碁打ち果てつるにや 空蝉03章02

2021-03-31

原文 読み 意味

碁打ち果てつるにやあらむ うちそよめく心地して 人びとあかるるけはひなどすなり 若君はいづくにおはしますならむ この御格子は鎖してむとて 鳴らすなり 静まりぬなり 入りて さらば たばかれとのたまふ この子も いもうとの御心はたわむところなくまめだちたれば 言ひあはせむ方なくて 人少なならむ折に入れたてまつらむと思ふなりけり 紀伊守の妹もこなたにあるか 我にかいま見せさせよ とのたまへど いかでか さははべらむ 格子には几帳添へてはべりと聞こゆ さかし されどもをかしく思せど 見つとは知らせじ いとほし と思して 夜更くることの心もとなさをのたまふ

03012/難易度:☆☆☆

ご/うち/はて/つる/に/や/あら/む うち-そよめく/ここち/し/て ひとびと/あかるる/けはひ/など/す/なり わか-ぎみ/は/いづく/に/おはします/なら/む この/みかうし/は/さし/て/む/とて なら/す/なり しづまり/ぬ/なり いり/て さらば たばかれ/と/のたまふ この/こ/も いもうと/の/みこころ/は/たわむ/ところ/なく/まめだち/たれ/ば いひ/あはせ/む/かた/なく/て ひとずくな/なら/む/をり/に/いれ/たてまつら/む/と/おもふ/なり/けり き-の-かみ/の/いもうと/も/こなた/に/ある/か われ/に/かいまみ/せ/させ/よ/と/のたまへ/ど いかでか さは/はべら/む かうし/に/は/きちやう/そへ/て/はべり/と/きこゆ さかし されども/をかしく/おぼせ/ど み/つ/と/は/しらせ/じ いとほし/と/おぼし/て よ/ふくる/こと/の/こころもとなさ/を/のたまふ

碁を打ち終わったのであろうか、さらさらと衣ずれの音がふとしたかと思うと、人々が散って行く気配がするようだ。「若君はどちらにおいででしょうか。この御格子を閉じますよ」と言って、ガタガタ格子を下ろす音がする。「寝静まったようだな。入っていって、言っていた通り、ことをはかれ」とおっしゃる。この子にしても、姉の御心はなびく気配がなく見るからにお堅い感じなので、話し合いの余地がなくて、結局、人少なになった折りに君をお入れ申そうと思うのであった。「紀伊守の妹もこちらにいるのか。わたしに覗かせとくれ」とおっしゃるが、「どうしてそのようにいたせましょう。格子のすぐ後ろに几帳が添えてあるのですから」とお答えする。そうであろうな、けれどすでに見たのだからと軒端荻への興味をつのらせになるが、見たとは知らせまい、ほかの女に興味を移したことを、空蝉へ申し訳なくお感じになり、夜更けにはどういうことになっていようかとご心配を口にされる。

碁打ち果てつるにやあらむ うちそよめく心地して 人びとあかるるけはひなどすなり 若君はいづくにおはしますならむ この御格子は鎖してむとて 鳴らすなり 静まりぬなり 入りて さらば たばかれとのたまふ この子も いもうとの御心はたわむところなくまめだちたれば 言ひあはせむ方なくて 人少なならむ折に入れたてまつらむと思ふなりけり 紀伊守の妹もこなたにあるか 我にかいま見せさせよ とのたまへど いかでか さははべらむ 格子には几帳添へてはべりと聞こゆ さかし されどもをかしく思せど 見つとは知らせじ いとほし と思して 夜更くることの心もとなさをのたまふ

大構造と係り受け

古語探訪

そよめく 03012

そよそよと物と物が軽く触れ合うこと。ここは女性が立ちあがる際に起こる衣擦れの音である。

あかるる 03012

人々が散らばる。

すなり 03012

「なり」は聴覚判断。

若君 03012

小君。格子を下ろせば、中に入れなくなる。いっしょに寝るなら、早くおいでなさいということで、小君を呼んでいるのである。

鎖してむ 03012

掛金をかける。

鳴らすなり 03012

格子を下ろし、掛金をかける時の音。「なり」は聴覚判断。

さらば 03012

「さらば」は「あなたに帰りはべりなばたばかりはべりなむ/03011」と言った発言を受ける。そう言うなら、そう言うことなら。

いもうと 03011

姉をも妹をも指す。空蝉は年上なので姉。

たわむ 03011

貞操をゆるめる。

まめだち 03011

いかにももの堅い感じ。

言ひあはせむ 03011

話し合って折りあいをみつける。

紀伊守の妹 03011

軒端荻。紀伊守より年下とされており、妹にあたる。

いかでか 03011

反語。

さははべらむ 03011

かいま見をしていただけましょう。

添へて 03011

すぐ側に並べる。

さかし 03011

几帳でのぞけられないだろうとの小君の発言を受ける。そうであろうな、との自問。

されども 03011

小君はできないと言うが、すでに見てしまったと頭の中ではつづける。

をかしく 03011

小君が知らないことに対して面白く感じるのではない。「をかし」は源氏物語では女性への興味に用いられるのが基本。ここでは、のぞきみしたことが思い起こされ、軒端荻へ興味を持つことを意味する。しかし、見たとは言えない。

いとほし 03011

申し訳なさを底に据えた愛情、空蝉に対するもの。これは、軒端荻に興味を移したことからくる。直接的には、覗き見をしたことを指すのか、小君に覗き見をさせてくれと頼んだことを指すのか、覗き見したことから今軒端荻に気持ちを移したこと、すなわち「をかしく」感じたことを指すのかは不明である。最後のものを主軸にそれらが全体が作用して、申し訳なく感じたのであろう。

夜更くること 03011

これは夜がふけること自体を指すのではなく、夜がふけて起こる事件、すなわち、空蝉への夜這いがどうなるかが気がかりなのである。中古文の「こと」は現代語の形式名詞としての「こと」(「~すること」という時の「こと」)ではなく、出来事・事件など具体的な事柄を意味すると考えてよい。

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