やうやう目覚めてい 空蝉03章07

2021-03-31

原文 読み 意味

やうやう目覚めて いとおぼえずあさましきに あきれたる気色にて 何の心深くいとほしき用意もなし 世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは さればみたる方にて あえかにも思ひまどはず 我とも知らせじと思ほせど いかにしてかかることぞと 後に思ひめぐらさむも わがためには事にもあらねど あのつらき人の あながちに名をつつむも さすがにいとほしければ たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを いとよう言ひなしたまふ たどらむ人は心得つべけれど まだいと若き心地に さこそさし過ぎたるやうなれど えしも思ひ分かず 憎しとはなけれど 御心とまるべきゆゑもなき心地して なほかのうれたき人の心をいみじく思す いづくにはひ紛れて かたくなしと思ひゐたらむ かく執念き人はありがたきものを と思すしも あやにくに 紛れがたう思ひ出でられたまふ

03017/難易度:☆☆☆

やうやう/め/さめ/て いと/おぼエ/ず/あさましき/に あきれ/たる/けしき/にて なに/の/こころふかく/いとほしき/ようい/も/なし よのなか/を/まだ/おもひ/しら/ぬ/ほど/より/は さればみ/たる/かた/にて あエか/に/も/おもひ/まどは/ず われ/と/も/しらせ/じ/と/おぼせ/ど いかにして/かかる/こと/ぞ/と のち/に/おもひ/めぐらさ/む/も わが/ため/に/は/こと/に/も/あら/ね/ど あの/つらき/ひと/の あながち/に/な/を/つつむ/も さすが/に/いとほしけれ/ば たびたび/の/おほむ-かたたがへ/に/ことつけ/たまひ/し/さま/を いと/よう/いひなし/たまふ たどら/む/ひと/は/こころえ/つ/べけれ/ど まだ/いと/わかき/ここち/に さ/こそ/さし-すぎ/たる/やう/なれ/ど え/しも/おもひ/わか/ず にくし/と/は/なけれ/ど みこころ/とまる/べき/ゆゑ/も/なき/ここち/し/て なほ/かの/うれたき/ひと/の/こころ/を/いみじく/おぼす いづく/に/はひ-まぎれ/て かたくなし/と/おもひ/ゐ/たら/む かく/しふねき/ひと/は/ありがたき/もの/を と/おぼす/しも あやにく/に まぎれ/がたう/おもひいで/られ/たまふ

次第に目が醒めてゆくと、まったく思いもよらぬあまりな出来事に、呆気にとられ、この場を避ける何の深い思慮も、君の良心に訴える何の心用いもない。男をまだ知らない生娘に比べれば男馴れした方で、今にも消え入りそうなほどうろたえることはない。君は相手の男が私であるとも知らせずじまいにしようとお考えながら、どうしてこういうことになったのか、後々女があれこれ思い巡らし真相を理解したところで、自分にとってさしたる大事でもないが、あの冷たい女が世間の評判を気に病み自分との関係をひた隠しにするのも、さすがに心咎められる気がして、たびたびの御方違えに何度も会いたい旨を伝えておられたその折りの様子を、実にみごとに言い聞かせになる。筋道立ててものごとを考える人であれば察しもつこうはずが、まだたいそう若い心慮では、男馴れしてるぐらい年の割にもののわかった風であっても、どうしたって思い至りようがない。気にいらぬわけではないが、情を注がずにおれない積極的理由もない気がして、薄情でもやはりあの癪な女の心根をひどく気になさる。いったいどこぞに逃げ隠れて、思い込みのはげしい愚か者と思っておいでなのか、これほど片意地な人はまずありはしない、とお思いになるにつけても、何とも憎らしいことに、他に紛らせようがなく空蝉のことがつい思い出されてしまいになる。

やうやう目覚めて いとおぼえずあさましきに あきれたる気色にて 何の心深くいとほしき用意もなし 世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは さればみたる方にて あえかにも思ひまどはず 我とも知らせじと思ほせど いかにしてかかることぞと 後に思ひめぐらさむも わがためには事にもあらねど あのつらき人の あながちに名をつつむも さすがにいとほしければ たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを いとよう言ひなしたまふ たどらむ人は心得つべけれど まだいと若き心地に さこそさし過ぎたるやうなれど えしも思ひ分かず 憎しとはなけれど 御心とまるべきゆゑもなき心地して なほかのうれたき人の心をいみじく思す いづくにはひ紛れて かたくなしと思ひゐたらむ かく執念き人はありがたきものを と思すしも あやにくに 紛れがたう思ひ出でられたまふ

大構造と係り受け

古語探訪

あさましき 03017

意想外な事態に対しての反感。

あきれたる 03017

呆然自失の態。

何の心深くいとほしき用意もなし 03017

「何の心深き用意」と「何のいとほしき用意」との両方がないこと。「心深し」は深い考えで、これは襲いかかる光から身を守る工夫。「いとほし」は悪いことをしたと相手に申し訳なく思う気もちで、光が自から悪いことをしていることを悟って手を引くようにしむける手立てのこと。そうした「用意」は気遣い、心配り。それらが軒端荻には欠けていることをいう。

世の中をまだ思ひ知らぬ 03017

男性経験のないおぼこ。

よりは 03017

比較。「~にしては」との意味ではない。

さればみ 03017

良い意味では垢抜け・気が利きいている。悪い意味では手馴れた、世間ずれしたとの意味。

あえかにも 03017

触れれば消えてしまいそうな様子。そんな風に取り乱すということはない。

我とも知らせじと……言ひなしたまふ 03017

かなり込み入っているので、やや言葉を補ってわかりやすく説明しよう。男馴れしている軒端荻に対しては関係を結んだことに責めは感じない。だから、名も名乗らないつもりでいる(ということは、行きずりの関係ですまし、今後女を庇護することはしない。)し、後で自分であることを知ったところで、自分の名誉を守る手段はいくらもあるからへっちゃらだということ。それに比し、自分との関係が世間にばれはしないかと、苦にしつづける空蝉には、申し訳なく思うので、軒端荻との関係を公にすれば、世間沙汰になる心配をしている空蝉の気持ちもやわらぐだろうと思って、方違えのたびに思いを寄せていたとうそをつくのである。

後に思ひめぐらさむもわがためには事にもあらねど 03017

諸注は思いめぐらすこと自体自分には大した事はないと訳す、思い巡らした結果光であるとわかっても大した事ではないの意味である。だから軒端荻に自分であると名乗る必要はない、と光は考えているのである。

つらき 03017

薄情。冷たい女ほど、小癪ながら、気になるというのが男心。

名をつつむ 03017

世間を気にして光との関係をひた隠しにすること。

いとほしければ 03017

空蝉に対する心の責め。軒端荻は世間ずれしているから、ほっといていいが、空蝉はこのままではほってはおけない。

ことつけたまひしさま 03017

「ことつけ」は、かこつける・口実にするの意味で解釈されている。しかし、ことつけには、ことづけるの意味がある。「し」は過去の「き」であり、自分がこでまで、たびたびの方違えに会いたい旨をことづけてきたその様子を、みごとにいいきかせになったと取らねば、過去の「き」が意味をなさない。「さま」は、その時の様子。

たどらむ 03017

筋道を立てて考えること。

さこそ 03017

光が襲いかかった時の反応の具合から読み取った男馴れした感じ。

さし過ぎたる 03017

年の割にもののわかった様子。

御心とまる 03017

愛情がわく。

うれたき 03017

癪に障る。

いみじく思す 03017

ひどい女だと思うと解釈されている。思すの内容が「いみじ」(ひどい女)と解釈するのだが、ここは「思す」の程度が「いみじ」(甚だしい)の意味でないと、軒端荻には愛情は感じないが、「なほ」(やはりの意味)につづかない。

かたくなし 03017

空蝉の光への非難で、かたくなであること。状況も相手の立場も無視して女を得たい一心しかないしつこい男だとの責め。

執拗き人 03017

光の空蝉への非難で、人の情を欠く分からずや。これほど男が惚れたならその気持ちにほだされてもよかろうにとの思いが前提としてある。たぶんにエゴイスティックな考えではある。

あやにくに 03017

感動詞「あや」に「にくし」の語幹がくっついたもので、何とも皮肉なことにくらいの意味。

紛れがたう 03017

他のことで、すなわち、美人の軒端荻を抱いても、紛れることがないということ。的である。

られたまふ 03017

「られ」は自発。

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