君は人の御ほどを思 末摘花05章13

2021-05-11

原文 読み 意味

君は 人の御ほどを思せば されくつがへる今様のよしばみよりは こよなう奥ゆかしう と思さるるに いたうそそのかされて ゐざり寄りたまへるけはひ 忍びやかに 衣被の香いとなつかしう薫り出でて おほどかなるを さればよ と思す

06061/難易度:☆☆☆

きみ/は ひと/の/おほむ-ほど/を/おぼせ/ば され/くつがへる/いまやう/の/よしばみ/より/は こよなう/おくゆかしう と/おぼさ/るる/に いたう/そそのかさ/れ/て ゐざり/より/たまへ/る/けはひ しのびやか/に えひ/の/か/いと/なつかしう/かをり/いで/て おほどか/なる/を さればよ/と/おぼす

君は、女君のご身分をかんがみるに、恋文へのご返答がないのも、洒落っ気の多すぎる当世風の気取り屋よりは、断然心引かれもっと知りたいお考えになって来られたが、あれやこれやとそそのかされて這い寄ってお出でになる、そのご様子は、しっとりと、衣被(えい)の香りがとても慕わしく香り出て、おっとりしていらっしゃるので、思った通りだからなんだなと得心していらっしゃる。

君は 人の御ほどを思せば されくつがへる今様のよしばみよりは こよなう奥ゆかしう と思さるるに いたうそそのかされて ゐざり寄りたまへるけはひ 忍びやかに 衣被の香いとなつかしう薫り出でて おほどかなるを さればよ と思す

大構造と係り受け

古語探訪

人の御ほど 06061

相手の身分の高さ。

思せば 06061

「奥ゆかしろ思しわたる」にかかる。

されくつがへる 06061

洒落が過剰であるの意味。「くつがへる」は度が過ぎること。

今様 06061

当世風で、通例、古典美(=雅さ)に反する。

「よしばみ」と「奥ゆかし」06061

「よしばみ」は、教養もないのに教養を見せようとすること。具体的には、手紙の返事に教養を示すような和歌をよみこむこと。末摘花はそうした男との風雅のつきあいを一切しないので、光はこれまで「奥ゆかし」と感じてきた。ここで読み取るべきは、返書がないこと自体を「奥ゆかし」と感じているのではない点である。返書がないという事態に対し、身分の高い相手であるから「奥ゆかし」と感じるのであって、そうでない相手(例えば空蝉)ならば、じれったくなるのである。その差は何か。光が身分の高い女を好む傾向にあるという結論は早計である。「奥ゆかし」とは、未知なる領域(=奥)に入り込みたいという願望表現である。女性の身分の高さが障害となって、ずかずかと相手の領域を侵犯できないのである。この願望未充足が奥ゆかしさとじれったさを分けるのである。しかし、その差は微妙であろう。

ゐざり寄り 06061

高貴な大人の女性は、部屋の中を立ち上がってすたすた歩くような真似はしない。移動動作は、這うのが種。はしたなさを感じてはいけない。

けはひ 06061

「忍びやかに」と「おほどかなる」の両方にかかる。「忍びやかに」のみが受けるのであれば、「おほどかなる」に対する主体がなくなってしまう。

忍びやかに 06061

「けはひ」を受ける述語であると同時に、「薫り出でて」にかかる連用修飾語にもなっている。このように一語が二重の機能を果たす用法は和歌的である。ただし、「けはひ」を受ける述語とは考えない読みも可能であるが、今はそうは取らない。

さればよ 06061

思った通り、奥ゆかしかったのではない。「奥ゆかし」は光の側のもっと知りたいという願望である。返書を出さない女性のイメージを光は思い描いていたが、「衣被(匂い袋)」から匂いを漂わせながら、ゆっくり這い出してくる末摘花が、想像通りの女性だったのである。

衣被 06061

匂い袋とも練り香とも言う。焚き物は、灰の中で火をつけるが、火をつけずに匂いを発する香を言うのであろう。

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