おまへわたり おもえわたり 御前渡り 01-016
帝は夜が明ける前に起き出し、日が中天にかかるまでの太陽のエネルギーが強い時には、紫宸殿で政務をこなし、昼からは後宮の夫人たちの局で過ごし、夜は清涼殿で夫人たちを迎えるのが、聖天子としての理想とされた。すなわち、男性社会と女性社会の頂点に君臨し、ともにエネルギッシュであることが求められたのである。ここで問題になるのは、夜、桐壺更衣が清涼殿に向かう時のこと。更衣一人が通うはずはない。更衣をお迎えする帝つきの女官、更衣は自分ひとりで脱いだ服を着ることはできないので、更衣の身の回りの世話をする更衣つきの女房たちも従え、行列を作って清涼殿に向かうのである。帝の夫人となったからには、帝の性愛を受けることが悦びであったろうに、今夜もまた今夜もまたまた今夜も自分は呼ばれず、格下の更衣のみが呼ばれて、自分の部屋の前を衣擦れの音を残しながら、長々と通り過ぎて行くのである。帝の愛情が一族の命運をも左右した時代である。更衣を恨む気持ちが芽生えてもおかしくない状況なのだ。
あまたの御方がたを過ぎさせたまひて ひまなき御前渡りに 人の御心を尽くしたまふも げにことわりと見えたり
あまたのご夫人方の局を素通りされ、休むひまない帝のお通いに、人の心をすり減らしになるのも、まことにもっともだと思えました。