女はさこそ忘れたま 空蝉03章04
原文 読み 意味
女は さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど あやしく夢のやうなることを 心に離るる折なきころにて 心とけたる寝だに寝られずなむ 昼はながめ 夜は寝覚めがちなれば 春ならぬ木の芽も いとなく嘆かしきに 碁打ちつる君 今宵は こなたにと 今めかしくうち語らひて 寝にけり
03014/難易度:☆☆☆
をむな/は さ/こそ/わすれ/たまふ/を/うれしき/に/おもひ/なせ/ど あやしく/ゆめ/の/やう/なる/こと/を こころ/に/はなるる/をり/なき/ころ/にて こころ/とけ/たる/い/だに/ね/られ/ず/なむ ひる/は/ながめ よる/は/ねざめ-がち/なれ/ば はる/なら/ぬ/このめ/も いとなく/なげかしき/に ご/うち/つる/きみ こよひ/は こなた/に/と いまめかしく/うち-かたらひ/て ね/に/けり
女は、あのように消息もないままお忘れなのをうれしいことと努めて思おうとしているが、理解を超えた夢のような逢瀬を、つかの間も心に離れる時のない頃であったので、心やすらかな眠りさえ訪れず、昼は思いにふけり、夜は目覚めがちなため、春の木の芽ならぬこの目も休みなく嘆かわしい日々なのに、碁を戦わせた女君は、今夜はこちらでと、陽気におしゃべりをして寝てしまった。
女は さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど あやしく夢のやうなることを 心に離るる折なきころにて 心とけたる寝だに寝られずなむ 昼はながめ 夜は寝覚めがちなれば 春ならぬ木の芽も いとなく嘆かしきに 碁打ちつる君 今宵は こなたにと 今めかしくうち語らひて 寝にけり
大構造と係り受け
古語探訪
さこそ 03014
この帖の冒頭部分「御消息も絶えてなし/03002」を受ける。
思ひなせ 03014
そうは思っていないが思おうと努力すること。
あやしく 03014
解釈できない恐れ・不安・すごさなど、理解を超えているものに使われる。「あやし」は理解できない不安はあるが、かならずしも否定要素とは限らない。現代の心理学風に解釈すれば、空蝉の本心は光を求めているが、理性が歯止めをかけるので、それがコンプレックスとなって、自分の気持ちが理解できないのである。
夢のやうなること 03014
夢のように過ぎ去った逢瀬。これも自分ではうまく把握できないながら、肯定すべき要素として働いている。
心とけたる寝だに寝られず 03014
「君恋ふる涙の凍る冬の夜は心とけたるいやは寝らるる(君が来なくて恋しく泣きはらす涙も凍ってしまうこの冬の夜は、どうしてぐすっりと寝られようか)」(拾遺・恋二)を下に敷く。
ながめ 03014
ぼんやりともの思いをしてすごす。折口信夫氏によれば、性的な欲求不満だそうである。
春ならぬ木の芽も 03014
「夜はさめ昼はながめに暮らされて春はこのめもいとなかりける(夜は目がさめ、昼はぼんやりと時がたち、恋の季節である春は、木の芽がのびるのに休む暇がないように、私のこの目も休む暇がない)」(一条摂政御集)を下に敷く。
いとなく 03014
いとまなしの略。
こなたに 03014
軒端荻の住まいである西の対に戻らず、今夜は空蝉といっしょに、この母屋で過ごすということ。
今めかしく 03014
現代的で陽気でからっとした感じ。空蝉のむっつりと閉じこもった湿潤な感じと対比される。