この人のなま心なく 空蝉03章08

2021-03-31

原文 読み 意味

この人の なま心なく 若やかなるけはひもあはれなれば さすがに情け情けしく契りおかせたまふ 人知りたることよりも かやうなるは あはれも添ふこととなむ 昔人も言ひける あひ思ひたまへよ つつむことなきにしもあらねば 身ながら心にもえまかすまじくなむありける また さるべき人びとも許されじかしと かねて胸いたくなむ 忘れで待ちたまへよなど なほなほしく語らひたまふ 人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ え聞こえさすまじき とうらもなく言ふ なべて 人に知らせばこそあらめ この小さき上人に伝へて聞こえむ 気色なくもてなしたまへ など言ひおきて かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ

03018/難易度:☆☆☆

この/ひと/の なま-こころ/なく わかやか/なる/けはひ/も/あはれ/なれ/ば さすが/に/なさけなさけしく/ちぎり/おか/せ/たまふ ひと/しり/たる/こと/より/も かやう/なる/は あはれ/も/そふ/こと/と/なむ むかしびと/も/いひ/ける あひ/おもひ/たまへ/よ つつむ/こと/なき/に/しも/あら/ね/ば み/ながら/こころ/に/も/え/まかす/まじく/なむ/あり/ける また さるべき/ひとびと/も/ゆるさ/れ/じ/かし/と かねて/むね/いたく/なむ わすれ/で/まち/たまへ/よ/など なほなほしく/かたらひ/たまふ ひと/の/おもひ/はべら/む/こと/の/はづかしき/に/なむ え/きこエ/さす/まじき と/うら/も/なく/いふ なべて ひと/に/しら/せ/ば/こそ/あら/め この/ちひさき/うへびと/に/つたへ/て/きこエ/む けしき/なく/もてなし/たまへ など/いひおき/て かの/ぬぎ/すべし/たる/と/みゆる/うすごろも/を/とり/て/いで/たまひ/ぬ

この人が色欲をむき出しにしない若々しい感じにも愛情をお感じなので、空蝉のことは思い出されてならないが、情愛こまやかに軒端荻をお抱きになる。「世間に知れた関係よりも、こうしたみそか事の方が恋しさも加わる関係だと、昔の人も言っている。あなたもわたしのことを思って、お便りをくださいな。世間をはばかる事柄がないでもない身なので、自分のことながら思うにまかせない点があるのです。それに、歴としたあなたのまわりの方々もお許しならないでしょうね、そう思うと今から胸が痛くて。忘れずに待ってなさいよ」などと、とってつけたようなことをお話になる。「人がどう思いますことかと居たたまれなくて。とてもお便りでを差し上げられません」と、疑いもせずに言う。「世間に広く知らせればそうでしょうが、この幼い殿上人に伝えてお手紙しましょう。変に浮ついたりせず普段通りいるのですよ」などと言い残して、あの空蝉が脱ぎ落としたと思われる薄い衣を取って出て行かれた。

この人の なま心なく 若やかなるけはひもあはれなれば さすがに情け情けしく契りおかせたまふ 人知りたることよりも かやうなるは あはれも添ふこととなむ 昔人も言ひける あひ思ひたまへよ つつむことなきにしもあらねば 身ながら心にもえまかすまじくなむありける また さるべき人びとも許されじかしと かねて胸いたくなむ 忘れで待ちたまへよなど なほなほしく語らひたまふ 人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ え聞こえさすまじき とうらもなく言ふ なべて 人に知らせばこそあらめ この小さき上人に伝へて聞こえむ 気色なくもてなしたまへ など言ひおきて かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ

大構造と係り受け

古語探訪

なま心 03018

剥き出しの色情。性の快楽を知った女が性欲を剥き出しにすること。軒端荻は若く、性的に未熟であって、床の中で積極的に男を欲しがることがないということ。「なま」は自然のままの、加工されない状態。

も 03018

「ねたし」のウ音便。自分の噂を耳にしている光の心内語。

契り 03018

肉体関係を結ぶこと。諸注は将来の約束をしたと解釈するが、それでは、光の発言に対して、ここでは「情け情けしく」(愛情こまやかに)と言い、後では「なほなほしく」(通り一遍に)と言い、矛盾する。セックスは愛情こまやかにしたが、その後の発言は通り一遍だったと考えるしかない。

人知りたること 03018

人に知られた関係。公に見とめられた結婚。

あひ思ひ 03018

相思だが、後で私からは手紙を出せないという軒端荻の発言からすると、私のことを思えとは、具体的には、私のことを思って手紙をよこせとの意味となる。単に、頭の中で思っていてくれたらよいというのではない。詞の連用形+「思ふ」。

つつむこと 03018

憚ること。

身ながら 03018

自分のことでありながら。

さるべき人々 03018

立派な後見人たち。軒端荻の父や兄など。

かねて 03018

実際にはまだ許されるか許されないかわからない。しかし、許されないと思うだけで今から、ということ。

なほなほしく 03018

通り一遍で、平凡な様子。気持ちがこもっていないという話者の非難である。そもそも光はもう通ってくる気がないので、予防線を張っているのだ。

え聞こえさすまじき 03018

手紙が出せないという意味。 「聞こゆ」は 「言ふ」の謙譲語。 「さす」は 使役ないしは尊敬。貴人に対しては人を介して伝えることから、仲介者に対しては使役であり、貴人に対しては尊敬になる。

うらもなく 03018

「うら」は裏腹の裏。疑うことなく。

気色なく 03018

「気色」は何か有りげな様子。すなわち、貴人である光とひそかに男女の関係にあること。それを素振りに出さないように行動しろというお達し。

すべし 03018

すべらせる。

薄衣 03018

空蝉が残していった夏の衣。蝉の抜け殻という空蝉の名のイメージに一致する。アレゴリー(寓意)である。

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