さらに事なくしなせ 夕顔10章08
原文 読み 意味
さらに事なくしなせ と そのほどの作法のたまへど 何か ことことしくすべきにもはべらず とて立つが いと悲しく思さるれば 便なしと思ふべけれど 今一度 かの亡骸を見ざらむが いといぶせかるべきを 馬にてものせむ とのたまふを いとたいだいしきこととは思へど さ思されむは いかがせむ はや おはしまして 夜更けぬ先に帰らせおはしませ と申せば このごろの御やつれにまうけたまへる 狩の御装束着 替へなどして出でたまふ
04116/難易度:☆☆☆
さらに/こと/なく/し/なせ/と その/ほど/の/さほふ/のたまへ/ど なにか ことことしく/す/べき/に/も/はべら/ず とて/たつ/が いと/かなしく/おぼさ/るれ/ば びんなし/と/おもふ/べけれ/ど いま/ひとたび かの/なきがら/を/み/ざら/む/が いと/いぶせかる/べき/を むま/にて/ものせ/む と/のたまふ/を いと/たいだいしき/こと/と/は/おもへ/ど さ/おぼさ/れ/む/は いかが/せ/む はや おはしまし/て よ/ふけ/ぬ/さき/に/かへら/せ/おはしませ と/まうせ/ば このごろ/の/おほむ-やつれ/に/まうけ/たまへ/る かり/の/おほむ-さうぞく/きかへ/など/し/て/いで/たまふ
「けして間違いのないようしおおせ」と、その折りの仕様などをご命じになるのだが、「滅相な、ものものしくなどしてる時でもありませぬ」と、立ち去ってゆくのが、なんとも悲しくお思いになり、「おまえはきっと困ったものだと思うだろうが、もう一度あれの亡骸(なきがら)を見ないでは、とてもじゃないがやるせなくていられやしないんだから、馬で出かけよう」とおっしゃるのを、ひどく難儀なことだと思うが、「そうまでお思いでは、どうしようがありましょう。早くお出でになって、夜の更けぬ先にお帰りあそばしませ」と申し上げると、近頃お忍び歩きにしつらえなさった狩着の衣装に着替えるなどしてお出かけになる。
さらに事なくしなせ と そのほどの作法のたまへど 何か ことことしくすべきにもはべらず とて立つが いと悲しく思さるれば 便なしと思ふべけれど 今一度 かの亡骸を見ざらむが いといぶせかるべきを 馬にてものせむ とのたまふを いとたいだいしきこととは思へど さ思されむは いかがせむ はや おはしまして 夜更けぬ先に帰らせおはしませ と申せば このごろの御やつれにまうけたまへる 狩の御装束着 替へなどして出でたまふ
大構造と係り受け
古語探訪
さらに事なくしなせ 04116
「さらに」は、その上にの意味ではなく、後の否定と呼応して、決して~ないの意味。「事なく」は、問題なくでよいが、そもそも「事」は大事(だいじ)の意味。大事のないようにということ。間違いのないよう手抜かりなくという意味。
そのほどの作法 04116
葬儀の進め方。
ことことしく 04116
大袈裟。光が命じた「そのほどの作法」が、女の身分からも、人目についてはならないという観点からも、惟光にはたいそう過ぎると感じたのである。
便なしと思ふべけれど 04116
以下の提案をしては、おまえ(惟光)は人目につくから具合が悪いと頭をかかえるだろうがということ。「思ふ」の主体は惟光。「べけれ」は光からの推量。
いぶせかる 04116
晴らしようのない心の閉塞感。
たいだいしき 04116
スムースにことが運ばず面倒なという感覚。惟光にとれば、光が夕顔の死体に逢いに行くなんて面倒はとりたくない。はやく葬儀をすませてしまいたいのだ。
いかがせむ 04116
反語でどうしようもない、止めようがない。「帰らせおはしませ」は一語。お帰りあそばせの意。「御やつれ」は、女のもとへの忍び歩き。