若き人は何心なくい 空蝉03章05

2021-03-31

原文 読み 意味

若き人は 何心なくいとようまどろみたるべし かかるけはひの いと香ばしくうち匂ふに 顔をもたげたるに 単衣うち掛けたる几帳の隙間に 暗けれど うち身じろき寄るけはひ いとしるし あさましくおぼえて ともかくも思ひ分かれず やをら起き出でて 生絹なる単衣を一つ着て すべり出でにけり

03015/難易度:☆☆☆

わかき/ひと/は なにごころなく/いと/よう/まどろみ/たる/べし かかる/けはひ/の いと/かうばしく/うち-にほふ/に かほ/を/もたげ/たる/に ひとへ/うち-かけ/たる/きちやう/の/すきま/に くらけれ/ど うち-みじろき/よる/けはひ いと/しるし あさましく/おぼエ/て ともかくも/おもひ/わか/れ/ず やをら/おき/いで/て すずし/なる/ひとへ/を/ひとつ/き/て すべり/いで/に/けり

若い方は何の心配もなく、とてもぐっすりと眠っているようだ。あの、誰とすぐにわかる高貴な香りが、ふととてもかぐわしく匂いかかるので、頭をもちあげたところ、ひとへの帷子をうちかけた几帳の隙間より、暗いながら、つかつかと人がにじり寄って来る気配が感じられ、女には誰れとすぐに知れる。あまりのことに、何ともかとも思い分からず、そっと起き直り、生絹(スズシ)の単衣を身にひとつ着て、すべるように母屋を抜け出した。

若き人は 何心なくいとようまどろみたるべし かかるけはひの いと香ばしくうち匂ふに 顔をもたげたるに 単衣うち掛けたる几帳の隙間に 暗けれど うち身じろき寄るけはひ いとしるし あさましくおぼえて ともかくも思ひ分かれず やをら起き出でて 生絹なる単衣を一つ着て すべり出でにけり

大構造と係り受け

古語探訪

何心なく 03015

単に無邪気にとの意味ではなく、空蝉のような眠られないような要因はなくと、やはり文脈上対比されている。

かかるけはひ 03015

「い」は「き」の音便変化。「おぼめく」はわからない振りをしてはぐらかす。「人違へにこそはべるめれ/02125」と言った空蝉の言葉を受けた表現。

単衣 03015

几帳のカーテン部分である帷子(カタビラ)。

身じろき寄る 03015

にじり寄る。

いとしるし 03015

人が近寄ってくるのがはっきりとわかったということではない。なぜなら、次の「あさまし」は、相手の思ってもみない行動に驚きあきれて非難する気持ちを言うのであり、もし夜中に誰だかわからない人が入ってきたら、恐怖を覚えるのであって、相手を非難したりしない。相手が誰かわかった場合、その非常識な行動に対して非難するのである。従って、「いとしるし」は相手が光だとはっきりとわかったということ。それは「うちみじろき寄る」という動作から判断したのではなく、この文に出てくる二つの「けはひ」からである。前の「けはひ」は明らかに匂いである。後の「けはひ」は、匂いや衣擦れの音やらいろいろな要素が総合されていよう。

やをら 03015

そっと。

生絹 03015

夏の衣服。

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