この人をえ抱きたま 夕顔08章06
原文 読み 意味
この人をえ抱きたまふまじければ 上蓆におしくくみて 惟光乗せたてまつる いとささやかにて 疎ましげもなく らうたげなり したたかにしもえせねば 髪はこぼれ出でたるも 目くれ惑ひて あさましう悲し と思せば なり果てむさまを見むと思せど はや 御馬にて 二条院へおはしまさむ 人騒がしくなりはべらぬほどに とて 右近を添へて乗すれば 徒歩より 君に馬はたてまつりて くくり引き上げなどして かつは いとあやしく おぼえぬ送りなれど 御気色のいみじきを見たてまつれば 身を捨てて行くに 君は物もおぼえたまはず 我かのさまにて おはし着きたり
04103/難易度:☆☆☆
この/ひと/を/え/いだき/たまふ/まじけれ/ば うはむしろ/に/おし-くくみ/て これみつ/のせ/たてまつる いと/ささやか/にて うとましげ/も/なく らうたげ/なり したたか/に/しも/え/せ/ね/ば かみ/は/こぼれいで/たる/も め/くれまどひ/て あさましう/かなし と/おぼせ/ば なり/はて/む/さま/を/み/む/と/おぼせ/ど はや おほむ-むま/にて にでう-の-ゐん/へ/おはしまさ/む ひと/さわがしく/なり/はべら/ぬ/ほど/に とて うこん/を/そへ/て/のすれ/ば かち/より きみ/に/むま/は/ててまつり/て くくり/ひきあげ/など/し/て かつ/は いと/あやしく おぼエ/ぬ/おくり/なれ/ど みけしき/の/いみじき/を/み/たてまつれ/ば み/を/すて/て/ゆく/に きみ/は/もの/も/おぼエ/たまは/ず われか/の/さま/にて おはし/つき/たり
この方をお抱き上げになることがおできになりそうになかったので、惟光は上蓆に押しつつんで、車にお乗せ申し上げる。とてもこぢんまりとして、死者特有の疎ましさもなく、可憐な感じである。惟光とて手荒くくるめないので、髪の毛が端からこぼれでている様を目にするにつけても、目の前は真っ暗になり、このままではあまりにもつらいとお考えなので、最後まで見届けようとお思いになるけれど、「早く御馬で二条院へお帰りなさいませ。あたりが騒がしくなりませぬうちに」と、右近を車に乗せ、自分は徒歩で、君には馬をさしあげる。惟光は君のために無様にも指貫の裾を上の方に引きからげなどしながら、それにしても、なんとも奇態なできごとで、思いも寄らぬ野辺送りとなったなと怪しむが、君の深いお嘆きをお見受けしたのでは、自分のことなど構ってもおれないと思いながら行くに、君の方はものを考える力もなくされ、正気が失せたような状態で二条院に帰り着かれた。
この人をえ抱きたまふまじければ 上蓆におしくくみて 惟光乗せたてまつる いとささやかにて 疎ましげもなく らうたげなり したたかにしもえせねば 髪はこぼれ出でたるも 目くれ惑ひて あさましう悲し と思せば なり果てむさまを見むと思せど はや 御馬にて 二条院へおはしまさむ 人騒がしくなりはべらぬほどに とて 右近を添へて乗すれば 徒歩より 君に馬はたてまつりて くくり引き上げなどして かつは いとあやしく おぼえぬ送りなれど 御気色のいみじきを見たてまつれば 身を捨てて行くに 君は物もおぼえたまはず 我かのさまにて おはし着きたり
大構造と係り受け
古語探訪
上蓆 04103
光と夕顔が供寝した布団であろう。
おしくくみ 04103
主体は惟光。
したたかにしもえせねば 04103
亡骸を物として抜かりなく処理すること。
なり果てむさまを見む 04103
具体的には葬送に立ち会い煙となる姿を見届けること。このあたり桐壺と帝との別れの場面を思い出させる。 「ともかくもならむを御覧じはてむと思し召すに/01032」と、『桐壺』には同意表現があった。
くくり引き上げ 04103
指貫のくくり(裾)をたくしあげること。
かつは 04103
二つのことが同時に起こる場合。ここでは主君のために、不恰好ななりまでして立ち働く一方で、死体を処理するなどという予期せぬ事態になったこと。惟光も平安人の意識として、死の穢れにあうことを恐れているのである。
送り 04103
野辺送り。
身を捨てて行く 04103
無様な格好を気にせず、また、死の穢れもものとせず。
物もおぼえたまはず 04103
理性的判断ができない。「もの」はしっかしりた判断。
我かのさま 04103
自他の区別がつかない意識朦朧とした状態。