いざいと心安き所に 夕顔04章14

2021-04-21

原文 読み 意味

いざ いと心安き所にて のどかに聞こえむ など 語らひたまへば なほ あやしう かくのたまへど 世づかぬ御もてなしなれば もの恐ろしくこそあれ と いと若びて言へば げに と ほほ笑まれたまひて げに いづれか狐なるらむな ただはかられたまへかし と なつかしげにのたまへば 女もいみじくなびきて さもありぬべく思ひたり 世になく かたはなることなりとも ひたぶるに従ふ心は いとあはれげなる人 と見たまふに なほ かの頭中将の常夏疑はしく 語りし心ざま まづ思ひ出でられたまへど 忍ぶるやうこそは と あながちにも問ひ出でたまはず 気色ばみて ふと背き隠るべき心ざまなどはなければ かれがれにとだえ置かむ折こそは さやうに思ひ変ることもあらめ 心ながらも すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ とさへ 思しけり

04053/難易度:☆☆☆

いざ いと/こころやすき/ところ/にて のどか/に/きこエ/む など かたらひ/たまへ/ば なほ あやしう かく/のたまへ/ど よづか/ぬ/おほむ-もてなし/なれ/ば もの-おそろしく/こそ/あれ と いと/わかび/て/いへ/ば げに/と ほほゑま/れ/たまひ/て げに いづれ/か/きつね/なる/らむ/な ただ/はから/れ/たまへ/かし と なつかしげ/に/のたまへ/ば をむな/も/いみじく/なびき/て さも/あり/ぬ/べく/おもひ/たり よに/なく かたは/なる/こと/なり/とも ひたぶる/に/したがふ/こころ/は いと/あはれげ/なる/ひと/と/み/たまふ/に なほ/かの/とう-の-ちうじやう/の/とこなつ/うたがはしく かたり/し/こころざま まづ/おもひ/いで/られ/たまへ/ど しのぶる/やう/こそ/は/と あながち/に/も/とひ/いで/たまは/ず けしきばみ/て/ふと/そむき/かくる/べき/こころざま/など/は/なけれ/ば かれがれ/に/とだエ/おか/む/をり/こそ/は さやう/に/おもひ/かはる/こと/も/あら/め こころ/ながら/も すこし/うつろふ/こと/あら/む/こそ/あはれ/なる/べけれ と/さへ おぼし/けり

「さあ、とても安心できるところで、ゆっくりとお話し申し上げましょう」などとお誘いになると、やはり怪しいわ、あんな風におっしゃるが、普通の結婚とは違うなさり方なので、「恐ろしくてならないから」と、たいそう子供じみた言い方をすると、まったくそうだとつい微笑みになられて、「まったくどちらが狐なんだろうね。ただ私に化かされていらっしゃい」と、魅入られたようにおっしゃるので、女の方でも不思議になびきより、そうなるのも運命かもしれないと思った。世にはずれた異常な愛の形であっても、一途に従う気持ちは、とてもいとしく感じられる人だとご覧になるにつけ、やはりあの頭中将の常夏かと疑われ、話で聞いたその性格をいろいろすぐに思い出しになられたが、身を隠すにはそれだけの理由があろうからと、強いて聞き出そうとはなさらない。気色ばんで、いきなり心なく姿をくらましてしまうような性格などはないので、まったく通うのを途絶えたままにしておく場合なら、頭中将の時のように心変りすることもあろうが、それにしても自分の気持ちながら不思議なことに、すこし気移りするゆとりがあれば、余裕をもって愛せるのにと、そんな風にまでお思いになるのであった。

いざ いと心安き所にて のどかに聞こえむ など 語らひたまへば なほ あやしう かくのたまへど 世づかぬ御もてなしなれば もの恐ろしくこそあれ と いと若びて言へば げに と ほほ笑まれたまひて げに いづれか狐なるらむな ただはかられたまへかし と なつかしげにのたまへば 女もいみじくなびきて さもありぬべく思ひたり 世になく かたはなることなりとも ひたぶるに従ふ心は いとあはれげなる人 と見たまふに なほ かの頭中将の常夏疑はしく 語りし心ざま まづ思ひ出でられたまへど 忍ぶるやうこそは と あながちにも問ひ出でたまはず 気色ばみて ふと背き隠るべき心ざまなどはなければ かれがれにとだえ置かむ折こそは さやうに思ひ変ることもあらめ 心ながらも すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ とさへ 思しけり

大構造と係り受け

古語探訪

なほあやしうかくのたまへど世づかぬ御もてなしなれば 04053

ふつうは、夕顔の会話ととるが、夕顔の心内語を語り手が代わって述べている地の文と考える。「やはり変だ」と相手の男に向かって言うのは、やはり変だから。「世」に世間の意味と男女の仲の両意があるから、「世づかぬ」は世間並みでないという広義の意味と、世間の男女の関係とは違うという狭義の意味に別れる。夕顔に即して考えれば、相手が海のものとも山のものとも知れず、ゆっくりと話したいという理由で、さらってゆこうとするのである。そういう世間の結婚形態とは違う光のやり方を、「世づかぬ御もてなし」と言うのである。

もの恐ろしく 04053

ものはそのものの意味、すなわち、この状況が恐ろしさそのものであるということ。略奪されるという状況にあって、怖くてならないのである。

げにとほほ笑まれ 04053

「げに」は、夕顔が怖がるのも無理はないとの同情の意。

いづれか狐なるらむ 04053

どちらかが狐だろうの意味でなく、どちらが狐だろうかの意味。自分が騙されているのか、相手が騙されているのかわからないということ。その上で、私を騙すのでなく、私に騙されよというのが、「ただはかられたまへかし」の意味。

なつかしげに 04053

光がなつくとも、夕顔がなつくようにとも取れるが、すぐあとに「女もいみじくなびきて」とあるので、光の方が夕顔になつくと取る 。「 なつく」は心が惹かれる意。

いみじく 04053

単にひどくの意味でなく。不思議な仕方で。このあたり、すべてものの化という文脈が底に流れている。

さもありぬべく 04053

それが運命だということ。

世になく 04053

やはり二つの意味をもつ。この世にないの意味と、この世の結婚形態でないの意味。

かたはなる 04053

不都合の意味と解釈されているが、やはり文脈から考え、常軌を逸したの意味である。

頭中将の常夏 04053

雨夜の品定で、頭中将が愛しながらも逃した女として紹介した常夏のこと。

語りし心ざま 04053

「うらなく」「うち頼める」などの常夏の性格。

気色ばみてふと背き隠るべき心ざまなどはなければ 04053

雨夜の品定の「なのめにうつろふ方あらむ人を憎みて気色ばみ背かん、はたをこがましかりなむ」を下に引く。「気色ばみ」はその前の「心ひとつに思ひあまる時は、言はむ方なくすごき言の葉、あはれなる歌を詠みおき」を指す。したがって、思わせぶりなという意味ではなく、恐ろしい形相でほどの意味であり、これは夕顔にない性格である。

かれがれにとだえ置かむ折 04053

頭中将が常夏に対して取った行動「消息もせで久しくはべりしに」や「心やすくてまたとだえおきはべりしほどに」を念頭におく。「さやうに思ひ変ること」は「跡もなくこそかき消ちて失せにしか」という常夏が最後にとった行動をさす。

心ながらも 04053

自分の気持ちが自分ながら理解できない場合に用いる表現。

すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ 04053

難問。浮気心を光と考える立場と夕顔と考える立場に別れる。ヒントになるのは、「わが心ながら、いとかく人にしむことはなきをいかなる契りにかはありけん」である。ここも、自分でもわからない夕顔への不思議な魅せられかたをいうと考えるのが素直な文脈であろう。そうであれば、他に心移りするゆとりがあれば、あはれだと実感ができるのに、今の自分はあまりに溺れすぎていて、自分の感情をあらためて振りかえる余裕がないという意味になる。女に浮気心でもあればいとしさも感じるでは、なぜそうなのかわからないし、もののけを中心にしたもの狂おしさという文脈が途切れてしまう。光も夕顔もともに「もの」につかれて、尋常の判断ができなくなるというもの狂い(それは誰にでもありえる恋のある側面である)が、もののけを出現させるのだ。

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