乳母にてはべる者の 夕顔09章04

2021-04-23

原文 読み 意味

乳母にてはべる者の この五月のころほひより 重くわづらひはべりしが 頭剃り忌むこと受けなどして そのしるしにや よみがへりたりしを このごろ またおこりて 弱くなむなりにたる 『今一度 とぶらひ見よ』と申したりしかば いときなきよりなづさひし者の 今はのきざみに つらしとや思はむ と思うたまへてまかれりしに その家なりける下人の 病しけるが にはかに出であへで亡くなりにけるを 怖ぢ憚りて 日を暮らしてなむ 取り出ではべりけるを 聞きつけはべりしかば 神事なるころ いと不便なること と思うたまへかしこまりて え参らぬなり この暁より しはぶき病みにやはべらむ 頭いと痛くて苦しくはべれば いと無礼にて聞こゆること などのたまふ

04107/難易度:☆☆☆

めのと/にて/はべる/もの/の この/ごぐわち/の/ころほひ/より おもく/わづらひ/はべり/し/が かしら/そり/いむ/こと/うけ/など/し/て その/しるし/に/や よみがへり/たり/し/を このごろ また/おこり/て よわく/なむ/なり/に/たる いま/ひとたび とぶらひ/み/よ と/まうし/たり/しか/ば いときなき/より/なづさひ/し/もの/の いまは-の-きざみ/に つらし/と/や/おもは/む と/おもう/たまへ/て/まかれ/り/し/に その/いへ/なり/ける/しもびと/の やまひ/し/ける/が にはか/に/いで/あへ/で/なくなり/に/ける/を おぢ/はばかり/て ひ/を/くらし/て/なむ/とり/いで/はべり/ける/を ききつけ/はべり/しか/ば かむわざ/なる/ころ いと/ふびん/なる/こと と/おもう/たまへ/かしこまり/て え/まゐら/ぬ/なり この/あかつき/より しはぶきやみ/に/や/はべら/む かしら/いと/いたく/て/くるしく/はべれ/ば いと/むらい/にて/きこゆる/こと など/のたまふ

乳母にあたります者が、この五月頃から重くわずらっているのですが、頭を剃り戒を受けなどして、そのおかででか、どうにか持ち直したところ、このごろまたぶりかえして、すっかり弱くなってしまい、もう一度見舞ってくれと申しますので、幼い時分より甘えてきた者が、いまわの時になって冷たいものだと思うかと思いまして出向いたところ、その家の下人で前から病気しておったのが、急なことでよそに移すのも間に合わず亡くなってしまったのを、恐れはばかって、日が落ちてから亡骸を取り出しましたと後になって聞きつけましたので、神事の多い頃なのにまったく困ったことになった思いまして謹慎しており参内できぬのです。今朝から、風邪にかかったかしらで、頭がひどく痛くて苦しんでおりますので、まことにご無礼のままお話申し上げるしだい」などとおっしゃられる。

乳母にてはべる者の この五月のころほひより 重くわづらひはべりしが 頭剃り忌むこと受けなどして そのしるしにや よみがへりたりしを このごろ またおこりて 弱くなむなりにたる 『今一度 とぶらひ見よ』と申したりしかば いときなきよりなづさひし者の 今はのきざみに つらしとや思はむ と思うたまへてまかれりしに その家なりける下人の 病しけるが にはかに出であへで亡くなりにけるを 怖ぢ憚りて 日を暮らしてなむ 取り出ではべりけるを 聞きつけはべりしかば 神事なるころ いと不便なること と思うたまへかしこまりて え参らぬなり この暁より しはぶき病みにやはべらむ 頭いと痛くて苦しくはべれば いと無礼にて聞こゆること などのたまふ

大構造と係り受け

古語探訪

乳母 04107

大弐の乳母。

とぶらひ見よ 04107

乳母が光に対して見舞うように頼んだ。

なづさひし者 04107

いつも引っ付いて育ったということ。比ゆ的表現とも取れるが、この時代、童貞喪失の対象は乳母であったケースが多いことからして、この場合もそうした実質的意味が伴うであろうと思われる。そこまで読みこまなくとも、おんぶにだっこというスキンシップした間柄なのだ。

つらし 04107

光に対して冷たい人だと思うこと。

にはかに出であへで亡くなりにける 04107

死にかけていた下人をよそに移すことができず、光の来訪と重なってしまったこと。主家である光を下人の死穢で穢れさせてしまったのである。

日を暮らして 04107

日中に出棺しては目立ち、光に知れてしまうので、夜まで待って野辺送りした。

神事なるころいと不便なること 04107

死穢に触れると三十日間物忌みしないといけなくなる。九月は斎月(いみづき)で神事が多いのに、宮中に参内できないことが「不便」なのである。

しはぶき病み 04107

風邪であろう。

いと無礼にて聞こゆること 04107

相手を立たせたまま御簾越しに話しをすることに対して謝したのである。

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