小君を御前に臥せて 空蝉05章02

2021-03-31

原文 読み 意味

小君を御前に臥せて よろづに恨み かつは 語らひたまふ あこは らうたけれど つらきゆかりにこそ え思ひ果つまじけれ とまめやかにのたまふを いとわびしと思ひたり しばしうち休みたまへど 寝られたまはず 御硯急ぎ召して さしはへたる御文にはあらで 畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ
 空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな
と書きたまへるを 懐に引き入れて持たり かの人もいかに思ふらむと いとほしけれど かたがた思ほしかへして 御ことつけもなし かの薄衣は 小袿のいとなつかしき人香に染めるを 身近くならして見ゐたまへり

03022/難易度:☆☆☆

小君をお側に寝かせて、これまでの計略のすべてにわたり恨んでは、またかわいがりなる。「そちはかわいいが、情の薄い人のゆかりゆえ、愛しつづけはできなかろうね」と、真顔みたいにおっしゃるのを、とてもつらいと思った。しばらく臥せておられたが、お休みになれない。御硯を急いでお召しになって、表だった用向きのお手紙ではなくて、懐紙に手習いのように気慰みにお書きになる。
 うつせみが羽化したように姿を変えて去って行った木の下で なお残された殻である記憶の中の人柄が慕われることだな
とお書きになったのを、小君は懐に引き入れて持っておいた。あの人もどう思っているだろうかと、その後便りを出さない軒端荻に対して申し訳なく思いながら、あれこれ考え直した挙句、人を介した伝言もなさらない。例の薄衣は、小袿としてとても慕わしい人の香りが染付いているのを、肌身に離さず側においていつもご覧になっておいでである。

こぎみ/を/おまへ/に/ふせ/て よろづ/に/うらみ かつ/は かたらひ/たまふ あこ/は らうたけれ/ど つらき/ゆかり/に/こそ え/おもひ/はつ/まじけれ と/まめやか/に/のたまふ/を いと/わびし/と/おもひ/たり しばし/うち-やすみ/たまへ/ど ね/られ/たまは/ず おほむ-すずり/いそぎ/めし/て さしはへ/たる/おほむ-ふみ/に/は/あら/で たたうがみ/に/てならひ/の/やう/に/かきすさび/たまふ うつせみ/の/み/を/かへ/て/ける/こ/の/もと/に/なほ/ひとがら/の/なつかしき/かな と/かき/たまへ/る/を ふところ/に/ひき-いれ/て/も/たり かの/ひと/も/いかに/おもふ/らむ/と いとほしけれ/ど かたがた/おもほし/かへし/て おほむ-ことつけ/も/なし かの/うすごろも/は こうちき/の/いと/なつかしき/ひとが/に/しめ/る/を み/ちかく/ならし/て/み/ゐ/たまへ/り

小君を御前に臥せて よろづに恨み かつは 語らひたまふ あこは らうたけれど つらきゆかりにこそ え思ひ果つまじけれ とまめやかにのたまふを いとわびしと思ひたり しばしうち休みたまへど 寝られたまはず 御硯急ぎ召して さしはへたる御文にはあらで 畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ
 空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな
と書きたまへるを 懐に引き入れて持たり かの人もいかに思ふらむと いとほしけれど かたがた思ほしかへして 御ことつけもなし かの薄衣は 小袿のいとなつかしき人香に染めるを 身近くならして見ゐたまへり

大構造と係り受け

古語探訪

語らひ 03022

味方に引き入れるために言葉を弄すること。あるいは、男女間で性的行為を言う。ここはその両方の意味をかける。

まめやかに 03022

「まめ」のように。「まめ」は誠実、まじめ。

さしはへたる… 03022

要するに、ちゃんと出すつもりで書いた手紙でなく、慰みに書いた和歌であることを言う。 「さしはへたる」は目的のはっきりした。

畳紙 03022

懐紙で、鼻紙にも使い、和歌を詠むにも使う。

空蝉 03022

蝉の抜け殻の意味と蝉自身の意味とあり、ここは後者。はかないこの世の生の意としての現身のイメージもふくむ。

身をかへ 03022

さなぎから成虫に変態する。

てけり 03022

完了の「つ」と過去の「けり」。

引き入れて 03022

「引き入れて」とあるのは、光が出すつもりもなく棄てる気でいた手習いの歌を、小君の判断で、空蝉に見せることにしたということが言外に語られている。

かの人も… 03022

物語から外れた説明である(物語には出来事を時間を追って語るナレータ―部分(語り)と、物語の時間に縛られない説明の部分とに分かれる)。空蝉への思いを歌った和歌のあとに続けて、「かの人もいかに思ふらん」と光が思いやったのではない。もし続けて思いやったのであれば、空蝉には手紙を出すつもりでなく和歌を書いたのに(結果として空蝉に渡ったことと混乱してはならない)、軒端荻へは手紙を出そうかどうしようかと考えたことになり、主である空蝉と従である軒端荻との扱いが転倒してしまう。ここは語りの部分ではなく、説明の部分と考える。次の一文も説明である。

人香 03022

空蝉が焚き染めて移り香としているお香のかおりと、空蝉自身の体臭がまざったもの。女性フェロモンとして働き、性的な興奮をもよおさせる。

Posted by 管理者