06末摘花03

2020-05-24

末摘花 原文 06-040/06-055

040中務の君 わざと琵琶は弾けど 頭の君心かけたるをもて離れて ただこのたまさかなる御けしきのなつかしきをば え背ききこえぬに おのづから隠れなくて 大宮などもよろしからず思しなりたれば もの思はしく はしたなき心地して すさまじげに寄り臥したり 041絶えて見たてまつらぬ所に かけ離れなむも さすがに心細く思ひ乱れたり 042君たちは ありつる琴の音を思し出でて あはれげなりつる住まひのさまなども やう変へてをかしう思ひつづけ あらましごとに いとをかしうらうたき人の さて年月を重ねゐたらむ時 見そめて いみじう心苦しくは 人にももて騒がるばかりや わが心もさま悪しからむ などさへ 中将は思ひけり 043この君のかう気色ばみありきたまふを まさに さては 過ぐしたまひてむや と なまねたう危ふがりけり 044その後 こなたかなたより 文などやりたまふべし 045いづれも返り事見えず おぼつかなく心やましきに あまりうたてもあるかな さやうなる住まひする人は もの思ひ知りたるけしき はかなき木草 空のけしきにつけても とりなしなどして 心ばせ推し測らるる折々あらむこそあはれなるべけれ 重しとても いとかうあまり埋もれたらむは 心づきなく 悪びたり と 中将は まいて心焦られしけり 046例の 隔てきこえたまはぬ心にて しかしかの返り事は見たまふや 試みにかすめたりしこそ はしたなくて止みにしかと 憂ふれば さればよ 言ひ寄りにけるをや と ほほ笑まれて いさ 見むとしも思はねばにや 見るとしもなしと 答へたまふを 人わきしける と思ふに いとねたし 047君は 深うしも思はぬことの かう情けなきを すさまじく思ひなりたまひにしかど かうこの中将の言ひありきけるを 言多く言ひなれたらむ方にぞ靡かむかし 048したり顔にて もとのことを思ひ放ちたらむけしきこそ 憂はしかるべけれ と思して 命婦をまめやかに語らひたまふ 049おぼつかなく もて離れたる御けしきなむ いと心憂き 好き好きしき方に疑ひ寄せたまふにこそあらめ さりとも 短き心ばへつかはぬものを 人の心ののどやかなることなくて 思はずにのみあるになむ おのづからわがあやまちにもなりぬべき 心のどかにて 親はらからのもてあつかひ恨むるもなう 心やすからむ人は なかなかなむらうたかるべきを とのたまへば いでや さやうにをかしき方の御笠宿りには えしもやと つきなげにこそ見えはべれ ひとへにものづつみし ひき入りたる方はしも ありがたうものしたまふ人になむと 見るありさま語りきこゆ 050らうらうじう かどめきたる心はなきなめり いと子めかしうおほどかならむこそ らうたくはあるべけれ と思し忘れず のたまふ 051瘧病みにわづらひたまひ 人知れぬもの思ひの紛れも 御心のいとまなきやうにて 春夏過ぎぬ
052秋のころほひ 静かに思しつづけて かの砧の音も耳につきて聞きにくかりしさへ 恋しう思し出でらるるままに 常陸宮にはしばしば聞こえたまへど なほおぼつかなうのみあれば 世づかず 心やましう 負けては止まじの御心さへ添ひて 命婦を責めたまふ 053いかなるやうぞ いとかかる事こそ まだ知らねと いとものしと思ひてのたまへば いとほしと思ひて もて離れて 似げなき御事とも おもむけはべらず ただ おほかたの御ものづつみのわりなきに 手をえさし出でたまはぬとなむ見たまふる と聞こゆれば それこそは世づかぬ事なれ 物思ひ知るまじきほど 独り身をえ心にまかせぬほどこそ ことわりなれ 何事も思ひしづまりたまへらむ と思ふこそ そこはかとなく つれづれに心細うのみおぼゆるを 同じ心に答へたまはむは 願ひかなふ心地なむすべき 何やかやと 世づける筋ならで その荒れたる簀子にたたずままほしきなり いとうたて心得ぬ心地するを かの御許しなくとも たばかれかし 心苛られし うたてあるもてなしには よもあらじなど 語らひたまふ 054なほ世にある人のありさまを おほかたなるやうにて聞き集め 耳とどめたまふ癖のつきたまへるを さうざうしき宵居など はかなきついでに さる人こそとばかり聞こえ出でたりしに かくわざとがましうのたまひわたれば なまわづらはしく 女君の御ありさまも 世づかはしく よしめきなどもあらぬを なかなかなる導きに いとほしき事や見えむなむ と思ひけれど 君のかうまめやかにのたまふに 聞き入れざらむも ひがひがしかるべし 父親王おはしける折にだに 旧りにたるあたりとて おとなひきこゆる人もなかりけるを まして 今は浅茅分くる人も跡絶えたるに 055かく世にめづらしき御けはひの 漏りにほひくるをば なま女ばらなども笑み曲げて なほ聞こえたまへ と そそのかしたてまつれど あさましうものづつみしたまふ心にて ひたぶるに見も入れたまはぬなりけり

末摘花 原文かな 06-040/06-055

「イ」:や行の「い」/「エ」:や行の「え」

なかつかさのきみ わざとびははひけど とうのきみこころかけたるをもて-はなれて ただこのたまさかなるみけしきのなつかしきをば えそむききこエぬに おのづからかくれなくて おほみやなどもよろしからずおぼしなりたれば もの-おもはしく はしたなきここちして すさまじげによりふしたり たエてみたてまつらぬところに かけはなれなむも さすがにこころぼそくおもひみだれたり きみ-たちは ありつるきんのねをおぼしいでて あはれげなりつるすまひのさまなども やうかへてをかしうおもひつづけ あらましごとに いとをかしうらうたきひとの さてとしつきをかさねゐたらむとき みそめて いみじうこころぐるしくは ひとにももて-さわがるばかりや わがこころもさまあしからむ などさへ ちゆうじやうはおもひけり このきみのかうけしきばみありきたまふを まさに さては すぐしたまひてむやと なま-ねたうあやふがりけり そののち こなたかなたより ふみなどやりたまふべし いづれもかへりごとみエず おぼつかなくこころやましきに あまりうたてもあるかな さやうなるすまひするひとは もの-おもひしりたるけしき はかなききくさ そらのけしきにつけても とりなしなどして こころばせおしはからるるをりをりあらむこそあはれなるべけれ おもしとても いとかうあまりうもれたらむは こころづきなく わるびたりと ちゆうじやうは まいてこころいられしけり れいの へだてきこエたまはぬこころにて しかしかのかへりごとはみたまふや こころみにかすめたりしこそ はしたなくてやみにしか と うれふれば さればよ いひよりにけるをやと ほほゑまれて いさ みむとしもおもはねばにや みるとしもなし と いらへたまふを ひとわきしけるとおもふに いとねたし きみは ふかうしもおもはぬことの かうなさけなきを すさまじくおもひなりたまひにしかど かうこのちゆうじやうのいひありきけるを ことおほくいひなれたらむかたにぞなびかむかし したりがほにて もとのことをおもひはなちたらむけしきこそ うれはしかるべけれ とおぼして みやうぶをまめやかにかたらひたまふ おぼつかなく もて-はなれたるみけしきなむ いとこころうき すきずきしきかたにうたがひよせたまふにこそあらめ さりとも みじかきこころばへつかはぬものを ひとのこころののどやかなることなくて おもはずにのみあるになむ おのづからわがあやまちにもなりぬべき こころのどかにて おやはらからのもて-あつかひうらむるもなう こころやすからむひとは なかなかなむらうたかるべきを とのたまへば いでや さやうにをかしきかたのおほむ-かさやどりには えしもやと つきなげにこそみエはべれ ひとへにもの-づつみし ひきいりたるかたはしも ありがたうものしたまふひとになむ と みるありさまかたりきこゆ らうらうじう かどめきたるこころはなきなめり いとこめかしうおほどかならむこそ らうたくはあるべけれ とおぼしわすれず のたまふ わらはやみにわづらひたまひ ひとしれぬもの-おもひのまぎれも みこころのいとまなきやうにて はるなつすぎぬ
あきのころほひ しづかにおぼしつづけて かのきぬたのおともみみにつきてききにくかりしさへ こひしうおぼしいでらるるままに ひたちのみやにはしばしばきこエたまへど なほおぼつかなうのみあれば よづかず こころやましう まけてはやまじのみこころさへそひて みやうぶをせめたまふ いかなるやうぞ いとかかることこそ まだしらね と いとものしとおもひてのたまへば いとほしとおもひて もて-はなれて にげなきおほむ-こととも おもむけはべらず ただ おほかたのおほむ-ものづつみのわりなきに てをえさし-いでたまはぬとなむみたまふる ときこゆれば それこそはよづかぬことなれ もの-おもひしるまじきほど ひとりみをえこころにまかせぬほどこそ ことわりなれ なにごともおもひ-しづまりたまへらむ とおもふこそ そこはかとなく つれづれにこころぼそうのみおぼゆるを おなじこころにいらへたまはむは ねがひかなふここちなむすべき なにやかやと よづけるすぢならで そのあれたるすのこにたたずままほしきなり いとうたてこころえぬここちするを かのおほむ-ゆるしなくとも たばかれかし こころいられし うたてあるもてなしには よもあらじ など かたらひたまふ なほよにあるひとのありさまを おほかたなるやうにてききあつめ みみとどめたまふくせのつきたまへるを さうざうしきよひゐなど はかなきついでに さるひとこそとばかりきこエいでたりしに かくわざとがましうのたまひわたれば なま-わづらはしく をむなぎみのおほむ-ありさまも よづかはしく よしめきなどもあらぬを なかなかなるみちびきに いとほしきことやみエむなむ とおもひけれど きみのかうまめやかにのたまふに ききいれざらむも ひがひがしかるべし ちちみこおはしけるをりにだに ふりにたるあたりとて おとなひきこゆるひともなかりけるを まして いまはあさぢわくるひともあとたエたるに かくよにめづらしきおほむ-けはひの もりにほひくるをば なま-をむな-ばらなどもゑみまけて なほきこエたまへと そそのかしたてまつれど あさましうもの-づつみしたまふこころにて ひたぶるにみもいれたまはぬなりけり

末摘花 現代語訳 06-040/06-055

中務の君は、本格的に琵琶を弾くのだが、頭中将の君が思いを寄せているのを相手にせず、ただこの源氏の君から受けるたまさかの愛情が慕わしく、離れ申し上げることができないために、ことが自然と知れわたり、大宮様なども不快にお考えになるので、ひどく悩ましくいたたまれない気持ちで、合奏に加わる気もおこらずものに寄りかかっていた。二度と拝見申し上げることのない所に行ってしまおうかとも思うが、それはさすがに心細くあれこれと思い乱れていた。
おふた方は、先の琴の音を思い出しになって、あわれを催す住まいの様子なども、見慣れおらず面白く思いつづけ、ひょっとして、心にしみるほど愛くるしい人が、あんなところで長年暮らしている折りに見初め、気も狂わんばかりに思い詰めたら、世間も騒ぎ立てるばかりに、自分の気持ちまで格好がつかないくらいになろうか、などとまで、中将は気を回すのだった。この光の君がこんなふうに傍目からもその思いがわかるほど通ってゆかれるのを、まったくもって、あのまま、終わらせになるだろうかと、いささか妬み案じるのであった。
その後、こちらからもあちらからも恋文などお送りのようだ。どちらへも返事がなく、どうなることかと案じられて気がくさくさするので、あまりにひどいじゃないか、ああいう暮らしをしている人は、相手の風情を解する雰囲気や、ちょっとした木草や空の様子に接するにつけても歌のやりとりなどして、相手への思いを自然と推し量られる折りがあるのが、好ましいだろうに、腰が重いといっても、まあこんなにもひっこんでばかりなのは、愛情もわかずわるびれていると、中将は君にもましていらだちをおぼえた。例の遠慮申し上げにならない心で、「しかじかに対する返事はご覧ですか。ためしにほのめかした手紙は、決まりが悪いまま終わってしまいました」と打ち明けると、案の定、言い寄っていたのだなと、ほほえみになりながら、「さあ、見ようとも思わないので、見てもいない」とお答えになるのを、差をつけられたと思うにつけ、とても癪にさわる。
君は、もともと深くも思わない恋愛が、かうも冷たくされては、興がさめる気持ちになってしまわれたが、このようにこの中将がやたらと言い寄っているので、言葉多く口達者な方になびくかもしれない。得意顔で、もともとの事情など関係のない風にされては、たまらない気持ちになろう」とお思いになって、命婦に対し真剣に相談をもちかける。
「心配なくらい無視なさるご様子がとてもつらいのです。きっと、多情な恋愛だと、疑いを挟んでおいででしょうが。そうであっても、すぐに途絶える愛情は持ち合わせていませんのに。先方の心がのどやかでじっと待つことがなくて、思いも寄らぬことばかり起こるので、自然とわたしの過ちだというように、これまではなってしまったようなのです。心がのんびりしていて、親兄弟が口をはさみ何かとうるさくすることもなく、気安そうな人は、貧しくともかえって守ってやりたくなるはずだが」とおっしゃるので、
「さあ、そのように風雅な方面の雨宿りには、どうしてまあ、不似合だろうと存じます。ひとえに遠慮ばかりし、ひっこんでいらっしゃる点は、めったに存せぬ人でして」と、会見の様子をお話し申し上げる。
「物慣れて才走った性質はないらしいね。とても子供っぽいくらいおっとりしているのが、世話してやりたいとは思うのだろうが」と、夕顔のことを忘れずお話になる。
瘧病みに苦しみ、人知れぬもの思いのまぎれで、御心の休まる暇なく、春も夏も過ぎた。
秋の頃、静かに思いをよせつづけ、先の砧の音も耳についてうるさく感じたことさえつい恋しく思い出しになられるままに、常陸の宮にはしばしば便りを寄せられるが、やはり返書なく気のやすまらぬ状況がつづくので、歓心を得られず、つらくてもここまま引き下がりはしまいとの意地まで加わり、命婦に催促なさる。
「どんな仔細があるんだ。まったくこんな事態こそ味わったこともない」と、ひどく不快に思っておっしゃられるので、命婦は申し訳ないと思って、
「引きも合わぬ、不釣り合いお話だなどと、姫様に申してもございません。ただ、いつものご遠慮の深さが度を超して、お手紙もお書きにならないのだと存じます」と申し上げると、
「それこそ幼稚な有り様なんだ。分別のつかぬ年頃や、ひとりでは思い通りに判断できない年齢なら理解もできるが、何事であれ慎重でおられるらしいと思うからこそこれまでは。こうわけもなく、いつまでも変わりないまま心細く感じているところに、同じ気持ちを返事にこめられたなら、願いがかなう気持ちがするだろう。あれやこれやの色恋沙汰というのではなく、その荒れた簀子へ立たせてほしいのだ。まったく心配なまでに理解できぬ気持ちだから、先方のご許可がなくても何とかしろ。焦って、不届きなふるまいをするつもりなどまさかない」などと話をもちかけになる。
夕顔のことがあったのに、それでもやはり、市中にある女性の様子を、特別な関心ではないようにして聞き集め、耳をお留めになる癖がついていらっしゃるので、さびしい夜明かしなど、ちょっとした折りに、こういう人がいるとだけ申し上げたところ、こんなにもあてつけなくらい催促なさるので、ひどく面倒であり、女君のご様子にしても、世慣れた風で風趣を解す様子もないので、なまじ手引きした結果、もうしわけない結末が見えるのも、と思いはするが、君がこうまで真剣におっしゃるので、聞き入れないのも、ひどいひね者にとられよう。
父宮がご存命の折でさえ、時勢に遅れた場所として、訪問申し上げる人もなかったというのに、まして、今ははびこる浅茅を分ける人もないのに、こうして世にまたとないお方が、よその女たちから漏れてお出でになるので、女房とも呼べない女房たちなども相好を崩し、おっくうでもご返事なさいまでと、お勧め申し上げるが、あきれるくらいひどい遠慮をなさる性格のため、まったくもって手紙に目も通されないのだった。

末摘花 注釈 06-040/06-055

中務の君 06-040

葵の上につかえる女房。光の愛人のひとり。頭中将から好意を寄せられているが、それをはねのけている。

わざと 06-040

本式に学んだなどの意味。今、演奏会が始まっているので、プロはだしの中務の君も加わるべきところだが、実らぬ光への思いからふさぎ込んでいる。

このたまさかなる御けしき 06-040

が左大臣邸に宿泊する折りに、たまに光から情けを受けること。

大宮 06-040

葵の母。本来なら、正妻である葵が嫉妬すべきところだが、中務に対しても光に対しても、葵の反応が見られない点に注意したい。

すさまじげに 06-040

熱が冷めるが本義。教養ある女房として、得意の琵琶の演奏をしたいところであるが気が乗らないのである。

さすがに 06-041

気持ちの上では、左大臣邸から出て、二度と光に逢うまいと考えることもあるが、実際にそれを行うとなると、逢えない淋しさが先立つのである。

君たち 06-042

光と頭中将。

ありつる琴の音 06-042

末摘花の演奏した琴の音。

あはれげなりつる住まひ 06-042

「いといたう荒れわたりてさびしきところに」とあった。

あらましごとに 06-042

実際にはありえない願望。

さて 06-042

「あはれげなりつるい住まひ」を指すのではなく、頭中将が実際に見た末摘花の住まいを指す。

いみじう苦しくは 06-042

思いが受け入れられず苦しむ時は、の意味。

ばかりや 06-042

「や」は疑問。

気色ばみ 06-043

顔色に出るくらいの意味で、この場合、末摘花への思いが他人からもわかるくらい顔に出ているということ。

まさにさては過ぐしたまひてむや 06-043

「まさに……てむや」は、まさか……はしまい、という反語の強め。

なまねたう 06-043

半ばねたみながら。

危ふがりけり 06-043

光が末摘花をものにするのではないかと、案じること。

こなたかなた 06-044

光からも頭中将からも。

心やましきに 06-045

心が病むこと、心労すること。

さやうなる住まひする人は 06-045

頭中将は、前回の段で、とてもかわいい人がああいう所で暮らしていて、見初めた時には、世間を騒がすくらいぞっこんに惚れ込んでしまうだろうという想像をしていた。

もの思ひ知りたるけしきはかなき木草空のけしきにつけても 06-045

諸注は、「もの思ひ知りたる気色」を女がしていて、「はかなき木草、空のけしきにつけても」と解釈するが、「女がしていて」にあたる原文はない。原文はただ「もの思ひ知りたる気色」と「はかなき木草、空のけしき」が対になって、「につけても」が受けているだけである。従って、後半が、ちょっとした木や草、空の気色に会うにつけと訳すように、前半も「もの思い知りたる気色」に会うにつけと考えねばならない。つまり、「もの思ひ知りたる」は末摘花ではなく、末摘花に恋文を送る、男性側のこと、要するに、書き手の雅な気持ちが察せられる手紙をもらった時にはという意味である。「とりなし」は、歌を詠んで手紙を送ること。

心ばせ06-045

外に向かって心の内が現れていること。心がそちらに馳せていること。

重し 06-045

親王の娘という立場を受けて、ものごとに慎重で重々しいこと。

心づきなく 06-045

心がつかない、好きになれない。

かすめ 06-046

明言を避け、それとなく思いをほのめかすこと。

はしたなくて止みにしか 06-046

手紙への返事がなく、くどく機会もなく終わったこと。

言ひ寄りにけるをや 06-046

「を」と「や」は、ともに詠嘆。

人わきしける 06-046

人によって差別したこと。光には返事を書いたのに、自分には返事を寄越さないと頭中将は思ったのである。しかし、実際には、どちらへも返事をしていないのである。光は、「隔て」をつくる性格なので、頭中将のように、正直になんでもしゃべらない。

深うしも思はぬことの 06-047

末摘花に対する光の愛情の薄さ。これが主語で、「すさまじく思ひなりたまふ」が、これに対する述語。

かう情けなきを 06-0

「かう」は具体的には、光が送る恋文にいっさい返書がないこと。貴公子の光にとって、これは屈辱でさえある。しかし、このままほっておいたのでは頭中将に奪われ、きっと笑いものにされるだろうという敵対心から、末摘花を本気で落とそうと、末摘花と親しくしている命婦に真剣に相談を持ちかけるのである。

すさまじく 06-047

愛情がさめたり、興味を失うこと。もともと愛情が少ないのに、まして興味を失うのである。その理由が、「かう情けなきを」で、相手がこうまで冷たいから。

言ひありきける 06-047

しきりに言い寄る。「~ありく」は、たえず~するという連語。

もとのこと 06-048

もともと手をつけたのは自分が最初であり、頭中将は自分のあとをつけてきて、たまたま末摘花のことを知っただけであるという、もとの状況を示す。

思ひ放ち 06-048

無視する。

さりとも 06-049

そうであっても、すなわち、「すきずきしき方」ではあっても。つまり、正式な結婚でないことを光も認めている。しかし、長く面倒を見るつもりであって、性交渉だけが目的ではない。それが「短き心ばへつかはぬ」、つまり、短期で終わる愛情は注がない、自分の愛情は長続きするのだ、ということ。これまでは、相手の女性の方が短気なために、結果的に短く終わり、自分の過ちのように世間で言ってきた。そういうことを気にして末摘花は、返事を寄越さないのであろう心配しているのである。

思はずにのみあるに 06-049

予期せぬことばかり起こる。つまり、恋愛当初は、女がそんなに短気だとは思わなかったのに、光がちょっとよそへ通ったりしたら嫉妬を起こし、あれこれ予期せぬ面倒が起こった。

なかなかなむらうたかるべきを 06-049

「心のどかな」であれば、うるさい親兄弟がなく、家が栄えていなくてもという含みが、「なかなか(かえって)」の意味。

御笠宿り 06-049

催馬楽の文句で、男女が雨宿りの宿をとること。

えしもや 06-049

「え」は否定と呼応する可能の副詞、「しも」は強意、「や」は反語、できるだろうか、とてもできないの意味。

らうらうじう 06-050

年長けて物慣れた感じ。

人知れぬもの思ひ 06-051

藤壺との関係。

静かに思しつづけて 06-052

強引な手に打って出ずに、静かに常陸宮に思いを寄せている状態。

かの砧の音も耳につきて聞きにくかりしさへ 06-052

夕顔の家で「あな耳かしがまし」と聞いた砧の音。冬支度として冬物の着物を柔らかく着やすくするために砧で衣服を叩く透明な音が、秋の物寂しさをかき立て、古来、男女を近づけてきたのである。ただし、その音を聞き慣れない光は、間近で聞いた時には、耳うるさく感じたが、それが過去のものとして夕顔の思い出と重なって思い出される時に、その音はまさしく恋心をゆさぶる音となるのだった。なお、夕顔と末摘花は、「ものづつみ」する点で共通する。取り返せない夕顔の思い出が、末摘花へと駆り立てるのである。

世づかず 06-052

幼さゆえ、男女の機微を解しない様子。

心やましう 06-052

音便があることから、連用中止と考えず、「負けてはやまじ」の程度を示す副詞用法と考える。

負けては止まじ 06-052

頭中将に負けることではなく、冷たい女性の態度に負けてあきらめることで、他にも例のある表現。

いかなるやうぞ 06-053

「やう」は、事情、仔細の意味。どういうわけなんだ。

いとほし 06-053

第三者として同情を覚えるとの意味ではなく、関係者として責任を感じていることを示す。自分のせいではないと、言葉では表現しているが、仲立ちをしてる者としての責任を感じているのである。

おもむけはべらず 06-053

そちらの方向に話をもって行ったわけではないとの弁明。

手 06-053

返書。

独り身をえ心にまかせぬほど 06-053

親がかりであり自己判断のみで行動がとれない年齢。

何事も思ひしづまりたまへらむと思ふこそ 06-053

その後が省略されている。補う言葉は文中にあり、それが「静かに思しつづけ」である。何事でも慎重に考える性格だと思うからこそ、不安になりながらも、あせらずにじっと待ったのである。それが「静かに思しつづけ」の具体的内容である。このじっと待ってきたとの思いが、次の表現を呼び込むのである。

そこはかとなく 06-053

「おぼゆる」にかかる。

つれづれに 06-053

状況が変化なく長くつづくこと、すなわち、返書がないまま時間がすぎること。

同じ心に答へたまはむ 06-053

同じ気持ちになることだが、「つれづれに心細う」思うことではない。それは返書がないから心細かったのであり、末摘花が心細く思う必要がないからである。同じ心とは、光が末摘花に寄せている気持ちと同じ気持ちで、すなわち好意をもっての意味である。

簀子にたたずままほしき 06-053

「簀子」は、男がそこに座り、中にはいってよいかと、求愛をする場所。そこに立たせてほしいとは、一歩引いた表現で、それだけに情熱を帯びた表現になっている。

なほ 06-054

ここのみでは、何に対して「なほ」と言っているのか、不明である。しかし、ここが、『末摘花』の冒頭に近い部分、「いかでことごとしきおぼえはなく、いたらうたげになむ人のつつましきことなからむ、見つけてしがなと懲りずまに思しわたれば、すこしゆゑづきて聞こゆるわたりは、御耳とどめたまはぬ隈なきに……」と軌を一にしていることがわかれば、「懲りずま」、すなわち、夕顔の死にあってもなお、市中の女性の噂に耳を向けている光の姿が浮かび上がってくる。

おほかたなるやうにて 06-054

興味をもっているという顔はせずということ。関心がないように見せかけているのである。

さうざうしき宵居などはかなきついでに 06-054

前にも注したが、おそらく、命婦と夜を供にしていたその睦言のついでにの意味であろうと思う。

わざとがましうのたまひわたれば 06-054

つとめて言うこと、つまり、聞こえよがしにいうこと。光の女のひとりとして、命婦にすれば、なぜわたしに仲に立てと言うのかと非難したい気持ちが働いている。それが直截にあらわれているのが、「なまわづらはし」である。末摘花側に立つ者であれば、どうかして光に接触させたいと積極的に働くはずであるが、末摘花のもとに出入りしていながら、この命婦は、仲に立つのをいとっている(これも、命婦が光の女ではないかと、疑う理由でもある)。

ひがひがしかるべし 06-054

ひねくれている。性格としてひねくれているという意味だけでなく、平安人の教養・生活スタイルとして、オープンな恋愛観にはずれる、開かれない女、後れた女というニュアンスもあるのだろう。出だしより、ここまでを命婦の心内に則した語りと考える。

漏りにほひくる 06-055

「漏り」は、耳の留まった多くの女性の中から、この浅茅が家に漏れてくるというイメージ。「にほひ」は「御けはひ」の関連語。

なま女ばら 06-055

女房として身分教養の低さを軽蔑して言った語。

2020-05-24

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