何か隔てきこえさせ 夕顔12章05
原文 読み 意味
何か 隔てきこえさせはべらむ 自ら 忍び過ぐしたまひしことを 亡き御うしろに 口さがなくやは と思うたまふばかりになむ 親たちは はや亡せたまひにき 三位中将となむ聞こえし いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど 我が身のほどの心もとなさを思すめりしに 命さへ堪へたまはずなりにしのち はかなきもののたよりにて 頭中将なむ まだ少将にものしたまひし時 見初めたてまつらせたまひて 三年ばかりは 志あるさまに通ひたまひしを
04145/難易度:☆☆☆
なにか へだて/きこエ/させ/はべら/ みづから しのび/すぐし/たまひ/し/こと/を なき/おほむ-うしろ/に くち/さがなく/やは と/おもう/たまふ/ばかり/に/なむ おや-たち/は はや/うせ/たまひ/に/き さむゐ-の-ちうじやう/と/なむ/きこエ/し いと/らうたき/もの/に/おもひ/きこエ/たまへ/り/しか/ど わが/み/の/ほど/の/こころもとなさ/を/おぼす/めり/し/に いのち/さへ/たへ/たまは/ず/なり/に/し/のち はかなき/もの/の/たより/にて とう-の-ちうじやう/なむ まだ/せうしやう/に/ものし/たまひ/し/とき みそめ/たてまつら/せ/たまひ/て みとせ/ばかり/は こころざし/ある/さま/に/かよひ/たまひ/し/を
「どうしてお隠し申したりいたしましょう。ご自身がずっと言わずに通された秘密を、亡き後になって、ぺらぺらしゃべってよいものかと存じますばかりで。ご両親ははやくに亡くなられました。父は三位の中将と申しました。とてもいとしいばかりだと愛情を注ぎ申し上げたが、ご自身の昇級のままならぬのをお嘆きだったようですが、命までもお耐えられず失ってしまわれたのち、ちょっとしたきっかけだがある確かな縁で、頭中将が、まだ少将の位でおられました時に、女君をお見初め申しあげになり、三年くらいは愛情ある様子でお通いになられたが、
何か 隔てきこえさせはべらむ 自ら 忍び過ぐしたまひしことを 亡き御うしろに 口さがなくやは と思うたまふばかりになむ 親たちは はや亡せたまひにき 三位中将となむ聞こえし いとらうたきものに思ひきこえたまへりしかど 我が身のほどの心もとなさを思すめりしに 命さへ堪へたまはずなりにしのち はかなきもののたよりにて 頭中将なむ まだ少将にものしたまひし時 見初めたてまつらせたまひて 三年ばかりは 志あるさまに通ひたまひしを
大構造と係り受け
古語探訪
何か隔てきこえさせはべらむ 04145
ここの主体は右近自身。これまで右近は夕顔が正体を隠してきたなんてことはないと語ってきたが、ここは「はべらん」と丁寧語が使われているので、私はお隠しいたしませんとの意味になる。
自ら 04145
下に「たまひしこと」と尊敬語があるので、主体は夕顔。
御うしろに 04145
単に時間としての「後」では敬語がつかないので、感覚としてはbehind one’s backという感じなのだろう。その方のいないところでを意味するが、これは亡くなるの意味にふくまれるので、表だって訳す必要はないと判断した。
口さがなく 04145
何でもぺらぺらしゃべって非難を受けること。
やは 04145
してよいだろうか、いやいけない、という反語。
思うたまふばかり 04145
「ばかり」は終止形にも連体形にも接続する。この「たまふ」(ハ行下二段終止形)は自分につけているので、謙譲語である。
三位中将 04145
父親のくらい。位が三位で、官が近衛中将。
思ひきこえたまへりし 04145
父が娘の夕顔を。
我が身のほどの心もとなさ 04145
位の低さ、昇進の遅さに対する不安。
命さへ堪へたまはず 04145
不安がつのったあげく、命まで耐えられずに亡くなってしまわれたこと言う。
はかなきもののたよりに 04145
「はかなき」は、ちょっとしたきっかけ。しかし、「もののたより」ある確かな縁で。「はかなきたよりにて」ではなく、それなりの宿命があったとのふくみが「もの」にはある。
頭中将 04145
光の友人であり、雨夜の物語で、常夏(ここでは夕顔)について語った、左大臣の息子。
見初め 04145
肉体関係を持ち始めること。単に好きになるではないが、敬語もふくめて訳そうとすると、その点をふくめた訳がうまくいかず、見初めのまま訳してしまった。