顔はなほ隠したまへ 夕顔06章09

2021-05-14

原文 読み 意味

顔はなほ隠したまへれど 女のいとつらしと思へれば げに かばかりにて隔てあらむも ことのさまに違ひたり と思して
 夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ
露の光やいかに とのたまへば 後目に見おこせて
 光ありと見し夕顔のうは露はたそかれ時のそら目なりけり
とほのかに言ふ をかしと思しなす げに うちとけたまへるさま 世になく 所から まいてゆゆしきまで見えたまふ

04071/難易度:☆☆☆

かほ/は/なほ/かくし/たまへ/れ/ど をむな/の/いと/つらし/と/おもへ/れ/ば げに かばかり/に/て/へだて/あら/む/も こと/の/さま/に/たがひ/たり/と/おぼし/て
 ゆふつゆ/に/ひも/とく/はな/は/たまぼこ/のたより/に/みエ/し/え/に/こそ/あり/けれ
つゆ/の/ひかり/や/いかに と/のたまへ/ば しりめ/に/みおこせ/て
 ひかり/あり/と/み/し/ゆふがほ/の/うはつゆ/はたそかれ/どき/の/そらめ/なり/けり
と/ほのか/に/いふ をかし/と/おぼし/なす げに うちとけ/たまへ/る/さま よ/に/なく ところから まいて/ゆゆしき/まで/みエ/たまふ

顔は今なお隠しつづけておられたが、女がとても耐えがたいと思っているので、まったくこうまでになっていながら隠しおくのも今の間柄にふさわしくないとお考えになり、
《夕露という愛情でこうしてあなたは花ひらき わたしが覆いの紐を解くのは たまたま通りかかったついでに お会いしたのが縁となったのですね》
夕顔を輝かせると詠まれた露の光はいかがです」とおっしゃると、横目に見上げて、
《あなたがお見えになり 光が指したかに見えました 夕顔の上露のような娘と二人の暮らしには でもたそがれ時の見間違えであったとは》
と、ささやくように言う。恋の歌ではないものの、興味を持とうとなさる。まったく、うちとけていらっしゃる君のご様子は世に類いなく、場所柄不吉なまでにお見えになる。

顔はなほ隠したまへれど 女のいとつらしと思へれば げに かばかりにて隔てあらむも ことのさまに違ひたり と思して
 夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ
露の光やいかに とのたまへば 後目に見おこせて
 光ありと見し夕顔のうは露はたそかれ時のそら目なりけり
とほのかに言ふ をかしと思しなす げに うちとけたまへるさま 世になく 所から まいてゆゆしきまで見えたまふ

大構造と係り受け

古語探訪

夕露に紐とく 04071

夕顔が身体をゆるしたことと、光が顔の覆いをとることをかける。

玉鉾 04071

道の意味。

露の光 04071

「露の光」は最初の出会いで夕顔が詠んだ歌「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」を受ける。これらはずっと連作として意味が連関しあっているので、ここで再び整理しよう。解釈し損ねていた部分を訂正しつつ。
原文 やまがつの垣ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子の露/02110
訳文 山がの垣根は荒れても時々は情をかけよ、かつて撫で可愛がった愛情の露を娘である撫子の花の上に
説明 問題は「撫子の露」をどう解釈するか。「撫子の露」はどう説明しようと、撫子に露をかけよとは読めない。「撫子の花を折りておこしたりし」との前書きがカギ。「撫子の露(かつて撫でかわいがった愛情)」という「あはれ」を「撫子の花(娘)」にかけよの意味。「山がつ」が女。「撫子」が娘。「露」は愛情。
原文 心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花/04009
訳文 何となくわたしだってわかってるんでしょ、娘への愛情の余沢をうけた夕顔の花の正体が
解説 「白露」を娘と解釈していたが、娘への愛情と訂正します。相手を光源氏と思わず、かつての恋人である頭中将と思って詠みかけたことは0133の解説で注した。「そへたる」は諸注のようにそれで輝くの意味でなく、「子はかすがい」のことわざ通り、娘への愛情で夫婦はつながっていたのだという、率直な感想。皮肉や卑下とまでは取らない。そうした恨み言は夕顔らしくないから。0131の解説で触れた通り、「光」は偶然こぼれた言葉であり、この言葉が事柄(光との恋愛関係)を呼び出すという発話物の予期せぬ予言構造になっている。人違いというパターンは「中将の君はいづこ」と空蝉が女房を呼んだのに対して、わたしが中将ですと光が部屋へ侵入した折りに使われ、また、空蝉の身代わりに軒端荻を抱いたことも類型である。
原文 寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔/04011
訳文 間近に寄ってこそ誰かわかるというもの、このたそがれにわずかに見える華やかな夕顔は
解説 この返歌からは、夕顔にはこれがもとの恋人である頭中将の返しなのか、別人なのか知れないであろうが、おそらく筆跡から頭中将でないと理解したろう。ただ、「御畳紙にいたうあらぬさまに書きかへたまひて」とあり、筆跡で身分などが判断つかぬよう周到に崩した書き方をしている。
原文 夕露に紐とく花は玉ぼこのたよりに見えしえにこそありけれ/04071
訳文 上の通り
解説 露は光からの愛情であり、夕顔からの応答
原文 光ありと見し夕顔の上露はたそかれ時のそらめなりけり/04071
解説 相手が頭中将であると思っていたので、これで娘ともども安心できると光明を見たが、たそがれ(そこにいるのは誰と分からないが原意)の見間違いであったと、光の「たそがれにほのぼの見つる」を下に敷いてよむ。

思しなす 04071

そうでないのにそう思おうとするという意思が感じられる。光の気持ちにはぐらかされた思いが「思す」でなく、「思しなす」に現れている。諸注のように、見間違いなどとわざと本心と逆のことを言って媚態を演じているとは取らない。逆であると書いてない限り、勝手にこれは逆だという解釈は許されない。夕顔は媚態を演じるタイプの女性ではない。常に受身であり、そのために、霊に取り殺されるのである。「尽きせず隔てたまへるつらさに」とすぐ後にも光が苦情を述べている。夕顔は媚態など演じない。

世になく 04071

「見えたまふ」にかかる。

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