04夕顔06

2021-02-21

目次

04夕顔 原 読かな 対訳 085/100

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

《君も かくうらなくたゆめてはひ隠れなば いづこをはかりとか 我も尋ねむ かりそめの隠れ処と はた見ゆめれば いづにもいづにも 移ろひゆかむ日を いつとも知ら と思すに》085
/も かく/うらなく/たゆめ/て/はひ/かくれ/な/ば いづこ/を/はかり/と/か われ/も/たづね/む かりそめ/の/かくれが/と はた/ゆ/めれ/ば いづかた/に/も/いづかた/に/も うつろひ/ゆか/む/ひ/を いつ/と/も/しら/ と/おぼす/に
君にしても、女がこのようにに何の隠し立てなく安させておいてこっそり姿を隠してしまったならば、どこを当てとして尋ね出せばよいのか、どうもここは仮りの隠れ家らしく見えるからは、どこへなりとも移って行くであろう、その日をいつとも知りようがないと配するにつけ、


《追ひまどはして なのめに思ひなしつべくは ただかばかりのすさびにても過ぎぬべきことを さらにさて過ぐしてむ と思されず と 人目を思して 隔ておきたまふ夜な夜ななどは いと忍びがたく 苦しきまでおぼえたまへば なほ誰れとなくて 二条院に迎へてむ もし聞こえありて 便なかるべきことなりとも さるべきにこそは 我が心ながら いとかく人にしむことはなきを いかなる契りにかはありけむ など 思ほしよる》086
おひ/まどはし/て なのめ/に/おもひ/なし/つ/べく/は ただ/かばかり/の/すさび/にて/も/すぎ/ぬ/べき/こと/を さらに/さて/すぐし/て/む と/おぼさ/れ/ず/と ひとめ/を/おぼし/て へだて/おき/たまふ/よなよな/など/は いと/しのび/がたく くるしき/まで/おぼエ/たまへ/ば なほ/たれ/と/なく/て/にでう-の-ゐん/に/むかへ/て/む もし/きこエ/あり/て/びんなかる/べき/こと/なり/とも さるべき/に/こそ/は わが/こころ/ながら いと/かく/ひと/に/しむ/こと/は/なき/を いかなる/ちぎり/に/か/は/あり/けむ など/おもほし/よる
追うにも行が知れず困惑した際、たいした玉でもなかったと思える女であれば、ただこのくらいの遊びということでもすませてしまえるものだが、到底そんな風に忘れていられようとはお思いになれなくて、人目を気にされお通いの途絶えた夜な夜ななどは、本当に忍び難く苦しいくらい恋しくなられたので、やはり誰ともあかさずに二条院に迎えよう、もし人の耳に入り、都合のよくない事態であっても、そうなるよりないからは、わが心ながら、まったくこんな風に人に執着することなんかないのに、どのような前世の縁だったのかと、そんなことまでお考えになる


《いざ いと安きにて のどかに聞こえむ など 語らひたまへば なほ あやしう かくのたまへど 世づかぬ御もてなしなれば もの恐ろしくこそあれと いと若びて言へば げにと ほほ笑まれたまひて げに いづれか狐なるらむな ただはかられたまへかしと なつかしげにのたまへば 女もいなびきて さもありぬべく思ひたり》087
いざ いと/こころやすき/ところ/にて のどか/に/きこエ/む など かたらひ/たまへ/ば なほ あやしう かく/のたまへ/ど よづか/ぬ/おほむ-もてなし/なれ/ば もの-おそろしく/こそ/あれ と いと/わかび/て/いへ/ば げに/と ほほゑま/れ/たまひ/て げに いづれ/か/きつね/なる/らむ/な ただ/はから/れ/たまへ/かし と なつかしげ/に/のたまへ/ば をむな/も/いく/なびき/て さも/あり/ぬ/べく/おもひ/たり
「さあ、とても安できるところで、ゆっくりとお話し申し上げましょう」などとお誘いになると、やはり怪しいわ、あんな風におっしゃるが、普通の結婚とは違うなさりなので、「恐ろしくてならないから」と、たいそう子供た言いをすると、まったくそうだとつい微笑になられて、
「まったくどちらが狐なんだろうね。ただ私に化かされていらっしゃい」と、魅入られたようにおっしゃるので、女のでも不思議になびきより、そうなるのも運命かもしれないと思った。


《世になく かたはなることなりとも ひたぶるに従ふは いとあはれげなる人 と見たまふに なほ かの頭中将の常夏疑はしく 語りしざま まづ思ひ出でられたまへど 忍ぶるやうこそは と あながちにも問ひ出でたまはず》088
よに/なく かたは/なる/こと/なり/とも ひたぶる/に/したがふ/こころ/は いと/あはれげ/なる/ひと/と//たまふ/に なほ/かの/とう-の-ちうやう/の/とこなつ/うたがはしく かたり/し/こころざま まづ/おもひ/いで/られ/たまへ/ど しのぶる/やう/こそ/は/と あながち/に/も/とひ/いで/たまは/ず
世にはずれた異常な愛の形であっても、一途に従う気持ちは、とてもいとしく感られる人だとご覧になるにつけ、やはりあの頭中将の常夏かと疑われ、話で聞いたその性格をいろいろすぐに思い出しになられたが、身を隠すにはそれだけの理由があろうからと、強いて聞き出そうとはなさらない。


気色ばみて ふと背き隠るべきざまなどはなければ かれがれにとだえ置かむ折こそは さやうに思ひ変ることもあらめ 心ながらも すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ とさへ 思しけり》089
けしきば/て/ふと/そむき/かくる/べき/こころざま/など/は/なけれ/ば かれがれ/に/とだエ/おか/む/をり/こそ/は さやう/に/おもひ/かはる/こと/も/あら/め こころ/ながら/も すこし/うつろふ/こと/あら/む/こそ/あはれ/なる/べけれ と/さへ おぼし/けり
気色ばんで、いきなりなく姿をくらましてしまうような性格などはないので、まったく通うのを途絶えたままにしておく場合なら、頭中将の時のように変りすることもあろうが、それにしても自分の気持ちながら不思議なことに、すこし気移りするゆとりがあれば、余裕をもって愛せるのにと、そんな風にまでお思いになるのであった。


《八月十五夜 隈なき月影 隙多かる板屋 残りなく漏り来て 見慣らひたまはぬ住まひのさまも珍しきに 暁近くなりにけるなるべし 隣の家々 あやしき賤の男の声々 目覚まして あはれ いと寒しや 今年こそ なりはひにも頼むところすくなく 田舎の通ひも思ひかけねば いと細けれ 北殿こそ 聞きたまふやなど 言ひ交はすも聞こゆ》090
はちぐわち/ふごや くまなき/つきかげ ひま/おほかる/いたや のこり/なく/もり/き/て ならひ/たまは/ぬ/すまひ/の/さま/も/めづらしき/に あかつき/ちかく/なり/に/ける/なる/べし となり/の/いへいへ あやしき/しづのを/の/こゑごゑ め/さまし/て あはれ いと/さむし/や ことし/こそ なりはひ/に/も/たのむ/ところ/すくなく ゐなか/の/かよひ/も/おもひかけ/ね/ば いと/こころぼそけれ きたどの/こそ きき/たまふ/や など いひかはす/も/きこゆ
八月の十五夜、残るくまなく照らす望月の光が、隙間の多い板屋の隅々にまで漏れ入り、見なれておいででない住まいの様子もめずらしいが、その上、暁近くになったのであろう、近隣の家々からは、下賎な身の男たちが目を覚まして、声々に「ああ、なんて寒いんだ」「今年はついに商売も見込めず、田舎への行商も当てにならなくて、実に細いことだ。北隣さんお聞きかね」など、言い交わすのも聞こえる。


《いとあはれなるおのがじし営みに起き出でて そそめき騒ぐもほどなきを 女いと恥づかしく思ひたり》091
いと/あはれ/なる/おのがじし/の/いとなみ/に/おき/いで/て そそめき/さわぐ/も/ほど/なき/を をむな/いと/はづかしく/おもひ/たり
それぞれがひどくあわれななりわいのために起き出し立ち働くことに対しても、間近であることが女にはとても恥ずかしく思われる。


《艶だち気色ばまむ人は 消えも入りぬべき住まひのさまなめりかし》092
えんだち/けしきばま/む/ひと/は きエ/も/いり/ぬ/べき/すまひ/の/さま/な/めり/かし
気取ったり見栄っぱりな人なら、きっと消え入りそうな住まいの様子なのであろう。


《されど のどかに つらきも憂きもかたはらいたきことも 思ひ入れたるさまならで 我がもてなしありさまは いとあてはかにこめかしくて またなくらうがはしき隣の用意なさを いかなる事とも聞き知りたるさまならねば なかなか 恥ぢかかやかむよりは 罪許されてぞ見えける》093
されど のどか/に つらき/も/うき/も/かたはらいたき/こと/も おもひ/いれ/たる/さま/なら/で わが/もてなし/ありさま/は いと/あてはか/に/こめかしく/て またなく/らうがはしき/となり/の/ようい/なさ/を いか/なる/こと/と/も/きき/しり/たる/さま/なら/ね/ば なかなか はぢ/かかやか/む/より/は つ/ゆるさ/れ/て/ぞ/エ/ける
それにもかかわらずおっとりとして、たえがたいことも、いやなことも、きまりが悪いことも、気にとめる様子はなくて、その物腰や様子はとても上であどけなくて、このうえなく騒々しい隣のぶしつけな態度を、どういうことなのか理解しているようにはないので、なま恥ずかしがって顔を赤らめるよりは、罪がないように思わるのであった。


《ごほごほと鳴る神よりおどろおどろしく 踏轟かす唐臼の音も 枕上とおぼゆる あな 耳かしかまし と これにぞ思さるる 何の響きとも聞き入れたまはず いとあやしうめざましき音なひとの聞きたまふ くだくだしきことの多かり》094
ごほごほ/と/なる/より/も/おどろおどろしく ふ/とどろかす/からうす/の/おと/も まくらが/と/おぼゆる あな /かしかまし/と これ/に/ぞ おぼさ/るる なに/の/ひびき/と/も/きき/いれ/たまは/ず いと/あやしう/めざましき/おとなひ/と/の/きき/たまふ くだくだしき/こと/の/おほかり
ごろごろと雷鳴よりもおどろおどろしい音を立てて踏鳴らす唐臼のとどろきも、すぐ枕元かと思われ、ああうるさいとこれにはびっくりされる。何の響きともお分かりになれず、なんとも異様でうるさい音だとばかりお聞きになる。煩わしいことばかり多いのだ。


《白妙の衣うつ砧の音も かすかにこなたかなた聞きわたされ 空飛ぶ雁の声 取り集めて 忍びがたきこと多かり》095
しろたへ/の/ころも/うつ/きぬた/の/おと/も かすかに/こなた/かなた/きき/わたさ/れ そら/とぶ/かり/の/こゑ とり/あつめ/て しのび/がたき/こと/おほかり
粗末な衣を打つ砧の音も、かすかにおちこちより聞こえてきて、空を渡る雁の声も、一緒にしたように加わって、たえがたい事柄が多い。


《端近き御座なりければ 遣戸を引き開けて もろともに見出だしたまふ ほどなき庭に されたる呉竹 前栽の露は なほかかるも同ごときらめきたり》096
はし/ちかき/おまし/どころ/なり/けれ/ば やりど/を/ひきあけ/て もろともに/いだし/たまふ ほど/なき/には/に され/たる/くれたけ せんさい/の/つゆ/は なほ/かかる/ところ/も/おな/ごと/きらめき/たり
縁側に近い御座であったから、引戸を開けて、ふたり一緒に外をごらんになる。奥行きのない庭に、洒落た淡竹(ハチク)があり、植込の露は、このような場でもやはり同ようにきらきらと輝いていた。


《虫の声々乱りがはしく 壁のなかの蟋蟀だに間遠に聞き慣らひたまへる御耳に さし当てたるやうに鳴き乱るるを なかなかさまかへて思さるるも 御心ざし一つの浅からぬに よろづの罪許さるるなめりかし》097
むし/の/こゑごゑ/だりがはしく かべ/の/なか/の/きりぎりす/だに/まどほ/に/きき/ならひ/たまへ/る/おほむ-/に さしあて/たる/やう/に/なき/だるる/を なかなか/さま/かへ/て/おぼさ/るる/も こころざし/ひとつ/の/あさから/ぬ/に よろづ/の/つ/ゆるさ/るる/な/めり/かし
多くの虫の音が入り乱れており、壁の中に住むこおろぎでさえ、遠くのことのようにしか聞きなれておられない御耳に、かにひびくように鳴きたてるのを、かえって様変りしてお感なるのも、女へのひたむきな愛情が浅からぬゆえであり、光の思いひとつにより、すべての前世からの罪は許されるのではないかしら。


《白き袷 薄色のなよよかなるを重ねて はなやかならぬ姿 いとらうたげにあえかなる地して そこと取り立ててすぐれたることもなけれど 細やかにたをたをとして ものうち言ひたるけはひ あな 心苦し と ただいとらうたく見ゆ たるをすこし添へたらば と見たまひながら なほうちとけて見まほしく思さるれば いざ ただこのわたり近きに 心安くて明かさむ かくてのは いと苦しかりけり とのたまへば いかで にはかならむと いとおいらかに言ひてゐたり》098
しろき/あはせ うすいろ/の/なよよか/なる/を/かさね/て はなやか/なら/ぬ/すがた いと/らうたげ/に/あエか/なる/ここち/し/て そこ/と/とりたて/て/すぐれ/たる/こと/も/なけれ/ど ほそやか/に/たをたを/と/し/て もの/うち-いひ/たる/けはひ あな こころぐるし/と ただ/いと/らうたく/ゆ こころば/たる/かた/を/すこし/そへ/たら/ば と//たまひ/ながら なほ/うちとけ/て//まほしく/おぼさ/るれ/ば いざ ただ/この/わたり/ちかき/ところ/に こころやすく/て/あかさ/む かくて/の/は いと/くるしかり/けり と/のたまへ/ば いかで にはか/なら/む と いと/おイらか/に/いひ/て/ゐ/たり
白い袷に薄紫の着慣れた上着を重ねて、清楚にしている姿が、とても愛らしく触れればこぼれ落ちそうな感がして、どこと取りたてて優れたところもないのだが、細やかになよなよとしながら、ぽつり、ぽつりとものを言う様子がああ痛々しいと思われるほど、ただひたすらいらしく見える。の内を露わにする面をすこし加えてはとご不満ながら、それでももっとをうちとけた風にしてい逢いたいとお思いになられ、
「さあ、ついこのあたりの近くで、気を楽にして夜を明かそう。こんなふうにばかりしていてはとても息が続かない」とおっしゃると、
「どうしてそんな。急だわ」ととてもおっとりと言って座っている。


《この世のならぬ契りなどまで頼めたまふに うちとくるばへなど あやしくやう変はりて 世馴れたる人ともおぼえねば 人の思はむも え憚りたまはで 右近を召し出でて 随身を召させたまひて 御車引き入れさせたまふ》099
このよ/の/なら/ぬ/ちぎり/など/まで/たのめ/たまふ/に うちとくる/こころばへ/など あやしく/やう/かはり/て よなれ/たる/ひと/と/も/おぼエ/ね/ば ひと/の/おもは/む/ところ/も え/はばかり/たまは/で うこん/を/めし/いで/て ずいん/を/めさ/せ/たまひ/て くるま/ひきいれ/させ/たまふ
この世だけでなく来世の契りまで信させになると、ひとたびゆるした気持ちの顕しは奇異に思われるほどうって変ったものとなり、それが君には世馴れた女の媚態とも思われないので、誰がどう思おうが気にされることもなく、右近を召出し、随身を呼ぶように命られて、お車を縁まで引き入れさせになる


《このある人びとも かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば おぼめかしながら 頼かけきこえたり》100
この/ある/ひとびと/も かかる/こころざし/の/おろか/なら/ぬ/を//しれ/ば おぼめかし/ながら たの/かけ/きこエ/たり
この家の者たちも、こうした君のご愛情がおろそかでないことを見知っているので、相の素性がよくわからないながら、主人のことをお頼申し上げる。

夕顔 注釈 04085/04100

君も 04085

「思すに」にかかる。夜な夜な通ってくる相が誰ともわからず夕顔が不安であったように光も不安であった、の意味。ただし、夕顔の不安が、相が変化のものではないかという恐怖であったのに対して、光の場合は相がいなくなるのではないかという不安であり、その内容が違う。数回前あたりから、光と夕顔と交互にカメラを切り替え、「も」を媒介に(「女も」「女も」「男も」)、接点を微妙にずらしながらも、それぞれの内面を描き出す腕は、小説のテクニックとしても読どころである。「たゆめ」は他動詞。相を油断させる。

はかり 04085

目当ての意味であるが、負いの動物が逃げてゆく際、血を点々としたたらせてゆくが、この血を目当てに追うという具体的なイメージが万葉の昔よりある。平安期の女流学者にどこまで生々しいイメージを結ぶ語であったかはわからないが、言語感覚に特別秀でていた紫式部には、そうした古代的な言語イメージを見据えつつ使用したのではないかと想像する。

かりそめの隠れ処 04085

光が通出だした現在住んでいる場のこと。

はた 04085

ちょうど、おりしもなど、二つの事柄が出会った時の感動・感慨を強調する。この場合は、行く先がわからないことと、今の家が仮住まいであるということ。その二つのことがぶつかった時に、「はた」という主観的な言葉が口をつくのである。二つのことがぶつかるので、また(also)の意味と混同されているが、または事実を単に列挙するので、そこに感慨はない。はたには常に気持ちがこもっていると考えてよい。

追ひまどはして 04086

追いかけてるもののそれを取り逃すことで、自分の気持ちを動揺させる意味。

なのめ 04086

いい加減に。

さるべき 04086

そうなるのが必然であるの意味。

我が心ながら 04086

「いかなる契りにかはありけん」にかかる。

いとかく人にしむことはなきを 04086

挿入句。

思ほしよる 04086

思い寄るの意味だが、恋愛のことから、前世の縁についてまで考えが及んだということ。

なほあやしうかくのたまへど世づかぬ御もてなしなれば 04087

ふつうは、夕顔の会話ととるが、夕顔の内語を語りが代わって述べている地のと考える。「やはり変だ」と相の男に向かって言うのは、やはり変だから。「世」に世間の意味と男女の仲の両意があるから、「世づかぬ」は世間並でないという広義の意味と、世間の男女の関係とは違うという狭義の意味に別れる。夕顔に即して考えれば、相が海のものとも山のものとも知れず、ゆっくりと話したいという理由で、さらってゆこうとするのである。そういう世間の結婚形態とは違う光のやりを、「世づかぬ御もてなし」と言うのである。

もの恐ろしく 04087

ものはそのものの意味、すなわち、この状況が恐ろしさそのものであるということ。略奪されるという状況にあって、怖くてならないのである。

げにとほほ笑まれ 04087

げに」は、夕顔が怖がるのも無理はないとの同情の意。

いづれか狐なるらむ 04087

どちらかが狐だろうの意味でなく、どちらが狐だろうかの意味。自分が騙されているのか、相が騙されているのかわからないということ。その上で、私を騙すのでなく、私に騙されよというのが、「ただはかられたまへかし」の意味。

なつかしげに 04087

光がなつくとも、夕顔がなつくようにとも取れるが、すぐあとに「女もいなびきて」とあるので、光のが夕顔になつくと取る 。「 なつく」はが惹かれる意。

く 04087

単にひどくの意味でなく。不思議な仕で。このあたり、すべてものの化という脈が底に流れている。

さもありぬべく 04087

それが運命だということ。

世になく 04088

やはり二つの意味をもつ。この世にないの意味と、この世の結婚形態でないの意味。

かたはなる 04088

不都合の意味と解釈されているが、やはり脈から考え、常軌を逸したの意味である。

中将の常夏 04088

雨夜の定で、頭中将が愛しながらも逃した女として紹介した常夏のこと。

語りしざま 04088

「うらなく」「うち頼める」などの常夏の性格。

気色ばみてふと背き隠るべきざまなどはなければ 04089

雨夜の定の「なのめにうつろふあらむ人を憎み気色ばみ背かん、はたをこがましかりなむ」を下に引く。「気色ばみ」はその前の「ひとつに思ひあまる時は、言はむなくすごき言の葉、あはれなる歌を詠おき」を指す。したがって、思わせぶりなという意味ではなく、恐ろしい形相でほどの意味であり、これは夕顔にない性格である。

かれがれにとだえ置かむ折 04089

中将が常夏に対して取った行動「消息もせで久しくはべりしに」や「心やすくまたとだえおきはべりしほどに」を念頭におく。「さやうに思ひ変ること」は「跡もなくこそかき消ちて失せにしか」という常夏が最後にとった行動をさす。

心ながらも 04089

自分の気持ちが自分ながら理解できない場合に用いる表現。

すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ 04089

難問。浮気を光と考える立場と夕顔と考える立場に別れる。ヒントになるのは、「わが心ながら、いとかく人にしむことはなきをいかなる契りにかはありけん」である。ここも、自分でもわからない夕顔への不思議な魅せられかたをいうと考えるのが素直な脈であろう。そうであれば、他に移りするゆとりがあれば、あはれだと実感ができるのに、今の自分はあまりに溺れすぎていて、自分の感情をあらためて振りかえる余裕がないという意味になる。女に浮気でもあればいとしさも感るでは、なぜそうなのかわからないし、もののけを中にしたもの狂おしさという脈が途切れてしまう。光も夕顔もともに「もの」につかれて、尋常の判断ができなくなるというもの狂い(それは誰にでもありえる恋のある側面である)が、もののけを出現させるのだ。

八月十五夜 04090

仲秋の名月の夜。『細流抄』には男女の交わりが不吉であるとの注がある。「八月」は「はちがつ」との読もある。

住まひのさまも 04090

「も」は、「など言ひかはすも」の「も」と響き合う。光はこの時点では、朝の営みを煩わしいとは感ず、「めづらしき」と肯定判断を下している。

そそめき騒ぐも 04091

「も」は、諸注は係り助詞「立ち働くのも」と考えるが、これは逆接の意味をもつ接続助詞「立ち働くけれども」である。語りにとって、実入りも少ないのに朝早くからなりわいのために立ち働くのは、あわれなことであるが、夕顔はそんなことは理解できずに、ただ近くで騒がしい音がすることに対して恥ずかしく感ているのである。係り助詞では、あわれななりわいで立ち働くことに対しても、夕顔が恥ずかしく思うことになり、それでは、「いかなることとも聞き知りたるさまならねば」と矛盾する。夕顔は恥ずかしがったのであるが、隣の騒音の意味を理解しながら、顔を赤らめたのではなく、意味はわからないが、間近で聞こえたことに対して顔を赤らめたのである。あはれを催すべき境遇に対して恥ずかしく思うことは、罪なことであるが、子供のように世間のことを理解しないのだから、罪が軽いということ。ここで、罪ゆるされてなどという表現は、いくら平安時代が仏教を重んていても、現代人の感覚としては、一見脈上必要を感ないが、語りはひそかに夕顔の死を準備しているのである。死が眼前に控えている人に対してであれば、罪がゆるされる云々も、自然であろう。臼の音の比ゆに鳴神をもってくるのも、小説としての道具立ての一つ。もののけの出る雰囲気が次第にもりあがってゆく。こういう細かな配慮がないと、この部分は、騒々しい朝というだけで読物としては中だるになってしまう。

めざましき 04094

うっとおしいの意味と目をさまさせるの原意をかけた表現。

白妙の衣 04095

粗末な衣。

砧の音 雁の声 04095

ともに秋の愁いを深めるものとして、中国の漢詩で対句で使われており、光は教養として知っているが、これらを実体験するのははめてであろう。

もろともに 04096

夕顔とふたり一緒に。

されたる 04096

洒落た。

呉竹 04096

淡竹(ハチク)の一種で、清涼殿の東庭の北側にも植わっている。

露はなほかかるも同ごときらめきたり 04096

重要な表現である。ふたりが出会うきっかけとなった歌「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」が響いており、これはまた後に、夕顔の気持ちを聞き出す歌と言葉「夕顔に紐とく花は玉ぼこのたより見えしえにこそありけり。露の光やいかに」とその返歌「光ありと見し夕顔の上露はたかれ時のそらめなりけり」へとつながってゆく。「露」「光」それに「夕顔」がキーワードとして底流にあるのである。『帚木』の常夏(夕顔)の歌である「山がつの垣ほ荒るともをりをりあはれはかけよ撫子の露」から、「露」は娘の撫子、後の玉鬘であることが知られることは、すでに注した。むろん、ここの「露」がそうした意味を直接的に持つわけではない。むしろ、はかないものの喩えとして、直接的には「罪ゆるさるる」と呼応するのであるが、単なる情景描写と思われる表現も、意図をもって描かれているのであり、そのその場で意味が完結して終わるのではなく、複層的に物語の中に組込まれていることを理解したいのだ。この情景描写がなければ、光の問いかけである「露の光やいかに」は取って付けた表現で終わってしまう。

壁のなかの蟋蟀 04097

壁の中に住むこおろぎのこと。壁の中のこおろぎというと現代の感覚からは奇異に感られるが、虫が卵から孵るという知識はない。自然発生する、すなわち、空(クウ)より湧き出すというイメージであり、壁の中のきりぎりすもそうしたイメージの中で圧縮された詩的表現である。あるいは、土壁を通して外のこおろぎの音が聞こえることの詩的表現である。出典は礼記。要するに光のように宮中や左大臣邸のような御殿に住んでいる者には、壁際にいるこおろぎさえ、部屋にいては遠くかすかにしか聞き覚えないのに、ここでは、耳もとでかに聞えるのが、さま変りして感られるということ。

心ざし一つの浅からぬに 04097

「に」は難しい。「さま変へて思さるる」の理由として働くと同時に、「よろづの罪ゆるさるる」の理由としても働いていると考えるしか、このの解きほぐしようがないように思える。歌における掛詞は、上からの意味と下へ続く意味が、一つの言葉において、同時使用されるが、地のにおいても、「に」のような機能語は上と下の両に働くことがあるように思う。日本語は、上から下へしか係らないというのが常識というか、定式であるらしいので、これを覆す用意は現在ないが、こうした輻湊した章は、上から下という単純さでは処理できないように思われる。地のにおいても、感興がわけば、詩的表現のような圧縮された言葉遣い・詩的法が使用されるのではないかしら。
「よろづの罪ゆるさるる」:今回の一番の山である。諸注はこれを、あばたもえくぼ式に、多くの欠点も深い愛情ゆえに見過しできると解釈する。しかし、欠点という意味を当てるには「罪」という言葉は重すぎる。単にご執より欠点も許せるというのでは、砧の音、雁の音、露、虫の声と説き起こす必要はない。そうした読では、テキストの糸をぶつ切りにしてしまうことは再三繰り返した。なぜ、砧・雁・露・虫をもってくる必要があったのか、考えた上で解釈しなければ、物語を読んだことにはならない。一読してわかるように、宮中を中とした光の馴染の世界と、夕顔の住む世界とが対照されているのである。光はもっとも恵まれた環境に生を受けたのであるが、平安人の時代意識からすれば、それは前世でもっとも徳を積んだおかげなのである。かたや、下級階層に生まれた夕顔は、仏から遠い存在である。その光がこの夕顔を一に愛する、そのこと自体により、夕顔の罪は、光の徳により、すべて許されるのではないか、という話者の語りである。前回、述べたように、これは夕顔の死出の旅立ちへのはなむけの言葉であるのだ。もっとも、「露」の世という意味では、光の世界も夕顔の世界も「同ごと」なのである。それをはかないというイメージで結ばず、「きらめきたり」としたところに、この作者の特異な人生観死生観がはっきりと伺えられるのであり、これにより仏教臭は減退し、『夕顔』がこの世ならぬ美しい物語たりえたののも、こうした作者の特異なものの見が一因となっているのである。
しかしながら、光の愛情により夕顔の罪はすべて許されるであろうとの解釈は、多くの問題をはらむ。リアリズムであるが空想的なものより格が上であるとする、リアリズム偏重主義が学界には少なからずあるからである。同理由から、『桐壺』の評判はよくない。リアリスティックでないため、若きと断られ、そのため章もまずいと誠しやかに語られている。それに反し、『帚木』『空蝉』『夕顔』などは、筆の乗りもよく、章としてしっかりされているとのことである。しかるに、『夕顔』にこのような個があるのは、学界として困りものかもしれない。しかし、テーマがリアリズムかどうかという問題と、説得的にかれているかどうかは別問題である。ファンタスティックな題材でも、それを納得させる章論理があればよいのであり、その点からすれば、『桐壺』は非常によく描かれていると思う。触れてはならない世界を、直接に描かないという間接的法が使われているために、難解である部分は多いが、けなかったのではなく、かないという法を積極的に選んだのである。帝ないしその周囲のことは、そうした法を使うことがより主題に沿うと判断したからに違いない。もっとも桐壺帝に対してはそうした法を選んだが、光が主人公になった時には、おのずと筆の運びも違ってくるのである。今風の言葉で言えば、主題との距離の取りが、各帖、各部分によって固定していないというに過ぎない。こうした視点のズレは、西洋では、ようやく二十世紀になって発明された法だが、人分野の学問は十九世紀の西洋リアリズムに基礎があるため、枠に押しこめられないのである。押しこめることが主であってはならない。章に沿って素直に読むことが何よりも大事である。

薄色 04098

普通は薄紫色。

なよよかなる 04098

柔らかな意味というより、着なれて身に馴染んだの意味であろう。

あえかなる 04098

触れればはこぼれる感。白は清楚さを表し、このあたり、夕顔の花のイメージがこもる。

たる 04098

気取りの意味でなく、夕顔が内面を示さないことに対する物足りなさである。 「ばむ」は、 そのような状態を帯びることであり、ばむは内面を外に表現すること。

なほ 04098

現状では物足りないが、それでもなお。

うちとけて 04098

を露わにして。

心安く 04098

してを開いてということ。

かくての 04098

この場への不満でなく、現状への不満である。要するに夕顔の本知りたい。

うちとくるばへなどあやしくやう変はりて 04099

ばへ」は内面が外に映ること。「はへ」は映える。それまで、光には夕顔の気持ちがどこにあるのかつかめなかったが、光が二世を誓うことで、夕顔はようやくをゆるしたのである。頭中将との恋愛で子までもうけながらも、男が通ってこなくなった過去があるので、相が本当に頼めるのか、夕顔にとっては不安があったのである。まして、相の素性もわからないのだから、なおさらである。しかし、生来、疑うことができない夕顔は、光の誓いに安し、信きってしまうのである。その変りようがあまりに急激で不思議なほどだが、かといって、世馴れた女の管とも思われないので、光はもう思慮分別をなくし、人が何と思おうがかまったことではなく、すぐに思い通りにできる場へと女をさらってゆくのである。

おぼめかしながら 04100

「おぼめかし」は形容詞とも動詞とも取れる。形容詞であれば、上の訳のようになり、動詞であれば、口でははっきりと言わないながら(お頼申し上げた)の意味になる

04夕顔 原 06章085/100

君も かくうらなくたゆめてはひ隠れなば いづこをはかりとか 我も尋ねむ かりそめの隠れ処と はた見ゆめれば いづにもいづにも 移ろひゆかむ日を いつとも知ら と思すに 追ひまどはして なのめに思ひなしつべくは ただかばかりのすさびにても過ぎぬべきことを さらにさて過ぐしてむ と思されず と 人目を思して 隔ておきたまふ夜な夜ななどは いと忍びがたく 苦しきまでおぼえたまへば なほ誰れとなくて 二条院に迎へてむ もし聞こえありて 便なかるべきことなりとも さるべきにこそは 我が心ながら いとかく人にしむことはなきを いかなる契りにかはありけむ など 思ほしよる  いざ いと安きにて のどかに聞こえむ など 語らひたまへば なほ あやしう かくのたまへど 世づかぬ御もてなしなれば もの恐ろしくこそあれと いと若びて言へば げにと ほほ笑まれたまひて げに いづれか狐なるらむな ただはかられたまへかしと なつかしげにのたまへば 女もいなびきて さもありぬべく思ひたり 世になく かたはなることなりとも ひたぶるに従ふは いとあはれげなる人 と見たまふに なほ かの頭中将の常夏疑はしく 語りしざま まづ思ひ出でられたまへど 忍ぶるやうこそは と あながちにも問ひ出でたまはず 気色ばみて ふと背き隠るべきざまなどはなければ かれがれにとだえ置かむ折こそは さやうに思ひ変ることもあらめ 心ながらも すこし移ろふことあらむこそあはれなるべけれ とさへ 思しけり
八月十五夜 隈なき月影 隙多かる板屋 残りなく漏り来て 見慣らひたまはぬ住まひのさまも珍しきに 暁近くなりにけるなるべし 隣の家々 あやしき賤の男の声々 目覚まして あはれ いと寒しや 今年こそ なりはひにも頼むところすくなく 田舎の通ひも思ひかけねば いと細けれ 北殿こそ 聞きたまふやなど 言ひ交はすも聞こゆ  いとあはれなるおのがじし営みに起き出でて そそめき騒ぐもほどなきを 女いと恥づかしく思ひたり  艶だち気色ばまむ人は 消えも入りぬべき住まひのさまなめりかし  されど のどかに つらきも憂きもかたはらいたきことも 思ひ入れたるさまならで 我がもてなしありさまは いとあてはかにこめかしくて またなくらうがはしき隣の用意なさを いかなる事とも聞き知りたるさまならねば なかなか 恥ぢかかやかむよりは 罪許されてぞ見えける  ごほごほと鳴る神よりおどろおどろしく 踏轟かす唐臼の音も 枕上とおぼゆる あな 耳かしかまし と これにぞ思さるる 何の響きとも聞き入れたまはず いとあやしうめざましき音なひとの聞きたまふ くだくだしきことの多かり  白妙の衣うつ砧の音も かすかにこなたかなた聞きわたされ 空飛ぶ雁の声 取り集めて 忍びがたきこと多かり  端近き御座なりければ 遣戸を引き開けて もろともに見出だしたまふ ほどなき庭に されたる呉竹 前栽の露は なほかかるも同ごときらめきたり 虫の声々乱りがはしく 壁のなかの蟋蟀だに間遠に聞き慣らひたまへる御耳に さし当てたるやうに鳴き乱るるを なかなかさまかへて思さるるも 御心ざし一つの浅からぬに よろづの罪許さるるなめりかし 白き袷 薄色のなよよかなるを重ねて はなやかならぬ姿 いとらうたげにあえかなる地して そこと取り立ててすぐれたることもなけれど 細やかにたをたをとして ものうち言ひたるけはひ あな 心苦し と ただいとらうたく見ゆ たるをすこし添へたらば と見たまひながら なほうちとけて見まほしく思さるれば いざ ただこのわたり近きに 心安くて明かさむ かくてのは いと苦しかりけり とのたまへば いかで にはかならむと いとおいらかに言ひてゐたり この世のならぬ契りなどまで頼めたまふに うちとくるばへなど あやしくやう変はりて 世馴れたる人ともおぼえねば 人の思はむも え憚りたまはで 右近を召し出でて 随身を召させたまひて 御車引き入れさせたまふ このある人びとも かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば おぼめかしながら 頼かけきこえたり

Posted by 管理者