04夕顔04

2020-05-24

夕顔 原文 04-054/04-077

054秋にもなりぬ 人やりならず 心づくしに思し乱るることどもありて 大殿には 絶え間置きつつ 恨めしくのみ思ひ聞こえたまへり 055六条わたりにも とけがたかりし御気色を おもむけ聞こえたまひて後 ひき返し なのめならむはいとほしかし 056されど よそなりし御心惑ひのやうに あながちなる事はなきも いかなることにかと見えたり 057女は いとものをあまりなるまで 思ししめたる御心ざまにて 齢のほども似げなく 人の漏り聞かむに いとどかくつらき御夜がれの寝覚め寝覚め 思ししをるること いとさまざまなり 058霧のいと深き朝 いたくそそのかされたまひて ねぶたげなる気色に うち嘆きつつ出でたまふを 中将のおもと 御格子一間上げて 見たてまつり送りたまへ とおぼしく 御几帳引きやりたれば 御頭もたげて見出だしたまへり 059前栽の色々乱れたるを 過ぎがてにやすらひたまへるさま げにたぐひなし 060廊の方へおはするに 中将の君 御供に参る 061紫苑色の折にあひたる 羅の裳 鮮やかに引き結ひたる腰つき たをやかになまめきたり 062見返りたまひて 隅の間の高欄に しばし ひき据ゑたまへり 063うちとけたらぬもてなし 髪の下がりば めざましくも と見たまふ 064咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎ憂き今朝の朝顔 いかがすべきとて 手をとらへたまへれば 065いと馴れて とく 朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて花に心を止めぬとぞ見る とおほやけごとにぞ聞こえなす 066をかしげなる侍童の 姿このましう ことさらめきたる 指貫 裾 露けげに 花の中に混りて 朝顔折りて参るほどなど 絵に描かまほしげなり 067大方に うち見たてまつる人だに 心とめたてまつらぬはなし 068物の情け知らぬ山がつも 花の蔭には なほやすらはまほしきにや この御光を見たてまつるあたりは ほどほどにつけて 我がかなしと思ふ女を 仕うまつらせばやと願ひ もしは 口惜しからずと思ふ妹など持たる人は 卑しきにても なほ この御あたりにさぶらはせむと 思ひ寄らぬはなかりけり 069まして さりぬべきついでの御言の葉も なつかしき御気色を見たてまつる人の すこし物の心思ひ知るは いかがはおろかに思ひきこえむ 070明け暮れうちとけてしもおはせぬを 心もとなきことに思ふべかめり 071まことや かの惟光が預かりのかいま見は いとよく案内見とりて申す 072その人とは さらにえ思ひえはべらず 人にいみじく隠れ忍ぶる気色になむ 見えはべるを つれづれなるままに 南の半蔀ある長屋に わたり来つつ 車の音すれば 若き者どもの覗きなどすべかめるに この主とおぼしきも はひわたる時はべかめる 容貌なむ ほのかなれど いとらうたげにはべる 073一日 前駆追ひて渡る車のはべりしを 覗きて 童女の急ぎて 右近の君こそ まづ物見たまへ 中将殿こそ これより渡りたまひぬれと言へば また よろしき大人出で来て あなかまと手かくものから いかでさは知るぞ いで 見むとて はひ渡る 打橋だつものを道にてなむ 通ひはべる 急ぎ来るものは 衣の裾を物に引きかけて よろぼひ倒れて 橋よりも落ちぬべければ いで この葛城の神こそ さがしうしおきたれと むつかりて 物覗きの心も冷めぬめりき 074君は 御直衣姿にて 御随身どももありし なにがし くれがしと数へしは 頭中将の随身 その小舎人童をなむ しるしに言ひはべりし など聞こゆれば たしかにその車をぞ見まし とのたまひて もし かのあはれに忘れざりし人にや と 思ほしよるも いと知らまほしげなる御気色を見て 075私の懸想もいとよくしおきて 案内も残るところなく見たまへおきながら ただ 我れどちと知らせて 物など言ふ若きおもとのはべるを そらおぼれしてなむ 隠れまかり歩く いとよく隠したりと思ひて 小さき子どもなどのはべるが言誤りしつべきも 言ひ紛らはして また人なきさまを強ひてつくりはべる など 語りて笑ふ 076尼君の訪ひにものせむついでに かいま見せさせよ とのたまひけり 077かりにても 宿れる住ひのほどを思ふに これこそ かの人の定め あなづりし下の品ならめ その中に 思ひの外にをかしきこともあらば など 思すなりけり

夕顔 原文かな 04-054/04-077

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

あきにもなりぬ ひとやりならず こころづくしにおぼしみだるること-どもありて おほとのには たエまおきつつ うらめしくのみおもひきこエたまへり ろくでうわたりにも とけがたかりしみけしきをおもむけきこエたまひてのち ひきかへし なのめならむはいとほしかし されど よそなりしみこころまどひのやうに あながちなることはなきも いかなることにかとみエたり をむなは いとものをあまりなるまで おぼししめたるみこころざまにて よはひのほどもにげなく ひとのもりきかむに いとどかくつらきおほむ-よがれのねざめねざめ おぼししをるること いとさまざまなり きりのいとふかきあした いたくそそのかされたまひて ねぶたげなるけしきに うち-なげきつついでたまふを ちうじやう-の-おもと みかうしひとまあげて みたてまつりおくりたまへ とおぼしく みきちやうひきやりたれば みぐしもたげてみいだしたまへり せんさいのいろいろみだれたるを すぎがてにやすらひたまへるさま げにたぐひなし らうのかたへおはするに ちうじやう-の-きみ おほむ-ともにまゐる しをん-いろのをりにあひたる うすもののも あざやかにひき-ゆひたるこしつき たをやかに なまめきたり みかへりたまひて すみのまのかうらんに しばし ひき-すゑたまへり うちとけたらぬもてなし かみのさがりば めざましくも とみたまふ さくはなにうつるてふなはつつめども をらですぎうきけさのあさがほ いかがすべき とて てをとらへたまへれば いとなれてとく あさぎりのはれまもまたぬけしきにて はなにこころをとめぬとぞみる と おほやけごとにぞきこエなす をかしげなるさぶらひわらはの すがたこのましう ことさらめきたる さしぬき すそ つゆけげに はなのなかにまじりて あさがほをりてまゐるほどなど ゑにかかまほしげなり おほかたに うち-みたてまつるひとだに こころとめたてまつらぬはなし もののなさけしらぬやまがつも はなのかげには なほやすらはまほしきにや このおほむ-ひかりをみたてまつるあたりは ほどほどにつけて わがかなしとおもふむすめを つかうまつらせばやとねがひ もしは くちをしからずとおもふいもうとなどもたるひとは いやしきにても なほ このおほむ-あたりにさぶらはせむと おもひよらぬはなかりけり まして さりぬべきついでのおほむ-ことのはも なつかしきみけしきをみたてまつるひとの すこしもののこころおもひしるは いかがはおろかにおもひきこエむ あけくれうちとけてしもおはせぬを こころもとなきことにおもふべかめり まことや かのこれみつがあづかりのかいまみは いとよくあないみとりてまうす そのひととは さらにえおもひえはべらず ひとにいみじくかくれしのぶるけしきになむみエはべるを つれづれなるままに みなみのはじとみあるながやにわたりきつつ くるまのおとすれば わかきもの-どもののぞきなどすべかめるに このしゆうとおぼしきも はひわたるときはべかめる かたちなむ ほのかなれど いとらうたげにはべる ひとひ さきおひてわたるくるまのはべりしを のぞきて わらはべのいそぎて うこん-の-きみこそ まづものみたまへ ちうじやう-どのこそ これよりわたりたまひぬれ といへば また よろしきおとないできて あなかまと てかくものから いかでさはしるぞ いで みむ とて はひわたる うちはし-だつものをみちにてなむかよひはべる いそぎくるものは きぬのすそをものにひき-かけて よろぼひたふれて はしよりもおちぬべければ いで このかづらき-の-かみこそ さがしうしおきたれと むつかりて もののぞきのこころもさめぬめりき きみは おほむ-なほしすがたにて みずいじん-どももありし なにがし くれがし とかずへしは とう-の-ちうじやうのずいじん そのこどねり-わらはをなむ しるしにいひはべりし などきこゆれば たしかにそのくるまをぞみまし とのたまひて もし かのあはれにわすれざりしひとにやと おもほしよるも いとしらまほしげなるみけしきをみて わたくしのけさうもいとよくしおきて あないものこるところなくみたまへおきながら ただ われ-どちとしらせて ものなどいふわかきおもとのはべるを そらおぼれしてなむ かくれまかりありく いとよくかくしたりとおもひて ちひさきこどもなどのはべるがことあやまりしつべきも いひまぎらはして またひとなきさまを しひてつくりはべる など かたりてわらふ あまぎみのとぶらひにものせむついでに かいまみせさせよ とのたまひけり かりにても やどれるすまひのほどをおもふに これこそ かのひとのさだめ あなづりししも-の-しなならめ そのなかに おもひのほかにをかしきこともあらば など おぼすなりけり

夕顔 現代語訳 04-054/04-077

いつか秋ともなっていた。藤壺へ心の限りを尽くし、自ら求めるように思い悩む出来事などがあって、左大臣家には途絶えがちのまま、ただどうにもならない状況を恨めしくのみ思い申し上げておられた。
六条御息所に対しても、応じそうになかったご様子をどうにか意に添わせ申し上げられたあと、うって変って熱がさめてしまったならばまったく申し訳の立たぬことであろうに、だがそこまでゆかずとも、手に落ちる前に惑乱なされたみたいに、闇雲にどうにかしようという態度がないのも、どうしたご了見かと思われた。
女は、ものごとを極端なまでに思い詰めてしまわれるご気性で、おふたりのお年のぐあいも似つかわしくなく、ことが発覚してはとご心配になるにつけ、ますますこうしてつらくなりまさる夜離れの夜々寝覚めるごとに、悶々とうちしおれてしまわれることがらがあれこれ実に多い。
霧がたいそう深く立ちこめる後朝(キヌギヌ)に、君はひどく急き立てになられて、眠たそうな様子で別れを嘆きつつ出てゆかれるのを、中将のおもとが、御格子を一間ぶん上げて、お見送り申し上げなさりませとの心づかいであろう、御几帳をとりのけたので、御息所は御頭をもたげて外へ目をおやりになった。
植込みの草花が様々な色に咲き乱れているのを、見過ごしがたくたたずんでいらっしゃる姿は、まったくもってえも言われぬ風情がある。対屋への渡り廊下へさしかかになったところ、後から中将の君がお見送りのお供に参る。紫苑色の季節にふさわしい上着に、薄絹の裳をあざやかに結んだ腰つきが、やわらかでしっとりと優美である。
君は見返りになり、隅の間の手すりにしばし引き座らせになる。きりりと隙きのない態度や、髪の下がり端は、目もさめるばかりだとごらんになる。
「咲く花にうつるてふ名はつつめども折らで過ぎうきけさの朝顔
(咲く花に心移りしたとの浮名はつつしむべきであるが、手折らずにはすまない今朝の美しい朝顔は)
どうしたものか」と、手をお取りになると、ひどく手馴れたもので、すぐに、
「朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞみる」
(朝霧が晴れるのも待ち遠しい様子とは
本当に美しい花である主人に心をお留めなのですね……表の意味
朝霧が晴れるのも待てずにお帰りとは
どこぞの花に心をお留めでいらっしゃるようね……裏の意味)
と、主人に仕える身としてお答え申し上げる。
かわいらしい侍童が、美しい姿が映えるように特別に仕立てたような指貫の裾を露に濡らせながら、花の中にまじって朝顔を折って光の君に差し上げる様子などは、絵に描いてみたい趣きである。
はたからちょっと拝する人でさえ、思慕し申し上げない者はない。情味に欠ける山出でも、花もとにはやはりたたずんでみたくなるものではないか、この君の光輝くお姿を拝見する人たちは、身分に応じて、自ら大切にいつくしむ娘を女房としてお仕えさせたいと願い、あるいは姿形のまんざらでもないと思う姉妹などがいる人は、卑しい仕事であっても、やはりこの方のお近くで下働きさせたいと思わない者はなかった。
まして、しかるべき折りにいただく歌でも、親しみやすいご様子を拝見する人がすこしでもわきまえのある場合は、どうしておろかに扱いもうしあげようか、明け暮れ心をゆるしておくつろぎにならないことを、気がかりなことであると心配してのであろう。
そうそう、あの惟光が預かり受けた垣間見の件は、実に細かく内情を探り出してご報告申し上げる。
「誰ということはまったく見当がつきません。ひどく人目をいとい隠れ忍んでいる様子に見えますが、無聊にまかせて、南側にある半蔀のついた長屋にやって来ては、車の往来する音がすると、若い女房たちが外を覗き見することになっているようで、この主人とおぼしき女も長屋の方へこっそり渡ってくる時がある模様です。容貌は、ちらりと見たぶんには、たいそうかわいらしゅうございました。ある日、先払いをつけて通る車がありましたのをのぞき見て、女童があわてて、右近の君、早くごらんになって。中将殿が前をお通りだわと呼ばわれば、続いて見てくれのよい年増のご登場、静かにと、手振りで制止しながら、どうしてそうとわかろう。どれどれ、と忍び足でやって参ります。打橋らしきもののを渡るのですが、急いで来るものだから、衣服の裾を何かに引っ掛けて、よろめき倒れかかりあわや橋から落っこちそうになったので、もう、この葛城の神様ったら、急な橋をこさえたものだと腹を立て、のぞき見る気持ちもさめてしまったようです。
「中将の君は御直衣姿で、御随人たちもいました。あれは誰、これは誰と数え立てたのは、頭中将の随人やその小舎人童を証拠に名を口にしたのです」などと申し上げると、
「わたしもその車を見ておきたかったな」とおっしゃって、もしやいつかの恋しくて忘れずにいた人ではないかと思い寄りになるものの、惟光はたいそう好奇心を欠きたてられたご様子を見て取り、
「わたくしごとの懸想の方でも首尾よく話をつけ、すでに家の内情まですっかり調べあげてあるものの、相手の女はただの女房仲間だと言って、何でも気安く口のきける若い女房がござったのですが、主人と知りつつもそらとぼけたままこっそり通っています。むこうはうまく隠している気で、小さい子どもなどがござって、へたなことをうっかりききそうになりますものを、うまく言いまぎらせて、これまた主人などいない風を、無理にこさえておるのでございます」などと語って笑う。
「尼君のお見舞いに行くついでに、垣間見させておくれ」とおっしゃった。
仮住まいであろうとも、宿にしている住まいの程度をはかってみるに、これこそあの中将が品定めで侮った下の品であろうが、その中にめっけものでもあればなどとお思いになるのだった。

夕顔 注釈 04-054/04-077

秋 04-054

哀しみの季節である。

人やりならず 04-054

人のせいでなく、自らすすんで。

心づくし 04-054

心の限りを尽くすこと。「木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり(木の間から洩れてくる月の光を見ると、また心をすりへらす秋が来たんだなとわかる)」(古今・秋・読人しらず)を下にひく。藤壺への成就しない恋をさす。詳細は、『若紫』の帖に譲るが、ここで光は藤壺を犯そうとして失敗したと思われる。

六条わたり 04-055

場所によって人を表す。六条御息所のこと。

おもむけ 04-055

他動詞で、相手を自分の意に従わせること。

ひき返しなのめならむはいとほしかし 04-055

挿入句。極端な例を出し、そうではないが、こちらもだめなんだという論法。「なのめ」は、ありきたり。「いとほし」は、申し訳ないという後悔の念。「かし」は、話者の推論。

よそなりし 04-056

まだ自分のものでなかった時の。

あながちなる 04-056

無理にどうこうしようという一途さ。

いかなることにか 04-056

思いを遂げるまではあんなにご執心であったのに、ひとたび自分のものになると、かつての狂おしいような愛情をみせなくなったのはどうしたことなのか、という光に対する話者の非難。

女 04-057

御息所。男女関係を問題にする場合、身分にかかわらず、女と表記されることがある。

いとものをあまりなるまで 04-057

極端なまで。生霊になる性格の伏線とみてよい。

思ししめたる 04-057

思いつめるの敬語。

齢のほど 04-057

女の方が七つ上という年齢さを指す。当時光が十七で、御息所は二十四。

人の漏り聞かむに 04-057

二人の関係が世間に知れてはどうしようかとの心配。そう思うにつけ、関係が発覚するのみか、すでに二人の関係は冷めており、足の遠のいた男を独りさみしく待ちつづけるみじめな状態では、気の腐るばかりである。

夜がれ 04-057

男の訪れがなく、性的にも満たされないで、独り寝がつづく状態。

霧のいと深き朝 04-058

六条御息所との後朝(キヌギヌ)の場面。「霧」は男女の別れの嘆きを象徴するとのこと(『注釈』)。

そそのかされ 04-058

もう朝なので、お帰りなさいと御息所付きの女房にせきたてられた。

ねぶたげなる気色 04-058

実際に眠いのではなく、立ち去りにくそうにするのが礼儀であるとのこと(『新全集』)。「気色」は、実際そうではないがそうした風であるというニュアンスがある。

見たてまつり送りたまへ 04-058

「たてまつり」で見送る対象である光へ、「たまへ」で見送る主体である御息所へ敬意を示す。

御頭もたげて 04-058

そうあるのは、昨夜の情交の激しさを示す。七歳上の御息所には、光の若さを受けとめる体力がないのであろう。それに比して、光は中将へもちょっかいを出そうとする。このあたりの対比の妙は、小説としての読みどころである。

過ぎがてに 04-059

過ぎ難くの意味。

廊の方へ 04-060

母屋から対屋(タイノヤ)へ渡る渡り廊下へさしかかろうとするあたり。光は対屋から出口の中門へ行こうとしている。

紫苑色 04-061

襲(カサネ)の色目で、表の色裏の色ともに諸説あるが、秋に着用する色である。

裳 04-061

正装時、袴の上に身につけるもの。

隅の間 04-062

母屋にいる六条御息所からは見えない、寝殿の隅の部屋。

高欄 04-062

手すり。

めざましくも 04-063

目の醒める美しさとも、とがめるようなとも言うが、髪の下がり端が人をとがめるようだという解釈は自然ではない。おそらく、寝乱れた御息所の御髪を目にしたばかりの光の目には、整然とととのえられた若い女房の髪にはっとしたのである。

侍童の 04-066

「の」は主格で「折りてまゐる」にかかる。

ことさらめきたる指貫 04-066

特別仕立てのような指貫。指貫は袴の一種で、足首のあたりをひもでくくる。

朝顔折りて参る 04-066

この見送りの場面全体が、夕顔とのなれ初めである、盆の上の夕顔の花を載せて光にさしあげた場面を意識した変奏部である。片や下の下の階層、片や上の上の階層であり、にもかかわらず、どちらの主人も表面に現れず、花をシンボリックに歌の交換が行われるなど、多くの類似点が隠されている。

大方に 04-067

意味がとりにくいが、「なつかしき御気色を見たてまつる人」と対立関係にあることを考慮すれば、間近でなく傍からくらいの意味になる。

御光 04-068

まぶしいような光の姿。

かなし 04-068

大切に育む。

仕うまつらせばや 04-068

宮仕えとして光に与えること。光のお眼鏡にかなえば、第何番目かの妻の地位になる可能性がある。

卑しきにても 04-068

身分が卑しいとも考えられるが、仕事が卑しい下働きということであろう。こちらは、光と結婚する見込みはない。

まして 04-069

光と無関係な外部の人間であったり、光と主従の関係にあったりせず、何か特別な場合に歌を読みかけられるような、親しく接することのできる立場にある人をさす。

御言の葉も 04-069

「おろかに思ひきこえん」にかかる。その間の「なつかしき……思ひ知るは」は挿入句。

まことや 04-071

話題を転じるときの発語。それはそうと。そう言えば。

預かりの 04-071

光から申し付けられていた。ここらは滑稽な表現が目立つと『新全集』。「案内」は内部事情。

南の半蔀ある長屋 04-072

先に「桧垣といふもの新しうして、上は半蔀四五間ばかり上げわたして」とあった。

はひわたる 04-072

「這ひ」はそっとする様子。

あなかま 04-073

「あな、かまし」で、ああうるさいの意味。

ものから 04-073

…しながらも。

急ぎ来るものは 04-073

急ぎ来るものだからの意味。

葛城の神 04-073

葛城山の神(一言主神ヒトコトヌシノカミ)で、役行者(エンノギョウジャ)から、金峰山(キンプザン)と葛城山との間に橋をかけるように命じられたとの伝説がある。なお、この神は顔が醜く、昼は働かなかったので、橋は未完成に終わったという。

物覗き 04-073

「もの」は人智では推し量りがたいもの、到達しえないものであり、もののけのものと同じ。中将か誰かわからないので、ものといったのである。

君 04-074

頭中将。

しるし 04-074

証拠。

かのあはれに忘れざりし人 04-074

雨夜の品定めで頭中将が告白した常夏の女のこと。

私の懸想も 04-075

主君である光の懸想のみならずわたくしごとである自分の懸想もとの解釈があるが正しくない。「主人の懸想もいとよくしおきて」とつづけることはできないからだ。ここは、主人に仕える身としての公的な働きもちゃんとしましたが(「惟光が預りのかいま見はいとよく案内見取り」)、プライベートである懸想の方でもちゃんとやっての意味。

ただ我どちと知らせて物など言ふ若きおもとのはべる 04-075

先ずは代表的な訳文を見てみよう。「この私(惟光)対してはさも仲間の女房のように見せかけて、わざとそうした口のきき方をしている若い女房がおりますが」とある。「見せかけて」いる主語が誰かわからないが、その点は現代語のまずさに起因しようから、その点は触れない(もっとも、若い女房がそう見せかけていると考えるのでは、古文の力も危ぶまれる)。惟光が通う相手の女房が、あの人はあたしたちの同僚よと言い聞かせるのが前半。問題は後半で、上のような訳が成り立つためには、「ただ我どちと」が「知らせて」と「ものなど言ふ」の両方にかからないといけない。しかし、「ただ我どちと知らせて」の「と」は知らせる内容をさすが、「ただ我どちとものなど言ふ」の「と」は言うの内容ではなく、どのような言い方をするかを意味する。つまり、「と」の働きを変えてしまう。直感的には成り立ちそうでも、そうした読み方は間違いである。「ものなど言ふ」の主語は、「知らせて」と同じく惟光の通う女房以外になく、文の構造もその方が単純で自然である。「ものなど言ふ」には、相手が主君にも関わらず気安い口のきき方をするというニュアンスがこもるのだ。「言ふ」は本来「申す」でなければならない。もちろん、二人がしゃべっている場面に惟光は居合わせない。こっそり隠れて、会話を聞いているのだ。それが後の「隠れまかり歩く」で、隠れは、家の者、特に夕顔に見つからないようにである。まかり歩くは、女のもとへ通うこと。ここで、この文の構造を述べておく。「私の懸想もいとよくしおきて」は「隠れまかり歩く」にかかる。その間は挿入句。「案内も残る所なく見たまへおきながら」は「そらおぼれして」にかかる。その間は挿入句。「ただ我どちと……おもとのはべるを」は結局挿入句の中でさらに挿入句になっている。

こそ…ならめ 04-077

こそ+已然形はその下に逆接で続いてゆく。

かの人の定めあなづりし下の品 04-077

「かの人」は頭中将。「下のきざみといふ際になればこと耳立たずかし」(『帚木』)とあった。「定め」は、定めたのか、定めにおいてなのか決定しづらい。文法的には前の方が自然だが、下の品は頭中将が定めたとは言いがたいので、頭中将が品定めにおいて侮った下の階級と考えておく。

2020-05-24

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