君はいとあはれと思 夕顔01章08

2021-04-03

原文 読み 意味

君は いとあはれと思ほして いはけなかりけるほどに 思ふべき人びとのうち捨ててものしたまひにけるなごり 育む人あまたあるやうなりしかど 親しく思ひ睦ぶる筋は またなくなむ思ほえし 人となりて後は 限りあれば 朝夕にしもえ見たてまつらず 心のままに訪らひ参づることはなけれど なほ久しう対面せぬ時は 心細くおぼゆるを さらぬ別れはなくもがな となむ こまやかに語らひたまひて おし拭ひたまへる袖のにほひも いと所狭きまで薫り満ちたるに げに よに思へば おしなべたらぬ人の御宿世ぞかしと 尼君をもどかしと見つる子ども 皆うちしほたれけり

04008/難易度:☆☆☆

きみ/は いと/あはれ/と/おもほし/て いはけなかり/ける/ほど/に おもふ/べき/ひとびと/の/うち-すて/て/ものし/たまひ/に/ける/なごり はぐくむ/ひと/あまた/ある/やう/なり/しか/ど したしく/おもひ/むつぶる/すぢ/は また/なく/なむ/おもほエ/し ひと/と/なり/て/のち/は かぎり/あれ/ば あさゆふ/に/しも/え/み/たてまつら/ず こころ/の/まま/に/とぶらひ/まうづる/こと/は/なけれ/ど なほ/ひさしう/たいめん/せ/ぬ/とき/は こころぼそく/おぼゆる/を さら/ぬ/わかれ/は/なく/も/がな と/なむ こまやか/に/かたらひ/たまひ/て おしのごひ/たまへ/る/そで/の/にほひ/も いと/ところせき/まで/かをり/みち/たる/に げに よに/おもへ/ば おしなべ/たら/ぬ/ひと/の/みすくせ/ぞ/かし/と あまぎみ/を/もどかし/と/み/つる/こども みな/うち-しほたれ/けり

君は深く心打たれて、「まだ幼い時分に、可愛がってくれるはずの人たちが私をおいてゆかれてしまわれた後、養育係りはたくさんあったようだが、親しく心なじむ点ではそなたのほかにないよう思えたことです。成人してからは、きまりもあるので、朝な夕なのように一日中お目にかかるわけにもいかず、心のままにおたずねすることはなかったものの、それでもしばらくお逢いしない時には心細く思えたもので、避けられぬ別れはなければよいと思うのですが」などと、細やかに昔語りをなされて、涙を押し拭われる袖の匂いも、ひどくむせるほど薫りがあたりに満ち満ちるにおよび、まったく母が泣くのももっともだ、ふつうではありえないご果報であると、尼君を非難がましく見ていた子どもたちもみな思わず涙にくれてしまった。

君は いとあはれと思ほして いはけなかりけるほどに 思ふべき人びとのうち捨ててものしたまひにけるなごり 育む人あまたあるやうなりしかど 親しく思ひ睦ぶる筋は またなくなむ思ほえし 人となりて後は 限りあれば 朝夕にしもえ見たてまつらず 心のままに訪らひ参づることはなけれど なほ久しう対面せぬ時は 心細くおぼゆるを さらぬ別れはなくもがな となむ こまやかに語らひたまひて おし拭ひたまへる袖のにほひも いと所狭きまで薫り満ちたるに げに よに思へば おしなべたらぬ人の御宿世ぞかしと 尼君をもどかしと見つる子ども 皆うちしほたれけり

大構造と係り受け

古語探訪

いはけなかり 04008

幼い。

思ふべき人々 04008

「乳母やうの思ふべき人は云々」を受けた表現。このように地の文を会話がうける場合があり、地の文と会話文との区別があいまいになることがある。具体的には母である桐壺更衣。

人となりて 04008

成人を迎える。

限り 04008

規則。大弐の乳母は乳母であると同時に、性の導き手であったろう。光は帝の息子として、多くの女性との間に子をつくることを、幼い頃から教育されていたはずである。光の童貞はおそらくこの女性によって失われたのである。

さらぬ別れ 04008

老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよ見まくほしき君かな(年をとると避けられない別れもあるということなので、ますます逢いたいあなたです)」「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと嘆く人の子のため(世の中に避けられない別れがなければよいのに、千代まで生きていて欲しいと訴え嘆く子どものために)」(古今・雑上)を下にひく。

ところせき 04008

あふれるほど充満する。

げに 04008

まったくそうだ。母が捨てた世を離れがたく思うみたいに泣くのももっともだ。

よに 04008

「おしなべたらぬ」云々にかかる。

おしなべたらぬ 04008

特別な。

もどかし 04008

もどかし

うちしほたれけり 04008

涙にくれる。

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