06末摘花05

2020-05-24

末摘花 原文 06-075/06-087

 075いくそたび君がしじまにまけぬらむものな言ひそと言はぬ頼みに
のたまひも捨ててよかし 玉だすき苦しとのたまふ 076女君の御乳母子 侍従とて はやりかなる若人 いと心もとなう かたはらいたし と思ひて さし寄りて 聞こゆ
 077鐘つきてとぢめむことはさすがにて答へまうきぞかつはあやなき
いと若びたる声の ことに重りかならぬを 人伝てにはあらぬやうに聞こえなせば ほどよりはあまえて と聞きたまへど めづらしきが なかなか口ふたがるわざかな
  言はぬをも言ふにまさると知りながらおしこめたるは苦しかりけり 
何やかやと はかなきことなれど をかしきさまにも まめやかにものたまへど 何のかひなし 078いとかかるも さまかはり 思ふ方ことにものしたまふ人にや と ねたくて やをら押し開けて入りたまひにけり 079命婦 あな うたて たゆめたまへる と いとほしければ 知らず顔にて わが方へ往にけり 080この若人ども はた 世にたぐひなき御ありさまの音聞きに 罪ゆるしきこえて おどろおどろしうも嘆かれず ただ 思ひもよらずにはかにて さる御心もなきをぞ 思ひける 081正身は ただ我にもあらず 恥づかしくつつましきよりほかのことまたなければ 今はかかるぞあはれなるかし まだ世馴れぬ人 うちかしづかれたる と 見ゆるしたまふものから 心得ず なまいとほしとおぼゆる御さまなり 082何ごとにつけてかは御心のとまらむ うちうめかれて 夜深う出でたまひぬ 083命婦は いかならむ と 目覚めて 聞き臥せりけれど 知り顔ならじ とて 御送りに とも 声づくらず 084君も やをら忍びて出でたまひにけり
085二条院におはして うち臥したまひても なほ思ふにかなひがたき世にこそ と 思しつづけて 軽らかならぬ人の御ほどを 心苦しとぞ思しける 086思ひ乱れておはするに 頭中将おはして こよなき御朝寝かな ゆゑあらむかしとこそ 思ひたまへらるれと言へば 起き上がりたまひて 心やすき独り寝の床にて ゆるびにけりや 内裏よりかとのたまへば しか まかではべるままなり 朱雀院の行幸 今日なむ 楽人 舞人定めらるべきよし 昨夜うけたまはりしを 大臣にも伝へ申さむとてなむ まかではべる やがて帰り参りぬべうはべりと いそがしげなれば さらば もろともにとて 御粥 強飯召して 客人にも参りたまひて 引き続けたれど 一つにたてまつりて なほ いとねぶたげなりと とがめ出でつつ 隠いたまふこと多かりとぞ 恨みきこえたまふ 087事ども多く定めらるる日にて 内裏にさぶらひ暮らしたまひつ

末摘花 原文かな 06-075/06-087

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

いくそたびきみがしじまにまけぬらむものないひそといはぬたのみに
のたまひもすててよかし たまだすきくるし とのたまふ をむなぎみのおほむ-めのとご じじゆうとて はやりかなるわかうど いとこころもとなう かたはらいたし とおもひて さし-よりて きこゆ
かねつきてとぢめむことはさすがにてこたへまうきぞかつはあやなき
いとわかびたるこゑの ことにおもりかならぬを ひとづてにはあらぬやうにきこエなせば ほどよりはあまエてとききたまへど めづらしきが なかなかくちふたがるわざかな
いはぬをもいふにまさるとしりながらおしこめたるはくるしかりけり
なにやかやと はかなきことなれど をかしきさまにも まめやかにものたまへど なにのかひなし いとかかるも さまかはり おもふかたことにものしたまふひとにやと ねたくて やをらおし-あけていりたまひにけり みやうぶ あな うたて たゆめたまへると いとほしければ しらずがほにて わがかたへいにけり このわかうど-ども はた よにたぐひなきおほむ-ありさまのおとぎきに つみゆるしきこエて おどろおどろしうもなげかれず ただ おもひもよらずにはかにて さるみこころもなきをぞ おもひける さうじみは ただわれにもあらず はづかしくつつましきよりほかのことまたなければ いまはかかるぞあはれなるかし まだよなれぬひと うち-かしづかれたると みゆるしたまふものから こころえず なま-いとほしとおぼゆるおほむ-さまなり なにごとにつけてかはみこころのとまらむ うち-うめかれて よぶかういでたまひぬ みやうぶは いかならむと めさめて ききふせりけれど しりがほならじとて おほむ-おくりにとも こわづくらず きみも やをらしのびていでたまひにけり
にでうのゐんにおはして うち-ふしたまひても なほおもふにかなひがたきよにこそと おぼしつtづけて かるらかならぬひとのおほむ-ほどを こころぐるしとぞおぼしける おもひみだれておはするに とうのちゆうじやうおはして こよなきおほむ-あさいかな ゆゑあらむかしとこそ おもひたまへらるれ といへば おきあがりたまひて こころやすきひとりねのとこにて ゆるびにけりや うちよりか とのたまへば しか まかではべるままなり すざくゐんのぎやうがう けふなむ がくにん まひびとさだめらるべきよし よべうけたまはりしを おとどにもつたへまうさむとてなむ まかではべる やがてかへりまゐりぬべうはべり と いそがしげなれば さらば もろともに とて おほむ-かゆ こはいひめして まらうとにもまゐりたまひて ひきつづけたれど ひとつにたてまつりて なほ いとねぶたげなり と とがめいでつつ かくいたまふことおほかり とぞ うらみきこエたまふ こと-どもおほくさだめらるるひにて うちにさぶらひくらしたまひつ

末摘花 現代語訳 06-075/06-087

「いくそたび君がしじまに負けぬらんものな言ひそと言はぬたのみに
(これまで幾度
あなたの沈黙に
わたしは引き下がってきたことでしょう
なにも言うなと
おっしゃらないのを頼みにしておりましたが)
言葉でもはっきりお見捨てください、玉たすきのような中途半端な状態は苦しいものです」とおっしゃる。
女君の乳母の子の、侍従という、口出し好きの若い女房が、何ともじれったく見るに見かねる思いで、女君の側にさし寄り申し上げる。
「鐘つきてとぢめむことはさすがにてこたへまうきぞかつはあやなき
(鐘をついて
これまでとしまいにするのは
さすがにいたしかねますものの
かと言って応じるには抵抗があり
我ながら解しかねる思いです)」
とても若々しい声で、特別重々しい感じでもない調子で、姫ご自身であるかのように申し上げたところ、君は身分よりは馴れ馴れしい感じにお聞きになるけれど、あまりの珍しさに、かえって口がふさがる結果を招く返答となったものだ。
「言はぬをも言ふにまさると知りながらおしこめたるは苦しかりけり
(言わないでも
言うにまさる場合があることは
知っておりますが
そんな風に無理に押し黙っておいでなのは
とても苦しいことです)
何くれと、実を欠く恋愛ではあるけれど、女君が興味をもつようにも誠実であるかのようにもおっしゃるけれど、何の効果もない。
こんな風でも、うって変わって、思う人が別にいらっしゃるお方ではないかと、いまいましくなり、そっと襖(ふすま)を押し開け中に入ってしまわれた。
命婦は、まあ何てことを、人を油断させておいでとはと、女君に申し訳なく、素知らぬ振りして自室に戻ってしまった。あの若女房たちにしても、世に例のないお姿との風評から、ご無理をお許し申し上げて、大げさに嘆くでもなく、ただ、思いもよらぬにわかななりゆきに、ご主人がそうした心用意も持たれないことばかり案じていた。
当の本人は、ただわけもわからぬ状態で、気圧されつつましくしているほか態度のとりようがなかったから、今こそはこんな風なのが心くすぐられるというもの、まだ男をよく知らぬ娘が大切に愛育されているようなのがと、他に恋人がいることは大目にみられるものの、理由はわからぬながら、妙に申し訳なく感じてしまわれる女君のご様子である。いったいどこに、お心が留まる点があろう、思わず呻き声をあげながら、夜深く部屋を出て行かれた。
命婦は、どうなることかと目を覚まし、耳をそばだて臥していたが、わけ知り顔はすまいと、お見送りせよとの合図もしない。君の方も邸からそっと出て行かれるのだった。
君は二条院に戻られ、横におなりになっても、やはり望み通りにはゆきかねる世の中だなと思い続けになり、軽々しくないご身分がいたわしいとお感じであった。思い乱れておられるところへ、頭中将がおいでになり、
「格別なる朝寝とはね。わけありじゃないかとつい勘ぐられてなりませんが」とひやかせば、起きあがりになって、
「気ままな独り寝の床なもんで、つい気がゆるんでしまったかな。宮中の帰りなの」とお聞きになると、
「ええ、退出した足でそのまま。朱雀院の行幸の件で、今日、楽人や舞人が決定するとの旨、昨夜承りましたのを、大臣にもお伝え申そうと思って退出して来たのです。宮中へ取って返すことになるのですが」と、あわただしそうにしているので、
「それなら、ご一緒に」と、お粥やおこわを召し上がり、客人にもお勧めになって、車は二両連ねていらっしゃるが、一つの車にお乗りになって、
「やはりどうも眠たげだな」と頭中将はとがめ立てては、「お隠しごとが多いのですね」と恨み言を申し上げになる。 決め事が多い日にあたったので、宮中に伺候しているうちに日を暮らしてしまわれた。

末摘花 注釈 06-075/06-087

しじま 06-075

押し黙ること。

ものな言ひそと言はぬ頼みに 06-075

言い寄らないでとはっきり言わないのを頼みにしてきた、つまり、断られないから芽があるなと思って好意を寄せてきたとの意味。

のたまひも 06-075

黙っているという態度だけでなく、言葉の上でもはっきり嫌だと言ってほしいの意味。

玉だすき 06-075

要するに両肩に交差させて着物の袖を固定させるたすきのことだが、その内包する意味はいろいろと想像される。両肩にかかるとの意味で、二人の相手に気がある意味や、イエスともノーとも取れるどっちつかずの状態であるとか、交差している状態から男女の気持ちがすれ違っている様子を示すとか、宙に浮いた状態ではっきりしないなどである。たすきの意味性はともかく、ここでは脈があるのかないのかはっきりしてほしいということ。古今に「ことならば思はずとやは言ひはてぬなぞ世の中の玉だすきなる」との歌がある。歌意は「どうせなら何とも思っていないとはっきり言い渡してくれたらいいのに、どうして男女の関係は思い通りに運ばないのだろう」ほどの意味。それぞれの思惑があって、それがねじれているためうまくことが進まない状態を言うのであろう。

鐘つきて 06-077

具体手に何を示すかわからないが、文脈上、終わりの合図としての鐘であろうと想像される。

とぢめむ 06-077

終結させること。

さすがにて 06-077

さすがにできないの意味。

答へまうき 06-077

この場合、はっきりと応じる返事をすること。気持ちの上では、断ることはできないのだから、応じることをよしとしているが、決心がまだしかねている状態だとの意味。

かつは 06-077

二つのことが同時的に、はっきり断れないのに受け入れることもできない状態。

あやなき 06-077

道理に合わないこと。矛盾があること。

ことに重りかならぬ 06-077

宮の身分ながら重々しさがさほどないこと。

人伝てにはあらぬやうに 06-077

侍従が女君の歌を代わりに詠んだとか、女君が直接男性と話ができないから仲立ちとして間に入ったとかではなしに、直接女君が光に話しをしたかのようにとの意味。

なせ 06-077

そうでないことをそうであるかのようにすること。

あまえて 06-077

馴れ馴れしい調子で。

めづらしきがなかなか口ふたがるわざかな 06-077

侍従の返歌は、口を開けた珍しさが、かえって光の口をふさがらせる結果となった行為であったとの意味。「わざ」は侍従の返歌という行為であり、この語が使用されるのは、その及ぼす影響がマイナス的に働く場合は多い。

おしこめたる 06-077

口に出さないで、思いを胸に押し込めること。「答へまうき」をこのように言い換えた。古今六帖に「心には下行く水のわきかへり言はで思ふぞ言ふにまされる」との歌がある。歌意は「心には、地面に現れない下水が湧きかえるようにふつふつとした思いがあるものであって、口にださない方が口に出すより、思いがまさっているのです」との意味。

何やかやと 06-077

「のたまへど」にかかる。

はかなきことなれど 06-077

草紙地。光の末摘花に対する思いに実がないことを批判して言う。「はかなきこと」とは誠実さに欠けるの意味で、特に不実な恋愛について用いることが多いことを記憶しておくとよい。帚木の帖で頻出した。ここもそれで、とりとめのないことという漠然とした意味ではない。源氏物語で使用されている語句はひとつひとつ非常にしっかりとした意味を担っている、つまり物語を推し進める上で一語一語が重要な働きをしているのだ。どうでもいい無駄口は一切ない、すなわち、なくても意味が変わらないような語はないのである。「何やかやとはかなきことなれど」を「あれこれととりとめないことながら」と訳すことは可能だが、この場の会話がとりとめなかったとの説明をここで行う必要が話者にあるのだろうか、物語に何か意味が加わるのだろうか。とてもそうは思えない。何が言いたいか。このように無神経な(つまり、つまづきさえしないのだから改まりようのない)訳や注が大半をしめる現状では、源氏物語は読むに値しない古典でしかない。注釈者の古典に対する造詣は深いかもしれないが、こと文章を読み味わうという感性や読解力においては、非常にお粗末にうつる。一般読者の批判力から見ても、ずいぶん情けない実情が現れているのではないかと危ぶまれてならない。なぜなら、源氏物語のこの分量を短期的に注釈するのは、ずいぶん無理がある、行き届かない点が出て来るからである。わたしの注釈もふくめてだが、読者は厳しい目で注釈書にあたるべきである。紫式部の表現能力と同じレベルを望むことは無理があろう、しかしそれが事実であるなら、式部と注釈者の読解レベルには雲泥の差があることになる、そこを見据えながら注釈書を利用していただきたい。

いとかかるもさまかはり思ふ方ことにものしたまふ人にやとねたくて 06-078

「いとかかるも」の「も」について、順接と考え、こんな風につれないのも(実は……であるから)と訳されている。つまり、「……でるのも」の「も」と考えるのである。しかし、この係助詞の「も」には逆接的意味も考えられる。「……でありながらも」の「も」である。こんな風にすげなくしておきながらも、実は別に男がいるのではと光は勘ぐり、頭に血を上らせる場面。自分にすげないその理由として、別に男がいることを邪推すると考えるより、自分にはすげなくしておきながら、他に男がいることに嫉妬し、相手にされずばかにされていることで、「ねたし」という感情にカッとなったのだ、と考える方がスムーズである。(そもそも、理由を考えるのは頭の働きであり、冷静さとつながるのである)。このことを考える上で重要なのは「ねたし」という感情語。この語は現代語と相違するので注意を要す(注釈者がそれを知らないことはないし、訳の上でも気をつけてはいるのだが)。「ねたし」は現代語のように、相手の色男がねたまれるの意味ではない。女の仕打ち、つまり、本当は色恋について知っていながら、自分を相手にしない態度を、うとましく感じるとの意味である。他の男に許しておきながら、自分はなぜだめなんだと逆上するわけ。「も」一語がこれだけのことを語るわけである畏るべしではないか。なおまた、ここでの「思ふ方ことに」の筆頭として光の頭によぎるのは、他ならぬ頭中将である。光が初めて末摘花のもとを訪ねたおり、頭中将はその後をつけており、帰りがけにふたりは鉢合わせるという事件があったことを思い出すべきである。ただし、そのことをもって、頭中将を「ねたし」と考えてはいけない。あくまで「ねたし」は自分にはつれない末摘花の態度なのである。
さて、ついでながら、助詞以外に解釈の誤る原因(予想では数万はいただけないと思う箇所がある)をあげれば、かかりと受ける語に注意を払わないこと(これが圧倒的に多い)、文脈の中で意味を決定する習慣に欠けること、古注を鵜呑みにして自分で考えようとしないこと(もしかするとこいつが元凶かもしれない)、ついつい現代語に引きずられてしまうことなどである。要するに考える作業を放棄してしまっているのだ。「ねたし」が男でなく、つれない女に向けられていることを理解すれば、「ねたし」の具体的意味を考えることになろう、すると、男を知っていながら、なぜ自分にはやらせないのかという身勝手さが読み取れようし、そこから「いとかかるも」の読み直しが迫られるのである。そこまで来れば、「さまかは7り」を普通ではなくてと訳して意味がないことが知られるわけである。そこで「さまかはり」:「も」は実は、文の流れから自然に逆接に読んでいたので(他の注釈が順接に読んでいることに驚いたくらいだから)ほとんど考える必要がなかったのだが、「さまかはり」については考えさせられた。つまり、考えるとは、わからないと思うことに対してなされることなのだ。「も」は逆接の読んで自然だったから考えずにすませたが、「さまかはり」は他の注釈者と同様、「普通と違って」と解釈してみたが、具体的に何が言いたいのかよくわからなかった。求愛に答えないことがなぜ「さまかはり」なのか。冷感症の女ということでこれはまだ理解できるが、なぜ、これが他に男がいることと並列されているのか理解できなかったのだ。「さま」が「変り」とは、別に意味がないかと考えると、「様変わりする」との意味があることに思い当たる。つまり、自分に見せている態度から豹変してとの意味。これで、上に述べたような「ねたし」の真意がわたしには理解できたのである。外国文学について考えればわかりやすいと思うが、この程度の理解がなければ読んだとも言えないし、まして翻訳や注釈などつけることは土台無理である。訳文として出来上がるのは氷山の一角であり、水面下にはそれを支える原文理解がなくてはならない。これに比して、日本の古典の注釈書は、辞書的説明(つまりほとんど文脈抜きの語句の注釈)であるし、何となく訳せてしまうから、改めて分析してみない。しかのみならず、注釈も訳文も多くは孫引きである。よそではとても考えられない。わたしは、わたしの性格ゆえか、わからないことはすませられない。「さまかはり」を普通でなくと訳すのは、辞書がやってくれる作業で、それでは文脈上意味をなさないと気づいたが最後、どうしたって辻褄の合う説明を求めないわけにはいかない。それだけのことである。それだけというのは、文脈がある以上、文脈をつかみ損ねていない限り、すべての語句は説明できるはずである。どこまでその焦点をあわせられるかは、その語句の全体に占める大切さの度合いによる。従って、いわゆる難語という源氏にしか現れず、具体的意味を特定できない語にしても、それが服の名だとか、色の名だとか、解釈に最低必要な説明はつけられる。それゆえ、語句を説明することはさして難しいことではない。一番問題なのは、異変に気づくこと。これは本当に難しい。ある語Xが文脈Rとどう関わりがあるのだろうかと、せいぜい気遣う習慣を身につけることである。この講義ではなるべく見過ごしのないよう、わたしのできる緻密さにおいて抜かりなきよう心がけている次第。もっと緻密な方がさらなる注釈をつけてくださることを望んでいる。

やをら 06-078

静かに、音を立てず。

たゆめ 06-079

人の警戒心をゆるめること。光にしてやられたという思いである。

いとほしけれ 06-079

末摘花に対し手引きしたことを申し訳なく思う気持ち。

知らず顔 06-079

素知らぬ顔でということだが、光と命婦とは男女の関係にあるだろうとは、以前注した通りである。従って、命婦が席を外すには、気を遣い、嫉妬し、光に恥をかかせぬようにし、男のそういう姿を見たくないとの女心など、さまざまな感情が交錯しているのである。

手さぐりの細く小さきほど髪のいと長からざりしけはひ 06-0

暗闇の中で、空蝉と契りを結んだときに手の感触に残っている空蝉の記憶。このあたりはホモセクシャルを匂わせる。

わが方 06-079

自室。

この若人ども 06-080

先に出た侍従たち。

罪 06-080

許しなく貴女の部屋に入ったこと。

おどろおどろしう 06-080

男が部屋に入ってきた時に対応する心構え。拒絶するにもしようがあるし、受け入れるにも恋愛のルールがあるが、これを末摘花は知らない。

けり

「けり」が頻出するのが眼につく。以前にも触れたことがあるが、源氏物語の時制の基調は現在時制である。現在時制が基調をなしているということは、物語が過去のことではなく、今語られる瞬間瞬間に生み出されてゆくということである。見方を換えると、語り手の視点が固定化されておらず、物語の進行に合わせて、動いているのである。このことから考えると、この箇所は、二人の間に事が起こったあとから回想するという形をとっていることになる。物語にとり、現在時制をとることは、聞き手に生き生きと物語りを伝えるという大きなメリットがある。物語は過去のものではなく、今現実として目の前に繰り広げられるのである。そうであれば、これを捨て、回想の形をとった理由は何なのかを、考えて見なければならなくなる。残念ながら、正解というものは見つかりそうにない。言えることは、生き生きと語ることを拒否した事実は、逆に、生き生きと伝えたくなかったことが考えられるのである。第一夜を語る際、空蝉の場合も夕顔の場合も、回想の形は取っていない。だとすれば、相手が宮という高い身分のために忌避が起こったと見てよいのではないかと思う。もうひとつ、これもさらに研究を俟たねばならないが、「けり」は単に過去の表現ではなく、法(mode,mood)が違うのではないかと思う。すなわち、過去・現在・未来という外界の出来事を述べる時制とは、別に話者の気持ちを含む法が「けり」にはあるのではないか。今は示唆にとどめる。

正身 06-081

末摘花のこと。

今は 06-081

これまでとの対比。これまでは、返事をしないことが光にとって物足りないことであったが、床入りという段では、「恥づかしくつつましき」様子が好ましいとの意味。

かかる 06-081

末摘花の今している態度のようなの。末摘花そのものをほめているのではなく、末摘花を一般化してほめている点である。従って、次の「まだ世馴れぬ人のうちかしづかれたる」も、「かかる」と響き合っており、末摘花そのものではなく、一般論として男をよく知らぬ深窓の令嬢がいいと言っていると取りたい。

かし 06-081

念押し。「というものだ」と言ったニュアンス。

見ゆるしたまふ 06-081

大目に見られるということだが、一体何を許すのか。「まだ世馴れぬ人のうちかしづかれたる」は「あはれなるかし」の対象であり、光にとって好ましい事柄であるのだから、大目にみるべき欠点ではない。こういう箇所が前回述べた考えるポイントである。許すとは許し難い状況があるからであり、それを探せば、前回の「ねたくて」にゆきつく。光は他に男がいるのかと嫉妬して部屋に分け入ったのだが、それを大目に見たのである。光の心の動きを整理すると、女のつつましさを疎む段階、男がいるのを隠すためと疑る段階、床入りの段ではつつましい方方がいいと認める段階、しかしここで、男がいないと判断したのではなく、末摘花が経験がない、あるいは浅いと判断したわけではない。初の床入りでは、経験が浅く見える方がいいとセックス論を吐露したまでである。そして、そんな風にしている、つまり、つつましくしている末摘花を、先には嫉妬し自分ばかり相手にしてくれないと腹を立てたが、大目にみることにしたのである。一般論なのか末摘花自身のことかを明瞭に区別しないと話がこんがらがるので注意。さて、ここでわたしは、二人がことをすませたと見ている。つまり「心得ずなまいとほし」はその後の感想だろうと踏んでいる。男女の交歓があれば、相手を理解し愛しさを感じるものであろう。しかし、光には理解できない溝が二人の間にある。それが、理由がわからないながら妙に申し訳なく思わせる原因。ふたりが肉体を交えることで、そのわからない部分が浮かび上がったのだとわたしは読む。

なまいとほし 06-081

「いとほし」とは、自分の責任を感じること。「なま」は何だかというぼんやりしたものではない。無性に、やたらという感覚。ことをすませた後の後味のわるさ、申しわけなさばかりを味合わせる相手では、引きつけられる点など見出されようか、ついに光はうめき声をあげて(貴人が呻くなどということは余ほどのことである)、部屋を出て行ったのである。

いかならむ 06-083

どうなることかの意味であって、どうなっているかとの意味ではない。「む」は未来。

知り顔ならじ 06-083

「知らず顔」と対をなす。命婦は、光がうち呻いて出て来ただけど、その逢瀬が失敗に終わったことを悟ったのである。命婦にとって光は恋愛の男性として、好ましくもあり、傷つけられもしている相手である。傷つけられた者の痛みを知る者として、光の傷を知らぬように気遣うのである。

忍びて出でたまひにけり 06-084

邸から出て行くこと。前の「夜深う出でたまひぬ」は末摘花の部屋から出て行くこと。同じことの繰り返しではない。先には部屋から出て、今は敷地内から外に出たのである。

二条院 06-085

光の自邸。

なほ 06-085

諸注の通り「かなひがたき」にかけて、光の心内語とする。戻ってもなおの意味で、「思しつづけ」にかけることも可能ではある。

思ふにかなひがたき世 06-085

亡き夕顔の身代わりとして末摘花に近づいたのに、まったく幻滅に終わったことをいう。

軽らかならぬ人の御ほど 06-085

末摘花の高い身分。

心苦し 06-085

人に対しては気の毒だとか守ってあげたいなどになり、自分に対しては面倒だなどとなる。ある状況に対して胸が痛むが原義。この場合、「心苦し」は相手の身分なのか、自分の思いなのかを考えることになる。相手の身分が軽くないことに対して「心苦し」ではなく、相手の身分が軽くないために自分が「心苦し」と考えるのが自然であろう。次の「思ひ乱れ」という表現はより考え、「心苦し」は気の毒ではなく、胸が痛むの意味であろう。

思ひ乱れ 06-086

二つの矛盾する感情が同時に起こり、どっちにも決めかねる状況を言い表す言葉だが、これは、相手の身分の高さと、できるならこのままこの恋を終わらせたいとの自分の思いとが共起しているのである。

御朝寝 06-086

前日夜更かししたために朝遅くまで眠っていること。貴族は普通、夜明け頃起床し、すぐに宮中に出かけ、宿直でない日は、昼くらいに戻るという生活をしている。日が高く登っているのに床にいることはわけありだなとの判断になるわけ。むろん、こういう場合は朝帰りで、前の晩情事があったことが察せられるのだ。わけても、この夏、頭中将は光の後をつけたことがあり、末摘花に光がご執心であることを知っているのである。それゆえ、朝寝の姿を見て、頭中将にはあああの女だなとピンと来たというのが、一般の解釈。しかし、光が朝の登庁を怠った時点で、頭中将には何かあるとすでに察しをつけており、それを確かめに二条院に出向いたと考える方が自然である。朱雀院の行幸時における楽人舞人が決定される大事な一日、父のもとからもすぐに引き返さねばならない忙しい時に、光のもとに立ち寄ったのは、その知らせを告げるためでないとしたら、登庁のない光を怪しんだと考えるのが自然であろう。頭中将の来訪の目的は、最初から光を牽制するためにあったのである。

御粥 06-086

米を炊いたもので、今のご飯より水分がずっと多く、今の粥に近い。

強飯 06-086

米を蒸したもので、今のおこわに当たる。

隠いたまふこと多かり 06-086

わたしに隠れていいことをしようたって、ばればれですよとの意味であろう。

事ども多く定めらるる日にて内裏にさぶらひ暮らしたまひつ 06-087

女と最初の情事を終えた後は、引き続き三日間は通うのが恋愛の決まりである。それがない場合、一方的に捨てられたことになり、女にとってこれほど屈辱的なことはない。まして、末摘花は、今はうらぶれたとはいえ、王家の血を引く宮様である。これは述べられてはいないが、光を通して家を再興しようとの動きがあってもおかしくない。もっとも、宮家だけに表立ってそうはできないプライドがあろうが。ともあれ、光の心内では、とりあえず、三日通うことで正式な結婚という形を取らずにすんだという言い訳が立ったのである。もし、こうした公的な理由なしに、光が恣意的に通うことをやめていたら、相手が宮家でもあり、光の名望は地に落ちていたに違いない。対外的には正式な結婚を避けられ、末摘花に対しては公的な理由が設けられ、光個人としても通わずに済んだという、末摘花の立場はともかく、物語の筋としては実に見事な展開である。

2020-05-24

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