04夕顔02

2020-05-24

夕顔 原文 04-022/04-040

022修法など またまた始むべきことなど掟てのたまはせて 出でたまふとて 惟光に紙燭召して ありつる扇御覧ずれば もて馴らしたる移り香 いと染み深うなつかしくて をかしうすさみ書きたり
 023心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花
そこはかとなく書き紛らはしたるも あてはかにゆゑづきたれば いと思ひのほかに をかしうおぼえたまふ 024惟光に この西なる家は何人の住むぞ 問ひ聞きたりや とのたまへば 例のうるさき御心とは思へども えさは申さで この五 六日ここにはべれど 病者のことを思うたまへ扱ひはべるほどに 隣のことはえ聞きはべらずなど はしたなやかに聞こゆれば 憎しとこそ思ひたれな されど この扇の 尋ぬべきゆゑありて見ゆるを なほ このわたりの心知れらむ者を召して問へとのたまへば 入りてこの宿守なる男を呼びて問ひ聞く 025揚名介なる人の家になむはべりける 男は田舎にまかりて 妻なむ若く事好みて はらからなど宮仕人にて来通ふと申す 026詳しきことは 下人のえ知りはべらぬにやあらむと聞こゆ 027さらば その宮仕人ななり したり顔にもの馴れて言へるかなと めざましかるべき際にやあらむと思せど さして聞こえかかれる心の憎からず過ぐしがたきぞ 例のこの方には重からぬ御心なめるかし 028御畳紙にいたうあらぬさまに書き変へたまひて
  寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔
ありつる御随身して遣はす 029まだ見ぬ御さまなりけれど いとしるく思ひあてられたまへる御側目を見過ぐさで さしおどろかしけるを 答へたまはでほど経ければ なまはしたなきに かくわざとめかしければ あまえて いかに聞こえむなど言ひしろふべかめれど めざましと思ひて 随身は参りぬ 030御前駆の松明ほのかにて いと忍びて出でたまふ 半蔀は下ろしてけり 隙々より見ゆる灯の光 蛍よりけにほのかにあはれなり 031御心ざしの所には 木立 前栽など なべての所に似ず いとのどかに心にくく住みなしたまへり 032うちとけぬ御ありさまなどの 気色ことなるに ありつる垣根 思ほし出でらるべくもあらずかし
033翌朝 すこし寝過ぐしたまひて 日さし出づるほどに出でたまふ 034朝明の姿は げに人のめできこえむも ことわりなる御さまなりけり 035今日もこの蔀の前渡りしたまふ 来し方も過ぎたまひけむわたりなれど ただはかなき一ふしに御心とまりて いかなる人の住み処ならむ とは 往き来に御目とまりたまひけり
036惟光 日頃ありて参れり 037わづらひはべる人 なほ弱げにはべれば とかく見たまへ あつかひてなむなど 聞こえて 近く参り寄りて聞こゆ 038仰せられしのちなむ 隣のこと知りてはべる者 呼びて問はせはべりしかど はかばかしくも申しはべらず いと忍びて 五月のころほひよりものしたまふ人なむあるべけれど その人とは さらに家の内の人にだに知らせずとなむ申す 039時々 中垣のかいま見しはべるに げに若き女どもの透影見えはべり 褶だつもの かことばかり引きかけて かしづく人はべるなめり 昨日 夕日のなごりなくさし入りてはべりしに 文書くとてゐてはべりし人の顔こそいとよくはべりしか もの思へるけはひして ある人びとも忍びてうち泣くさまなどなむ しるく見えはべると聞こゆ 040君うち笑みたまひて 知らばや と思ほしたり

夕顔 原文かな 04-022/04-040

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

すほふなど またまたはじむべきことなどおきてのたまはせて いでたまふとて これみつにしそくめして ありつるあふぎごらんずれば もて-ならしたるうつりが いとしみふかうなつかしくて をかしうすさみかきたり
こころあてにそれかとぞみるしらつゆのひかりそへたるゆふがほのはな
そこはかとなくかきまぎらはしたるも あてはかにゆゑづきたれば いとおもひのほかに をかしうおぼエたまふ これみつに このにしなるいへはなにびとのすむぞ とひききたりや とのたまへば れいのうるさきみこころとはおもへども えさはまうさで このご ろくにちここにはべれど ばうざのことをおもうたまへあつかひはべるほどに となりのことはえききはべらず など はしたなやかにきこゆれば にくしとこそおもひたれな されど このあふぎの たづぬべきゆゑありてみゆるを なほ このわたりのこころしれらむものをめしてとへ とのたまへば いりて このやどもりなるをのこをよびて とひきく やうめいのすけなるひとのいへになむはべりける をとこはゐなかにまかりて めなむわかくことこのみて はらからなどみやづかへびとにてきかよふ とまうす くはしきことは しもびとのえしりはべらぬにやあらむ ときこゆ さらば そのみやづかへびとななり したりがほにもの-なれていへるかなと めざましかるべききはにやあらむとおぼせど さしてきこエかかれるこころの にくからずすぐしがたきぞ れいの このかたにはおもからぬみこころなめるかし おほむ-たたうがみにいたうあらぬさまにかきかへたまひて
よりてこそそれかともみめたそかれにほのぼのみつるはなのゆふがほ
ありつるみずいじんしてつかはす まだみぬおほむ-さまなりけれど いとしるくおもひあてられたまへるおほむ-そばめをみすぐさで さし-おどろかしけるを いらへたまはでほどへければ なま-はしたなきに かくわざとめかしければ あまエて いかにきこエむ などいひしろふべかめれど めざましとおもひて ずいじんはまゐりぬ おほむ-さきのまつほのかにて いとしのびていでたまふ はじとみはおろしてけり ひまひまよりみゆるひのひかり ほたるよりけにほのかにあはれなり みこころざしのところには こだちせんさいなど なべてのところににず いとのどかにこころにくくすみなしたまへり うちとけぬおほむ-ありさまなどの けしきことなるに ありつるかきねおもほしいでらるべくもあらずかし
つとめて すこしねすぐしたまひて ひさし-いづるほどにいでたまふ あさけのすがたは げにひとのめできこエむもことわりなるおほむ-さまなりけり けふもこのしとみのまへわたりしたまふ きしかたもすぎたまひけむわたりなれど ただはかなきひとふしにみこころとまりて いかなるひとのすみかならむ とは ゆききにおほむ-めとまりたまひけり これみつ ひごろありてまゐれり わづらひはべるひと なほよわげにはべれば とかくみたまへあつかひてなむ など きこエて ちかくまゐりよりてきこゆ おほせられしのちなむ となりのことしりてはべるものよびて とはせはべりしかど はかばかしくもまうしはべらず いとしのびてさつきのころほひよりものしたまふひとなむあるべけれど そのひととは さらにいへのうちのひとにだにしらせずとなむまうす ときどきなかがきのかいまみしはべるに げにわかきをむな-どものすきかげみエはべり しびらだつもの かことばかりひき-かけて かしづくひとはべるなめり きのふ ゆふひのなごりなくさし-いりてはべりしに ふみかくとてゐてはべりしひとの かほこそいとよくはべりしか ものおもへるけはひして あるひとびともしのびてうち-なくさまなどなむ しるくみエはべる ときこゆ きみうち-ゑみたまひて しらばやとおもほしたり

夕顔 現代語訳 04-022/04-040

病気平癒の加持祈祷をまた再開することなどお言いつけになって、お出かけになろうとして、惟光に紙燭を持って来させて、くだんの扇をご覧になると、使い馴らしてあり、移り香が深くしみこんだ慕わしいもので、和歌が美しくさらりと書き流してある。
心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花
(心あてに
無念な花と
ごらんなのでしょうね
白露の光に輝く
夕顔の花を)
作者の身分がわからないよう無造作に書き散らしてあるが上品で教養あふれる書きぶりなので、こんなところにと、ひどく意想外に興味をお覚えになる。惟光に、
「この西にある家にはどんな人が住んでいるのか、聞いたことがあるか」とおっしゃると、いつもの面倒な浮気心とは思えども、そんなふうには申し上げないで、
「この五六日ここにいますが、病人のことを案じてかかりきりでいますから、隣のことは聞いておりません」などと、聞く側のばつの悪さなど気にもせずずけずけ申し上げるので、
「気に入らぬようだな。でもね、この扇は尋ねなければならない理由があるように見えるのだから。気持ちはわかるが、それでもこのあたりの事情をよく知っている人を呼んで聞いとくれ」とおっしゃるので、奥に入って、この家の留守番の男を呼んで質問する。
揚名介(ヨウメイノスケ)という地位にある人の家であるとのことでした。主人は田舎に出ており、夫人は若く風流っ気のある人で、姉妹などは宮中に仕える女房で、ここから行き来をしている申します。詳しいことは、下の者にはまったくわからないのではないでしょうか」と、惟光がお耳に入れる。
ではその宮仕えの女房だな、したり顔に男馴れして詠んだものだと、不届きといってよい分際ではないかとお考えだが、そのように歌を詠んできた気持ちはまんざらでなく、見過ごしがたいのは、いつもの、この方面にはじっとしておれないご性分なのだろう。懐紙にまるでわからないよう筆跡を変えて、
寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔
(側に寄ってこそ
こうだとも見届けましょう
たそがれ時にほのかにしかのぞき見ない
夕顔の花のように美しい
夕化粧したお顔の正体を)
先の御随人に持ってゆかせる。
まだ見たことのないご様子であったけれど、誰とはっきり思いあてることのできる横顔なのに、そのまま見過ごさずぶしつけに詠みかけた歌に対して、返事をなさらず時が過ぎたためになんともいたたまれない思いでいたところへ、このように他人行儀な歌であったので、きまりがわるく、「どう申し上げよう」など言い合っている様子であっが、身分違いにもほどがあるとあきれて随人は君のもとへ引き上げた。
先払いの松明ほのかに、たいそう忍びて出てゆかれる。半蔀はすでに下ろしてあった。そこここから洩れる灯の光は、蛍よりも実にほのかで、いとしいものであった。
お目当ての場所には、木立、植込みなど、そこらの場所に似ず、たいそうゆったりと奥ゆかしく住みなしておられる。凛々とした存在感などがあまりに様子が違うので、先刻までいた垣根のことなど思い出されもしないことだ。翌朝、すこし寝過ごされて、日がさしのぼるころに出てゆかれる。朝帰りのお姿は、まことに、世間がほめちぎるのも当然のお美しさであった。
今日もまたこの蔀の前を通りすぎてゆかれる。以前もお通りになった場所であるが、ただ何ということない一事で記憶にとどまり、どのような人の住みかであろうかと、行き来のたびに、お目がとまるのであった。
惟光が何日ぶりかで参上した。
「わずらっている人が、まだ病弱ですので、何やかやと看病に手がかかりまして」など申し上げてから、君の近くに進み出て申告する。
「ご命がございました後、隣のことを知っております者を呼んで、問わせましたが、はっきりしたことも申しません。しごく内密に、五月頃から来ておられる人があるようですが、どこの誰とも、まったく家人にも知らせないと申します。時々、中垣からかいま見ますに、話の通り、若い女たちの透影が見えます。褶(シビラ)のようなものを申し訳みたいに羽織って、主人に仕える者もいるようです。昨日、夕日が部屋中にさしこみましたときに、手紙を書こうとして座っていた女の顔は、実に美しいものでしたが、ひどい悩みがあるらしくて、みなつい忍び泣きする様子など、はっきりと見てとれました」と申し上げる。
君はにんまりとされて、もっと知りたいとお思いになった。

夕顔 注釈 04-022/04-040

修法 04-022

加持祈祷。

掟てのたまはせ 04-022

意向を下のものに命じること。この場合は、尼君の家族に言い残したのであろう。

紙燭 04-022

室内の照明器具。小さな松明で、手元を紙で巻いたもの。

それかとぞ見る 04-023

夕顔が光のことを想像すると解釈されており、本当に光源氏とわかっているのか否か、どの時点で光源氏と知ったのかなど議論がつきないが、間違った解釈である。光が「をちかた人にもの申す」と聞き、「かうあやしき垣根になん咲きはべりける」と教えられ、「口惜しの花の契りや」と光が考えたことを受け、光の立場にたって、女主人のことをあやしの身であるとか、口惜しの契りだとかご想像でしょうねと詠いかけたのである。それを受けて、光は、近づきにならないとあなたがどなたかわからないとの返歌「寄りてこそそれかとも見め」云々と詠むのである。光の返歌「それかとも」の「とも」に注意したい。「それかとぞ」に対して「それかとも」と言い換えたのである。これまでの解釈では、ふたつの「それ」がばらばらなものを指すことになるが、それでは贈答歌にならない。源氏物語には、残念ながらこうした根本的な読みの見直しをすべき個所がまだまだたくさんある。私の解釈の正否は読者にゆだねるしかないが、批判にさらされず、鵜呑みのまま受け継がれてきた伝統的な読みを読み直すことがこの講義の主たる目的である。
なお、「光そへたる」の光はもちろん光源氏を指すが、これは夕顔が光だと知って詠みこんだわけではない。つい言葉にしたことがのちに現実のものになるという、これまで繰り返し解説した「言―事」関係、あるいは予言的言辞である。これをもって、光と知っているとか知らないとかの議論は成り立たない。物語の聞き手は光源氏であることを知りながら、登場人物である夕顔はそうと知らないところにドラマチック・アイロニーが働くのである。

そこはかとなく書き紛らはしたる 04-023

自然に書き流した調子で書くことで、女の身分がわからないように教養を隠すこと。

あてはか 04-023

高貴で上品。

ゆゑ 04-023

一流の教養。

いと思ひのほかに 04-023

このような界隈で一流の女性が隠れていることが想像できなかったこと。

例のうるさき御心 04-024

いつもの浮気の虫。

はしたなやかに 04-024

聞く方がきまりわるくような言い方。

心知れらむ 04-024

「心」はものの本質。事情に通じている人のこと。

揚名介 04-025

名ばかりの国司で任地へは赴かない。従って、田舎へ行っている用向きは他の用事であろう。夫が不在であることが設定としては重要である。

はらから 04-025

兄弟・姉妹。

申す 04-025

宿守が惟光に申し上げた。

聞こゆ 04-026

惟光が光に申し上げた。

めざましかるべき際 04-027

「そこはかとなく書きまぎらはしたるもあてはかにゆゑづきたれば」と前回あったように、光は和歌の書きようから、相手の女性を高貴で一流の教養があると見なしていたから、女房ふぜいと聞いて、高貴な自分に歌を詠みかけるなど不届きともみなしうる分際だとひとたびは考えたのである。この光の反応のし方は重要である。雨夜の品定めで、光は中流階級の女たちに興味をもったとこれまで説かれてきたが、とっさに「めざましかるべき際」と考えたことは、恋の相手として意識下にあるのは上流貴族の娘でしかない証左であり、「例の」とあるように、これは光の性分としての色好みであって、雨夜の品定めで教えられて変化したものではない。これも何度も繰り返したこととは言え、光の女性観を考える上で非常に重要なことであるから再度論じた。

寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔 04-028

当て推量で「それか(そうした女か)」とご想像でしょうねと詠みかけられたのを受け、いや、近づいてから「それかとも」お見受けしましょうとの歌。

ほのぼの 04-028

ぼんやりとしか見えないことに対する不満、もっとみたいという好奇心がこもる表現。

花の夕顔 04-028

「夕顔」は花の名に、透き見した際の女の顔を詠みこむ。「花の名は人めきて」との御随人の説明がここで歌に取りこまれたわけ。

半蔀は下ろしてけり 04-030

家に入る前に半蔀が上げわたしてあって、そこから「をかしき額つきの透影あまた見えてのぞく」とあり、今もそれらがこちらをうかがっているだろうと期待したのだが、あてが外れたのである。

蛍よりけにほのかに 04-030

「けに」は格段に。「ほのか」は見える部分はか細いがその後への興味が大きいことを指す。蛍より光が格段に弱いが格段に興味がそそられるのである。

あはれ 04-030

恋しいの意味。

御心ざしの所 04-031

目的の場所、すなわち、六条御息所の住みか。

気色ことなるに 04-032

「思ほし出でらるべくもあらず」の原因になっている。御息所の住みかと夕顔の住みかがあまりに隔てがあるため、思い出すきっかけがないこと、また御息所があまりにぴりぴりしていて、よそへ気持ちをむける余裕が光にないことを言うのであろう。

すこし寝すごしたまひて 04-033

夜の営みの激しさを物語る。

今日も 04-035

日が変って、今日もまたの意味。朝帰りから幾日が立つ。

はかなき一ふし 04-035

歌をやりとりした一件。それにより、二人の関係が深まったわけではない点が「はかなき」である。

褶 04-039

練らない夏用の薄い絹。

こそ……しか 04-039

下に逆接として続く。美しかったが、声を殺してつい泣いていたと続く。

しるく 04-039

はっきりと。

知らばや 04-040

知りたい。

2020-05-24

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