揚名介なる人の家に 夕顔01章11
原文 読み 意味
揚名介なる人の家になむはべりける 男は田舎にまかりて 妻なむ若く事好みて はらからなど宮仕人にて来通ふ と申す 詳しきことは 下人のえ知りはべらぬにやあらむ と聞こゆ さらば その宮仕人ななり したり顔にもの馴れて言へるかな と めざましかるべき際にやあらむ と思せど さして聞こえかかれる心の 憎からず過ぐしがたきぞ 例の この方には重からぬ御心なめるかし 御畳紙にいたうあらぬさまに書き変へたまひて
寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔
ありつる御随身して遣はす
04011/難易度:☆☆☆
やうめいのすけ/なる/ひと/の/いへ/に/なむ/はべり/ける をとこ/は/ゐなか/に/まかり/て め/なむ/わかく/こと/このみ/て はらから/など/みやづかへびと/にて/き/かよふ と/まうす くはしき/こと/は しもびと/の/え/しり/はべら/ぬ/に/や/あら/む と/きこゆ さらば その/みやづかへびと/な/なり したりがほ/に/もの-なれ/て/いへ/る/かな/と めざましかる/べき/きは/に/や/あら/む/と/おぼせ/ど さして/きこエ/かかれ/る/こころ/の にくから/ず/すぐし/がたき/ぞ れい/の この/かた/に/は/おもから/ぬ/みこころ/な/める/かし おほむ-たたうがみ/に/いたう/あら/ぬ/さま/に/かきかへ/たまひ/て
より/て/こそ/それ/か/と/も/み/め/たそかれ/に/ほのぼの/み/つる/はな/の/ゆふがほ
ありつる/みずいじん/して/つかはす
揚名介(ヨウメイノスケ)という地位にある人の家であるとのことでした。主人は田舎に出ており、夫人は若く風流っ気のある人で、姉妹などは宮中に仕える女房で、ここから行き来をしている申します。詳しいことは、下の者にはまったくわからないのではないでしょうか」と、惟光がお耳に入れる。ではその宮仕えの女房だな、したり顔に男馴れして詠んだものだと、不届きといってよい分際ではないかとお考えだが、そのように歌を詠んできた気持ちはまんざらでなく、見過ごしがたいのは、いつもの、この方面にはじっとしておれないご性分なのだろう。懐紙にまるでわからないよう筆跡を変えて、
《側に寄ってこそ こうだとも見届けましょう たそがれ時にほのかにしかのぞき見ない 夕顔の花のように美しい 夕化粧したお顔の正体を》
先の御随人に持ってゆかせる。
揚名介なる人の家になむはべりける 男は田舎にまかりて 妻なむ若く事好みて はらからなど宮仕人にて来通ふ と申す 詳しきことは 下人のえ知りはべらぬにやあらむ と聞こゆ さらば その宮仕人ななり したり顔にもの馴れて言へるかな と めざましかるべき際にやあらむ と思せど さして聞こえかかれる心の 憎からず過ぐしがたきぞ 例の この方には重からぬ御心なめるかし 御畳紙にいたうあらぬさまに書き変へたまひて
寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔
ありつる御随身して遣はす
大構造と係り受け
古語探訪
揚名介 04011
名ばかりの国司で任地へは赴かない。従って、田舎へ行っている用向きは他の用事であろう。夫が不在であることが設定としては重要である。
はらから 04011
兄弟・姉妹。
申す 04011
宿守が惟光に申し上げた。
聞こゆ 04011
惟光が光に申し上げた。
めざましかるべき際 04011
「そこはかとなく書きまぎらはしたるもあてはかにゆゑづきたれば」と前回あったように、光は和歌の書きようから、相手の女性を高貴で一流の教養があると見なしていたから、女房ふぜいと聞いて、高貴な自分に歌を詠みかけるなど不届きともみなしうる分際だとひとたびは考えたのである。この光の反応のし方は重要である。雨夜の品定めで、光は中流階級の女たちに興味をもったとこれまで説かれてきたが、とっさに「めざましかるべき際」と考えたことは、恋の相手として意識下にあるのは上流貴族の娘でしかない証左であり、「例の」とあるように、これは光の性分としての色好みであって、雨夜の品定めで教えられて変化したものではない。これも何度も繰り返したこととは言え、光の女性観を考える上で非常に重要なことであるから再度論じた。
寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔 04011
当て推量で「それか(そうした女か)」とご想像でしょうねと詠みかけられたのを受け、いや、近づいてから「それかとも」お見受けしましょうとの歌。
ほのぼの 04011
ぼんやりとしか見えないことに対する不満、もっとみたいという好奇心がこもる表現。
花の夕顔 04011
「夕顔」は花の名に、透き見した際の女の顔を詠みこむ。「花の名は人めきて」との御随人の説明がここで歌に取りこまれたわけ。