かれ聞きたまへこの 夕顔05章09

2021-05-14

原文 読み 意味

かれ 聞きたまへ この世とのみは思はざりけり と あはれがりたまひて
 優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契り違ふな
長生殿の古き例はゆゆしくて 翼を交さむとは引きかへて 弥勒の世をかねたまふ 行く先の御頼め いとこちたし
 前の世の契り知らるる身の憂さに行く末かねて頼みがたさよ
かやうの筋なども さるは 心もとなかめり

04062/難易度:☆☆☆

かれ きき/たまへ このよ/と/のみ/は/おもは/ざり/けり/と あはれがり/たまひ/て
 うばそく/が/おこなふ/みち/を/しるべ/にてこ/む/よ/も/ふかき/ちぎり/たがふ/な
ちやうせいでん/の/ふるき/ためし/は/ゆゆしく/て はね/を/かはさ/む/と/は/ひきかへ/て みろく/の/よ/を/かね/たまふ ゆくさき/の/おほむ-たのめ いと/こちたし
 さき/の/よ/の/ちぎり/しら/るる/み/の/うさ/にゆくすゑ/かね/て/たのみ/がたさ/よ
かやう/の/すぢ/など/も さるは こころもとなか/めり

「それ、お聞きなさい、この世だけとは思ってなかったのだ」と、情愛を催されて、
《優婆塞が勤行する仏道を頼りにして 来世へもわたる深い約束に背きたまうな》
長生殿で玄宗皇帝がなされた古例は不吉だから、比翼の鳥となり羽を交わし合おうとの誓いとはまったく異なり、弥勒菩薩が現れる来世を見こんでおられる。そんな遥か先のお約束では、まったくごたいそうだ。前の世の契り知らるる身のうさに行く末かねて頼みがたさよ
《前世の因縁が知られる身のつらさに これから先のことを今から当てにはとてもできない》
こうした光の口約束に対しても、こんな歌を返すようでは、女は心もとなく思っているのであろう。

かれ 聞きたまへ この世とのみは思はざりけり と あはれがりたまひて
 優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契り違ふな
長生殿の古き例はゆゆしくて 翼を交さむとは引きかへて 弥勒の世をかねたまふ 行く先の御頼め いとこちたし
 前の世の契り知らるる身の憂さに行く末かねて頼みがたさよ
かやうの筋なども さるは 心もとなかめり

大構造と係り受け

古語探訪

かやうの筋 04062

歌の作り方で、夕顔の歌は心もとない、すなわち、上手くないと解釈されている。しかし、後に出る「光ありと見し夕顔の……」の歌に関して、「をかし」と光は感じているし、第一、ここで夕顔の歌が上手いのまずいのという必然性は、物語にない。行者を出してきたのは、これから夕顔が向かう死出の旅を演出しているのであって、そうした大きな文脈に沿わない読みは受け入れられない。これが私の立場である。 「かやうの筋なども」は来世にまで続く深い約束に背かないでほしいと光が読みかけたの対し、将来を今から当てするのはむずかしいとの返事、これが「心もとなかめり」なのである。すなわち、このように将来を約束されたからといって、夕顔の返歌から察して、安心してはいないだろうと、夕顔の気持ちを話者が推測しているのである。光のあまりに大仰な口約束をここでも非難している。

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