04夕顔13

2020-05-24

夕顔 原文 04-226/04-242

226まことに 臥したまひぬるままに いといたく苦しがりたまひて 二 三日になりぬるに むげに弱るやうにしたまふ 227内裏にも 聞こしめし 嘆くこと限りなし 228御祈り 方々に隙なくののしる 229祭 祓 修法など 言ひ尽くすべくもあらず 230世にたぐひなくゆゆしき御ありさまなれば 世に長くおはしますまじきにやと 天の下の人の騷ぎなり 231苦しき御心地にも かの右近を召し寄せて 局など近くたまひて さぶらはせたまふ 232惟光 心地も騒ぎ惑へど 思ひのどめて この人のたづきなしと思ひたるを もてなし助けつつさぶらはす 233君は いささか隙ありて思さるる時は 召し出でて使ひなどすれば ほどなく交じらひつきたり 234服 いと黒くして 容貌などよからねど かたはに見苦しからぬ若人なり 235あやしう短かかりける御契りにひかされて 我も世にえあるまじきなめり 年ごろの頼み失ひて 心細く思ふらむ慰めにも もしながらへば よろづに育まむとこそ思ひしか ほどなく またたち添ひぬべきが 口惜しくもあるべきかなと 忍びやかにのたまひて 弱げに泣きたまへば 言ふかひなきことをばおきて いみじく惜し と思ひきこゆ 236殿のうちの人 足を空にて思ひ惑ふ 237内裏より 御使 雨の脚よりもけにしげし 238思し嘆きおはしますを聞きたまふに いとかたじけなくて せめて強く思しなる 239大殿も経営したまひて 大臣 日々に渡りたまひつつ さまざまのことをせさせたまふ しるしにや 二十余日 いと重くわづらひたまひつれど ことなる名残のこらず おこたるさまに見えたまふ 240穢らひ忌みたまひしも 一つに満ちぬる夜なれば おぼつかながらせたまふ御心 わりなくて 内裏の御宿直所に参りたまひなどす 241大殿 我が御車にて迎へたてまつりたまひて 御物忌なにやと むつかしう慎ませたてまつりたまふ 242我にもあらず あらぬ世によみがへりたるやうに しばしはおぼえたまふ

夕顔 原文かな 04-226/04-242

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

まことに ふしたまひぬるままに いといたくくるしがりたまひて に さむ-にちになりぬるに むげによわるやうにしたまふ うちにも きこしめし なげくことかぎりなし おほむ-いのり かたがたにひまなくののしる まつり はらへ すほふなど いひつくすべくもあらず よにたぐひなくゆゆしきおほむ-ありさまなれば よにながくおはしますまじきにやと あめのしたのひとのさわぎなり くるしきみここちにも かのうこんをめしよせて つぼねなどちかくたまひて さぶらはせたまふ これみつ ここちもさわぎまどへど おもひのどめて このひとのたづきなしとおもひたるを もてなしたすけつつさぶらはす きみは いささかひまありておぼさるるときは めしいでてつかひなどすれば ほどなくまじらひつきたり ぶくいとくろくして かたちなどよからねど かたはにみぐるしからぬわかうどなり あやしうみじかかりけるおほむ-ちぎりにひかされて われもよにえあるまじきなめり としごろのたのみうしなひて こころぼそくおもふらむなぐさめにも もしながらへば よろづにはぐくまむとこそおもひしか ほどなくまたたちそひぬべきが くちをしくもあるべきかな と しのびやかにのたまひて よわげになきたまへば いふかひなきことをばおきて いみじくをしとおもひきこゆ とののうちのひと あしをそらにておもひまどふ うちより おほむ-つかひ あめのあしよりもけにしげし おぼしなげきおはしますをききたまふに いとかたじけなくて せめてつよくおぼしなる おほとのもけいめいしたまひて おとど ひびにわたりたまひつつ さまざまのことをせさせたまふ しるしにや にじふ-よにち いとおもくわづらひたまひつれど ことなるなごりのこらず おこたるさまにみエたまふ けがらひいみたまひしも ひとつにみちぬるよなれば おぼつかながらせたまふみこころ わりなくて うちのおほむ-とのゐどころにまゐりたまひなどす おほとの わがみくるまにてむかへたてまつりたまひて おほむ-ものいみなにやと むつかしうつつしませたてまつりたまふ われにもあらず あらぬよによみがへりたるやうに しばしはおぼエたまふ

夕顔 現代語訳 04-226/04-242

事実、お体を横たえられるままに、とてもひどくお苦しみになられ、二三日も経つのに、すっかり衰弱したご様子をなされている。帝までもがお聞きおよびになり、お嘆きになるご様子は限りがない。ご祈祷が方々の寺院で絶えず大々的に行われる騒ぎとなる。祭礼やお祓いや修法など、言い尽くすべくもない。君は世に比類なく不吉なまでにお美しいお姿なので、この世に長くいられないさだめではと、天下を揺るがす騒ぎである。苦しいご加減のなかでも、あの右近をお召し寄せになり、部屋などをご自身の近くにお与えになって仕えさせになる。惟光は、君の容態に気もそぞろながら感情を押さえ、この右近がよるべなく不安に感じているのを世話し助けてやりながら、君にお仕えするようはからう。
君は、病状がいくぶんましなようにお感じの時には、右近を召し出してご用を言いつけなどなさるので、ほどなく他の女房とも馴染みここの暮らしに馴れてきた。喪服は濃い黒を着ており、顔立ちなどよくはないが、不器量で見ていられないほどではない若い人である。
「不思議にも短命に終わった宿縁に引かれるように、わたしもこの世にいられそうにない気がする。長年頼みにしてきた人を失って、心細い思いだろう。慰めとなるためにも、もし生き長らえたなら万事世話しようと思っていたけれど、間もなくわたしも、後を追ってゆくことになるのが、残念でもあるさだめだな」とひっそりとおっしゃって、気弱くお泣きになると、今さら何を言っても帰らぬ人のことはともかくも、亡き人のためにこんなにお弱りになっては実にもったいないことであると思い申し上げる。
邸内の人たちは、君のご病状に地に足のつかないふためきよう。内裏からは帝のお使いが頻繁である雨脚よりも格段にひんぱんである。帝がご憂慮なされているとお聞きになって、ひどくかたじけない思いから、無理にも気強くしようとお努めになる。左大臣家でもいろいろと奔走され、大臣は毎日お越しになって、さまざまな処置を家人たちにおさせになる、そのおかげであろうか、二十日あまり重篤なご病状であられたけれど、特に心配するような余病もなく、快方にむいたようなご様子。死穢による謹慎の忌明けになられたのも、病状がよくなられたのも同じ夜であったので、君の病状がご心配で早く会いたがっておられる帝のお気持ちを思うと断ることもできないので、宮中の宿直所に参内などなさる。左大臣は自分のお車で内裏まで出迎え申し上げなさって、やれ御物忌みとかやれ何だとか、いろいろうるさいほどに慎みをおさせ申し上げる。君は自分が自分でないような気持ちで、別の世界に蘇ったようにしばらくはお感じになる。

夕顔 注釈 04-226/04-242

まことに 04-226

女房たちの心配が現実化したことを話し手がうけがう表現。

二三日になりぬるに 04-226

末尾の「に」について、諸注は経過(経つうちに)などの順接ととるが、逆接であろう。すなわち、二三日経ったからもうよくなってもよさそうなものなのに。

むげに 04-226

むやみやたらとという話者が批判する用法と、すっかりの用法がある。どちらも考えられるが、前後に作者の批判はないので、ここは諸注の通り、後者の用法ととるのが無難だろう。

内裏 04-227

具体的には帝。

方々に 04-227

方々の寺院に。

ののしる 04-228

人知れず加持祈祷をしたのではなく、人目につくほど大々的にの意味。結果としてそれほどの騒ぎとなったとの意味にはなるが、大騒ぎしながら祈祷をするのではない。「祭」「祓」は神道や陰陽道のもので、「修法」は仏教。

世にたぐひなくゆゆしき御ありさま 04-230

これまでにも繰り返されてきた、光のこの世的でない美しさに対する、早世の不安。

天の下の人の騒ぎ 04-230

国家を揺るがす大騒ぎをいう。「薄雲」の帖で、葵の父である左大臣が、右大臣方の勢力が強すぎるようになり、しばらく政界から退いた際、「天の下の騒ぎ」となったとある。

心地も騒ぎ惑へど 04-232

主人である光の容態が心配でならないが、ということ。

思ひのどめて 04-232

意思の力で気持ちの動揺を押さえ。「思ひ」によって「のどめる」、あるいは揺らぐ「思ひ」を「のどめる」であり、いずれにしろ意志の力で感情を制御する。

この人のたづきなしと思ひたるを 04-232

右近が主人の夕顔を失い、同僚である五条の家の女房たちと縁を断ち、自分をよるべのない存在だと不安になっていること。

もてなし助けつつさぶらはす 04-232

「もてなし助け」 は、惟光が不安状態にある右近の世話をしてやること。惟光が主人の容態を心配しながら動揺を押さえ、右近を世話を焼くのは、右近が可愛そうだからではない。右近を光に「さぶらはす」ためである。直前に光が「さぶらはせたまふ/04-231」とあり、またここで惟光が「さぶらはす」とあるのは、単に叙述を繰り返したのではない。光が右近を仕えさせようとしたが、よるべなさから右近はしっかりと光にお仕えできなかった。そのため、惟光は主人のために右近がちゃんと仕えられるよう面倒をみたのである。光の病態が気になりながらも、その心配を押さえこんだのは、右近の世話を焼くためではなく、光が右近を仕えさせたいと考えているので、その主人の意を汲んで、そのために立ち働いているのだ。行間を読む姿勢がないと、へたくそな文章だなで終わってしまう。かつて源氏物語の文章を批判した人たちは、想像するにこの手合いが多かったのではないか。

隙ありて思さるる 04-233

「隙」は、容態がずっと一定して悪いのではなく、病状に波があり、しばらくの間よくなっている状態のこと。病気のあいまの意味。病気が回復状態にあって、気分が楽だというのではない点で注意したい。諸注の訳文では、もう病気がよくなったのかと思われるようなものがある。「て思さるる」の「て」は、~のようであるとの意味。知覚の対象を表すと説明される。

交じらひつきたり 04-233

「交じらひ」は他人と交じらうことであるが、この語が使われる文脈は、宮仕えの場面である。「つき」は馴れることであり、落ち着くこと、居つくこと。「交じらひつき」で、諸注にある通り、勤めになれることを言うのだが、現代語で勤めという場合、生活の場と切り離された仕事場の意識が働く。しかし、住み込みで働く女房たちにとって、生活と勤めの切れ目は今と随分違うであろう。勤めになれるというだけでは古語とずれる感じがしたので、二条院の暮らしにも馴れと訳を補った次第。

服 04-234

喪服。喪服の色には親疎により黒と鈍色(薄墨色)があった。

かたはに見苦しからぬ 04-234

「ぬ」は「かたは(不器量)」でなく、「見苦し」くもなくと、両方の語にかかる。

年ごろの頼み 04-235

右近にとっての夕顔。

思ふらむ 04-235

主人を失い右近が寂しいし思いをしているだろうと、光が推量している。

慰め 04-235

光が右近を慰める。

ながらへば 04-235

単に長生きすることではなく、今かかっている病いから生き長らえること。光は死病にかかっているという意識でいる。

こそ+已然形 04-235

その後の部分と逆接の関係になる。思っていたが…。

たち添ひぬべきが口惜しくもあるべきかな 04-235

「たち添ひ」は、夕顔の後を追って亡くなること。二つの「べき」は運命を表す。推量ではない。

言ふかひなきことをばおきて 04-235

「言ふかひなきこと」は言ってもはじまらない夕顔の死。「おきて」は留保する、しばらくおいておくの意味。さておきと訳す注が多いが、現代語の「さておき」は、棚上げしたままほっておく、無視する、話題をそこから別のものに転じる意味である。夕顔の死が悲しくないのではない、光の容態を考えると、相対的に後回しされてしまうのである。今はしばらくおいておいて、それより何より光のことが「いみじく惜し」と思われるのだ。さて、その「いみじく惜し」の中身だが、光に万一のことがあってはと考えられているが、これはおかしい。死んでしまえば、夕顔であろうと光であろうと、「言ふかひなきこと」である。ここは、死は悲しんでも帰らないという前提があり、なのに光は夕顔の死を悲しみ、自分も死にそうな状態になっている、それが「いみじく惜し」の中身である。万一のことを想定して惜しがっているのではなく、今の光の容態が夕顔の死を悲しむことから来ていることを惜しがっているのである。

足を空にて 04-236

死をまえにした時に用いられる、ひどいあわてふためきようを表す表現。

雨の脚 04-237

何度も訪れる頻繁さの比ゆ。

思し嘆きおはします 04-238

主体は帝。

経営 04-239

世話してまわる、あれこれ奔走する。

さまざまなこと 04-239

病状がよくなるためのいっさいのこと。加持祈祷や服薬など。古文で「こと」とあれば、具体的な事柄・出来事を考える。

ことなる名残 04-239

特別注意しないといけないような予後の病状や後遺症。

おこたるさま 04-239

病状が快方にむかう様子。

穢らひ忌みたまひしもひとつに満ちぬる夜 04-240

「穢らひ」は夕顔に死による死穢。「忌み」は死穢による謹慎。一ヶ月とされている。「も」は病気がなおったことに加え、「ひとつに満ちぬる夜」は、病気の快方だけでなく、死穢の忌明けが同時になった夜の忌み。

おぼつかせながらせたまふ御心 04-240

心配で早く会いたいという帝の気持ち。

わりなく 04-240

断るわけにいかない。

迎へたてまつりたまひ 04-241

左大臣が光を参内した宮中に迎えにゆき、大臣の家に連れ帰ったことをいう。病後にすぐ宮仕えをはじめた光が心配でならなく、物忌みだとかなんとかいって、左大臣家から外に出さないのである。

むつかしう 04-241

口うるさく。

我にもあらず 04-242

自分が自分とも思えない状態。

あらぬ世 04-242

前と違う世。

2020-05-24

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