全歌一覧・読み・意味/あいうえお順
※ ( )内は直後を語句を訳し添えたもの。歌の詠まれた状況等は原文をご参照ください。
ア行 あ・い・う・え・お
- あさか山浅くも人を思はぬになど山の井のかけ離るらむ/05133若紫
あさかやま/あさく/も/ひと/を/おもは/ぬ/に/など/やまのゐ/の/かけ/はなる/らむ
《井戸に映る影が浅いというあさか山の名の通りには 浅くもあなたのことを思わないのに どうしてかけ離れて影も見えないのでしょう》
- 朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて花に心を止めぬとぞ見る/04036夕顔
あさぎり/の/はれま/も/また/ぬ/けしき/に/て/はな/に/こころ/を/とめ/ぬ/と/ぞ/みる
《朝霧が晴れるのも待ち遠しい様子とは 本当に美しい花である主人に心をお留めなのですね》……表の意味
《朝霧が晴れるのも待てずにお帰りとは どこぞの花に心をお留めでいらっしゃるようね》……裏の意味
- 朝日さす軒の垂氷は解けながらなどかつららの結ぼほるらむ/06121末摘花
あさひ/さす/のき/の/たるひ/は/とけ/ながら/などか/つらら/の/むすぼほる/らむ
《真っ赤な朝日がさす軒にさがったつららは解けるのに どうしてあなたの心は池に張った氷のように鎖していらっしゃるのだろう》
- 朝ぼらけ霧立つ空のまよひにも行き過ぎがたき妹が門かな/05203若紫
あさぼらけ/きり/たつ/そら/の/まよひ/に/も/ゆきすぎ/がたき/いもがかど/かな
《あさぼらけ 霧立つ空に 気持ちも空と迷ううちにも 素通りしがたい恋しい人の門かな》
- あしわかの浦にみるめはかたくともこは立ちながらかへる波かは/05185若紫
あしわか/の/うら/に/みるめ/は/かたく/とも/こ/は/たち/ながら/かへる/なみ/かは
《恋歌も詠めないほどどうにも幼くしようがないという葦の若芽の生える和歌の浦に 海松布(みるめ)が生えにくいように男女の仲になるのは難しくとも わたしは波立ちながら引き返すよう波のように 立ったまま何もせず帰って行くものだろうか》(期待外れもいいところだ)
- 逢はぬ夜をへだつるなかの衣手に重ねていとど見もし見よとや/06149末摘花
あは/ぬ/よ/を/へだつる/なか/の/ころもで/に/かさね/て/いとど/み/も/し/み/よ/と/や
《逢わずにいる間柄なので 互いの身を重ね合わせることもできず邪魔な衣の袖なのに さらに衣を重ねてお会いしようとなさるのですか》
- 逢ふことの夜をし隔てぬ仲ならばひる間も何かまばゆからまし /02115帚木
あふ/こと/の/よ/を/し/へだて/ぬ/なか/なら/ば/ひるま/も/なに/か/まばゆから/まし
《お会いするのが一夜も間をあけられぬほど愛し合う仲であるならば 昼間であろうと蒜のにおいがしようと どうしていたたまれない気になりましょう》
- 逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな/04179夕顔
あふ/まで/の/かたみ/ばかり/と/み/し/ほど/に/ひたすら/そで/の/くち/に/ける/かな
《再会を果たすまでの形見くらいに思っているうちに 涙で袖がすっかり朽ちてしまったなあ》
- 荒き風ふせぎし蔭の枯れしより小萩がうへぞ静心なき /01086桐壺
あらき/かぜ/ふせぎ/し/かげ/の/かれ/し/より/こはぎ/が/うへ/ぞ/しづごころ/なき
《強風をふせいでくれた木が枯れたのでそれ以来 小萩の身の上が心配でなりません どうか若宮のことをお願いします》…表の意味
《宮中を揺るがす嵐で娘が亡くなってからというもの 帝は平静さを失ってしまわれた どうか若宮のことをもっと気にかけて下さい》…裏の意味
- 嵐吹く尾の上の桜散らぬ間を心とめけるほどのはかなさ/05126若紫
あらし/ふく/をのへ/の/さくら/ちら/ぬ/ま/を/こころ/とめ/ける/ほど/の/はかなさ
《嵐が吹く地の峰の桜が 散らない間だけ 心をおとめになるという愛情のはかなさよ》(ますます気がかりで)
- いくそたび君がしじまにまけぬらむものな言ひそと言はぬ頼みに/06063末摘花
いくそ/たび/きみ/が/しじま/に/まけ/ぬ/らむ/もの/な/いひ/そ/と/いは/ぬ/たのみ/に
《これまで幾度あなたの沈黙に わたしは引き下がってきたことでしょう なにも言うなとおっしゃらないのを頼みにしておりましたが》(言葉でもはっきりお見捨てください 玉たすきのような中途半端な状態は苦しいものです)
- いとどしく虫の音しげき浅茅生に露置き添ふる雲の上人 /01077桐壺
いとどしく/むし/の/ね/しげき/あさぢふ/に/つゆ/おき/そふる/くも/の/うへびと
《そうでなくても虫が鳴きしきる草深いこの侘しい鄙の宿に ますますもって涙の露を置いてゆく雲の上からの使者よ》(愚痴もつい申したくなり)
- いにしへもかくやは人の惑ひけむ我がまだ知らぬしののめの道/04065夕顔
いにしへ/も/かく/や/は/ひと/の/まどひ/けむわが/まだ/しら/ぬ/しののめ/の/みち
《いにしえもこんなふうに人は心迷いをしたろうか わたしのまだ知らない朝の恋の道行きに》(こういう経験はおありなの)
- いはけなき鶴の一声聞きしより葦間になづむ舟ぞえならぬ/05172若紫
いはけなき/たづ/の/ひとこゑ/きき/し/より/あしま/に/なづむ/ふね/ぞ/え/なら/ぬ
《とても幼い鶴の一声を聞いてからは 葦の間に行きなづむ舟がこの恋のようにはかがゆかず耐え難い それでも何度でも舟を漕ぎ出して恋しつづけるのです》(同じ人をね)
- 言はぬをも言ふにまさると知りながらおしこめたるは苦しかりけり/06065末摘花
いは/ぬ/を/も/いふ/に/まさる/と/しり/ながら/おしこめ/たる/は/くるしかり/けり
《言わないでも言うにまさる場合があることは知っておりますが そんな風に無理に押し黙っておいでなのはとても苦しいことです》(何くれと、実を欠く恋愛ではあるけれど)
- 憂きふしを心ひとつに数へきてこや君が手を別るべきをり /02097帚木
うき/ふし/を/こころ/ひとつ/に/かぞへ/き/て/こ/や/きみ/が/て/を/わかる/べき/をり
《つらい思いを心ひとつにしまってきました 今度こそ君と手を切りしまいにすべき折りです》
- うち払ふ袖も露けき常夏にあらし吹きそふ秋も来にけり /02110帚木
うち-はらふ/そで/も/つゆけき/とこなつ/に/あらし/ふき/そふ/あき/も/き/に/けり
《床の塵を払い人待ちしてさえ訪れなく袖も涙で濡れています 伴寝する喜びを知った常夏の花なのに 本妻からは脅され激しい嵐まで吹き加わって いよいよ秋が到来し あなたが飽きて去って行く季節ですね》
- 空蝉の羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな/03023空蝉
うつせみ/の/は/に/おく/つゆ/の/こがくれ/て/しのび/しのび/に/ぬるる/そで/かな
《空蝉の羽におかれた露のように木陰に隠れ 人目をしのんで 涙に濡れる袖かな》
- 空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな/03022空蝉
うつせみ/の/み/を/かへ/て/ける/こ/の/もと/に/なほ/ひとがら/の/なつかしき/かな
《うつせみが羽化したように姿を変えて去って行った木の下で なお残された殻である記憶の中の人柄が慕われることだな》
- 空蝉の世は憂きものと知りにしをまた言の葉にかかる命よ/04161夕顔
うつせみ/の/よ/は/うき/もの/と/しり/に/し/を/また/ことのは/に/かかる/いのち/よ
《あなたが衣を脱ぎ捨て逃げた あの空蝉のようにはかないこの関係は つらいものだと知ってはおりましたが なおもその言葉には すがらずにおれないこの命です》(なんと頼りないことか)
- 優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそ移らね/05091若紫
うどんげ/の/はな/まち/え/たる/ここち/し/て/みやまざくら/に/め/こそ/うつら/ね
《あなたの御到来に待ちに待った優曇華の花に やっと会えた気持ちがして そんなにおっしゃる深山桜には目をくれることもありません》
- 優婆塞が行ふ道をしるべにて来む世も深き契り違ふな/04062夕顔
うばそく/が/おこなふ/みち/を/しるべ/にてこ/む/よ/も/ふかき/ちぎり/たがふ/な
《優婆塞が勤行する仏道を頼りにして 来世へもわたる深い約束に背きたまうな》
- 奥山の松のとぼそをまれに開けてまだ見ぬ花の顔を見るかな/05092若紫
おくやま/の/まつ/の/とぼそ/を/まれ/に/あけ/て/まだ/み/ぬ/はな/の/かほ/を/みる/かな
《ふだん閉じこもっている奥山の松の戸をまれに開けてみると 見たこともない美しい花の顔を拝見するものだな》
- 面影は身をも離れず山桜心の限りとめて来しかど/05123若紫
おもかげ/は/み/を/も/はなれ/ず/やまざくら/こころ/の/かぎり/とめ/て/こ/しか/ど
《すぐそばにいるように心ばかりかこの身をも離れないのです 山桜のようなあなたの幻影が 心で精一杯受け止めてきたのに その場にいるようにと心の限り言って来たのに》(なのに、夜の間の風も心配だという古歌にある通り、散らないかと心配でならず)
カ行 か・き・く・け・こ
- 限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり /01031桐壺
かぎり/とて/わかるる/みち/の/かなしき/に/いか/まほしき/は/いのち/なり/けり
《生不生は運命が決するもの 別れる道に来た今こうもわたしは悲しいのに 死出の旅を目指すのはこのはかない命なのです》(お約束通りいつまでも一緒にいたいと心からそう願うことができましたならと)
- かこつべきゆゑを知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらむ/05261若紫
かこつ/べき/ゆゑ/を/しら/ね/ば/おぼつかな/いかなる/くさ/の/ゆかり/なる/らむ
《連想が働いてしまう理由を知らないので気になります わたしはどういう草のゆかりなのでしょう》
- 数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さにあるにもあらず消ゆる帚木/02137帚木
かず/なら/ぬ/ふせや/に/おふる/な/の/うさ/に/ある/に/も/あら/ず/きゆる/ははきぎ
《数ならず卑しい 受領の家に生えているとの 噂がつらいので この世にあるともなくて 消えてしまう帚木なのです》
- 鐘つきてとぢめむことはさすがにて答へまうきぞかつはあやなき/06064末摘花
かね/つき/て/とぢめ/む/こと/は/さすが/に/て/こたへ/まうき/ぞ/かつ/は/あやなき
《鐘をついてこれまでとしまいにするのはさすがにいたしかねますものの かと言って応じるには抵抗があり 我ながら解しかねる思いです》
- 唐衣君が心のつらければ袂はかくぞそぼちつつのみ/06135末摘花
からころも/きみ/が/こころ/の/つらけれ/ば/たもと/は/かく/ぞ/そぼち/つつ/のみ
《からころも りっぱなあなたの心がつらいので たもとはこのようにぬれそぼってばかりです》
- 汲み初めてくやしと聞きし山の井の浅きながらや影を見るべき/05134若紫
くみ/そめ/て/くやし/と/きき/し/やまのゐ/の/あさき/ながら/や/かげ/を/みる/べき
《汲んでみて初めて 後悔すると聞きました 山の井戸です その井戸くらい浅いお気持ちのままでは とても影は見えないし 姫君をお与えすべくもありません》
- 雲の上も涙にくるる秋の月いかですむらむ浅茅生の宿 /01098桐壺
くも/の/うへ/も/なみだ/に/くるる/あき/の/つき/いかで/すむ/らむ/あさぢふ/の/やど
《雲の上といわれる宮中からさえ涙で見えない美しい秋の月 どうして澄んで見えようか 草深い里では涙にかき濡れさぞ住みづらかろう》
- 紅のひと花衣うすくともひたすら朽す名をし立てずは/06142末摘花
くれなゐ/の/ひと/はなごろも/うすく/とも/ひたすら/くたす/な/を/し/たて/ず/は
《一度の逢瀬では 薄情なあなたのように姫君は薄くしか染まっておらず 鮮やかな魅力には乏しいでしょうが こうなった今では姫のお名前に傷がつないことだけを願うばかりです》
- 木枯に吹きあはすめる笛の音をひきとどむべき言の葉ぞなき /02106帚木
こがらし/に/ふき/あはす/める/ふえ/の/ね/を/ひき/とどむ/べき/ことのは/ぞ/なき
《人目も木の葉も枯らしてしまう木枯らしに 合わせてお吹きになっているようなはげしい笛の音を ひいてとめさせる琴も言葉も持ち合わせておりませんわ》
- 心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花/04009夕顔
こころあて/に/それ/か/と/ぞ/みる/しらつゆ/の/ひかり/そへ/たる/ゆふがほ/の/はな
《心あてに 無念な花と ごらんなのでしょうね 白露の光に輝く 夕顔の花を》
- 琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人をひきやとめける /02106帚木
こと/の/ね/も/つき/も/え/なら/ぬ/やど/ながら/つれなき/ひと/を/ひき/や/とめ/ける
《琴の音もよく月もさしこむ申し分ない宿なのですから これまでつれない夫をひきとめて来たのでしょうね》(どうやら分は悪そうに見えますなあ)
サ行 さ・し・す・せ・そ
- 前の世の契り知らるる身の憂さに行く末かねて頼みがたさよ/04062夕顔
さき/の/よ/の/ちぎり/しら/るる/み/の/うさ/にゆくすゑ/かね/て/たのみ/がたさ/よ
《前世の因縁が知られる身のつらさに これから先のことを今から当てにはとてもできない》
- 咲きまじる色はいづれと分かねどもなほ常夏にしくものぞなき /02110帚木
さき/まじる/いろ/は/いづれ/と/わか/ね/ども/なほ/とこなつ/に/しく/もの/ぞ/なき
《咲き混じれば大和撫子も唐撫子も美しさこそいずれを甲乙つきかねますが やはりわたしには常夏の花が一番です 子は頭を撫でただけですが あなたは床で撫であった仲なのですから》(大和撫子のことは二の次にして、これからは何はさておき寝床に塵さえつかぬよう頻繁に通うことにしょうなどと親の本心を汲み取る)
- 咲く花に移るてふ名はつつめども折らで過ぎ憂き今朝の朝顔/04036夕顔
さく/はな/に/うつる/てふ/な/は/つつめ/ども/をら/で/すぎ/うき/けさ/の/あさがほ
《咲く花に心移りしたとの浮名はつつしむべきであるが 手折らずにはすまない今朝の美しい朝顔は》(どうしたものか)
- ささがにのふるまひしるき夕暮れにひるま過ぐせといふがあやなさ /02115帚木
ささがに/の/ふるまひ/しるき/ゆふぐれ/に/ひるま/すぐせ/と/いふ/が/あや/なさ
《蜘蛛が巣作りする そのふるまい方で 私がまた来ることはすでにわかっているはずの夕暮れだというのに 蒜(ヒル)のにおいが消えるまで昼間を待ち過ごせと言うとは 理屈にあわぬではないか》(においが消えたらなどと遭いたくない口実をよく言えたものだ)
- さしぐみに袖ぬらしける山水に澄める心は騒ぎやはする/05083若紫
さしぐみ/に/そで/ぬらし/ける/やまみづ/に/すめ/る/こころ/は/さわぎ/やは/する
《ふとしたことで袖をお濡らしになった山水だが ここに住みなれた澄んだ心はそんなことでは動じません》(耳慣れてしまっておりますもので)
- 里わかぬかげをば見れどゆく月のいるさの山を誰れか尋ぬる/06026末摘花
さと/わか/ぬ/かげ/を/ば/みれ/ど/ゆく/つき/の/いるさのやま/を/たれ/か/たづぬる
《どこの里も分け隔てない月の姿ならば見ることはするが 空を渡ってゆく月が入ってゆく先のいるさ山を 尋ねる人があるだろうか》(こんな風につけまわして歩いたら、どうなさいますか)
- 過ぎにしも今日別るるも二道に行く方知らぬ秋の暮かな/04181夕顔
すぎ/に/し/も/けふ/わかるる/も/ふたみち/に/ゆく/かた/しら/ぬ/あき/の/くれ/かな
《過ぎ去った人も 今日別れてゆく人も 二つの道を通り 行く方知らずになった秋の暮れだなあ》(やはりこのように人知れぬ思いは苦しいものだな)
- 鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜あかずふる涙かな /01076桐壺
すずむし/の/こゑ/の/かぎり/を/つくし/て/も/ながき/よ/あかず/ふる/なみだ/かな
《鈴虫が羽を振り 声を限りに鳴くごとく長い秋の夜を泣き通しても 流れつづける涙ですこと》(どうにも車に乗り込めません)
- 蝉の羽もたちかへてける夏衣かへすを見てもねは泣かれけり/04180夕顔
せみ/の/は/も/たち/かへ/て/ける/なつごろも/かへす/を/み/て/も/ね/は/なか/れ/けり
《秋となりさっぱりと衣を替えおえた蝉の羽のように 薄い夏ごろもを今さらお返しになるのを見ても 過去を清算なさるのかと声を立てて泣かれるばかりです》
タ行 た・ち・つ・て・と
- 尋ねゆく幻もがなつてにても魂のありかをそこと知るべく /01091桐壺
たづね/ゆく/まぼろし/もがな/つて/にて/も/たま/の/ありか/を/そこ/と/しる/べく
《亡き人を尋ねゆく幻術士はいないものか直接は無理でも 道士を通しそこにいたのかと魂のありかが知れように》
- 立ちとまり霧のまがきの過ぎうくは草のとざしにさはりしもせじ/05204若紫
たち/とまり/きり/の/まがき/の/すぎ/うく/は/くさ/の/とざし/に/さはり/しも/せ/じ
《立ち止まりながら 霧立つまがきが行き過ぎにくいということでしたら 草の戸が閉まっていようと障りになるかしら触りがあるのはそっちでしょう》
- つれなきを恨みも果てぬしののめにとりあへぬまでおどろかすらむ/02128帚木
つれなき/を/うらみ/も/はて/ぬ/しののめ/に/とり/あへ/ぬ/まで/おどろかす/らむ
《あなたのつれなさにむけてまだまだ恨み言も言いたりないのに もはやしののめ時となって鳥たちまでが取るものも取り合えぬくらいに急き立てているようだ》
- 手に摘みていつしかも見む紫の根にかよひける野辺の若草/05175若紫
て/に/つみ/て/いつしか/も/み/む/むらさき/の/ね/に/かよひ/ける/のべ/の/わかくさ
《手に摘んで はやく妻にしたい紫の根である宮に 縁のある 野辺の若草を》
- 手を折りてあひ見しことを数ふればこれひとつやは君が憂きふし /02097帚木
て/を/をり/て/あひ/み/し/こと/を/かぞふれ/ばこれ/ひとつ/や/はきみ/が/うき/ふし
《指を折り二人で過ごした思い出を数えてみると この一回切りだったろうか あなたのことでつらい目を見たのは》(別れることになってもよもや恨んだりはできまいね)
- 問はぬをもなどかと問はでほどふるにいかばかりかは思ひ乱るる/04160夕顔
とは/ぬ/を/も/などか/と/とは/で/ほど/ふる/に/いかばかり/か/は/おもひ/みだるる
《なぜと問われず日が経ちますが、どれほど心乱れる 思いでおりますことか》(待つ夜の苦しみに寝られぬ人にもまして生きるかいなきとは、なるほどよくわかります)
ナ行 な・に・ぬ・ね・の
- 泣く泣くも今日は我が結ふ下紐をいづれの世にかとけて見るべき/04170夕顔
なく/なく/も/けふ/は/わが/ゆふ/したひも/を/いづれ/の/よ/に/か/とけ/て/みる/べき
《泣きながら 今日はわたしが結ぶ下紐であるが いつの世にしっぽりと紐を解いて寝られようか》
- なつかしき色ともなしに何にこのすゑつむ花を袖に触れけむ/06140末摘花
なつかしき/いろ/と/も/なし/に/なに/に/この/すゑつむはな/を/そで/に/ふれ/けむ
《心引かれる色でもないのに どうしてこの末摘花という紅花を この袖で触ったりしたのだろうか》(禁色である色の濃い花だと思っていたのに)
- ねは見ねどあはれとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを/05259若紫
ね/は/み/ね/ど/あはれ/と/ぞ/おもふ/むさしの/の/つゆ/わけ/わぶる/くさ/の/ゆかり/を
《共寝もせずまだその正体である根を見ないが 愛しく思う武蔵野の 露をわけて逢いに行きがたい紫草の そのゆかりであるあなたのことを》
ハ行 は・ひ・ふ・へ・ほ
- 初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ/05040若紫
はつくさ/の/おひ/ゆく/すゑ/も/しら/ぬ/ま/に/いかでか/つゆ/の/きエ/む/と/す/らむ
《初草が生育した行く末も知らないうちに どうして甘露である露が消えようとするのでしょうか》
- 初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞ乾かぬ/05068若紫
はつくさ/の/わかば/の/うへ/を/み/つる/より/たびね/の/そで/も/つゆ/ぞ/かはか/ぬ
《初草の若葉のような初々しいお方を見た後は 旅寝しているこの袖も恋しい涙で乾くひまがない》
- 帚木の心を知らで園原の道にあやなく惑ひぬるかな/02137帚木
ははきぎ/の/こころ/を/しら/で/そのはら/の/みち/に/あやなく/まどひ/ぬる/かな
《近づけば消えてしまう帚木のような あなたのお気持ちも知らないで あなたの心に通う園原の 道の途中でわけがわからないまま 途方に暮れてしまったことだ》(申し上げるすべがありません)
- 晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ同じ心に眺めせずとも/06081末摘花
はれ/ぬ/よ/の/つき/まつ/さと/を/おもひやれ おなじ/こころ/に/ながめ/せ/ず/と/も
《晴れぬ夜に心も曇り月を待ちながらあなたを待っている里があることを 思いやってくださいまし たとえ同じ気持ちでいらっしゃらないにしても》
- 光ありと見し夕顔のうは露はたそかれ時のそら目なりけり/04071夕顔
ひかり/あり/と/み/し/ゆふがほ/の/うはつゆ/はたそかれ/どき/の/そらめ/なり/けり
《あなたがお見えになり 光が指したかに見えました 夕顔の上露のような娘と二人の暮らしには でもたそがれ時の見間違えであったとは》
- 吹きまよふ深山おろしに夢さめて涙もよほす滝の音かな/05082若紫
ふき/まよふ/みやま/おろし/に/ゆめ/さめ/て/なみだ/もよほす/たき/の/おと/かな
《吹き荒れる深山おろしに煩悩の夢がさめて 涙をさそう滝の音だな》
- 降りにける頭の雪を見る人も劣らず濡らす朝の袖かな/06125末摘花
ふり/に/ける/かしら/の/ゆき/を/みる/ひと/も/おとら/ず/ぬらす/あさ/の/そで/かな
《年を経て傷んだ頭に積もった雪のような白髪を 見る者も哀れもよおし涙で その老人にもおとらず また浮気な恋人を待つ人にもおとらず 湿らせる朝の袖であること》(若い者は着の身着のままで)
- ほのかにも軒端の荻を結ばずは露のかことを何にかけまし/04163夕顔
ほのか/に/も/のきば/の/をぎ/を/むすば/ず/は/つゆ/の/かこと/を/なに/に/かけ/まし
《十分ではないものの あなたとふたり軒端の荻を 結ぶ仲となっておらねば わずかな恨み言をのべるさえ 何の口実をもなかったでしょう》
- ほのめかす風につけても下荻の半ばは霜にむすぼほれつつ/04164夕顔
ほのめかす/かぜ/に/つけ/て/も/した/をぎ/の/なかば/は/しも/に/むすぼほれ/つつ
《あの夜のことをほのめかしになる お便りをいただくにつけても 荻の下葉が霜にあたったように 私の下半身は お冷え切ったままで》
マ行 ま・み・む・め・も
- 枕結ふ今宵ばかりの露けさを深山の苔に比べざらなむ/05071若紫
まくら/ゆふ/こよひ/ばかり/の/つゆけさ/を/みやま/の/こけ/に/くらべ/ざら/なむ
《旅の枕を結ぶ今宵ひと夜のさびしさの涙と 深山にこもる僧侶の苔の衣に降る涙とをお比べにならないで》(こちらは乾きそうもありませんものを)
- まことにや花のあたりは立ち憂きと霞むる空の気色をも見む/05097若紫
まこと/に/や/はな/の/あたり/は/たち/うき/と/かすむる/そら/の/けしき/を/も/み/む
《本当かしら 花のあたりは去りがたいとかりそめにおっしゃったけれど 霞みがかかってわかりにくい空のようなあなたの表情をちゃんと見ておきましょう》
- 見し人の煙を雲と眺むれば夕べの空もむつましきかな/04157夕顔
みし/ひと/の/けぶり/を/くも/と/ながむれ/ば/ゆふべ/の/そら/も/むつましき/かな
《愛した人を葬った煙があの雲かとおもい 眺めれば、悲しい夕暮れの空とも心通う気がする》
- 見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに目さへあはでぞころも経にける/02131帚木
み/し/ゆめ/を/あふ/よ/あり/や/と/なげく/ま/に/め/さへ/あは/で/ぞ/ころ/も/へ/に/ける
《あなたと契った夢が 本当になる夜が来ようかとむなしく願いなげく間に 泣き濡れた目は合わず 夢にも会えず 時は過ぎ行く》(眠られる夜がないので)
- 見てもまた逢ふ夜まれなる夢のうちにやがて紛るる我が身ともがな/05141若紫
み/て/も/また/あふ/よ/まれ/なる/ゆめ/の/うち/に/やがて/まぎるる/わがみ/ともがな
《こうして愛し合ってもまた逢う夜はなかなかおとずれない このお逢いできている夢のなかに このまま我が身を紛れ込ましてしまいたい》
- 身の憂さを嘆くにあかで明くる夜はとり重ねてぞ音もなかれける/02128帚木
み/の/うさ/を/なげく/に/あか/で/あくる/よ/は/とり/かさね/て/ぞ/ね/も/なか/れ/ける
《この身のつたなを嘆いても嘆いてもことたりないうちに明けてしまった夜は わたしも鳥の鳴き声にかさねて声を立てて泣いたものです》
- 宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ /01062桐壺
みやぎの/の/つゆ/ふき/むすぶ/かぜ/の/おと/に/こはぎ/が/もと/を/おもひ/こそ/やれ
《宮城野のように我が子から遠く離れた宮中で吹いては露をむすぶ風の音を聞くと 野にある小萩のことが涙ながらに思われてならない》
- 宮人に行きて語らむ山桜風よりさきに来てもみるべく/05090若紫
みやびと/に/ゆき/て/かたら/む/やまざくら/かぜ/より/さき/に/き/て/も/みる/べく
《大宮人たちに戻って話そう この山桜の花を風に散る前に是非自分でも見に来るようにと》
- もろともに大内山は出でつれど入る方見せぬいさよひの月/06025末摘花
もろともに/おほうちやま/は/いで/つれ/ど/いる/かた/みせ/ぬ/いさよひ/の/つき
《ふり捨てて行かれました冷たさに対し 逆にお送り申しあげるとは いやはや ふたり一緒に宮中からは出て参ったのに 入って行く先を見せない あなたはそんないざよいの月ですね》(と、相手が恨み言を言っている様子も癪だけれど)
ヤ行 や・ゆ・よ
- 山がつの垣ほ荒るとも折々にあはれはかけよ撫子の露 /02110帚木
やまがつ/の/かきほ/ある/とも/をりをり/に/あはれ/は/かけ/よ/なでしこ/の/つゆ
《山がつの垣は手つかず荒れるとも 折りあるごとに愛情をそそいでくださいな あなたが撫でてかわいがってくださらないから 撫子は露にまみれて泣きじゃくっていますよ》
- 山の端の心も知らで行く月はうはの空にて影や絶えなむ/04065夕顔
やまのは/の/こころ/も/しら/で/ゆく/つき/はうはのそら/にて/かげ/や/たエ/な/む
《山の端の気持ちも知らずに渡ってゆく月は 何もわからないまま途中できっと姿を消してしまうことだろう》(心細くて)
- 夕霧の晴るるけしきもまだ見ぬにいぶせさそふる宵の雨かな/06079末摘花
ゆふぎり/の/はるる/けしき/も/まだ/み/ぬ/に/いぶせさ/そふる/よひ/の/あめ/かな
《あなのたの心の夕霧が晴れる気色もまだ見ないうちに 気持ちまで滅入らせる宵の雨だこと》(雲の切れ間を待つこの時間、いかに待ち遠しいことか)
- 夕露に紐とく花は玉鉾のたよりに見えし縁にこそありけれ/04071夕顔
ゆふつゆ/に/ひも/とく/はな/は/たまぼこ/のたより/に/みエ/し/え/に/こそ/あり/けれ
《夕露という愛情でこうしてあなたは花ひらき わたしが覆いの紐を解くのは たまたま通りかかったついでに お会いしたのが縁となったのですね》(夕顔を輝かせると詠まれた露の光はいかがです)
- 夕まぐれほのかに花の色を見て今朝は霞の立ちぞわづらふ/05096若紫
ゆふまぐれ/ほのか/に/はな/の/いろ/を/み/て/けさ/は/かすみ/の/たち/ぞ/わづらふ
《きのうの夕暮れちらりと美しい花の色を見てしまったので 今朝は何を見ても霞みがかかったようでそこを離れることができかねます》
- 世語りに人や伝へむたぐひなく憂き身を覚めぬ夢になしても/05142若紫
よがたり/に/ひと/や/つたへ/む/たぐひ/なく/うき/み/を/さめ/ぬ/ゆめ/に/なし/て/も
《後々までの語り草に人々も伝えましょうか たぐいなくつらい身を 覚めることのない夢の中のできごとと致しましても》(お苦しみになるご様子も、至極当然でかたじけないものである)
- 寄りてこそそれかとも見めたそかれにほのぼの見つる花の夕顔/04011夕顔
より/て/こそ/それ/か/と/も/み/め/たそかれ/に/ほのぼの/み/つる/はな/の/ゆふがほ
《側に寄ってこそ こうだとも見届けましょう たそがれ時にほのかにしかのぞき見ない 夕顔の花のように美しい 夕化粧したお顔の正体を》
- 寄る波の心も知らでわかの浦に玉藻なびかむほどぞ浮きたる/05186若紫
よる/なみ/の/こころ/も/しら/で/わかのうら/に/たまも/なびか/む/ほど/ぞ/うき/たる
《言い寄る波の心の底も知らないで 言葉巧みな和歌の浦に玉藻がなびくみたいな 軽はずみな女でしょうか》(無茶と言うもの)