04夕顔05

2021-02-21

04夕顔 原文 読みかな 対訳 078/084

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

《惟光 いささかのことも御心に違はじと思ふに おのれも隈なき好き心にて いみじくたばかりまどひ歩きつつ しひておはしまさせ初めてけり》078
これみつ いささか/の/こと/も/みこころ/に/たがは/じ/と/おもふ/に おのれ/も/くまなき/すきごころ/にて いみじく/たばかり/まどひ/ありき/つつ しひて/おはしまさ/せ/そめ/て/けり
惟光は、どんなに些細な事柄でも、君のご意向にそむくまいと思うだけでなく、みずからも抜け目のない好き者なので、いろいろと策を練って奔走し、無理に君がお通い初められるよう取り計らった。


《このほどのこと くだくだしければ 例のもらしつ》079
この/ほど/の/こと くだくだしけれ/ば れい/の/もらし/つ
この間の事情は、わずらわしいので、例のごとく省いておく。


《女 さしてその人と尋ね出でたまはねば 我も名のりをしたまはで いとわりなくやつれたまひつつ 例ならず下り立ちありきたまふは おろかに思されぬなるべし と見れば 我が馬をばたてまつりて 御供に走りありく》080
をむな さして/その/ひと/と/たづねいで/たまは/ね/ば われ/も/なのり/を/し/たまは/で いと/わりなく/やつれ/たまひ/つつ れい/なら/ず/おりたち/ありき/たまふ/は おろか/に/おぼさ/れ/ぬ/なる/べし と/みれ/ば わが/むま/を/ば/たてまつり/て おほむ-とも/に/はしり/ありく
女について、特に素性を尋ねあてるお気持ちがないため、自らも名乗りをされず、不可解なほどひどく地味な姿になられ、いつになく身を入れて歩いてお通いなのは、浮ついたお気持ちでないのだろうと惟光は見て取り、自分の馬を君にさしあげ、お供して走りまわる。


《懸想人のいとものげなき足もとを 見つけられてはべらむ時 からくもあるべきかなとわぶれど 人に知らせたまはぬままに かの夕顔のしるべせし随身ばかり さては 顔むげに知るまじき童一人ばかりぞ 率ておはしける もし思ひよる気色もやとて 隣に中宿をだにしたまはず》081
けさうびと/の/いと/ものげなき/あしもと/を みつけ/られ/て/はべら/む/とき からく/も/ある/べき/かな と/わぶれ/ど ひと/に/しらせ/たまは/ぬ/まま/に かの/ゆふがほ/の/しるべ/せ/し/ずいじん/ばかり さては かほ/むげ/に/しる/まじき/わらは ひとり/ばかり/ぞ ゐ/て/おはし/ける もし/おもひ/よる/けしき/も/や とて となり/に/なかやどり/を/だに/し/たまは/ず
「恋人のもとへ通おうという男が、お話にもならないぶざまな徒歩姿を見られましたら、つらいことでしょうね」などと訴えるが、人にお知らせにならないまま、あの夕顔の花を取り次いだ随人ばかり、あとは顔をまったく知られそうにない童を一人だけ連れてお通いになった。もしや勘づかれでもしまいかと、隣にお泊りになることもなされない。


《女も いとあやしく心得ぬ心地のみして 御使に人を添へ 暁の道をうかがはせ 御在処見せむと尋ぬれど そこはかとなくまどはしつつ さすがに あはれに見ではえあるまじく この人の御心にかかりたれば 便なく軽々しきことと 思ほし返しわびつつ いとしばしばおはします》082
をむな/も いと/あやしく/こころえ/ぬ/ここち/のみ/し/て おほむ-つかひ/に/ひと/を/そへ あかつき/の/みち/を/うかがは/せ おほむ-ありか/みせ/む/と/たづぬれ/ど そこはかとなく/まどはし/つつ さすがに あはれ/に/み/で/は/え/ある/まじく この/ひと/の/みこころ/に/かかり/たれ/ば びんなく/かろがろしき/こと/と おもほし/かへし/わび/つつ いと/しばしば/おはします
女もまったく怪しく納得のいかない気持ちばかりして、君の御使者に人をつけ、朝帰りの帰路を探らせたり、お住まいをつきとめようと調べてみるが、そことはわからぬようにごまかしながらも、さすがに、いとしく思わないではいられなくて、この女が御心にかかって離れないので、困りものの浮ついた気持ちだと、思い返しお嘆きになりながらも、じつに足しげく女のいらっしゃる。


《かかる筋は まめ人の乱るる折もあるを いとめやすくしづめたまひて 人のとがめきこゆべき振る舞ひはしたまはざりつるを あやしきまで 今朝のほど 昼間の隔ても おぼつかなくなど 思ひわづらはれたまへば かつは いともの狂ほしく さまで心とどむべきことのさまにもあらずと いみじく思ひさましたまふに 人のけはひ いとあさましくやはらかにおほどきて もの深く重き方はおくれて ひたぶるに若びたるものから 世をまだ知らぬにもあらず いとやむごとなきにはあるまじ いづくにいとかうしもとまる心ぞ と返す返す思す》083
かかる/すぢ/は まめびと/の/みだるる/をり/も/ある/を いと/めやすく/しづめ/たまひ/て ひと/の/とがめ/きこゆ/べき/ふるまひ/は/し/たまは/ざり/つる/を あやしき/まで けさ/の/ほど ひるま/の/へだて/も おぼつかなく/など おもひ/わづらは/れ/たまへ/ば かつは いと/もの-ぐるほしく さ/まで/こころ/とどむ/べき/こと/の/さま/に/も/あら/ず/と いみじく/おもひ/さまし/たまふ/に ひと/の/けはひ いと/あさましく/やはらか/に/おほどき/て もの-ふかく/おもき/かた/は/おくれ/て ひたぶるに/わかび/たる/ものから よ/を/まだ/しら/ぬ/に/も/あら/ず いと/やむごとなき/に/は/ある/まじ いづく/に/いと/かう/しも/とまる/こころ/ぞ と/かへすがへす/おぼす
こうした色恋に関しては、堅物が道を踏みはずす時もあるのに、とても人の目に映りよく高ぶる想いを静め、世間が非難申し上げるような身勝手な振舞いはこれまでなされなかったのに、自分でもあやしいくらい、別れて間もない朝の間も、逢うことのならない昼の時間も、女のことが気になってならないなど、思い悩んでおられるため、片や、まったく気違いじみた感情で、そこまで熱を入れねばならぬ事態でもないと、極力想いをさまそうとなされるが、片や、この人の感じは実に信じ難いぐらい当たりがやわらかでおっとりしており、思慮深さや堅実なところはあまりなく、ただただ幼い様子をしているものの男性経験がなくもなく、たいそう高貴な生まれというでもあるまい、なのに、どこに惹かれてまったくこうも夢中になるのかと、何度も何度も自問なさる。


《いとことさらめきて 御装束をもやつれたる狩の御衣をたてまつり さまを変へ 顔をもほの見せたまはず 夜深きほどに 人をしづめて出で入りなどしたまへば 昔ありけむものの変化めきて うたて思ひ嘆かるれど 人の御けはひ はた 手さぐりもしるべきわざなりければ 誰ればかりにかはあらむ なほこの好き者のし出でつるわざなめりと 大夫を疑ひながら せめてつれなく知らず顔にて かけて思ひよらぬさまに たゆまずあざれありけば いかなることにかと心得がたく 女方も あやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける》084
いと/ことさらめき/て おほむ-さうぞく/を/も/やつれ/たる/かり/の/おほむ-ぞ/を/たてまつり さま/を/かへ かほ/を/も/ほの-みせ/たまは/ず よぶかき/ほど/に ひと/を/しづめ/て/いでいり/など/し/たまへ/ば むかし/あり/けむ/もの/の/へんげ/めき/て うたて/おもひ-なげか/るれ/ど ひと/の/おほむ-けはひ はた てさぐり/も/しる/べき/わざ/なり/けれ/ば たれ/ばかり/に/か/は/あら/む なほ/この/すきもの/の/し/いで/つる/わざ/な/めり/と たいふ/を/うたがひ/ながら せめて/つれなく/しらずがほ/にて かけて/おもひよら/ぬ/さま/に たゆま/ず/あざれ/ありけ/ば いかなる/こと/に/か/と/こころえ/がたく をむながた/も/あやしう/たがひ/たる/もの-おもひ/を/なむ/し/ける
何ともわざとらしいくらい、御装束も地味な狩衣をお召しになり、平生とは違う態度をとり、顔も少しもお見せにならず、夜の遅い時刻に従者を下がらせ独りで出入りなどをなさるので、昔あったという物の変化めいて、女は恐ろしいことだとつい嘆かれることだが、君のご様子はまさに手探りでもはっきりと知れるものであったから、だいたいこのくらいの御身分であろうが、やはりこの好き者の仕組んだことであろうと、大夫の惟光を疑ってみるが、つとめて冷静に知らぬ顔をして、嫌疑など思いもよらぬ様子でせっせと浮かれまわっているので、どうしたことかと理解しがたく、女の方でも、あやしく普通とは違う煩い方をしたのであった。

夕顔 注釈 04078/04084

惟光 04078

書き下せば、光のことを惟(オモ)うと読めると先に注した。「いささかのことも御心に違はじと思ふ」がこれにあたる。しかし、女にわたりをつけるには、主を思うだけでは成功しない。自身も好き者で、わたりをつける術にたけている必要がある。「隈なき好き心」がそれ。その惟光をもって策を弄し、足を棒にして、主のために奔走した結果、無事に光は夕顔のもとへ通いはじめることができたのである。もっとも、主思いである性格と、好色である性格が、主人を夕顔のもとに通わせる目的にはともにプラスに働いたが、好色漢の性格が先走れば、夕顔への横恋慕という危険も孕んでいるのである。この主人思いないしは友達思いである点(まめさ)と、好き者である点(あださ)が、いろいろな割合で相をかえて、源氏の主要人物たちをつき動かして行く。これが源氏物語の世界ともいえようが、端役である惟光にはやくもそうした二重性格がほのみえるところが、物語の構造上面白いところである。

もらし 04079

他動詞。「このほどのこと」をもらしてある。

さして 04080

否定をともない、特にどうこうする気がないことを表す。

いとわりなく 04080

「わりなし」は「やつれ」具合が理に合わないの意味ととった。「下り立ち」は身を入れる意の慣用句だが、車から地面に下りての本来の意味をかける。

おろかに思されぬ 04080

女に対する思いが浮ついたものでないこと。

わが馬をばたてまつり 04080

惟光の馬ならば、上流貴族が乗っていると思われないだろうとの配慮。いくら何でも主人を歩かせるわけにはゆかないから。

懸想人 04081

惟光が自分自身を一般化して述べている。恋人の女房に身分の低い人の従者であると見られるのが心苦しいのである。「懸想人の」は「見つけられてはべらん」にかかる。

かの夕顔のしるべせし随人 04081

光の命で夕顔の花を折り取りに行ったところ、童女から夕霧の歌と扇を受け取り、光へ取り次いだ随人。

むげに 04081

打ち消しを伴い、まったく(~ない)の意味になる。

隣 04081

惟光の母の家。

見せむ 04082

「見せ」は「見す」で、御使者につけた「人」に様子を調べさせるの意味。「うかがはせ」と「見せ」が並列で「む」にかかる。

そこはか 04082

そこはどこか(何か)の意味。

この人の 04082

主格で「懸り」にかかる。

便なく 04082

自分に関しては不都合でなく、困ったの意味。

いとめやすくしづめたまひて 04082

前の「乱るるをりもある」と対比される。人から妙に見られぬようたかぶる恋心を抑えること。

人のとがめきこゆべき振る舞ひをしたまはざりつるを 04083

空蝉との一件があり、到底人が非難するような行動をしていないとは言えないので、この表現は、『夕顔』を『帚木』『空蝉』とは独立した短編として作られているが、強弁であるとする説がある。それに対して、空蝉の一件は、「忍びたまひける隠ろへごと」(『帚木』冒頭)の部類であり、世間の目に伝わっていない『注釈』は説き、『帚木』『空蝉』『夕顔』に一貫性を認める。

いとやむごとなきにはあるまじいづこにいとかうしもとまる心ぞ 04083

描出話法で光の心内語。結局、夕顔に惹かれる理由は、性格のおだやかさでも、男性経験がある点(この時代、男性経験があるのは有利である点を押さえておきたい)でも、出自の良さでもなく、よくわからないのである。注意したいのは、「いとやむごとなきにはあるまじ」という心内語。高貴な出の女性なら好きになる理屈になりうるのだ。何度も繰り返してきたが、雨夜の品定めにより、中流以下の女性に開眼したわけではない。出自のよい女性=よい女という関係式は身にしみており、そう簡単には崩れないのである。
ここは女の立場から光をどう見ているかが述べられている。省略により、光がどのようにして夕顔のもとに通うことになったのか、私たちにはわからない。しかし、光を好きになって通うのを許したのではなく、惟光の手管にかかり、意思に反したものであったらしい。前回の「いとあさましくやはらかにおほどきて」に表されているが、女は嫌と言えない性格なのだ。

いとことさらめきて 04084

女が「うたて思ひ嘆」く原因となっている。故意な不自然さを女は感じるのだ。

狩の御衣 04084

狩衣。略装である。

さまを変へ 04084

服装の不自然さはすでに述べているので、ここは物腰・動作・態度などをいうものと思う。

人をしづめて 04084

「しづめ」は他動詞。人が寝静まるのを待ってという解釈は成り立たない。人を寝静まらせると注するが、その人とは夕顔のまわりの女房というのか、光の従者をいうのかわからない。女房では光は寝かせられないし、従者を寝かしつけても「うたてし」につながらない。ここは、従者がついてゆこうとするのを制して、独りで出入りするの意味である。貴人であれば当然供回りの者がいるはずなのに、独りで乗りこんでくるのが怪しいのである。

昔ありけむものの変化 04084

山の神(蛇)が姿を隠し女のもとへ通ったという三輪伝説(古事記・日本書紀)などが下敷きであろうとされている。

うたて思ひ嘆かるれ 04084

相手は変化ではないかと恐ろしがっている。

大夫 04084

五位をさす。惟光のこと。

せめてつれなく知らず顔にてかけて思ひよらぬさまにたゆまずあざれありけば 04084

惟光の様子。どこにも悪気がないので、夕顔には騙されているのか理解できないのである。このあたりの性格は前回「もの深く(重き)方はおくれて」とあった。あまり思慮深くないのである。

女方も 04084

「もの思ひをなむしける」にかかる。光が「あやしきまで、今朝のほど昼の隔てもおぼつかなくなど思ひわづらはれたまへ(ば)」と前回あった。光は好きになりすぎて悩み、女は相手が誰とわからず恐ろしくて悩む。かように悩み方は異なるが、二人ともに苦しんでいるのが「女方も」の「も」である。

あやしうやう違ひたるもの思ひ 04084

男を通わせている女が普通には経験しないような悩み方の意味。相手が化け物かもしれないという不安を述べている。このように、夕顔は光を愛するどころか、この時点では恐ろしい、怪しいという思いばかりしている。それでも、弱い性格で、現状を変える力はないのである。

04夕顔 原文 05章078/084

惟光 いささかのことも御心に違はじと思ふに おのれも隈なき好き心にて いみじくたばかりまどひ歩きつつ しひておはしまさせ初めてけり このほどのこと くだくだしければ 例のもらしつ 女 さしてその人と尋ね出でたまはねば 我も名のりをしたまはで いとわりなくやつれたまひつつ 例ならず下り立ちありきたまふは おろかに思されぬなるべし と見れば 我が馬をばたてまつりて 御供に走りありく 懸想人のいとものげなき足もとを 見つけられてはべらむ時 からくもあるべきかなとわぶれど 人に知らせたまはぬままに かの夕顔のしるべせし随身ばかり さては 顔むげに知るまじき童一人ばかりぞ 率ておはしける もし思ひよる気色もやとて 隣に中宿をだにしたまはず 女も いとあやしく心得ぬ心地のみして 御使に人を添へ 暁の道をうかがはせ 御在処見せむと尋ぬれど そこはかとなくまどはしつつ さすがに あはれに見ではえあるまじく この人の御心にかかりたれば 便なく軽々しきことと 思ほし返しわびつつ いとしばしばおはします かかる筋は まめ人の乱るる折もあるを いとめやすくしづめたまひて 人のとがめきこゆべき振る舞ひはしたまはざりつるを あやしきまで 今朝のほど 昼間の隔ても おぼつかなくなど 思ひわづらはれたまへば かつは いともの狂ほしく さまで心とどむべきことのさまにもあらずと いみじく思ひさましたまふに 人のけはひ いとあさましくやはらかにおほどきて もの深く重き方はおくれて ひたぶるに若びたるものから 世をまだ知らぬにもあらず いとやむごとなきにはあるまじ いづくにいとかうしもとまる心ぞ と返す返す思す いとことさらめきて 御装束をもやつれたる狩の御衣をたてまつり さまを変へ 顔をもほの見せたまはず 夜深きほどに 人をしづめて出で入りなどしたまへば 昔ありけむものの変化めきて うたて思ひ嘆かるれど 人の御けはひ はた 手さぐりもしるべきわざなりければ 誰ればかりにかはあらむ なほこの好き者のし出でつるわざなめりと 大夫を疑ひながら せめてつれなく知らず顔にて かけて思ひよらぬさまに たゆまずあざれありけば いかなることにかと心得がたく 女方も あやしうやう違ひたるもの思ひをなむしける

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