04夕顔10

2020-05-24

夕顔 原文 04-178/04-194

178ややためらひて ここに いとあやしきことのあるを あさましと言ふにもあまりてなむある 179かかるとみの事には 誦経などをこそはすなれとて その事どももせさせむ 180願なども立てさせむとて 阿闍梨ものせよ と言ひつるは とのたまふに 181昨日 山へまかり上りにけり まづ いとめづらかなることにもはべるかな かねて 例ならず御心地ものせさせたまふことやはべりつらむ 182さることもなかりつ とて 泣きたまふさま いとをかしげにらうたく 見たてまつる人もいと悲しくて おのれもよよと泣きぬ 183さいへど 年うちねび 世の中のとあることと しほじみぬる人こそ もののをりふしは頼もしかりけれ いづれもいづれも若きどちにて 言はむ方もなけれど この院守などに聞かせむことは いと便なかるべし この人一人こそ睦しくもあらめ おのづから物言ひ漏らしつべき眷属も立ちまじりたらむ まづ この院を出でおはしましねと言ふ 184さて これより人少ななる所はいかでかあらむ とのたまふ 185げに さぞはべらむ かの故里は 女房などの 悲しびに堪へず 泣き惑ひはべらむに 隣しげく とがむる里人多くはべらむに おのづから聞こえはべらむを 山寺こそ なほかやうのこと おのづから行きまじり 物紛るることはべらめ と 思ひまはして 昔 見たまへし女房の 尼にてはべる東山の辺に 移したてまつらむ 惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者の みづはぐみて住みはべるなり 辺りは 人しげきやうにはべれど いとかごかにはべりと聞こえて 明けはなるるほどの紛れに 御車寄す 186この人をえ抱きたまふまじければ 上蓆におしくくみて 惟光乗せたてまつる 187いとささやかにて 疎ましげもなく らうたげなり 188したたかにしもえせねば 髪はこぼれ出でたるも 目くれ惑ひて あさましう悲し と思せば なり果てむさまを見むと思せど はや 御馬にて 二条院へおはしまさむ 人騒がしくなりはべらぬほどにとて 右近を添へて乗すれば 徒歩より 君に馬はたてまつりて くくり引き上げなどして かつは いとあやしく おぼえぬ送りなれど 御気色のいみじきを見たてまつれば 身を捨てて行くに 君は物もおぼえたまはず 我かのさまにて おはし着きたり 189人びと いづこより おはしますにか なやましげに見えさせたまふ など言へど 御帳の内に入りたまひて 胸をおさへて思ふに いといみじければ などて 乗り添ひて行かざりつらむ 生き返りたらむ時 いかなる心地せむ 見捨てて行きあかれにけりと つらくや思はむ と 心惑ひのなかにも 思ほすに 御胸せきあぐる心地したまふ 190御頭も痛く 身も熱き心地して いと苦しく 惑はれたまへば かくはかなくて 我もいたづらになりぬるなめり と思す
191日高くなれど 起き上がりたまはねば 人びとあやしがりて 御粥などそそのかしきこゆれど 苦しくて いと心細く思さるるに 内裏より御使あり 192昨日 え尋ね出でたてまつらざりしより おぼつかながらせたまふ 193大殿の君達参りたまへど 頭中将ばかりを 立ちながら こなたに入りたまへ とのたまひて 御簾の内ながらのたまふ 194乳母にてはべる者の この五月のころほひより 重くわづらひはべりしが 頭剃り忌むこと受けなどして そのしるしにや よみがへりたりしを このごろ またおこりて 弱くなむなりにたる 今一度 とぶらひ見よと申したりしかば いときなきよりなづさひし者の 今はのきざみに つらしとや思はむ と思うたまへてまかれりしに その家なりける下人の 病しけるが にはかに出であへで亡くなりにけるを 怖ぢ憚りて 日を暮らしてなむ 取り出ではべりけるを 聞きつけはべりしかば 神事なるころ いと不便なること と思うたまへかしこまりて え参らぬなり この暁より しはぶき病みにやはべらむ 頭いと痛くて苦しくはべれば いと無礼にて聞こゆることなどのたまふ

夕顔 原文かな 04-178/04-194

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

ややためらひて ここに いとあやしきことのあるを あさましといふにもあまりてなむある かかるとみのことには ずきやうなどをこそはすなれとて そのこと-どももせさせむ ぐわんなどもたてさせむとて あざりものせよ といひつるは とのたまふに きのふ やまへまかりのぼりにけり まづ いとめづらかなることにもはべるかな かねて れいならずみここちものせさせたまふことやはべりつらむ さることもなかりつ とて なきたまふさま いとをかしげにらうたく みたてまつるひともいとかなしくて おのれもよよとなきぬ さいへど としうち-ねび よのなかのとあることと しほじみぬるひとこそ もののをりふしはたのもしかりけれ いづれもいづれもわかき-どちにて いはむかたなけれど このゐんもりなどにきかせむことは いとびんなかるべし このひとひとりこそむつましくもあらめ おのづからものいひもらしつべきくゑんぞくもたち-まじりたらむ まづ このゐんをいでおはしましね といふ さて これよりひとずくななるところはいかでかあらむ とのたまふ げに さぞはべらむ かのふるさとは にようばうなどの かなしびにたへず なきまどひはべらむに となりしげく とがむるさとびとおほくはべらむに おのづからきこエはべらむを やまでらこそ なほかやうのこと おのづからゆきまじり ものまぎるることはべらめと おもひまはして むかし みたまへしにようばうの あまにてはべるひむがしやまのあたりに うつしたてまつらむ これみつがちちのあそむのめのとにはべりしものの みづはぐみてすみはべるなり あたりは ひとしげきやうにはべれど いとかごかにはべり ときこエて あけはなるるほどのまぎれに みくるまよす このひとをえいだきたまふまじければ うはむしろにおし-くくみて これみつのせたてまつる いとささやかにて うとましげもなく らうたげなり したたかにしもえせねば かみはこぼれいでたるも めくれまどひて あさましうかなし とおぼせば なりはてむさまをみむとおぼせど はや おほむ-むまにて にでう-の-ゐんへおはしまさむ ひとさわがしくなりはべらぬほどに とて うこんをそへてのすれば かちより きみにむまはててまつりて くくりひきあげなどして かつは いとあやしく おぼエぬおくりなれど みけしきのいみじきをみたてまつれば みをすててゆくに きみはものもおぼエたまはず われかのさまにて おはしつきたり ひとびと いづこより おはしますにか なやましげにみエさせたまふ などいへど みちやうのうちにいりたまひて むねをおさへて おもふに いといみじければ などて のりそひていかざりつらむ いきかへりたらむとき いかなるここちせむ みすててゆきあかれにけりと つらくやおもはむと こころまどひのなかにも おもほすに おほむ-むねせきあぐるここちしたまふ みぐしもいたく みもあつきここちして いとくるしく まどはれたまへば かくはかなくて われもいたづらになりぬるなめり とおぼす
ひたかくなれど おきあがりたまはねば ひとびとあやしがりて おほむ-かゆなどそそのかしきこゆれど くるしくて いとこころぼそくおぼさるるに うちよりおほむ-つかひあり きのふ えたづねいでたてまつらざりしより おぼつかながらせたまふ おほとののきむだちまゐりたまへど とう-の-ちうじやうばかりを たちながら こなたにいりたまへ とのたまひて みすのうちながらのたまふ めのとにてはべるものの このごぐわちのころほひより おもくわづらひはべりしが かしらそりいむことうけなどして そのしるしにや よみがへりたりしを このごろ またおこりて よわくなむなりにたる いまひとたび とぶらひみよ とまうしたりしかば いときなきよりなづさひしものの いまは-の-きざみに つらしとやおもはむ とおもうたまへてまかれりしに そのいへなりけるしもびとの やまひしけるが にはかにいであへでなくなりにけるを おぢはばかりて ひをくらしてなむとりいではべりけるを ききつけはべりしかば かむわざなるころ いとふびんなること とおもうたまへかしこまりて えまゐらぬなり このあかつきより しはぶきやみにやはべらむ かしらいといたくてくるしくはべれば いとむらいにてきこゆること などのたまふ

夕顔 現代語訳 04-178/04-194

少し心を静めてから、
「ここに、はなはだ奇怪(キッカイ)な事件が出来(シュッタイ)したのだが、あまりのことと表するにもあまりある出来事で。こうした火急の事態には、読経なんどをこそするものだということなので、そうした事もさせたいし、祈願なども立てさせたいしで、阿闍梨に来ていただくようにと、言っておいたが」とおただしになると、
「きのう叡山へ登ってしまいました。それにしても、何ともはや不可思議な出来事でございますな。以前より、いつにないほどご気分がよくないというようなことがございましたのでしょうか」
「そうした風でもなかった」と、お泣きになるご様子は、とても婉(ウツク)しく痛々しい感じで、お見受けする惟光までも、ひどく悲しい気になり、おいおいともらい泣きした。
おいおい泣いたとは言うものの、年がいき世の中の甘いも辛いも味わった苦労人なれば、ことある時は頼もしいものだが、ここにいるのは誰もかれも若い同志で、その窮状たるや表しようもないのはたしかだが、それでも、
「この院の番人なんかに知れてはひどく具合の悪いことでありましょう。この男一人のことであれば、気心が知れてもおりましょうが、ついつい大事を漏らしかねない縁者もたち現れてまいりましょう。まずこの院をお出になさいませ」と言う。
「そうであっても、ここより人少なな場所はあったりしようか」とおっしゃる。
「まったくそうではございましょう。あの元の場所は、女房などが悲しみにくれたえず泣きくずれることぶなりましょうから、家々がたてこんでおり、不審を抱く里人が多くいましょうゆえ、ついつい漏れ広がりましょう。山寺こそ何と言ってもこういう場合自然と足のむく場所で、大事なことも世に現れずにすむものです」と、いろいろ記憶をたどってから
「昔つきあった女房が尼になっております東山のあたりにお移し申しましょう。わたくしの父である朝臣の乳母でございました者が、老いの身で住んでおります。あたりは人気が多そうに聞こえましょうが、たいそうひっそりと奥まったところです」と申し上げて、夜が明けきる時分のあわただしさにまぎれて、御車を寄せる。
この方をお抱き上げになることがおできになりそうになかったので、惟光は上蓆に押しつつんで、車にお乗せ申し上げる。とてもこぢんまりとして、死者特有の疎ましさもなく、可憐な感じである。惟光とて手荒くくるめないので、髪の毛が端からこぼれでている様を目にするにつけても、目の前は真っ暗になり、このままではあまりにもつらいとお考えなので、最後まで見届けようとお思いになるけれど、
「早く御馬で二条院へお帰りなさいませ。あたりが騒がしくなりませぬうちに」と、右近を車に乗せ、自分は徒歩で、君には馬をさしあげる。惟光は君のために無様にも指貫の裾を上の方に引きからげなどしながら、それにしても、なんとも奇態なできごとで、思いも寄らぬ野辺送りとなったなと怪しむが、君の深いお嘆きをお見受けしたのでは、自分のことなど構ってもおれないと思いながら行くに、君の方はものを考える力もなくされ、正気が失せたような状態で二条院に帰り着かれた。
人々が、「どこからお戻りになったのか、ご気分がわるそうにお見えあそばされる」などと問うが、御帳の内にお入りになり、胸に手をあてておもいみるに、とても不憫に感じられ、どうして一緒に乗って行かなかったのか、生き返りでもした時、どんな心持がしよう。見捨てて行っておしまいとは、冷たい人となじるだろうと、気が動顛しながらも女のことを思いやりになり、お胸がせきあげるお気持ちになられる。御頭も痛く、お体は熱っぽくて、たいそう苦しく、取り乱してしまわれ、それがために、こんなふうにあっけなく、自分もきっとおしまいになってしまうんだろうなと、思いこみになる。
日が高くなったけれど、お起きにならないので、周り者たちが不審がって、お粥などおすすめするが、苦しくてとても気を弱くなさっているところへ、内裏より帝のお使いがあって、きのう若君をお探し申し上げられなかったため、帝はご心配なさっているのだ。左大臣のご子息方もおいでになるが、頭中将だけを、「立ったままですが、こちらへお入りください」と廂の間にお通しになり、御簾を隔ててお話される。
「乳母にあたります者が、この五月頃から重くわずらっているのですが、頭を剃り戒を受けなどして、そのおかででか、どうにか持ち直したところ、このごろまたぶりかえして、すっかり弱くなってしまい、もう一度見舞ってくれと申しますので、幼い時分より甘えてきた者が、いまわの時になって冷たいものだと思うかと思いまして出向いたところ、その家の下人で前から病気しておったのが、急なことでよそに移すのも間に合わず亡くなってしまったのを、恐れはばかって、日が落ちてから亡骸を取り出しましたと後になって聞きつけましたので、神事の多い頃なのにまったく困ったことになった思いまして謹慎しており参内できぬのです。今朝から、風邪にかかったかしらで、頭がひどく痛くて苦しんでおりますので、まことにご無礼のままお話申し上げるしだい」などとおっしゃられる。

夕顔 注釈 04-178/04-194

ためらひ 04-178

一呼吸おいて気持ちを静める様子。躊躇することではない。

あさまし 04-178

驚きあきれて言葉にならない気持ち。

とみの事 04-179

急を要する事態。

すなれ 04-179

「なれ」は伝聞。

言ひつるは 04-180

直訳すれば「言っておいたが」となる。どうして阿闍梨を連れてこないのだという詰問。それに対する答えが「昨日、山へまかり登りにけり」である。

山 04-181

比叡山の延暦寺。

まかり 04-181

光の影響力の及ぶ惟光の母のもとから影響力外にという感覚がはたらいているのだろう。面白いケースだ。

まづ 04-181

光の詰問よりも、事態の深刻さに気持ちが向いていることを示す言葉。それはともかく、何と言っても、という感じ。

心地 04-181

良し悪しが明示されない場合は、一般に悪い意味で使用される。この語が使用される文脈が、平生でない気分(気分が悪いとか、気分がよくなってきたなど)の時に、この語が使用されることから、自然とそうなる。

はべりつらむ 04-181

「はべり」「つ」「らん」の合成。「らん」は確認ができない推量。

らうたく 04-182

守ってやりたいようなか弱さ。

さいへど 04-183

惟光が来てほっとしたもののと考えられている。すなわち、「いづれもいづれも若きどりにて言はむ方もなけれど」に掛けるのだが、「さ」を指す内容が具体的でなく、掛かる場所も末尾が「なけれど」でなく「なし」でないと掛かりにくい。「さ言へど」の「さ」は「おのれもよよと泣きぬ」を指し、語り手である私はそうは言ったがの意味で、「と言ふ」に掛かる。すなわち、「年うちねび……言はむ方もなけれど」の部分は挿入である。「さ言へど、『この院守などに……おはしましね』と言ふ」という構文。そこに「こそ……已然形+……」を使った挿入がなされているのである(後半部分の……は、前半部分の……と逆接の関係にある)。「こそ……已然形+……」は、挿入となる割合が多いが、挿入である点を読み損なっているケースが多いので注意したい。またこの逆接の関係が見過ごされることも多いので要注意である(indeed……butの関係)。そもそもここの挿入は、こういうときは年寄りが役立つことを言い添えておきたいという意図から来ていよう。これがあって、後の「惟光が父の朝臣の乳母にはべりし者のみづはぐみて」に生きてくる。

しほじみ 04-183

経験をつむこと。塩辛い目にあうということか。

もののをりふし 04-183

「もの」は大事の時。何かの時の「何か」は小事ではなく大事である。

いづれもいづれも 04-183

ここにいる光・右近・惟光みな。

言はむ方もなけれど 04-183

窮状を表する言葉がない、すなわち、ひどい窮状であるということ。

睦しく 04-183

親密なので、秘密を共有しても問題がないということ。しかし、秘密を分け合うグループ内に、親密でない第三者であるその縁者が入りこんでは、番人と縁者との親しさから秘密がその第三者に漏れる恐れがあるということ。「眷属」という語が「睦ましく」の意を孕んでいるところが味噌。

さて 04-184

そうであってもの意味。

いかでかあらむ 04-184

ないという意味の反語。

かの故里 04-185

五条あたりの夕顔がもといた家。

泣き惑ひはべらむ 04-185

未来のこと。今、主人である夕顔がいなくて泣きまどっているというのではなく、夕顔が死んだとなったら泣きまどうだろうということ。

隣しげく 04-185

隣近所と家が建てこんでいる状態。

行きまじり 04-185

行くことが交じる、すなわち、そういう場合には、Aさんも行き、Bさんも行き、Cさんも行くということ。

みづはぐみ 04-185

たいそう年を取ること。

辺りは人しげきやう 04-185

AさんもBさんもCさんも来るから、人が多そうに思えるでしょうがと、「行きまじり」に対する補い。

かごかに 04-185

物の蔭になったようにひっそりとした場所であること。

明けはなるる 04-185

夜が明けきることか。太陽が地平線から出きること言うのではないかと想像する。

紛れ 04-185

鳥の鳴き声で目がさめ、夜明けとともに人々は活動し始めるから、その騒動に紛れてということ。

上蓆 04-186

光と夕顔が供寝した布団であろう。

おしくくみ 04-186

主体は惟光。

したたかにしもえせねば 04-188

亡骸を物として抜かりなく処理すること。

なり果てむさまを見む 04-188

具体的には葬送に立ち会い煙となる姿を見届けること。このあたり桐壺と帝との別れの場面を思い出させる。 「ともかくもならむを御覧じはてむと思し召すに/01-032」と、『桐壺』には同意表現があった。

くくり引き上げ 04-188

指貫のくくり(裾)をたくしあげること。

かつは 04-188

二つのことが同時に起こる場合。ここでは主君のために、不恰好ななりまでして立ち働く一方で、死体を処理するなどという予期せぬ事態になったこと。惟光も平安人の意識として、死の穢れにあうことを恐れているのである。

送り 04-188

野辺送り。

身を捨てて行く 04-188

無様な格好を気にせず、また、死の穢れもものとせず。

物もおぼえたまはず 04-188

理性的判断ができない。「もの」はしっかしりた判断。

我かのさま 04-188

自他の区別がつかない意識朦朧とした状態。

いみじけれ 04-189

野辺送りについてゆかなかったことに対する申し訳なさ。

つらく 04-189

夕顔が自分の仕打ちを薄情だと思う気持ち。

昨日え尋ね出でたてまつらざりしより 04-192

先に「内裏にいかに求めさせたまふらむをいづこに尋ぬらむ、と思しやりて」(帝におかれては、どれほどわたくしを探しておいでだろう、使者がどこへ尋ねていることかとご心配になって)/04-138」とあった。

立ちながらこなたに入りたまへ 04-193

死穢に触れた者を見舞う客は、穢れを恐れ着座せず御簾の外で挨拶する慣わしがあった。「こなたに」は、 簀子から廂の間に招じ入れたのであろう。しかし、母屋の中とは御簾で仕切られる。

御簾の内ながらのたまふ 04-193

以下の話しが御簾越しであったとのこと。

乳母 04-194

大弐の乳母。

とぶらひ見よ 04-194

乳母が光に対して見舞うように頼んだ。

なづさひし者 04-194

いつも引っ付いて育ったということ。比ゆ的表現とも取れるが、この時代、童貞喪失の対象は乳母であったケースが多いことからして、この場合もそうした実質的意味が伴うであろうと思われる。そこまで読みこまなくとも、おんぶにだっこというスキンシップした間柄なのだ。

つらし 04-194

光に対して冷たい人だと思うこと。

にはかに出であへで亡くなりにける 04-194

死にかけていた下人をよそに移すことができず、光の来訪と重なってしまったこと。主家である光を下人の死穢で穢れさせてしまったのである。

日を暮らして 04-194

日中に出棺しては目立ち、光に知れてしまうので、夜まで待って野辺送りした。

神事なるころいと不便なること 04-194

死穢に触れると三十日間物忌みしないといけなくなる。九月は斎月(いみづき)で神事が多いのに、宮中に参内できないことが「不便」なのである。

しはぶき病み 04-194

風邪であろう。

いと無礼にて聞こゆること 04-194

相手を立たせたまま御簾越しに話しをすることに対して謝したのである。

2020-05-24

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