さいへど年うちねび 夕顔08章04
原文 読み 意味
さいへど 年うちねび 世の中のとあることと しほじみぬる人こそ もののをりふしは頼もしかりけれ いづれもいづれも若きどちにて 言はむ方もなけれど この院守などに聞かせむことは いと便なかるべし この人一人こそ睦しくもあらめ おのづから物言ひ漏らしつべき眷属も立ちまじりたらむ まづ この院を出でおはしましね と言ふ
04101/難易度:☆☆☆
さ/いへ/ど とし/うち-ねび よのなか/の/とある/こと/と しほじみ/ぬる/ひと/こそ もの/の/をりふし/は/たのもしかり/けれ いづれも/いづれも/わかき-どち/にて いはむかたなけれ/ど この/ゐんもり/など/に/きかせ/む/こと/は いと/びんなかる/べし この/ひと/ひとり/こそ/むつましく/も/あら/め おのづから/もの/いひ/もらし/つ/べき/くゑんぞく/も/たち-まじり/たら/む まづ この/ゐん/を/いで/おはしまし/ね と/いふ
おいおい泣いたとは言うものの、年がいき世の中の甘いも辛いも味わった苦労人なれば、ことある時は頼もしいものだが、ここにいるのは誰もかれも若い同志で、その窮状たるや表しようもないのはたしかだが、それでも、「この院の番人なんかに知れてはひどく具合の悪いことでありましょう。この男一人のことであれば、気心が知れてもおりましょうが、ついつい大事を漏らしかねない縁者もたち現れてまいりましょう。まずこの院をお出になさいませ」と言う。
さいへど 年うちねび 世の中のとあることと しほじみぬる人こそ もののをりふしは頼もしかりけれ いづれもいづれも若きどちにて 言はむ方もなけれど この院守などに聞かせむことは いと便なかるべし この人一人こそ睦しくもあらめ おのづから物言ひ漏らしつべき眷属も立ちまじりたらむ まづ この院を出でおはしましね と言ふ
大構造と係り受け
古語探訪
さいへど 04101
惟光が来てほっとしたもののと考えられている。すなわち、「いづれもいづれも若きどりにて言はむ方もなけれど」に掛けるのだが、「さ」を指す内容が具体的でなく、掛かる場所も末尾が「なけれど」でなく「なし」でないと掛かりにくい。「さ言へど」の「さ」は「おのれもよよと泣きぬ」を指し、語り手である私はそうは言ったがの意味で、「と言ふ」に掛かる。すなわち、「年うちねび……言はむ方もなけれど」の部分は挿入である。「さ言へど、『この院守などに……おはしましね』と言ふ」という構文。そこに「こそ……已然形+……」を使った挿入がなされているのである(後半部分の……は、前半部分の……と逆接の関係にある)。「こそ……已然形+……」は、挿入となる割合が多いが、挿入である点を読み損なっているケースが多いので注意したい。またこの逆接の関係が見過ごされることも多いので要注意である(indeed……butの関係)。そもそもここの挿入は、こういうときは年寄りが役立つことを言い添えておきたいという意図から来ていよう。これがあって、後の「惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者のみづはぐみて」に生きてくる。
しほじみ 04101
経験をつむこと。塩辛い目にあうということか。
もののをりふし 04101
「もの」は大事の時。何かの時の「何か」は小事ではなく大事である。
いづれもいづれも 04101
ここにいる光・右近・惟光みな。
言はむ方もなけれど 04101
窮状を表する言葉がない、すなわち、ひどい窮状であるということ。
睦しく 04101
親密なので、秘密を共有しても問題がないということ。しかし、秘密を分け合うグループ内に、親密でない第三者であるその縁者が入りこんでは、番人と縁者との親しさから秘密がその第三者に漏れる恐れがあるということ。「眷属」という語が「睦ましく」の意を孕んでいるところが味噌。