いかに思ふらむと思 末摘花06章13
原文 読み 意味
いかに思ふらむと思ひやるも 安からず かかることを 悔しなどは言ふにやあらむ さりとていかがはせむ 我は さりとも 心長く見果ててむ と 思しなす 御心を知らねば かしこにはいみじうぞ嘆いたまひける
06084/難易度:☆☆☆
いかに/おもふ/らむ/と/おもひやる/も やすから/ず かかる/こと/を くやし/など/は/いふ/に/や/あら/む さりとて/いかが/は/せ/む われ/は さりとも こころながく/み/はて/て/む/と おぼし/なす/みこころ/を/しら/ね/ば かしこ/に/は/いみじう/なげい/たまひ/ける
あちらではどのようにお思いだろうと、思いやることさえしかねていらっしゃる。きっとこういう事態をさして、悔しいなどという言葉は、遣われるのではあろうな、だからといってどうしようがあろう、わたしはそうした場合でも必ずや末長く世話しようと、そのようにご決心なさったお気持ちを知らないために、あちらではひどく嘆いておられた。
いかに思ふらむと思ひやるも 安からず かかることを 悔しなどは言ふにやあらむ さりとていかがはせむ 我は さりとも 心長く見果ててむ と 思しなす 御心を知らねば かしこにはいみじうぞ嘆いたまひける
大構造と係り受け
古語探訪
いかに思ふらむと思ひやるも安からず 06084
末摘花がどう思っているのか思いやるにつけても心が痛むと解釈されているが、それは大きな間違いである。なぜなら、相手のことを考えるなら、手紙を読むのが一番だからである。しかし、手紙さえ読まない光は末摘花の気持ちを思いやることさえ抵抗を感じてしないと解釈しなければならない。「やすからず」は抵抗があって簡単にできないこと。「心やすからず」安心できないと意味は近いが、ここでは困難の意味である。末摘花の気持ちなど考えないからこそ、次の文が出て来るのである。これほど勝手な言い分はないといった表現である。
かかることを 悔しなどは言ふにやあらむ 06084
注目すべきは「は」の有無による意味の違いである。通例の解釈は、こういうことを悔しいなどと言うのだろうか、などとする。「は」を抜かして訳しているのである。しかし、これではこの文のいやらしさ、エゴイスティックな内容が全く表れて来ない。この文は倒置になっており、元にもどすとわかりやすい。「悔しなどは、かかることをいふにやあらむ」であり、これを倒置したのが原文なのである。この文のエゴイスティックな点は、末摘花との体験を悔しいと言っているのではなく、悔しいなどという表現は、このような体験をさす言葉なのかと、悔しさの典型として末摘花との体験を捉えている点にある。末摘花の気持ちなどおよそ頭にもないことが知れようというもの。また、私が助詞にこだわらねばならないと説く理由の一斑を、理解していただけたであろう。光は末摘花との関係をマイナス・オンリーの評価しかしていないのである。にもかかわらず、「さりとていかがはせむ、我はさりとも心長く見はててむ(と思しなす)」のである。すなわち、末摘花は光にとってまったく存在価値はない相手であるが、それでも他に始末のつけようはなく、末長く世話することにするのだと言っているのである。これほど女を馬鹿にした話はない。相手との関係性の上で結論を出したのではなく、まったく光個人の一方的理由により(男の美学なのか、宮をすてては名望が落ちるとの判断からか、関係した女はすべて背負い込む性格なのかはいざ知らず)、一生面倒を見ようと結論したわけである。
思しなす 06084
「なす」は注意。そうでないことを無理にそうするのが「なす」の意味。つまり、気持ち的にはしたくもないが、面倒をみることにしようということ。先に、「笠宿り」の注で述べたように、話者は光が一生面倒を見ることに疑問をもっている点に触れた。結論としては、光は面倒をみることを決心し、事実、この後末摘花の面倒を一生見ることになるが、大事なのは、本心からそうしようと思ってするわけではないこと。その点に話者も批判を籠めていること。この二点を忘れてはならない。好きであろうとなかろうと、関係した女を一生面倒見ることが、色好みのあるべき姿であり、光源氏は理想的姿でそれが具体的に描かれているといった読みがなされることがある。甲斐性のある男が複数の女性の世話をすることは、ある社会体制の中では自然であろう。しかし、そのようにされた女性一般が幸福であるかどうかは別の問題である。おそらく、末摘花は生涯にわたり光の面倒をみてもらうことで幸福な生を全うしたろうとは思われる。しかし、物語のこの部分では、話者は光の愛情のなさを露骨に描いており、物語の進行としては結果オーライであれ、これを語る話者は、光のエゴイズムをここで闡明に描いているのである。この点を見逃し、光=理想の男性像と考えるのは、何ともおめでたく、幼稚な読みである。