まだかやうなること 夕顔06章03
原文 読み 意味
まだかやうなることを慣らはざりつるを 心尽くしなることにもありけるかな
いにしへもかくやは人の惑ひけむ我がまだ知らぬしののめの道
慣らひたまへりや とのたまふ 女 恥ぢらひて
山の端の心も知らで行く月はうはの空にて影や絶えなむ
心細く とて もの恐ろしうすごげに思ひたれば かのさし集ひたる住まひの慣らひならむ と をかしく思す
04065/難易度:☆☆☆
まだ/かやう/なる/こと/を/ならは/ざり/つる/を こころづくし/なる/こと/に/も/あり/ける/かな
いにしへ/も/かく/や/は/ひと/の/まどひ/けむわが/まだ/しら/ぬ/しののめ/の/みち
ならひ/たまへ/り/や と/のたまふ をむな はぢらひ/て
やまのは/の/こころ/も/しら/で/ゆく/つき/はうはのそら/にて/かげ/や/たエ/な/む
こころぼそく とて もの-おそろしう/すごげ/に/おもひ/たれ/ば かの/さし-つどひ/たる/すまひ/の/ならひ/なら/む/と をかしく/おぼす
「まだこうしたことを習いつけないのに、心をすりへらすことでもあるな
《いにしえもこんなふうに人は心迷いをしたろうか わたしのまだ知らない朝の恋の道行きに》
こういう経験はおありなの」とお聞きになる。女は恥じらいながら、
《山の端の気持ちも知らずに渡ってゆく月は 何もわからないまま途中できっと姿を消してしまうことだろう》
心細くて」と、ひどく恐ろしく不気味な様子をしているので、君は、あの立てこんだ住みかに馴れ親しんでいるせいであろうと、興味深く見ておられた。
まだかやうなることを慣らはざりつるを 心尽くしなることにもありけるかな
いにしへもかくやは人の惑ひけむ我がまだ知らぬしののめの道
慣らひたまへりや とのたまふ 女 恥ぢらひて
山の端の心も知らで行く月はうはの空にて影や絶えなむ
心細く とて もの恐ろしうすごげに思ひたれば かのさし集ひたる住まひの慣らひならむ と をかしく思す
大構造と係り受け
古語探訪
かやうなること 04065
女を連れ出すこと。これは、結婚形態が、女のもとへ通うことから、女を囲うことへと変るのであり、これは、一時的な恋愛から終生にわたって世話をすることを意味し、当然ながら、第一夫人である左大臣の娘、葵の上とも衝突が予想され、ひいては、六条御息所の嫉妬心をあおることになる。これも、間接的に御息所の霊を呼び寄せているのだ。
惑ひ 04065
恋に見境なくなっている状態。女を連れ出すのは、それだけのリスクがあるのである。
慣らひたまへりや 04065
光は冷静な判断ができないほど女に夢中になっているので、時折、自信をなくすようである。「世をまだ知らぬにもあらず」「世馴れたる人ともおぼえねば」など。かつて、頭中将との関係があるだけに、光は女の方が上手でないかとの危惧があるのであろう。まだ後年のように世馴れた男にはなっておらず、それほど夢中でもあるのだ。
山の端 04065
諸注ともに光にたとえると解するが、それのみではない。夕顔の知り得る世界と知り得ぬ世界の境界でもあるのだ。山の端のむこうは、光の世界でもあるが、未知の世界、死の世界でもある。夕顔は、そもそも、光を「昔ありけん物の変化めきて」感じていたのであり、「かのさし集ひたる住まひ」が夕顔の住む世界なのだ。
うはの空にて 04065
山の端に入る前にの意味と、何もわからないままの両意をかける。
影や絶えなむ 04065
この後の夕顔の運命を暗示させる。言葉が事柄の先に立つのが源氏物語の構造であること、何度も触れた。「言―事」構造。