中将さらばさるよし 夕顔09章05
原文 読み 意味
中将 さらば さるよしをこそ奏しはべらめ 昨夜も 御遊びに かしこく求めたてまつらせたまひて 御気色悪しくはべりき と聞こえたまひて 立ち返り いかなる行き触れにかからせたまふぞや 述べやらせたまふことこそ まことと思うたまへられね と言ふに 胸つぶれたまひて かく こまかにはあらで ただ おぼえぬ穢らひに触れたるよしを 奏したまへ いとこそ たいだいしくはべれ と つれなくのたまへど 心のうちには 言ふかひなく悲しきことを思すに 御心地も悩ましければ 人に目も見合せたまはず 蔵人弁を召し寄せて まめやかにかかるよしを奏せさせたまふ 大殿などにも かかることありて え参らぬ御消息など聞こえたまふ
04108/難易度:☆☆☆
ちうじやう さらば さる/よし/を/こそ/そうし/はべら/め よべ/も おほむ-あそび/に かしこく/もとめ/たてまつら/せ/たまひ/て みけしき/あしく/はべり/き と/きこエ/たまひ/て たちかへり いかなる/いきぶれ/に/かから/せ/たまふ/ぞ/や のべ/やら/せ/たまふ/こと/こそ まこと/と/おもう/たまへ/られ/ね と/いふ/に むね/つぶれ/たまひ/て かく こまか/に/は/あら/で ただ おぼエ/ぬ/けがらひ/に/ふれ/たる/よし/を そうし/たまへ いと/こそ たいだいしく/はべれ と つれなく/のたまへ/ど こころ/の/うち/に/は いふかひなく/かなしき/こと/を/おぼす/に みここち/も/なやましけれ/ば ひと/に/め/も/み/あはせ/たまは/ず くらうど-の-べん/を/めし/よせ/て まめやか/に/かかる/よし/を/そうせ/させ/たまふ おほとの/など/に/も かかる/こと/あり/て え/まゐら/ぬ/おほむ-せうそこ/など/きこエ/たまふ
中将は、「それでしたら、その旨を奏上しいたしましょうが、昨夜も、管弦の会の折りに、熱心にお探しになられ、ご機嫌あしくあられました」と申し上げ、帰りかけたのを引き返し、「どういう成り行きで穢れに出くわされたのです。縷々お述べになられた事柄、本当の話とは存ぜられませぬ」と言うのに、胸をつぶして、「そんなに詳しくはせずに、ただ思いもかけぬ穢れに触れた旨を奏上ください。まったくもって困ったことになりました」と、表面的にはつくろったふうにおっしゃるけれど、心のうちでは、言葉に尽きせぬ悲しいできごとを思い出しになるにつけ、ご気分までおわるくなり、相手と目も合わせにならない。君は蔵人の弁をお呼びになって、誠意をもってくだんの説明を奏上させになる。左大臣家などにも、こういうことがあって参上できない趣旨のお手紙を差し上げになる。
中将 さらば さるよしをこそ奏しはべらめ 昨夜も 御遊びに かしこく求めたてまつらせたまひて 御気色悪しくはべりき と聞こえたまひて 立ち返り いかなる行き触れにかからせたまふぞや 述べやらせたまふことこそ まことと思うたまへられね と言ふに 胸つぶれたまひて かく こまかにはあらで ただ おぼえぬ穢らひに触れたるよしを 奏したまへ いとこそ たいだいしくはべれ と つれなくのたまへど 心のうちには 言ふかひなく悲しきことを思すに 御心地も悩ましければ 人に目も見合せたまはず 蔵人弁を召し寄せて まめやかにかかるよしを奏せさせたまふ 大殿などにも かかることありて え参らぬ御消息など聞こえたまふ
大構造と係り受け
古語探訪
こそ+已然形 04108
後の文と逆接でつながる。諸訳はここを切るが、逆接であれ、気持ち的に前後はつながっている。
かしこく 04108
この語の意味は通常、畏れ多いの意味と副詞用法でたいそうの意味に別れるが、『注釈』のように両義をかねると見る方がよいように思う。
立ち返り 04108
帝の使者としていったんは儀礼的に帰りかける、その上で光の友人として個人的に戻ってきたのである。
行き触れ 04108
行った先で偶然穢れに遭遇すること。女のもとへ忍び歩きしていて穢れに触れたのではないかと、頭中将は忖度している。
たいだいしく 04108
公的な怠慢を自己非難しているのではなく、単に事態が自分にとって不都合であるとの意味である。頭中将に見ぬかれぬよう、自分はさも偶然の被害者であるかのように表面をつくろっているというのが、「つれなし」であり、しかし、本当はそうでないという説明が「心の中には」以下である。
まめやかにかかるよしを奏せさせたまふ 04108
「まめやかに」は「奏(す)」にかかる。誠意をもって奏上するの意味。蔵人弁がそのように光は命じたのである。自分の説明に疑問を抱いている頭中将からの奏上ではまずいことになりかねないと案じたのである。このあたりの権謀術は、当時の貴族の政治意識が反映されているのだろう、おもしろいところである。