いま一人は東向きに 空蝉02章04

2021-03-31

原文 読み 意味

いま一人は 東向きにて 残るところなく見ゆ 白き羅の単衣襲 二藍の小袿だつもの ないがしろに着なして 紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに ばうぞくなるもてなしなり いと白うをかしげに つぶつぶと肥えて そぞろかなる人の 頭つき額つきものあざやかに まみ口つき いと愛敬づき はなやかなる容貌なり 髪はいとふさやかにて 長くはあらねど 下り端 肩のほどきよげに すべていとねぢけたるところなく をかしげなる人と見えたり むべこそ親の世になくは思ふらめと をかしく見たまふ 心地ぞ なほ静かなる気を添へばやと ふと見ゆる かどなきにはあるまじ 碁打ち果てて 結さすわたり 心とげに見えて きはぎはとさうどけば 奥の人はいと静かにのどめて 待ちたまへや そこは持にこそあらめ このわたりの劫をこそなど言へど いで このたびは負けにけり 隅のところ いでいでと指をかがめて 十 二十 三十 四十などかぞふるさま 伊予の湯桁もたどたどしかるまじう見ゆ すこし品おくれたり

03007/難易度:☆☆☆

いま/ひとり/は ひむがし-むき/にて のこる/ところ/なく/みゆ しろき/うすもの/の/ひとへ-がさね ふたあゐ/の/こうちきだつ/もの ないがしろ/に/き/なし/て くれなゐ/の/こし/ひきゆへ/る/きは/まで/むね/あらは/に ばうぞく/なる/もてなし/なり いと/しろう/をかしげ/に つぶつぶ/と/こエ/て そぞろか/なる/ひと/の かしらつき/ひたひつき/もの-あざやか/に まみ/くちつき いと/あいぎやうづき はなやか/なる/かたち/なり かみ/は/いと/ふさやか/に/て ながく/は/あら/ね/ど さがりば/かた/の/ほど/きよげ/に すべて/いと/ねぢけ/たる/ところ/なく をかしげ/なる/ひと/と/みエ/たり むべ/こそ/おや/の/よ/に/なく/は/おもふ/らめ/と をかしく/み/たまふ ここち/ぞ/なほ/しづか/なる/け/を/そへ/ばや/と ふと/みゆる かど/なき/に/は/ある/まじ ご/うち/はて/て けち/さす/わたり こころとげ/に/みエ/て きはぎは/と/さうどけ/ば おく/の/ひと/は/いと/しづか/に/のどめ/て まち/たまへ/や そこ/は/ぢ/に/こそ/あら/め この/わたり/の/こふ/を/こそ など/いへ/ど いで このたび/は/まけ/に/けり すみ/の/ところ いで/いで/と/および/を/かがめ/て とを はたち みそ よそ/など/かぞふる/さま いよ/の/ゆげた/も/たどたどしかる/まじう/みゆ すこし/しな/おくれ/たり

もう一人は東向きに座っていて、残りなくすべてが見える。白い薄物の単衣襲で、ふた藍の小袿らしきものを無造作に着なして、紅色の腰紐を結んだあたりまで胸をあらわにした、だらしのないなりである。たいそう白く魅力的にふくよかに肥えて大柄な人で、頭や額の形も形よく、眼差しや口つきがとても可愛げが、あでやかな顔立てである。髪はとてもふさふさしていて、長くはないが、こめかみ横の髪の垂れ具合や髪の毛の肩へのひろがり具合が、どこも乱れた感じがなくきれいに梳かれた、魅力的な髪の持ち主である。無理もないな、親が世になく慈しんでいるのも、と興味をもって御覧になる。気持ちの面にはもう少し落ち着いた感じを加えたいなと、ふとお考えになる。才気はないわけではなさそうで、碁を打ち終わって、駄目をつめる際には、気ぜわしいらしく、はやく白黒をつけると矢継ぎ早に大声で数えたてるので、奥の人はたいそうおだやかに制止して、「待ちたまえや、そこはセキではないかしら。このあたりの劫を先にしては」などと言うと、「いえ、今回は私の負けだわ。隅のところの目はどうかしら、さあさあ」と指を折って、「十、二十、三十、四十」など数える様子、あの数の多い伊予の湯桁もすらすら数えられそうな勢いである。すこし品位が落ちる。

いま一人は 東向きにて 残るところなく見ゆ 白き羅の単衣襲 二藍の小袿だつもの ないがしろに着なして 紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに ばうぞくなるもてなしなり いと白うをかしげに つぶつぶと肥えて そぞろかなる人の 頭つき額つきものあざやかに まみ口つき いと愛敬づき はなやかなる容貌なり 髪はいとふさやかにて 長くはあらねど 下り端 肩のほどきよげに すべていとねぢけたるところなく をかしげなる人と見えたり むべこそ親の世になくは思ふらめと をかしく見たまふ 心地ぞ なほ静かなる気を添へばやと ふと見ゆる かどなきにはあるまじ 碁打ち果てて 結さすわたり 心とげに見えて きはぎはとさうどけば 奥の人はいと静かにのどめて 待ちたまへや そこは持にこそあらめ このわたりの劫をこそなど言へど いで このたびは負けにけり 隅のところ いでいでと指をかがめて 十 二十 三十 四十などかぞふるさま 伊予の湯桁もたどたどしかるまじう見ゆ すこし品おくれたり

大構造と係り受け

古語探訪

羅 03007

透けてみえるような薄い絹地のもの。

二藍 03007

藍草(藍)で染めた上に紅花(くれの藍)で染めたもの。

小袿 03007

女子が人前に出るときの服装。

ないがしろ 03007

無頓着。

ばうぞく 03007

しどけない。

そぞろかなる 03007

背が高い。

ものあざやかに 03007

輪郭がとてもくっきりとしている。

下がり端肩のほど 03007

「下がり端」はこめかみと耳の間あたりの横髪で、胸のあたりで切りそろえた垂れ髪。「肩」は肩にかかる髪。「ほど」は「下がり端」と「肩」の両方を受ける。方や髪の垂れ具合であり、方や髪の広がり具合である。

ねぢけたる 03007

これは性格についての描写ではない。第一見ただけで性格がねじけているかどうかなどわかるはずがない。これは髪の描写のつづき。よく梳られてまっすぐしている髪であることをいう。王朝美のひとつの極致。続く、「をかしげなる」も髪の美しさ。

かどなきにはあるまじ 03007

「たどたどしかるまじう見ゆ」にかかる。才気はなくはないのだろう、多数の数もかるがると数えてしまいそうだ、と続く。従って、この「かどなきにはあるまじ」は多分に皮肉めいていよう。実際、空蝉はあまり利発には描かれていない。雨夜の品定めの議論「頭中将/ただ片かどを聞き伝へて心を動かすこともあめり」「光源氏/(その)片かどもなき人はあらむや/02-023」が思い起こされる。

結 03007

駄目のことで、どちらの地にもならない空所。

心とげに 03007

心せわしく。

きはぎはと 03007

意味が確定できない語のひとつ。てきぱきとか訳されるが、その訳語では正しくきちんとした感じがあるが、空蝉が注意しているように、その数え方が粗雑である。この石はこちらの側、この石はこちらの側と、大雑把にどんどん数えていくというニュアンスではないかと思う。気持ちの上で落ち着きを加えたいと光が感じたのは、こうした粗雑さがあるから。「そうどけ」は騒々しいふるまい。

いと静かにのどめて 03007

「静かに」は「のどめ」方の形容。「のどめ」は相手を制止する。自分が落ち着いているとの形容ではない。自動詞と他動詞で活用が違う場合、下二段活用になる動詞は原則として他動詞である。

持 03007

セキ。勝敗のない個所。

劫 03007

最後のヨセに入ってからの半劫。一目を白黒交互に取り返す形になった所。相手が取った後すぐに取り返すことができないので、まず他の所に自分が打って、相手に受けさせてから取る(この当たりの碁の用語は、囲碁を知らない私には他の注釈を丸写しするしかないのがつらい)。

いで 03007

さあさあと相手を促す。

伊予の湯桁 03007

数の多いものの代表として持ち出した。軒端荻が伊予介の娘であることが「伊予」にはかかっている。

たどたどしかるまじう 03007

もたつかない。すらすらと。

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