04夕顔05

2020-05-24

夕顔 原文 04-078/04-084

078惟光 いささかのことも御心に違はじと思ふに おのれも隈なき好き心にて いみじくたばかりまどひ歩きつつ しひておはしまさせ初めてけり 079このほどのこと くだくだしければ 例のもらしつ 080女 さしてその人と尋ね出でたまはねば 我も名のりをしたまはで いとわりなくやつれたまひつつ 例ならず下り立ちありきたまふは おろかに思されぬなるべし と見れば 我が馬をばたてまつりて 御供に走りありく 081懸想人のいとものげなき足もとを 見つけられてはべらむ時 からくもあるべきかなとわぶれど 人に知らせたまはぬままに かの夕顔のしるべせし随身ばかり さては 顔むげに知るまじき童一人ばかりぞ 率ておはしける もし思ひよる気色もやとて 隣に中宿をだにしたまはず 082女も いとあやしく心得ぬ心地のみして 御使に人を添へ 暁の道をうかがはせ 御在処見せむと尋ぬれど そこはかとなくまどはしつつ さすがに あはれに見ではえあるまじく この人の御心にかかりたれば 便なく軽々しきことと 思ほし返しわびつつ いとしばしばおはします 083かかる筋は まめ人の乱るる折もあるを いとめやすくしづめたまひて 人のとがめきこゆべき振る舞ひはしたまはざりつるを あやしきまで 今朝のほど 昼間の隔ても おぼつかなくなど 思ひわづらはれたまへば かつは いともの狂ほしく さまで心とどむべきことのさまにもあらずと いみじく思ひさましたまふに 人のけはひ いとあさましくやはらかにおほどきて もの深く重き方はおくれて ひたぶるに若びたるものから 世をまだ知らぬにもあらず いとやむごとなきにはあるまじ いづくにいとかうしもとまる心ぞ と返す返す思す 084いとことさらめきて 御装束をもやつれたる狩の御衣をたてまつり さまを変へ 顔をもほの見せたまはず 夜深きほどに 人をしづめて出で入りなどしたまへば 昔ありけむものの変化めきて うたて思ひ嘆かるれど 人の御けはひ はた 手さぐりもしるべきわざなりければ 誰ればかりにかはあらむ なほこの好き者のし出でつるわざなめりと 大夫を疑ひながら せめてつれなく知らず顔にて かけて思ひよらぬさまに たゆまずあざれありけば いかなることにかと心得がたく 女方も あやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける

夕顔 原文かな 04-078/04-084

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

これみつ いささかのこともみこころにたがはじとおもふに おのれもくまなきすきごころにて いみじくたばかりまどひありきつつ しひておはしまさせそめてけり このほどのこと くだくだしければ れいのもらしつ をむな さしてそのひととたづねいでたまはねば われもなのりをしたまはで いとわりなくやつれたまひつつ れいならずおりたちありきたまふは おろかにおぼされぬなるべし とみれば わがむまをばたてまつりて おほむ-ともにはしりありく けさうびとのいとものげなきあしもとを みつけられてはべらむとき からくもあるべきかな とわぶれど ひとにしらせたまはぬままに かのゆふがほのしるべせしずいじんばかり さては かほむげにしるまじきわらは ひとりばかりぞ ゐておはしける もしおもひよるけしきもや とて となりになかやどりをだにしたまはず をむなも いとあやしくこころえぬここちのみして おほむ-つかひにひとをそへ あかつきのみちをうかがはせ おほむ-ありかみせむとたづぬれど そこはかとなくまどはしつつ さすがに あはれにみではえあるまじく このひとのみこころにかかりたれば びんなくかろがろしきことと おもほしかへしわびつつ いとしばしばおはします かかるすぢは まめびとのみだるるをりもあるを いとめやすくしづめたまひて ひとのとがめきこゆべきふるまひはしたまはざりつるを あやしきまで けさのほど ひるまのへだても おぼつかなくなど おもひわづらはれたまへば かつは いともの-ぐるほしく さまでこころとどむべきことのさまにもあらずと いみじくおもひさましたまふに ひとのけはひ いとあさましくやはらかにおほどきて もの-ふかくおもきかたはおくれて ひたぶるにわかびたるものから よをまだしらぬにもあらず いとやむごとなきにはあるまじ いづくにいとかうしもとまるこころぞ とかへすがへすおぼす いとことさらめきて おほむ-さうぞくをもやつれたるかりのおほむ-ぞをたてまつり さまをかへ かほをもほの-みせたまはず よぶかきほどに ひとをしづめていでいりなどしたまへば むかしありけむもののへんげめきて うたておもひ-なげかるれど ひとのおほむ-けはひ はた てさぐりもしるべきわざなりければ たればかりにかはあらむ なほこのすきもののしいでつるわざなめりと たいふをうたがひながら せめてつれなくしらずがほにて かけておもひよらぬさまに たゆまずあざれありけば いかなることにかとこころえがたく をむながたもあやしうたがひたるもの-おもひをなむしける

夕顔 現代語訳 04-078/04-084

惟光は、どんなに些細な事柄でも、君のご意向にそむくまいと思うだけでなく、みずからも抜け目のない好き者なので、いろいろと策を練って奔走し、無理に君がお通い初められるよう取り計らった。この間の事情は、わずらわしいので、例のごとく省いておく。 女について、特に素性を尋ねあてるお気持ちがないため、自らも名乗りをされず、不可解なほどひどく地味な姿になられ、いつになく身を入れて歩いてお通いなのは、浮ついたお気持ちでないのだろうと惟光は見て取り、自分の馬を君にさしあげ、お供して走りまわる。 「恋人のもとへ通おうという男が、お話にもならないぶざまな徒歩姿を見られましたら、つらいことでしょうね」などと訴えるが、人にお知らせにならないまま、あの夕顔の花を取り次いだ随人ばかり、あとは顔をまったく知られそうにない童を一人だけ連れてお通いになった。もしや勘づかれでもしまいかと、隣にお泊りになることもなされない。 女もまったく怪しく納得のいかない気持ちばかりして、君の御使者に人をつけ、朝帰りの帰路を探らせたり、お住まいをつきとめようと調べてみるが、そことはわからぬようにごまかしながらも、さすがに、いとしく思わないではいられなくて、この女が御心にかかって離れないので、困りものの浮ついた気持ちだと、思い返しお嘆きになりながらも、じつに足しげく女のいらっしゃる。 こうした色恋に関しては、堅物が道を踏みはずす時もあるのに、とても人の目に映りよく高ぶる想いを静め、世間が非難申し上げるような身勝手な振舞いはこれまでなされなかったのに、自分でもあやしいくらい、別れて間もない朝の間も、逢うことのならない昼の時間も、女のことが気になってならないなど、思い悩んでおられるため、片や、まったく気違いじみた感情で、そこまで熱を入れねばならぬ事態でもないと、極力想いをさまそうとなされるが、片や、この人の感じは実に信じ難いぐらい当たりがやわらかでおっとりしており、思慮深さや堅実なところはあまりなく、ただただ幼い様子をしているものの男性経験がなくもなく、たいそう高貴な生まれというでもあるまい、なのに、どこに惹かれてまったくこうも夢中になるのかと、何度も何度も自問なさる。 何ともわざとらしいくらい、御装束も地味な狩衣をお召しになり、平生とは違う態度をとり、顔も少しもお見せにならず、夜の遅い時刻に従者を下がらせ独りで出入りなどをなさるので、昔あったという物の変化めいて、女は恐ろしいことだとつい嘆かれることだが、君のご様子はまさに手探りでもはっきりと知れるものであったから、だいたいこのくらいの御身分であろうが、やはりこの好き者の仕組んだことであろうと、大夫の惟光を疑ってみるが、つとめて冷静に知らぬ顔をして、嫌疑など思いもよらぬ様子でせっせと浮かれまわっているので、どうしたことかと理解しがたく、女の方でも、あやしく普通とは違う煩い方をしたのであった。

夕顔 注釈 04-078/04-084

惟光 04-078

書き下せば、光のことを惟(オモ)うと読めると先に注した。「いささかのことも御心に違はじと思ふ」がこれにあたる。しかし、女にわたりをつけるには、主を思うだけでは成功しない。自身も好き者で、わたりをつける術にたけている必要がある。「隈なき好き心」がそれ。その惟光をもって策を弄し、足を棒にして、主のために奔走した結果、無事に光は夕顔のもとへ通いはじめることができたのである。もっとも、主思いである性格と、好色である性格が、主人を夕顔のもとに通わせる目的にはともにプラスに働いたが、好色漢の性格が先走れば、夕顔への横恋慕という危険も孕んでいるのである。この主人思いないしは友達思いである点(まめさ)と、好き者である点(あださ)が、いろいろな割合で相をかえて、源氏の主要人物たちをつき動かして行く。これが源氏物語の世界ともいえようが、端役である惟光にはやくもそうした二重性格がほのみえるところが、物語の構造上面白いところである。

もらし 04-079

他動詞。「このほどのこと」をもらしてある。

さして 04-080

否定をともない、特にどうこうする気がないことを表す。

いとわりなく 04-080

「わりなし」は「やつれ」具合が理に合わないの意味ととった。「下り立ち」は身を入れる意の慣用句だが、車から地面に下りての本来の意味をかける。

おろかに思されぬ 04-080

女に対する思いが浮ついたものでないこと。

わが馬をばたてまつり 04-080

惟光の馬ならば、上流貴族が乗っていると思われないだろうとの配慮。いくら何でも主人を歩かせるわけにはゆかないから。

懸想人 04-081

惟光が自分自身を一般化して述べている。恋人の女房に身分の低い人の従者であると見られるのが心苦しいのである。「懸想人の」は「見つけられてはべらん」にかかる。

かの夕顔のしるべせし随人 04-081

光の命で夕顔の花を折り取りに行ったところ、童女から夕霧の歌と扇を受け取り、光へ取り次いだ随人。

むげに 04-081

打ち消しを伴い、まったく(~ない)の意味になる。

隣 04-081

惟光の母の家。

見せむ 04-082

「見せ」は「見す」で、御使者につけた「人」に様子を調べさせるの意味。「うかがはせ」と「見せ」が並列で「む」にかかる。

そこはか 04-082

そこはどこか(何か)の意味。

この人の 04-082

主格で「懸り」にかかる。

便なく 04-082

自分に関しては不都合でなく、困ったの意味。

いとめやすくしづめたまひて 04-082

前の「乱るるをりもある」と対比される。人から妙に見られぬようたかぶる恋心を抑えること。

人のとがめきこゆべき振る舞ひをしたまはざりつるを 04-083

空蝉との一件があり、到底人が非難するような行動をしていないとは言えないので、この表現は、『夕顔』を『帚木』『空蝉』とは独立した短編として作られているが、強弁であるとする説がある。それに対して、空蝉の一件は、「忍びたまひける隠ろへごと」(『帚木』冒頭)の部類であり、世間の目に伝わっていない『注釈』は説き、『帚木』『空蝉』『夕顔』に一貫性を認める。

いとやむごとなきにはあるまじいづこにいとかうしもとまる心ぞ 04-083

描出話法で光の心内語。結局、夕顔に惹かれる理由は、性格のおだやかさでも、男性経験がある点(この時代、男性経験があるのは有利である点を押さえておきたい)でも、出自の良さでもなく、よくわからないのである。注意したいのは、「いとやむごとなきにはあるまじ」という心内語。高貴な出の女性なら好きになる理屈になりうるのだ。何度も繰り返してきたが、雨夜の品定めにより、中流以下の女性に開眼したわけではない。出自のよい女性=よい女という関係式は身にしみており、そう簡単には崩れないのである。
ここは女の立場から光をどう見ているかが述べられている。省略により、光がどのようにして夕顔のもとに通うことになったのか、私たちにはわからない。しかし、光を好きになって通うのを許したのではなく、惟光の手管にかかり、意思に反したものであったらしい。前回の「いとあさましくやはらかにおほどきて」に表されているが、女は嫌と言えない性格なのだ。

いとことさらめきて 04-084

女が「うたて思ひ嘆」く原因となっている。故意な不自然さを女は感じるのだ。

狩の御衣 04-084

狩衣。略装である。

さまを変へ 04-084

服装の不自然さはすでに述べているので、ここは物腰・動作・態度などをいうものと思う。

人をしづめて 04-084

「しづめ」は他動詞。人が寝静まるのを待ってという解釈は成り立たない。人を寝静まらせると注するが、その人とは夕顔のまわりの女房というのか、光の従者をいうのかわからない。女房では光は寝かせられないし、従者を寝かしつけても「うたてし」につながらない。ここは、従者がついてゆこうとするのを制して、独りで出入りするの意味である。貴人であれば当然供回りの者がいるはずなのに、独りで乗りこんでくるのが怪しいのである。

昔ありけむものの変化 04-084

山の神(蛇)が姿を隠し女のもとへ通ったという三輪伝説(古事記・日本書紀)などが下敷きであろうとされている。

うたて思ひ嘆かるれ 04-084

相手は変化ではないかと恐ろしがっている。

大夫 04-084

五位をさす。惟光のこと。

せめてつれなく知らず顔にてかけて思ひよらぬさまにたゆまずあざれありけば 04-084

惟光の様子。どこにも悪気がないので、夕顔には騙されているのか理解できないのである。このあたりの性格は前回「もの深く(重き)方はおくれて」とあった。あまり思慮深くないのである。

女方も 04-084

「もの思ひをなむしける」にかかる。光が「あやしきまで、今朝のほど昼の隔てもおぼつかなくなど思ひわづらはれたまへ(ば)」と前回あった。光は好きになりすぎて悩み、女は相手が誰とわからず恐ろしくて悩む。かように悩み方は異なるが、二人ともに苦しんでいるのが「女方も」の「も」である。

あやしうやう違ひたるもの思ひ 04-084

男を通わせている女が普通には経験しないような悩み方の意味。相手が化け物かもしれないという不安を述べている。このように、夕顔は光を愛するどころか、この時点では恐ろしい、怪しいという思いばかりしている。それでも、弱い性格で、現状を変える力はないのである。

2020-05-24

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