この男を召してここ 夕顔07章16
原文 読み 意味
この男を召して ここに いとあやしう 物に襲はれたる人のなやましげなるを ただ今 惟光朝臣の宿る所にまかりて 急ぎ参るべきよし言へ と仰せよ なにがし阿闍梨 そこにものするほどならば ここに来べきよし 忍びて言へ かの尼君などの聞かむに おどろおどろしく言ふな かかる歩き許さぬ人なり など 物のたまふやうなれど 胸塞がりて この人を空しくしなしてむことの いみじく思さるるに添へて 大方のむくむくしさ たとへむ方なし
04092/難易度:☆☆☆
この/をとこ/を/めし/て ここ/に いと/あやしう もの/に/おそは/れ/たる/ひと/の/なやましげ/なる/を ただいま これみつ-の-あそむ/の/やどる/ところ/に/まかり/て いそぎ/まゐる/べき/よし/いへ と/おほせ/よ なにがしあざり そこ/に/ものする/ほど/なら/ば ここ/に/く/べき/よし しのび/て いへ かの/あまぎみ/など/の/きか/む/に おどろおどろしく/いふ/な かかる/ありき/ゆるさ/ぬ/ひと/なり など もの/のたまふ/やう/なれ/ど むね/ふたがり/て この/ひと/を/むなしく/し/なし/て/む/こと/の いみじく/おぼさ/るる/に/そへ/て おほかた/の/むくむくしさ たとへ/む/かた/なし
先の男をお呼びになって、「奇怪にも、物の怪に襲われた人が苦しがっておるのだが、今すぐに惟光朝臣の泊まっている所に出向き、急いでここに参る旨言えと、随身に言いつけよ。なにがしという阿闍梨がそこに来合せている時分であれば、ここに来るようにこっそりと言え。あの尼君などが聞こうから、大袈裟に言うな。こんな忍び歩きは許さない人だ」など、しっかりしたもの言いをしておられるようだけれど、胸はふさがって、この人をどうにもならないまま捨て置くことがたまらなくお思いなのに、その上、あたりにむくむくと蠢く物の怪の気配はたとえようもない。
この男を召して ここに いとあやしう 物に襲はれたる人のなやましげなるを ただ今 惟光朝臣の宿る所にまかりて 急ぎ参るべきよし言へ と仰せよ なにがし阿闍梨 そこにものするほどならば ここに来べきよし 忍びて言へ かの尼君などの聞かむに おどろおどろしく言ふな かかる歩き許さぬ人なり など 物のたまふやうなれど 胸塞がりて この人を空しくしなしてむことの いみじく思さるるに添へて 大方のむくむくしさ たとへむ方なし
大構造と係り受け
古語探訪
この男 04092
先ほど紙燭を持ってきた男。光は随身への取り次ぎ役としてこの男を使い、随身に惟光を呼びにゆかせるのである。
ここに 04092
「急ぎ参る」にかかる。
言へ 04092
随身が惟光ないしは惟光への取次ぎ者に。
仰せよ 04092
この男が随身に。
なにがし阿闍梨 04092
光は阿闍梨の実名を告げたろうが、この個所を話している話し手が「なにがし」と実名を避けたのである。阿闍梨は惟光の兄で、病気の尼君(かつての光の乳母)の加持に来ている。
空しくしなしてむ 04165
結局、死なせてしまうの意味だが、貴人やヒロインに対して死という表現を使わないのが源氏物語の世界である。「しなす」は、なるにまかせる。「てん」はすっかり。空しくなるがまますっかり見過ごしにするというニュアンス。
大方 04165
あたり一面・一帯。
むくむくしさ 04165
物の怪がむくむくとうごめく様。