06末摘花08

2020-05-24

末摘花 原文 06-132/06-152

132まづ 居丈の高く を背長に見えたまふに さればよと 胸つぶれぬ 133うちつぎて あなかたはと見ゆるものは 鼻なりけり 134ふと目ぞとまる 135普賢菩薩の乗物とおぼゆ 136あさましう高うのびらかに 先の方すこし垂りて色づきたること ことのほかにうたてあり 137色は雪恥づかしく白うて真青に 額つきこよなうはれたるに なほ下がちなる面やうは おほかたおどろおどろしう長きなるべし 138痩せたまへること いとほしげにさらぼひて 肩のほどなどは いたげなるまで衣の上まで見ゆ 139何に残りなう見あらはしつらむ と思ふものから めづらしきさまのしたれば さすがに うち見やられたまふ 140頭つき 髪のかかりはしも うつくしげにめでたしと思ひきこゆる人びとにも をさをさ劣るまじう 袿の裾にたまりて引かれたるほど 一尺ばかりあまりたらむと見ゆ 141着たまへるものどもをさへ言ひたつるも もの言ひさがなきやうなれど 昔物語にも 人の御装束をこそまづ言ひためれ 142聴し色のわりなう上白みたる一襲 なごりなう黒き袿重ねて 表着には黒貂の皮衣 いときよらに香ばしきを着たまへり 143古代のゆゑづきたる御装束なれど なほ若やかなる女の御よそひには 似げなうおどろおどろしきこと いともてはやされたり 144されど げに この皮なうて はた 寒からましと見ゆる御顔ざまなるを 心苦しと見たまふ 145何ごとも言はれたまはず 我さへ口閉ぢたる心地したまへど 例のしじまも心みむと とかう聞こえたまふに いたう恥ぢらひて 口おほひしたまへるさへ ひなび古めかしう ことことしく 儀式官の練り出でたる臂もちおぼえて さすがにうち笑みたまへるけしき はしたなうすずろびたり 146いとほしくあはれにて いとど急ぎ出でたまふ 147頼もしき人なき御ありさまを 見そめたる人には 疎からず思ひむつびたまはむこそ 本意ある心地すべけれ ゆるしなき御けしきなれば つらう など ことつけて
  朝日さす軒の垂氷は解けながらなどかつららの結ぼほるらむ
とのたまへど ただ むむ とうち笑ひて いと口重げなるもいとほしければ 出でたまひぬ
148御車寄せたる中門の いといたうゆがみよろぼひて 夜目にこそ しるきながらもよろづ隠ろへたること多かりけれ いとあはれにさびしく荒れまどへるに 松の雪のみ暖かげに降り積める 山里の心地して ものあはれなるを かの人びとの言ひし葎の門は かうやうなる所なりけむかし 149げに 心苦しくらうたげならむ人をここに据ゑて うしろめたう恋しと思はばや 150あるまじきもの思ひは それに紛れなむかし と 思ふやうなる住みかに合はぬ御ありさまは 取るべきかたなし と思ひながら 我ならぬ人は まして見忍びてむや わがかうて見馴れけるは 故親王のうしろめたしとたぐへ置きたまひけむ魂のしるべなめり とぞ思さるる 151橘の木の埋もれたる 御随身召して払はせたまふ 152うらやみ顔に 松の木のおのれ起きかへりて さとこぼるる雪も 名に立つ末の と見ゆるなどを いと深からずとも なだらかなるほどにあひしらはむ人もがな と見たまふ

末摘花 原文かな 06-132/06-152

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

まづ ゐだけのたかく をせながにみエたまふに さればよと むねつぶれぬ うち-つぎて あなかたはとみゆるものは はななりけり ふとめぞとまる ふげんぼさつののりものとおぼゆ あさましうたかうのびらかに さきのかたすこしたりていろづきたること ことのほかにうたてあり いろはゆきはづかしくしろうてさ-あをに ひたひつきこよなうはれたるに なほしもがちなるおもやうは おほかたおどろおどろしうながきなるべし やせたまへること いとほしげにさらぼひて かたのほどなどは いたげなるまできぬのうへまでみゆ なににのこりなうみあらはしつらむ とおもふものから めづらしきさまのしたれば さすがに うち-みやられたまふ かしらつき かみのかかりはしも うつくしげにめでたしとおもひきこゆるひとびとにも をさをさおとるまじう うちきのすそにたまりてひかれたるほど いちさくばかりあまりたらむとみゆ きたまへるもの-どもをさへいひたつるも もの-いひさがなきやうなれど むかしものがたりにも ひとのおほむ-さうぞくをこそまづいひためれ ゆるしいろのわりなううはじらみたるひとかさね なごりなうくろきうちきかさねて うはぎにはふるきのかはぎぬいときよらにかうばしきをきたまへり こたいのゆゑづきたるおほむ-さうぞくなれど なほわかやかなるをむなのおほむ-よそひには にげなうおどろおどろしきこと いともて-はやされたり されど げに このかはなうて はた さむからましとみゆるおほむ-かほさまなるを こころぐるしとみたまふ なにごともいはれたまはず われさへくちとぢたるここちしたまへど れいのしじまもこころみむと とかうきこエたまふに いたうはぢらひて くちおほひしたまへるさへ ひなびふるめかしう ことごとしく ぎしきくわんのねりいでたるひぢもちおぼエて さすがにうち-ゑみたまへるけしき はしたなうすずろびたり いとほしくあはれにて いとどいそぎいでたまふ たのもしきひとなきおほむ-ありさまを みそめたるひとには うとからずおもひむつびたまはむこそ ほいあるここちすべけれ ゆるしなきみけしきなれば つらう など ことつけて
あさひさすのきのたるひはとけながらなどかつららのむすぼほるらむ
とのたまへど ただむむ とうち-わらひて いとくちおもげなるもいとほしければ いでたまひぬ みくるまよせたるちゆうもんの いといたうゆがみよろぼひて よめにこそ しるきながらもよろづかくろへたることおほかりけれ いとあはれにさびしくあれまどへるに まつのゆきのみあたたかげにふりつめる やまざとのここちして もの-あはれなるを かのひとびとのいひしむぐらのかどは かうやうなるところなりけむかし げに こころぐるしくらうたげならむひとをここにすゑて うしろめたうこひしとおもはばや あるまじきもの-おもひは それにまぎれなむかしと おもふやうなるすみかにあはぬおほむ-ありさまは とるべきかたなし とおもひながら われならぬひとは ましてみしのびてむや わがかうてみなれけるは こ-みこのうしろめたしとたぐへおきたまひけむたましひのしるべなめり とぞおぼさるる たちばなのきのうづもれたる みずいじんめしてはらはせたまふ うらやみがほに まつのきのおのれおきかへりて さとこぼるるゆきも なにたつすゑのとみゆるなどを いとふかからずとも なだらかなるほどにあひしらはむひともがな とみたまふ

末摘花 現代語訳 06-132/06-152

先ず目についたのは、座高が高く、胴長の様子、これをごらんになると、このためなのかと、胸の潰れる思いをされた。ついで、なんとも不格好なとごらんになったのは、鼻であった。思わず目がとまる。まるで普賢菩薩の乗り物だとお思いになる。あきれるほど高く引き延ばされていて、先の方がすこし垂れて赤く色づいた様子、ことのほかいとわしい。顔色は雪も恥じるくらい白くて青みを帯び、額つきはたぐいなく広くて、それでいて下ぶくれした顔立ちは、おそらくはおそろしいほど長いのであろう。お痩せのご様子は、いたわしいくらい骨張っていて、肩のあたりなど、痛々しいくらいに衣の上からでも感じられる。どうして残りなく見おおせてしまったのだろうかと思いながらも、めったにない様子であったので、さすがについそちらを見やっておしまいになる。
頭の形、髪が装束にかかっている様子こそは、美しいお方であると愛情をお注ぎ申し上げになっておられる方々にも、けっして劣りそうになく、袿の裾にたまって引っ張られている感じでは、一尺くらい髪が余っていそうに見える。
お召しになっている服装まで言い立てるのも、ひどく口の悪い感じがするが、昔物語にも人物の御装束を何よりさきに言っているようだから。ゆるし色である薄紫がなんともひどく白茶けた単衣に、全体にむらなく黒ずんだ袿を重ねて、上着には黒貂の皮衣の、とても光沢があり馥郁と香のかおるのをお召しになっていた。古式に則った風の御装束ながら、若やかな女の御服装には似つかぬものものしい感じは、とても目立っている。そうではあっても、なるほど、この毛皮がなくては、たしかに、寒かろうと思われる顔色でいらっしゃるのを、気の毒なことだとごらんになる。姫君は何のお話もなさらず、君はこちらまで口の開かぬ気分になられるが、あのだんまりにも挑もうと、あれこれ話しかけになるが、ひどく恥じらって、口もとをお隠しになるお姿さえが、垢抜けせず、古めかしいほど大げさで、儀式官が練り出す際に張り出す肘が思い出され、口は開けずともさすがに微笑みでご返事になるご様子が、不似合いなほど取って付けた感じである。お気の毒で、かわいそうに感じられ、いっそういたたまれずお帰りの準備をなさる。
「力になっていただけるお方もないご様子なのに、おつきあいをはじめたわたくしには、遠慮なく思い、親しんでいただくことこそ本望だと思われますが、かたく鎖していらっしゃるお心ゆえに、つらく」などと口実にして、
「あさひさすのきのたるひはとけながらなどかつららのむすぼほるらむ
(真っ赤な朝日がさす
軒にさがったつららは
解けるのに
どうしてあなたの心は
池に張った氷のように鎖していらっしゃるのだろう)」
とおっしゃるが、ただむむと笑い、とても口が重そうなのもお気の毒なので、出ていらしゃった。
お車を寄せてある中門が、たいそうひどくゆがみかたむいて、夜目でこそそれとわかりながらも何かと隠れて見えない損傷が多いが、今はものがなしいくらい寂しく荒れはてているところに、松の雪だけが暖かそうに降り積もっている様子は、山里の心地がして、なんとも風流な感じがするため、あの人たちが言っていた葎の門とは、このような所であったろうか、なるほど、大切でならないかわいらしい人をここに囲って、気が揉めるくらい恋しいと思ってみたいものだ、許されることのないもの思いは、きっとそれがために紛れてしまおうと想像が働くような住処に、似つかわない姫のご様子は、取るところがないとお考えになりながらも、自分以外の者は、ましてお世話を辛抱して行うだろうか、わたしがこうして馴れ染めるようになったのは、亡き親王が心配でならないと思いわたしに添わせようとしてここにお置きになった魂の導きなのであろうと、お考えになる。
橘の木が雪に埋もれているのを、御随人を召して払わせになる。それをうらやみ顔に、重みでしなだれていた松の木がひとりで起き直り、さっと雪がこぼれ落ちるにつけても、名に立つ末のと見えますねとなどと、浮気心をきつい言い方でなく、角の立たない程度に、つけ合わせられる女房がいてくれたならと、その様子をご覧になる。

末摘花 注釈 06-132/06-152

まづ 06-132

尻目に目を使って見えた最初は。

を背長 06-132

胴長。

さればよ 06-132

暗闇の床の中で「手探りのたどたどしきにあやしう心得ぬこともあるにや見てしがな」と思ったことを指し、どうしてもこうも引っ込み思案なのかと感じていた疑念がこれで晴れたこと。そのためだったのかの意味。「さあればよ」の略で、「已然形+ば」で理由を表す。従って、やっぱりといった訳は文法的でない。

うちつぎて 06-133

「まづ」を受ける。

あなかたは 06-133

「あな+かたは」。

普賢菩薩の乗物 06-135

白象。

あさましう 06-136

意外な驚き。

うたて 06-136

好ましくない状況に対する慨嘆。

はれたる 06-137

二説があり、「晴れたる」で広いの意味と取る説と、「腫れたる」で額が突き出ているとの説がある。しかし、「はれたるに、なほ下がちなる面やう」という続き方、すなわち、「に、なほ」は逆接の関係であり、下ぶくれに対して、対になるのは、おでこが広いことではないかと思う。おでこが広さは普通、顔の上が大きく下が小さいイメージだが、それなのに、下がさらに大きいというつながり方であろう。

おほかた……なるべし 06-137

想像しているのは、末摘花が扇か何かで顔を隠しているからか、暗くてよく見えないかである。

見あらはし 06-139

最後まで見果てる、見抜く

髪のかかり 06-140

髪と衣装との対比の妙。髪だけをあらわすのではない。

袿 06-140

着。その裾に髪がとぐろを巻いた風にたまっているのが、一尺くらいあるだろうということ。髪は長ければ長いほど、当時の感覚では美人なのだ。おそらく、髪を長くしていられるのは、何もしないからで、それだけかわいがられて育てられている、つまり、お嬢様育ち、家柄がよいということなのだろう。それが美的感覚と一体化したのではないかと思う。

言ひさがなき 06-141

口が悪い。

聴し色 06-142

禁色の反対。禁色は色の濃い紫や赤色で、身分によりその使用が限定されていたが、薄い紫や薄い赤色は、誰が使用してもよかった。

きよら 06-142

神々しさにつながる表現で、ここでは光沢をさすのだろう。

ゆゑづき 06-143

由緒にならう。ゆゑありは由緒正しい。

もてはやされ 06-143

目立つ。

げに 06-144

「あはれさも寒き年かな……」という女房たちの嘆きをうけて、なるほどそうかとの意味。

はた 06-144

又の意味でなく、意味を強調する。たしかに。

御顔ざま 06-144

蒼白い顔色から、寒いのであろう想像する。

何ごとも言はれたまはず 06-145

主語は、光と考えられているが、間違いであろう。姫が何も言わないという状況の中で、「我さへ」(自分まで)口が閉じてしまう気持ちになるが、相手のだんまりに挑戦しようとして、あれこれ話しかけるのである。

例のしじまも心みむ 06-145

光の歌「いくそたび君がしじまに負けぬらんものな言ひそと言はぬたのみに」を受け、これに挑戦するのである。

口おほひしたまへる 06-145

肘をはって袖口か扇で口元を隠している姿。

ひなび 06-145

ソフィスティケートされていずにものがたいのである。

古めかしうことことしく 06-145

普通、「……ひなび、古めかしう、ことごとしく」とされている。「古めかしう」という音便形は、中止法ではなく、連用法だろうから、古めかしいほどことごとしくの意味ととるのがよい。

さすがにうち笑みたまへる 06-145

光があれこれ話しかけるものだから、さすがに黙ってもおれず、つい微笑みをもって返事にかえるのである。

すずろびたり 06-145

中身がないこと。表面で笑うだけで、実がないのである。

いとほしく 06-146

自分のせいで縁側に出て寒そうにしている様子が気の毒なのである。

いとど 06-146

ますますの意味。何がますますなのかを抑えることが大事。気持ちを許さない相手に嫌気がさしているだけでなく、さらに寒そうにしている姿が見ていて気の毒なので、ますます気持ちが離れていくのである。

ことつけて 06-147

人にことづけるではなく、それを口実にして。

朝日さす 06-147

鼻の赤さを皮肉る。

垂氷 06-147

今のつららの意味で、垂れた鼻の見立てでもある。

つらら 06-147

池に張った氷。「つらうなどことつけて」の「つらう」を掛ける。

いとほしけれ 06-147

口重さには寒さも加わっているので、見ていて気の毒に感じていることを表す。

夜目にこそ 06-148

「隠ろへたること多かりけれ」にかかる。

しるきながらも 06-148

夜目においても歴然としながらもの意味。夜目ならば、壊れ具合がわかるのはわかるが、それでもすべて隠れて見えないものだが、の意味。

松の雪のみ暖かげに 06-148

門が荒れ果てて寒々と見えるのに比べ、松に雪がふんわりと乗っている様からは、視覚として綿のような暖かさを感じるというのである。その趣きが美的であるがゆえに、いとしい人を据えるという想像が働くのである。

かの人びとの言ひし葎の門 06-148

帚木の雨夜の品定め(0063)、頭中将の話に出た「さて世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎の門に、思ひの外にらうたげならむ人の閉じられたらむこそ限りなくめづらしくはおぼえめ」による(諸注はこれを左馬頭の言葉とするが、このあとの「我ならぬ人」が、末摘花の競争相手である頭中将を念頭に置いた言葉であることからも、もともと頭中将の言葉と考える方が、テキストとしてより緻密にくみ上げられていることになる)。

心苦しく 06-149

大切で気を揉むこと。このあたりの心理は、平安朝の特殊な感覚であろう。つまり、平穏な恋愛よりも、誰かに奪われるのではないかというサスペンスの中に、燃え立つ恋があるのである。

据ゑ 06-149

結婚の一形態。葵の君のように、父の家に居て、そこへ通うのではなく、自分の思う場所に、女を囲って、そこへ通うのである。そのようにされる女性は身分が低いか、生活力がない場合であり、紫の上が、光の自邸に囲われるという「すゑ」の結婚形態であったがために、生涯苦しむのである。

あるまじきもの思ひ 06-150

藤壺との関係からくるもの思い。

紛れなむかしと 06-150

「と」について、諸注は、「かの人々……なむかし」と「思ふやう……方なし」の両方を「思ひながら」にかけて読んでいる。すなわち、「AとBと思ひながら」と考え、「思ふやうなる住みか」を理想的な住居と解釈するが、AもBも長い文で、その間に「と」のみ地の文が入るのはいかにも不自然である。「Aと思ふやうなる」は「住みか」にかかる形容、すなわち、Aのような想像をしてしまうような住居の意味で、それに末摘花が似合わないのである。

見忍び 06-150

世話をすることをがまんして続けること。

見馴れ 06-150

見慣れるの意味もあるが、故親王云々より、男女の関係を結び(見るの意味)心馴染む(馴れるの意味)こと。

故親王のうしろめたしとたぐへ置きたまひけむ魂 06-150

この箇所はなかなかおもしろい。光はこの家に理想の女性をおき、「うしろめたう恋し」と思いたいのだが、末摘花の父は、うしろめたしと思う末摘花をこの家に置いて亡くなったのである。「うしろめたし」という後が核となって、光の理想の女性と末摘花を結びつけているのである。「たぐへおき」は「たぐへ」が添わせるの意味で、末摘花を光に添わせること。「おき」は置きで、末摘花をこの家から離れないように残し置くこと。それが亡き父の魂の仕業であり、それが導きとなって、光は末摘花と関係を結んだというのである。見方をかえると、光からは、この家が理想の女性を据える場所として映ったが、故親王からは、理想の男性(結果としては光)を通わせる場所としてこの家があったのである。光が理想の女性を夢見る力よりも、子を思う父の気持ちの方が勝ったわけだ。

雪も 06-152

「も」は、雪に対してでもの意味で、「見ゆる(見えてしまう)」にかかる。

名に立つ末 06-152

「わが袖は名に立つ末の松山か空より波の越えぬ日はなし」(後撰集、恋二)から。この歌は「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」(古今、東歌)が原歌である。「末の松山波越える」とは、山の上まで波が届くこと、つまり、あり得ないことの例であり、原歌は、わたしは決して浮気などしないという意味である。しかし、これが転じて、末の松山波越えるは、めったにないはずなのに、浮気されるという意味に用いられるようになった。これを本歌取りした後撰集の歌は、わたしの袖は、あの有名な末の松山だろうか、毎日空から波が越えるらしく、いつも涙で濡れ通しですの意味になっている。つまり、泣くことを、末の松山に空より波が越えると表現したのである。さて、源氏のもどると、松の木からこぼれた雪を、末の松山を越えた空からの波と見立てたのである。なぜ、ひとりでにそのようなことが起きたかというと、あだし心を抱いている男がいるからだ。つまり、末摘花に対して光は本気でないのである。松から雪が落ちたという、よくある情景にも、名に立つ末のの歌を引用して、自分の浮気心を、きつくはなくほどほどにあてつけるような女房が、ここにいてくれたら、末摘花の教養も深まろうし、自分も退屈しないのだが、という光のやや自嘲的な期待である。具体的には、この場にいない利発な侍従がいてくれたらということであろう。

などを 06-152

「あひしらはむ」にかかる。

深からず 06-152

あてこすりが強すぎずの意味。

なだらかなるほどに 06-152

角が立たない程度に。

あひしらはむ 06-152

つけあわせる。

もがな 06-152

いてくれたなあという願望。諸注は本歌の「あだし心」の意味を汲み取っていないために、この部分を逐語訳ですませているのは、誠実さに欠けると思う。さて、この雪を波に見立て、その波とは涙の比喩であったこの歌から、次回の光の歌へつながってゆくのである。

2020-05-24

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