。

前駆 04-005

先回りして、貴人が通ることを知らせ、通るのに支障のあるもの(人をふくむ)をあらかめ取り除く役。

門は蔀やうなる押し上げたる 04-005

今の扉のように回転軸が垂直にあるのではなく、横木を軸に上下に上げ下げするもの。

あはれに 04-005

すでに愛情の兆しがこもる。単なる同情ではない。

何処かさして 04-005

世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿とさだむる(この仮の世の中でいったいどこを自分の家だと言えようか、行き止まったところを今夜の宿にしよう)」(古今六帖)を下にしく。「玉の台も同ことなり」はこの家と同様、金殿玉楼も詮は仮の宿なのだの意味。

切懸 04-006

粗末な板塀。

青やかなる葛の地よげに這ひかかれる 04-006

「葛」は蔓性の草の総称。「青やかなる」は青々の意味ととるよりないが、青々という現代語は、瑞々しさなどプラスイメージしか連想させない。しかし、微笑を浮かべる「白い花」との対比から、この「葛」は明らかに負のイメージであろう。光の脳裏に焼きついた印象は、現代人が「青々とした」の訳語からイメージするものとは反対の、もっと毒々しいイメージではなかったか。それを「地よげに」とこともなく描くところが、式部の恐ろしさ。遠く『雨月物語』や『神曲』、ボードレールなどのフランス象徴詩などと響き合う。

の眉ひらけた 04-006

「愁眉をひらく」をもとに、「愁」を「笑の」を入れ替えた表現。「愁眉をひらく」では、つる草が憂いを象徴し、白い花がそれを抜け出したという対比イメージでしかないが、「笑の眉」とした場合、その笑いは喜びの笑いなのか、悪を謳歌する笑いなのか判然としない。「白き花」を清楚だが空しくはかないと説く注釈があるが、それは夕顔(人物)から逆算したイメージであろう。この一からは、清楚というより、よくわからない不気味なイメージが印象に残る。「口惜しの花の契りや」と光が思わず口にした際、光のには可憐さ・清楚さがイメージされたであろうとは思う。しかし、この一その部分と響き合うよりも、この帖の主調として残りつづけ、最終的には夕顔の運命を決定づける。すなわち死のイメージを否めない気がする。
花にしても葛にしても、ことさら負のイメージを読取り過ぎた嫌いはある。単なる風景描写に、やや感情がこもり、擬人法的なスパイスを利かせただけなのかも知れないし、「毒々しい」はやりすぎではあるが、どうしても青々と訳したのでは不足を感てしまう。なお、「這ひかかれるに」の「に」は場を指す助詞の「に」とも、逆接の「に」ともとれる。感覚としては後者の気がする。

人にもの申す 04-007

「うちわたす遠人にもの申すわれそのそこに白く咲けるは何の花ぞも」(古今・雑体・旋頭歌)の言葉を使って、花の名をたずねる。

御随人 04-008

警護の役人。中将である光には四人がついている。

花の名は人めきて 04-008

夕顔の顔が人に通ることを言うが、「人めきて」は意味的にも「垣根になん咲きはべりける」にかかってゆく。野原でなく人家である垣根に咲くから、人たいな花だというのである。夕顔が咲くその垣根が富貴なものでなく「あやしき」(貧しい・ずぼらしい)と教えられたところから、光はあたりを見回す。なるほど小さく、むさくるしく、崩れかかり、貧相なところに咲くのだなと。その感想が「口惜しの花の契りや」。なお、章構造としては、「いと小家がちに」「むつかしげなるわたりの」「この面かの面あやしくうちよろぼひてむねむねしからぬ」が並列関係にあり、ともに「軒のつま」にかかる。

口惜し 04-010

無念。貧しいところに咲くから。

一房折りてまゐれ 04-010

花の受け渡しが、夕顔との出会いの契機となるが、同時に、実際に折るのは随人であるにしても、光がを出すことで夕顔の運命が急変することの序曲となっている。光とかかわらなければ、夕顔はそのまま咲きつづけていたのだ。 言葉が先に発せられて事態が言葉を現実化する向に向かう「言-事」構造。

されたる 04-011

「曝された」の意味ではない。それでは、「さすがに」の受けるものがなくなる。貧相な家にもかかわらず洒落たの意味。

遣戸 04-011

引戸。

生絹 04-011

練らない夏用の薄い絹。

情けなげ 04-012

「情けなげ」は風情がない・思いやりがないの意味である。夕顔はつる草なので、枝をもって渡すことができないので、扇に載せて贈ったのであるが、つる性であることが「情けなげ」なのではない。花には枝に和歌をつけて贈るものであるが、つる性の夕顔では和歌を結んだ際に、格好がつかないことを「情けなげ」と言っているのだろう。ここらは平安人の美意識であり、ピンとこないところである。しかし、読取りとして大事なのは、「枝も」の「も」である。何に対して枝もなのか。ふつうに考えると、枝も花も風情がないの意味であろうが、それでは、そういう花を光が望していること自体にケチをつけることになりかねない。和歌を結べない枝も、枝の代わりに扇にいた歌も風情がないの意味である。これまでの解釈は、夕顔の枝がどうして「情けなげ」なのか説明しようとして問題を難しくしてきたようだ。ポイントは贈答なのだから、枝でなく、贈った歌に対する謙遜の気持ちである。

不便なる 04-013

不都合。

もののあやめ見たまへ分く 04-013

具体的には、光の招待を見破ること。

らうがはしき 04-013

乱雑な。

喜び 04-015

お礼。

捨て 04-016

出家する。

変りはべりなんこと 04-016

これまでの大弐の乳母という身分でなく、尼として光の前に出ること。

忌むこと 04-016

出家するために戒を受けること。

しるし 04-016

功徳。おかげ。

がへり 04-016

黄泉よりかえること。受戒により、六道に輪廻することなく蘇生したことを言う。

阿弥陀仏の御光 04-016

人の臨終に際して阿弥陀仏が現れ、そのご来迎の光により極楽浄土へ導く、その光。光にお越しいただいたことが、尼君にとって阿弥陀仏のご来迎を確信させたのであろう。光源氏の体質として体内より光を発していたのではないかと注をしたことがあるが、このあたりは、話者も光と阿弥陀仏、光の発する光とご来迎の光をダブらせている感がする。ただあまりに、非現実的であるので、現実との埋め合わせをはかろうとして、出来の悪い子でも身びいきしてしまう乳母云々の説明が次にくるのである。

日ごろ 04-017

近頃。

おこたり 04-017

病気が快に向かう。

かく世を離るるさま 04-017

光が見舞いにきてると尼の姿に変っていたこと。

の上 04-017

阿弥陀仏の導きにより極楽へ生まれ変わる九つの階級があるうちの最高のもの。

かたほ 04-018

不完全。反対は「まほ」。

思ふべき 04-018

かわいがらずにおれない。

あさましう 04-018

人があさましく思うくらい。

面立たしう 04-018

誇らしい。

なづさひ 04-018

馴れ親しむ。

涙がち 04-018

「がち」はばかり。

ご覧ぜられたまふ 04-019

光に泣きべそを見られること。

いはけなかり 04-020

幼い。

思ふべき人々 04-020

「乳母やうの思ふべき人は云々」を受けた表現。このように地のを会話がうける場合があり、地のと会話との区別があいまいになることがある。具体的には母である桐壺更衣。

人となりて 04-020

成人を迎える。

限り 04-020

規則。大弐の乳母は乳母であると同時に、性の導きであったろう。光は帝の息子として、多くの女性との間に子をつくることを、幼い頃から教育されていたはずである。光の童貞はおそらくこの女性によって失われたのである。

さらぬ別れ 04-020

老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよ見まくほしき君かな(年をとると避けられない別れもあるということなので、ますます逢いたいあなたです)」「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと嘆く人の子のため(世の中に避けられない別れがなければよいのに、千代まで生きていて欲しいと訴え嘆くどものために)」(古今・雑上)を下にひく。

ところせき 04-021

あふれるほど充満する。

げに 04-021

まったくそうだ。母が捨てた世を離れがたく思うたいに泣くのももっともだ。

よに 04-021

おしなべたらぬ」云々にかかる。

おしなべたらぬ 04-021

特別な。

もどかし 04-021

もどかし 04-021

うちしほたれけり 04-021

涙にくれる。

04夕顔 原 01章001/021

六条わたりの御忍び歩きのころ 内裏よりまかでたまふ中宿に 大弐の乳母のいたくわづらひて尼になりにける とぶらはむとて 五条なる家尋ねておはしたり 御車入るべき門は鎖したりければ 人して惟光召させて 待たせたまひけるほど むつかしげなる大路のさまを見わたしたまへるに この家のかたはらに 桧垣といふもの新しうして 上は半蔀四五間ばかり上げわたして 簾などもいと白う涼しげなるに をかしき額つきの透影 あまた見えて覗く 立ちさまよふらむ下つ思ひやるに あながちに丈高き地ぞする いかなる者の集へるならむと やうかはりて思さる 御車もいたくやつしたまへり 前駆も追はせたまはず 誰れとか知らむとうちとけたまひて すこしさし覗きたまへれば 門は蔀のやうなる 押し上げたる 見入れのほどなく ものはかなき住まひを あはれに 何処かさして と思ほしなせば 玉の台も同ことなり 切懸だつ物に いと青やかなる葛の地よげに這ひかかれるに 白き花ぞ おのれひとり笑の眉開けたる 遠人にもの申す と独りごちたまふを 御隋身ついゐて かの白く咲けるをなむ 夕顔と申しはべる 花の名は人めきて かうあやしき垣根になむ咲きはべりけると申す げにいと小家がちに むつかしげなるわたりの このもかのも あやしくうちよろぼひて むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを 口惜しの花の契りや 一房折りて参れ とのたまへば この押し上げたる門に入りて折る さすがに されたる遣戸口に 黄なる生絹の単袴 長く着なしたる童の をかしげなる出で来て うち招く 白き扇のいたうこがしたるを これに置きて参らせよ 枝も情けなげなめる花を とて取らせたれば 門開けて惟光朝臣出で来たるして 奉らす 鍵を置きまどはしはべりて いと不便なるわざなりや もののあやめ見たまへ分くべき人もはべらぬわたりなれど らうがはしき 大路に立ちおはしまして とかしこまり申す 引き入れて 下りたまふ 惟光が兄の阿闍梨 婿の三河守 娘など 渡り集ひたるほどに かくおはしましたる喜びを またなきことにかしこまる 尼君も起き上がりて 惜しげなき身なれど 捨てがたく思うたまへつることは ただ かく御前にさぶらひ 御覧ぜらるることの変りはべりなむことを口惜しく思ひたまへ たゆたひしかど 忌むことのしるしによがへりてなむ かく渡りおはしますを 見たまへはべりぬれば 今なむ阿弥陀仏の御光も 清く待たれはべるべき など聞こえて 弱げに泣く 日ごろ おこたりがたくものせらるるを 安からず嘆きわたりつるに かく 世を離るるさまにものしたまへば いとあはれに口惜しうなむ 命長くて なほ位高くなど見なしたまへ さてこそ 九の上にも 障りなく生まれたまはめ この世にすこし恨残るは 悪ろきわざとなむ聞くなど 涙ぐてのたまふ かたほなるをだに 乳母やうの思ふべき人は あさましうまほに見なすものを まして いと面立たしう なづさひ仕うまつりけむ身も いたはしうかたけなく思ほゆべかめれば すずろに涙がちなり 子どもは いと見苦しと思ひて 背きぬる世の去りがたきやうに づからひそ御覧ぜられたまふと つきしろひ目くはす 君は いとあはれと思ほして いはけなかりけるほどに 思ふべき人びとのうち捨ててものしたまひにけるなごり 育む人あまたあるやうなりしかど 親しく思ひ睦ぶるは またなくなむ思ほえし 人となりて後は 限りあれば 朝夕にしもえ見たてまつらず のままに訪らひ参づることはなけれど なほ久しう対面せぬ時は 細くおぼゆるを さらぬ別れはなくもがな となむ こまやかに語らひたまひて おし拭ひたまへる袖のにほひも いと狭きまで薫り満ちたるに げに よに思へば おしなべたらぬ人の御宿世ぞかしと 尼君をもどかしと見つる子ども 皆うちしほたれけり

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