おほむしほたれがちにのみおはします おほむしおたれがちにのみおわします 御潮垂れがちにのみおはします 御潮垂れがちにのみおわします 01-073
「しほたる」は海女や潮汲みの動作などで袖から海水がしたたる様を表し、転じて「泣き濡れる」等を意味する。問題は「御」。「御」は元来、名詞につく。そこで名詞を探すことになる。「がち」は名詞または動詞の連用形につく。「しほたれ」は「しほたる」の連用形であり、「遊ぶ 遊び」のように動詞の連用形は名詞に転用されるので、当時、名詞として使用されたか、もしくは語り手の意識の中で名詞化されたと考えられるのではないか。「しほたれがちに」を形容動詞と考えることも可能だが、「御」の説明がつかないように思う。
我が御心ながら あながちに人目おどろくばかり思されしも 長かるまじきなりけりと 今はつらかりける人の契りになむ 世にいささかも人の心を曲げたることはあらじと思ふを ただこの人のゆゑにて あまたさるまじき人の恨みを負ひし果て果ては かううち捨てられて 心をさめむ方なきに いとど人悪ろうかたくなになり果つるも 前の世ゆかしうなむと うち返しつつ 御しほたれがちにのみおはしますと 語りて尽きせず
おのが御心ながらあながちに人目を驚かせるばかりに思われたのも、長く続くはずもないことであったと、今はつらく思われるえにしで、つゆいささかも人の気持ちを損ねる気など思ってもみないことなのに、ただこの人ゆえにあまたの受けずともよい人の恨みを負った果て果てが、こんな風に一人うち捨てられ、心を静めるすべもないうえに、ますます恥も知らず頑なに成り果ててしまったのも、どうした前世の因縁か知れるものならと、帝を責める母君の言葉を切り替えしながら、悲嘆の涙に暮れてばかりおいでですと命婦は語って尽きることがない。