さやうに聞こし召す 末摘花02章06
原文 読み 意味
さやうに聞こし召すばかりにはあらずやはべらむ と言へど 御心とまるばかり聞こえなすを いたうけしきばましや このころのおぼろ月夜に忍びてものせむ まかでよ とのたまへば わづらはしと思へど 内裏わたりものどやかなる春のつれづれにまかでぬ
06010/難易度:☆☆☆
さやう/に/きこしめす/ばかり/に/は/あら/ず/や/はべら/む と/いへ/ど みこころ/とまる/ばかり/きこエ/なす/を いたう/けしきばまし/や このごろ/の/おぼろづきよ/に/しのび/て/ものせ/む まかで/よ と/のたまへ/ば わづらはし/と/おもへ/ど うち/わたり/も/のどやか/なる/はる/の/つれづれ/に/まかで/ぬ
「そんなにしてお聞きになるほどのものではございませんでしょう」とは言うものの、気を引くような口ぶりに、「ひどく気を持たせるね。このところの朧月夜に乗じてこっそり出かけよう。あちらへ行っておくように」とおっしゃるので、面倒なこととは思いながら、宮中全体も何事もなくのどやかな春の空いた時間にまかせて退出した。
さやうに聞こし召すばかりにはあらずやはべらむ と言へど 御心とまるばかり聞こえなすを いたうけしきばましや このころのおぼろ月夜に忍びてものせむ まかでよ とのたまへば わづらはしと思へど 内裏わたりものどやかなる春のつれづれにまかでぬ
大構造と係り受け
古語探訪
あらずやはべらむ 06010
前に光が「いま一くさやうたてあらむ」と、「や……あらむ」という表現を使ったのを受けて、「あらずやはべらむ」で返したのである。ここらの息づかいを、何とか現代語に直したいと苦心したが、現代語と古文では否定の表現の仕方が異なるのでうまくいかなかった。何が言いたいのかわかりにくいであろう。身分の相違を越え、こうした一種のオウム返しが可能な場は、ひとつしかないとわたしは踏んでいる。ふたりは、今同衾しながら、睦言として、常陸の姫君を話題にしているのだろうと読むのである。こうした読みが何を生むかというと、諸注は、命婦は光に姫君に関心を向けようとしていると考えてるが、わたしはそうではなく、命婦は光の関心を引くのが目的であって、命婦に関心を向けるのが狙いではないであろうと読むのだ。たとえば、姫君のことをちゃんと説明せず気を持たせる言い方をしている点でそう読める。しかし、それも光に興味を持たせるためのテクニックであると解釈することもできよう。しかし、その読みでは、「まかでよ」と命じられたおり、「わづらはし」と命婦が思ったことの説明がつかない。姫君に興味を持たせ、その世話をさせることが目的であるなら、「わづらはし」には決してならない。光の関心を引く目的で、末摘花の話をしたのに、そちらに興味が移ってしまったことから来る一種の嫉妬心が、「わづらはし」にはあるだろうと思う。もうひとつ言えば、性交渉が済んだあとの疲れがあるうちに、出てゆくのが難儀であったろうと、想像するがまあそれはおいておこう。
のどやかなる 06010
宮中が行事などなくのんびりしていること。
つれづれに 06010
命婦に割り当てられた仕事がない空き時間があることを言うのだろう。「のどやか」と「つれづれ」を同意であるとする注釈には与し得ない。「ほかに」は、常陸親王の家に住むはずであるのに、それ以外の場所にの意味。後妻のところに住んでいるのである。