ひとのみかどのためしまでひきいで 人の朝廷の例まで引き出で 01-105

2021-05-15

「人の朝廷の例」は「楊貴妃の例/01-005」のこと(具体的には安禄山の乱(安禄山は反乱を起こし、大燕皇帝として即位)のことで、わが国で同様な反乱が起これば、皇統が二分されることになる国の非常事態となる)。今までは「引き出でつべく(持ち出されかねない)/01-005」状況止まりであったのが、ここで初めて実際に引き合いに出されたことになる。もっとも、この嘆きの中で「さるべき契りこそは……思ほし捨てたるやうになりゆく」は帝の説明であり、他国の朝廷の例を暗示させるのは「いとたいだいしきわざなり」とあるだけで、詳細は不明である。直説法で帝を批判することは、物語の中でも困難であった。「いづれの御時にか/01-001」で帝の名を匿名にしたこととも関わる王朝人の意識であろう。


さるべき契りこそはおはしましけめ そこらの人の誹り恨みをも憚らせたまはず この御ことに触れたることをば道理をも失はせたまひ 今はたかく世の中のことをも思ほし捨てたるやうになりゆくは いとたいだいしきわざなりと 人の朝廷の例まで引き出で ささめき嘆きけり

(側仕えから離れると)こうなる因縁が前世にあったのだろうが、周囲の誹り恨みも遠慮なさらず、あの方のこととなると見境もなくし、今ではもうこんな風に国政への関心まで投げ出しておしまいでは、どんな災いを招くことやらと、異国の朝廷の例まで引き合いにしてひそめき嘆くのです。

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