渡殿の戸口に寄りゐ 空蝉03章01
原文 読み 意味
渡殿の戸口に寄りゐたまへり いとかたじけなしと思ひて 例ならぬ人はべりて え近うも寄りはべらず さて 今宵もや帰してむとする いとあさましう からうこそあべけれとのたまへば などてか あなたに帰りはべりなば たばかりはべりなむと聞こゆ さもなびかしつべき気色にこそはあらめ 童なれど ものの心ばへ 人の気色見つべくしづまれるをと 思すなりけり
03011/難易度:☆☆☆
わたどの/の/とぐち/に/より/ゐ/たまへ/り いと/かたじけなし/と/おもひ/て れい/なら/ぬ/ひと/はべり/て え/ちかう/も/より/はべら/ず さて こよひ/も/や/かへし/て/む/と/する いと/あさましう からう/こそ/あ/べけれ/と/のたまへ/ば などて/か あなた/に/かへり/はべり/な/ば たばかり/はべり/な/む/と/きこゆ さも/なびかし/つ/べき/けしき/に/こそ/は/あら/め わらは/なれ/ど もの/の/こころばへ ひと/の/けしき/み/つ/べく/しづまれ/る/を/と おぼす/なり/けり
君は渡殿の戸口に寄りかかっておられる。小君はまことに畏れ多いと思いながら、「いつもいない人がおられて、近寄ることもできません」「じゃあ、今夜もまた追いかえするつもりなの。あまりにひどい、酷なしうちだ」とおっしゃると、「どうしてそのようにいたしましょう。その人が向こうへ戻られたら、何とかはかってみましょう」と申し上げる。いかにもたやすくこちらの意に添わせられるという顔をしているが、どうだろう。幼いながら事のなりゆきを見極め人の表情を読み取る、冷静さはあるのだがと、御憂慮はつづくのであった。
渡殿の戸口に寄りゐたまへり いとかたじけなしと思ひて 例ならぬ人はべりて え近うも寄りはべらず さて 今宵もや帰してむとする いとあさましう からうこそあべけれとのたまへば などてか あなたに帰りはべりなば たばかりはべりなむと聞こゆ さもなびかしつべき気色にこそはあらめ 童なれど ものの心ばへ 人の気色見つべくしづまれるをと 思すなりけり
大構造と係り受け
古語探訪
渡殿の戸口 03011
光が最初にいた妻戸は、簀子をはさみ、渡殿を通って隣の建物である対の屋につづく。その渡殿の入り口は板戸になっている。
かたじけなし 03011
はかりごとがうまくいかないことへの恐縮した気持ち。
例ならぬ人 03011
軒端荻。
帰してむ 03011
主体も小君でなく空蝉。
いとあさましうからう 03011
はかりごとに失敗した小君に対してではなく、空蝉に対してである。
などてか 03011
どうしてという反語。どうして姉があなたを追い返すようなことを私がさせましょうかとの意味である。私が返したりいたしましょうか、ではない。
あなたに 03011
軒端荻の住処である西の対に。
たばかり 03011
通例達成しがたいことをやりとげるために、いろいろと手立てを考えること。
さも 03011
言葉通り容易に。いかにもたやすく。下に否定がつづく譲歩構文に多く用いられる。「こそ……已然形」も下に逆接的につづく構文で用いられる。それが組み合わされているのだが、下の文章が省略されている点がみそ。諸注はこれを無視し、小君を信頼してまかせたと考えるが、空蝉には何度も手痛い目に合わされた光である。小君が工夫すると口でいったところで、どれだけ当てになろう。たしかに判断力はあるのだが、と憂慮がやまないのがその次の文。
ものの心ばへ 03011
恋の手引き役であっても。「心」は中心。「ばへ」は、傾向・動き。事態がどういう変化するか。
見つべく 03011
見極め読み取る能力がある。
しづまれる 03011
落ち着きがある。冷静沈着である。
を 03011
諸注のように、~なのでと理由ととらず、~なのだがという逆接の接続詞と考える。
思す 03011
案じる。
なりけり 03011
話者が感情移入した際に用いられる。